『それでもやっぱり日本人になりたい』 ウィレム・A. グロータース (五月書房)
こちらで、卵かけご飯を愛する外国人として紹介したグロータース神父の本を読んでみました。
多少なりとも方言に興味を持ち、調査の経験もある私としては、やはりグロータースさんは日本の方言地理学の基礎を築いた方との認識が第一です。最初私は、氏の業績は彼が外国人であることが奏功してなし得たものだと思っていました。しかし、それは大きな間違いでした。彼は日本人以上に日本人であったのです。日本に対する、日本語に対する、日本人以上の愛情があったからこそ、偉業をなしとげることができたのです。
この本は、お亡くなりになった年に書かれたものです。自らの生涯をていねいに振り返り、そして最後にこう記します。
「すでに日本に墓も買ってある。生きて日本人にはなれないが、死んで日本の土になる」
この本は愛する日本への、日本人への、日本語への遺書となってしまいました。この愛と智恵とウィットに富んだ美しい日本語による本を読むと、本当に残念に思われます。もっともっと日本を愛してほしかった。そして私たちに日本の良いところをもっと教えてほしかった。
この本では、そんな氏の心に触れることができたのと同時に、いろいろなことを初めて知ることができました。ベルギーという国の複雑な事情、戦時中の中国の様子、日本の大学の裏話などなど。そして、何と言っても、語学の天才である氏の言語教育観。外国語習得法。私は必要に迫られていませんので、多重言語使用者にならなくてもいいわけですが、こちらにも書きましたように、世の英語教育熱(フィーバー)には強く疑問を抱く一人です。そういう意味では、この本は外国語に憧れる人々全てに読んでいただきたい。きっと恥ずかしく思われるでしょう。
そう、生活上、仕事上の必要、いや必要という以上に熱意がないと、生半可な言語習得で終わるということです。最近、朝青龍や琴欧州を見ていてもそう思いました。グロータースさんの場合は、布教という熱意があったのはもちろん、先ほど述べた「愛情」があったからこそ、ネイティヴ以上の(!)言語習得が可能になったわけです。そこには苦痛などありません。苦労はしたかもしれませんが、その全てが楽しく充実をもたらすものであったはずです。
日本人は今でも充分に国際人である、とのこと。外国のことを本当によく知っている。国際摩擦やジャパン・バッシングは向こう側の無知から生じている…なるほど、そう言っていただけると本当に安心します。
そんなグロータース神父、上の画像にも見えますように、ペンネームに「愚老足」と書きました。年は足りるがまだ愚かである、老いてもまだ至らない、そんな意味だそうです。そして、これは見せかけの謙遜を示す名前をつける中国方式にならったものである、と書いています。えっ?じゃあ、実は御本人は「愚」だと思っていないってこと?いえいえ、そんな浅はかなことではありません。
実はここが非常に面白かったところなのですが、この「愚」はキリスト教の基盤である人格尊重を表しているのです。なぜこんな逆説が成り立つのか。それは、ぜひこの本でお確かめ下さい。言葉と歴史と宗教を知りつくした氏ならではの解釈に、思わず首肯せられます。「智」と「愚」… 昨日も書いたように 、なるほど人間の認識など、しょせん相対的なものなのです。それを、二者択一的にとらえるのではなく、全てをそのまま受け容れること、これを自然体で実現したグロータース神父は、まさに「愚」の人であり、「智」の人であったということです。
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