『蟲師』 漆原友紀 (講談社)
先ほど、生徒が貸してくれまして、一気に(と言っても2時間近くかかっちゃいましたが)3巻まで読みました。なるほど、興味深い作品であります。
生徒曰く、「これ先生って感じですよ」と。世界観が私であると言うのです。そう言われちゃ読まないわけにいかない。で、1巻の1ページ目で、彼女の予感が当たっていることが判明しました。
「およそ遠しとされしもの 下等で奇怪 見慣れた動植物とはまるで違うとおぼしきモノ達 それら異形の一群を ヒトは古くから畏れを含み いつしか総じて『蟲(むし)』と呼んだ」
ここには確かに私の「モノガタリ論」につながるモノがある。作者はいろいろな事物の境界を描きたいと語っております。なるほど、ここに登場する「蟲師」は、モノとヒト(つまりは認識されたコト)の境界で活躍します。具体的にはモノによって引き起こされた病気を治すのですが、蟲師の存在は、ある意味で媒体、すなわちメディアであると言えます。「蟲師」ギンコのコトノハによって、ヒトは初めてモノ(蟲)と病気(現象)との因果関係を知る。ワタクシ的に言えば、ギンコによってモノが語られ、ヒトの中でコトとなる。
いきなりブッとんで申し訳ないのですが、私はこのマンガ(物語)を読んで、これは「仮面ライダー響鬼」+「ブラックジャック」だ、と思いました。ニッポンの森(邑)に住む物の怪たちを退治して、難病を治癒させ去っていく。一見そっけなく見えるギンコ、しかしそこには見事なニッポン的ヒューマニズムが宿っています。だから美しい。
そう考えると、「ブラックジャック」は西洋医学(認識された判然としたコト)で語られているように見えますけれど、実はそれを超えたモノやヒトによる伝統的な物語なのですな。今気づいた。響鬼は言うまでもないか。
もとい。『蟲師』ですけれど、ストーリーも絵も言葉も、なかなかレベル高いですね。作者のモノ的世界への愛情も強く感じられますし、単なる自己満足に陥ることなく、読者の手を取って共に境界線まで旅してくれる、そんな優しさのようなものも感じます。描かれた風景はとても懐かしい。その懐かしさは「怖さ」に起因します。その原初的な「怖さ」という共通感情を、上手に作品化していると思います。こうしたアイデアの作品は、古来いろいろありますが、それらはだいたいエログロになったり、ホラーになったり、サブカル的になっていったんですよね。でも、この作品には徹底した優しさがあるので、そうはならない。そこが気に入りました。
最近のマンガは、マンガと呼ぶにはあまりに古典的な文学であることが多く驚いてしまいます。長いことマンガ的世界を知らずに来た私にとって、このことは大変な衝撃です。前も書きましたが、マンガやアニメのような魅力的な世界に、この歳になって出会えたこと、本当に嬉しく思います。まだまだ勉強ですな。当分死ねませんね。とりあえず『蟲師』の続きを借りましょう。
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