『走れメロス』 太宰治 〜「わけのわからぬ大きな力」とは?
先日のドラマ「太宰治物語」にも「待つ身が辛いか、待たせる身が辛いか」というセリフがあったように記憶しています。
さて、どっちが辛いのかを描いて(?)あまりにも有名な教材(!)「走れメロス」。今日は授業で小説(!)「走れメロス」を読みました。
もう、ホントにあまりにもなので、あえて書きたくないんですが、とにかく、この作品ほど誤解されまくっているものはない。え?「友情と信実の物語」?はあ?「愛と勇気の物語」?げっ!っていう感じですよねえ。
学校のまじめなセンセイや学者のセンセイ方までそんなこと平気でおっしゃるから困るんですよね。なんて、こんなふうに書くだけで顰蹙を買う可能性もあるんですよ。まあ、それは私と太宰にとってはどうでもいいことなんですが。
とにかく、小説としての成立過程や太宰の人生を含めて考えると(その方法論に異議のある方とは話ができません)、シラーの詩に加えられた部分、つまり王の言葉とダメ人間バージョンのメロスの言葉こそが太宰のメッセージであり、浮ついた美辞はそれを鮮明にするための演出にすぎないことは明白です(と私は考えます)。
そして、その加味された部分のために、シラーの詩(あるいは古伝説、あるいは高等小学校の教材)のプロットが破綻を余儀なくされています。その破綻を破綻のままに終わらせないために(つまり小説としてそこで終わってしまうことを避けるために)、どう考えてもありえない奇跡を連続させます。
そして、最後の最後、究極の奇跡が起きます。太宰は、メロスに「間に合ふ、間に合はぬは問題ではないのだ。人の命も問題ではないのだ。私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいものの為に走ってゐるのだ」とまで言わせてしまう。もう小説のテーマすら否定してしまうわけです。そして、「メロスの頭は、からっぽだ。何一つ考へてゐない、ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った」と書いた。
破綻をきわめた物語の筋を、究極の力で無理やり紡ぎ続けた太宰。その究極の力とは…。
「わけのわからぬ大きな力」については、やはり「信頼」だとか「友情」だとか「愛と誠」とか、そんなスケールの小さな(笑)解釈しかされていないのが実情のようです。
これはですねえ、私は太宰に直接聞いたんですけど(って生徒には言いました)、間違いなく「小説の力(文学の力)」ですよ。ここまで来て、奇跡の連続でなんとかつながらせてきた小説を終わらせるわけにはいかない!もう因果関係とか目的と手段とか、そんなことは関係ない。何も考えないで、わけのわからぬ力にまかせて、無理やり大団円に持っていくしかなかったんですよ。しまいには、力が大きすぎて、それこそわけのわからぬ少女まで登場してしまった。もうそこまでくると太宰の関知するところではない。まったくもって「小説の力」とはおそろしい。
というわけで、こんな授業を受ける生徒はかわいそうかと言うと、そうでもなく、ゲラゲラ笑いながら変に納得してました。まあ、メロスは「単純な男」=「愚者」というのが前提ですから、賢者としての王が「わしも仲間に入れてくれないか」と言うのももっともだと、高校生くらいになれば分かりますしね。賢すぎるといろいろ見えすぎて辛いんでしょうね。そう考えると、太宰の思い入れがメロスと王の両方に向かっているのがよくわかります。
とにかく、常識や習慣にいかにとらわれているかということを知るための教材としては、本当にすばらしい「小説」ですね。さすが太宰。ん?また太宰さんが耳元で変なことささやいた…「待つ身」も「待たせる身」も実は王のことだったりして…(微笑)。
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コメント
ケロログのBlog表現よみ作品集の「走れメロス」にトラックバックありがとうございます。ファイルに不具合があって聴けない状態でしたが、復旧させましたのでお聴きください。
投稿: 渡辺知明 | 2005.10.15 09:32
渡辺さま、ありがとうございます。
さっそく拝聴しコメントさせていただきました。
素晴らしいよみですね。
私にはとてもまねできません。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2005.10.15 10:02