坂角 『さくさく日記』
またまたグルメとか言いつつ、お菓子で失礼します。
いろいろと頂き物の多い年の暮れ。本当にありがたいことでございます。何をいただいても嬉しいものです。そんな中でも、今年ワタクシ的にかな〜り嬉しかったのがこちら。
もともと坂角の海老せんべい『ゆかり』が大大大好きで、独身時代など一晩で一箱食べちゃった経験もある、筋金入りのワタクシ。『ゆかり』をいただいた時のあの胸キュンは『萌え(をかし)』ですね。そして、あと一枚になった時のあの胸キュンは『あはれなり』。ハハハ、また出ちゃいましたが、こう考えると胸キュンにも2種類あるってことか。そんな気もする。結局人間、特に日本人はその二つの胸キュンの間を彷徨して生きているのですね。うん、そんな気もする。
さて、今日の胸キュンの対象は『ゆかり』タンではなく、『さくさく日記』でつ。って、ここだけ読むとなんかエロゲーでもやってるみたいだな(まじでやったことありませんが)。
この『さくさく日記』、『ゆかり』タンが大人の魅力なら、こちらはやや子どもっぽい(あえてロ○っぽいとは書きません)。ネーミング、パッケージング、そしてせんべい本体の大きさにも、絶妙にファンシー感があります。『ゆかり』を一口でいただく方はいらっしゃないでしょうが、こちらはいわゆる一口サイズ。思わず次々と手が出てしまい、あっという間にあと一枚…。そう、あと一枚あるなって、小袋を持つ左手が感じるんですよ。重みでね。それで右手で手探りでそれをつまむと…ガーン!なんと『シリカゲル』じゃああ〜りませんか…orz。
これぞ『もののあはれ』です。昔の人なら、ここで一首詠んだんでしょう。
今回いただいたのは、海老と帆立の二種類の製品が一箱ずつ、仲良くスリーブされているものです。帆立もかなりおいしいのですが、やはり海老にはかなわない。ついつい海老の方を続けて食べたくなるわけですけれど、そこは我慢というか、演出というか、なるべく交互に食べるようにするわけです。そして、最後は海老が一袋残るようにしなければなりません。しかし、最初は当然海老を食べてしまいましたから、途中帆立を2回連続で食べる必要に迫られます。私は昨日そうしました。そして今、最後の海老が一袋残っている状態です。
こういうのもなんか切ないっすね。あと一袋…。なんで、せんべいごときにここまで、と自分でも思いますが、好きな「もの」に対する感情ってこんな感じでしょう。何度も言いますけれど、デジタル化、キャラ化、フィギュア化は切なさ(もののあはれ)からの消極的な逃避だと思います。
ん?今突如不安が頭をかすめた。家に帰ったら、最後の海老タン、カミさんに食べられてたりして…。うわ〜、隠しときゃ良かった。
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