『江戸の音』 田中優子 (河出文庫)
若い時には西に惹かれ、年をとると東に帰る。これは多くの日本人にあてはまる現象ではないでしょうか。私も御多分にもれず、後半生をスタートさせる頃になって、本気で東に戻りつつあります。本気で、と書いたのは、けっこう若い頃から東に帰る、いや、日本にいるフリをしていたからです。
そういうフリを始めたのは、大学生の時です。小学校高学年の時、ビートルズで音楽に目覚め、中学でELOにはまり、高校でバロック音楽を始めた私は、大学では箏曲愛好会に入り、実はあまり好きでもない邦楽を志しました。しまいには、卒論で、山田検校の残した秘譜の研究などして、なんだか解ったような顔をしていたのでした。
しかし、その頃も、西洋音楽としてのジャズに興味を持ち始めたりしており、実のところ、心ここにあらずだったのです。そんな私にも、いよいよ日本回帰、つまり自己回帰の時が来ているようです。
なぜ、歳をとらないと日本音楽がわからないのか。これは実に難しい問題です。究極の答えをここに書いてしまえば、「西洋音楽は子どもでもわかる」ということになります。しかし、これを書いて世界に発信するには、そうとう勇気がいります(って、やっちゃってますけど)。ただ、たしかに日本の音(例えばこの本のタイトルになっている「江戸の音」)には、大人にならないとわからない要素が多々ある。それは…。
それは、「もののあはれ」です(また出た…すんません、マイブームなんで)。宣長は「もののあはれ」とはこういうことだと明言していません。実際定説はありません。ですから、ここで、世界で初めて?私が明言しましょう。「変化していくモノに対する言葉にならない感情」です。仏教が伝来する以前からあった日本人独特の(世界標準以上の強さを持った)感情です。私流に解釈すれば、「変化」=「もの」、「あはれ」=「ため息」ですので、実に単純な定義です。その根拠はここでは書きません(いずれまとめます)。
この本は、武満徹さんの番組に感動した私に、チェンバリストの森洋子さんが貸してくれたものです。なるほど、田中優子さんと武満さんの対談は実に示唆に富んでいました。特に、「サワリ」や「間」、「連」などについてのお二人のやりとりには、かなり興奮しました。たしかに「サワリ」や「間」や「連」が催すものは「変化(ダイナミズム)」です。私はそこに「もののあはれ」を重ねて読んだのです。自分の中では、実に腑に落ちました。
対談の最後、お二人は結局「日本的なるもの」を規定することを拒否します。これは当然です。本質が「もの」だからです。「こと(例えば言葉)」を拒否して、「もの」は「もの」でいられるわけですから。
他にもいろいろと語りたいところなんですが、語ったら元も子もない…というわけで、少しずつ小出しにしていきますね。とにかく、実に有益な本でした。結局のところ、田中さんもわからないまま終わっているところに好感を持てました。音楽(特に西洋音楽)に興味を持っている人…ほとんどの人か…必読の好著です。
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コメント
この本、わたしも持っています。まったく読んでいないですが。河口湖に引っ越したてのときに武満徹『手づくり諺』(楽譜だったのですが同郷の瀧口修造の詩に作曲したものでちょっと興味があったので)、マリオ・A『カメラの前のモノローグ 埴谷雄高・猪熊弦一郎・武満徹』という本といっしょに購入しました。マリオ・Aの本はなかなか面白く読みとばせました。
投稿: 龍川順 | 2005.06.23 23:17
龍川さんおはようございます。
カメラの前のモノローグ面白そうですね。
そうそうたるお三人さんですなあ。さっそく買ってみます。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2005.06.24 07:53