『網野善彦を継ぐ。』 中沢新一 赤坂憲雄 (講談社)
今朝、FMのバロックの森でバッハのマタイ受難曲の抜粋を放送していました。いろいろな奏者によるハイライトということで、なかなか興味深く聴きました。で、それをBGMにしながら読んでいたのが、この本でして、この組み合わせというのも不思議ですけど、その結果というか、両者のコラボレーションがもたらした私の脳内イメージがすごいことになってしまいました。
網野善彦さんが十字架背負って…(後略)。
網野先生は、私にとっては本当に先生と呼べる存在です。もちろん、直接お会いしたことはありません。本当に残念なことでしたが、昨年お亡くなりになってしまいました。先生が語った学問に対する姿勢、歴史に対する視点は、今の私のある部分を確かに形成しました。先生について私が説明すると、非常に長くなってしまいそうなので、Wikipediaの記事を拝借しましょう。
『山梨県生まれで東京都育ちの歴史家である。専攻は日本中世史。中世の職人や芸能民など、農民以外の非定住の人々である漂泊民の世界を明らかにし、天皇を頂点とする農耕民の均質な国家とされてきたそれまでの日本像に疑問を投げかけ、日本中世史研究に大きな影響を与えた』
私は富士北麓に伝わる偽史の研究から網野先生を知り、多くの著作を読んできました。私のような在野の者なら、いわゆるアカデミックな世界に反旗を翻しても、その旗すら誰にも見えませんからなんの問題もありません。しかし、先生は大変だったと思います。ある種歴史学界ではタブーとされてきた部分に足を踏み入れ、そしてまた、その研究結果が大衆にも大いに受け入れられた。当然まわりは敵だらけになります。
私にもその程度の認識とシンパシーはあったのですが、実際には想像を絶する苦難があったようで、改めて驚かされました。例えば、赤坂さんがこの本のあとがきに記した次のようなアカデミズムの様子を、私たちはどう受け取ればいいのでしょうか。
「網野さんが病いに倒れられて以来、どこからともなく聞こえてくるのは、陰鬱な湿った声ばかりだった。網野さんの仕事はたちまちにして忘れられる、歴史学界は網野以後に向けて、すでに動き出している、やがて、網野善彦という名前は忌み物となり、だれも触れなくなるだろう…」
私は、網野先生の業績は、忘れられるどころか、これからさらに高く評価されるようになると思います。それはアカデミズムなんていうせせこましい世界によってではなく、私たち大衆によってです。なぜなら、歴史の99%は我々大衆によって紡がれてきたからです。
さきほどの引用の中に「忌み物」という表現がありましたが、網野先生が共感や愛情をもって見つめたのは、まさに歴史の「忌み物」たちでした。『蒙古襲来』に先生が書いた「いかんともなしがたい、えたいの知れない力」。網野先生も自らの生き様を通じて、その力をこの世に残してゆかれました。これはアカデミズムと言えども、いかんともなしがたい、非常に強い力です。必ずや復活するでしょう。大衆のための癒しを実践したイエスのように。
私のような者が意気込んでもなんの足しにもなりませんが、非常に気合いが入りました(笑)。網野先生は山梨のご出身です。この本によって、そのことがいかに網野史学に大きな影を落としているか分かりました。なまよみの国が、意外なところで陸奥や蝦夷とつながっていることも。私も「ふとどきな」国に住まう「まつろわぬ」者として、自分のできる範囲で官軍と戦っていきたい。そんな大それたことを考えました。網野先生の次の言葉が背中を押してくれたからでしょう。
「秀才は駄目だ。自分のまわりにはそういう秀才がいっぱいいて、その人たちは政治的現実にせよ歴史的現実にせよ、すんなり頭のなかへ整理して理解してしまう。だけれども現実というのは、いつも理解に抗うもので、理解されたものを否定していく力が強烈にはたらいている…」
Amazon 網野善彦を継ぐ。
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