武満徹 『ノヴェンバー・ステップス / ア・ストリング・アラウンド・オータム / 弦楽のためのレクエイム 他』
「洋楽の音は水平に歩行する。だが尺八の音は垂直に樹のように起る」
20世紀の最も優れた作曲家は?この問いに「武満徹」と答える人は多いでしょう。私は彼を完全に理解しているわけではありませんが、日本人としての身内贔屓を冷静に排除したとしても、やはり、彼の名前を挙げざるをえません。彼の残した作品群は、日本人にとっても、西洋人にとっても、新鮮であり、かつ自然な響きを持っています。
先日、NHKのハイビジョン特集「音おと・作曲家武満徹の軌跡」が再放送されておりました。非常に興味深く感動的な内容でした。彼のさまざまな枠を超えた自由な精神の一端に触れ、いろいろなことを考えさせられました。
番組は、彼の人生を振り返るとともに、彼の同級生や妻、娘、そして小沢征爾やケント・ナガノ、池辺晋一郎、谷川俊太郎らのインタビュー、そして武満自身の言葉や音楽で構成されていました。その中で、彼はこんなことを言っています。正確ではありませんが、だいたい次のような言葉だったと記憶しています。
「西洋の音は、一つ一つ役割を持っているが、それ自体では世界を表現できない。日本の音は、それ一つで世界を表現できる」
「西洋の音を聴くとき、我々はアルファベットでつづられた単語の集合を読むようにする。一方、日本の音を聴くときは、漢字を読むようにする」
これらを言い換えたのが、冒頭の言葉でしょう。そして、彼は西洋の音楽と日本の音楽を、全く別のものだといいます。ヨーヨー・マが試みるような融合を目指さず、ただそこに対置します。共存とは違うかもしれませんが、対置して、その状態を自然とする。そんな感じでしょうか。その最も典型的な例が、ノヴェンバー・ステップスです。私はそういう意識でこの曲を聴いたことがありませんでした。融合を期待して聴いていたせいか、正直言いますと違和感しか残らなかったのでした。しかし、彼の言葉を聞いてから聴き直してみると、なるほど面白い。武満の意識に近い意識で聴くとぜんぜん違ったものに感じられるから不思議です。いや、当然なのかもしれませんね。私の先入観というか、私の恣意が、私の耳を濁らせていたのでしょう。
西洋と日本、というだけでなく、古典、現代、ポップス、ロック、映画音楽、ジャズに至るまで、本当に彼は自由に行き来しました。その自由さはどこから生まれるのでしょう。おそらくは、自分の感性に対する絶対の信頼、自信というものがあったのだと思われます。歳をとるにしたがって、凡人には難しくなることを、彼は晩年に向かってどんどん獲得、実現してゆきます。
彼の往来する自由世界は音楽にとどまりません。絵画、映像作品、そして言葉へ。彼の文章の素晴らしさには驚きます。目がくらむほどです。いつか著作集を読破したいと思っています。そういえば最近、センター試験にも出ましたね。
番組の最後、彼の死について奥さんが語るところ、涙を止めることができませんでした。死の前々日、彼は全くの偶然で、バッハのマタイ受難曲全曲を聴いたそうです。病院の無菌室で。そして、翌日、つまり死の前日、訪ねてきた奥さんに「すごいねえ…バッハって」と言ったそうです。そして何かふっきれたように穏やかな死をむかえたそうです。
「音は私をつらぬいて 世界に輪のようにつづいている」
これから、じっくりとTAKEMITSUを聴いてみたいと思います。この歳になって、やっと自分もそういう心の状態になったのでしょうか。
(参考記事)
Amazon ノヴェンバー・ステップス 他
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