ジョン・ルイス 『バッハ プレリュードとフーガ vol.1〜4』
John Lewis 『J.S.Bach Preludes and Fugues』
今日は地元でザイラー・ピアノ・デュオのコンサートがありました。ちょこっとだけ顔を出したのですが、なるほどピアノの音はでかい(笑)。しかし、考えてみるとコンサート・ホールのグランド・ピアノなんか、ああやって二人で叩いてやっとその性能を発揮できるような気もする。それで素晴らしい音楽が生まれるのかどうかは別として。しかし、一つの楽器を二人で弾いてアンサンブルするというのは、自転車の二人乗り、それも前がハンドル、後がペダルというやつみたいで、なかなかいいと思いましたよ。それも気心知れた夫婦(めおと)ですから。いや、そんな自転車の乗り方する夫婦(めおと)はいないか。
さて、今日のコンサートはそんなわけで、とっても音の数が多かったんですけれど、なんでも数で勝負すればよろしいというものではない。少ない情報量で勝負するのはどんな世界でも難しいことです。文学でも、美術でも、音楽でも、演劇でも、映画でも。しかし、それをものすごい次元で実現するどうしようもない天才がいるのも事実です。
私の中では、この人もその一人です。ピアノの世界では随一でしょう。ジョン・ルイス。もちろん、MJQのピアニストであった方です。バッハつながりでMJQを聴き始め、ジャズの世界にものめりこんだ私としては、この方の存在はものすごく大きい。いつかも書きましたね、この方のピアノは「わび・さび」なんです。本当にアドリブのパッセージなんか、人さし指だけで弾けそうなくらいシンプル。楽譜にすればなんてことはない(実際このアルバムのプレリュード部分の楽譜を持ってます)。しかし、とにかくマネしてみるとわかるのですが、あの味はとてもとても出せないんです。あるいは、コンピュータを使って打ち込みであの味を出すなんてとんでもない、それに近づくだけでもほとんど無理だと思うんです。なんで、あんな少ない音数で、あんなに濃厚なブルースになるんでしょう。不思議です。ピアニストの方、ぜひ教えて下さい。
さあ、そんな崇拝すべき故ジョン・ルイスの、自らライフ・ワークと公言して憚らなかったこの曲集(もちろんかの平均律第1集全曲)。これはものすごい。バッハファンやジャズファンからは、ずいぶん冷たい批判を浴びたようですが、それっていったい何なんでしょう。この音楽のどこがいけないんでしょう。いや、もちろん、それは人それぞれの趣味や考え方がありますから、別に私とジョン・ルイスにとってはどうでもいいことなんですが(あれ?この言葉どっかで聞いたな)。
ここで、ジョン・ルイスは、プレリュードをピアノ・ソロで、フーガをアンサンブル(ピアノ、ギター、ベース、ヴィオラ)で演奏しています。基本的に原曲通り始めて、途中でいつのまにかジャズになり、そしてまたバッハに戻って終わるという形態をとっています。それが人によっては、バッハとジャズという両ジャンル(!)に対する冒涜だとか、木に竹を接ぐようだとか感じられるのでしょうね。私は一粒で二度おいしいだと思うんですけど(ちょっと軽いな、この表現)。私にとってはどれも絶妙のバランスです。あの曲集全部続けて聴くのは辛いんですけれど、このジョン・ルイス盤はおよそ倍の時間がかかっても全然飽きないんです。
あとですねえ、ぜひ聴いていただきたいのは、プレリュードの7番、8番、24番です。この3曲、偶然ですが、いったいジョンがどう料理するか、非常に興味があったんです。そうしたら、なんと彼はこの3曲だけは、なんの手も加えず原曲通り弾いてるじゃないですか!それがまた実に遅いテンポで、自分の中にどんどん入っていく演奏なんです。自分というのはジョンであり、バッハであり、私であり…。どんどん遅くなっていくんです。それがものすごくいい。そう言えば、昔のリヒターの指揮する演奏でもそんなことがありました。どんどん遅くなっていく。愛ですよ。愛を感じる演奏です。愛がどんどん深まっていくんです。最近そういう演奏ないですよね。特に古楽界。
だいぶ長くなってしまいましたが、この曲集はぜひ聴いていただきたいのです。ちなみに私は全曲を曲順に並べた4枚組を持っているんですが、なぜか本人の自筆サインが入っているんです。そうとは知らずどこか田舎のCD屋で買った記憶があります。あっ、こんなところにあった、みたいな感覚で。宝物です。
Amazon プレリュードとフーガ vol.1
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コメント
はじめまして。
記事で取り上げていらっしゃいます、
サイン入りの「プレリュードとフーガ」4枚組についてなのですが、
そのサインというのは印刷ではなく、ルイス氏の直筆になるものなのでしょうか。
実は、少し前に中古店でこの4枚組箱入りのものを見かけたのですが、
新品で4枚買い揃えるより少し高いため、
ミーハーな話でお恥ずかしいですが、直筆のサイン
入りなら購入に踏み切りたいと考えています。
帯には「肉筆サイン入り」とあったのですが、
ちょっと信じられず(笑)、買わずに過ぎてしまいました。
今から行っても、もう無いかもしれないのですが…
投稿: よしゅあ | 2005.10.31 21:17
よしゅあさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
サインは直筆だと思います。
金色のマジックペンで書かれていますが、印刷とかではありませんね。
たしか来日記念に枚数限定でリリースされたのだと思います。
その来日時にご本人がサインした…と記憶してます。
というか、そう信じています(笑)。
内容的にも素晴らしいものですので、ぜひ急行してください!
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2005.10.31 21:49
お返事ありがとうございました。
買ってきました!
サインはシリアルナンバーの隣に入っていたんですね。
帯に半分隠れていたために見逃していました。
重ねてお恥ずかしい…
教えていただいたのと同じ、金のマジックで
書かれていました。
ジャズメンのサインを手にしたのは初めてで、感激です。
音楽の方も一枚目からじっくり聞き始めています。
もっとガチャついたものをイメージしていたのですが、
アドリブへの移行が驚くほど自然で、とてもいい感じですね。
そして、音がとても柔らかいですね。
私はクラシックの方の知識は全く無いのですが、
音の魅力で先入観を捨ててすっと入っていけました。
原曲に触れてみたい気持ちもにわかに湧いてきまして、
こちらのブログにたどり着かなければ、そういう意欲も
一生得られないままだったかもしれません。
おかげさまで、良い買い物になりました。私も宝物にしたいと思います。
投稿: よしゅあ | 2005.11.03 02:27
よしゅあさん!おめでとうございます!
まだあってよかったですね。
ルイス&バッハの感動を共有できて嬉しく思います。
本当に名盤ですよ。ルイスの人柄がそのまま表れています。
私も今日じっくり聴いてみたいと思います!
不二草紙の方にもまたお寄り下さいね。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2005.11.03 05:12