『日本の兄弟』 松本大洋 (マガジンハウス)
ちょっと話をすると、どんどん貸してくれるのが、生徒のいいところ。というか、センセイの役得。
『ピンポン』や『ナンバーファイブ』よりも先に、これを読めということらしいので、読んでみました。うん、たしかに1995年刊ということですから、『鉄コン』に近い。
よって画風や作風は昨日の印象とほぼ同じでした。ただ、こちらは短編集ですので、そうですねえ、読後感は「マンガによる散文詩」といったところでしょうか。
一見、つじつまの合わないシーンや言葉の羅列という感じですが、やはり全体としてはどこか自然ささえ感じさせます。つまり、現実世界とはこんな感じなのではないでしょうか。物語されていないモノの連続という感じです。だから、自然なのかもしれません。これも一つの表現であり、物語的でない語り方なのかもしれません。…ちょっとうまく言えませんが、とにかく混沌とした世界を、ただ切り取って、ただコラージュする。しかし、そこにはある意味真理がある。なぜなら、私たちのたった一つの真理は、そういう時間の連続の中にあるからです。
それを、詩ではなくてマンガで実現したところが新しいのではないでしょうか。そして、それを可能にする技術とセンスを彼が持っていたということ。希有な才能です。
昨日は、映画的と申しました。今日は詩的と書きましょう。私はこういう浮揚感、大好きです。つまり、完全に語ってしまわない、コト化してしまわない、固定しない描写。そのさじ加減が見事なわけです。
そうですねえ、私の少ない経験から無理やり両者をくっつけるなら、岩井俊二の映像世界に近いかもしれません。おそらく松本さんも岩井さんも、ものすごく頭のいい方だと思いますけれど、その頭の良さのはるか上空を、感性の繊細さが飛んでいるのに違いありません。さりげない日常的風景をコラージュして、なおかつそこにある程度の一般性を獲得した真理を表現するわけですからね。天才の仕事でしょう。
先日亡くなられた串田孫一さんの文章からも、同じような印象を受けます。私のように、無理やり解釈して、はったりで意味付けして歓心を買うような、そんな底の浅い表現とは違う。ん〜、辛い。まあ、私はせいぜいエセ評論家止まりですな。
さて、この短編集、中でも表題作「日本の兄弟」が良かった。松本大洋さんは、子どもと老人を描くのがうまい。ちょっと隣の現実世界の住人は、子どもと老人のようです。つまりフツウの大人は存在しない。単なる社会の部品であるということですかね。
今日はちょっと忙しいのでこのへんで。
Amazon 日本の兄弟
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