『ドラゴン桜』6巻・7巻 三田紀房

昨年末おススメしたドラゴン桜ですが、その後2月に6巻が出て、今月最新刊7巻が出ました。いまや、我が校舎の必読本になっております。先生も生徒も必ず読むようになっています。課題図書ですね。今年度の新入生には、一応東大希望者がおりますし。あくまで希望ですけれど。
このマンガで書かれていることは、単なる東大受験のストラテジーにはとどまりません。本当の意味での社会性というものが描かれていると思います。学校というのは実に特殊なところで、何か社会から遊離して、きれいごとがまかり通っています。金八センセイみたいなのが許されるんですよ。センチなんです。社会はどっちかというと戦地でしょう。なかよしこよしではやっていけない。
でも、それを知らない生徒と、そして、ほとんどが学校という場しか知らない教師が、「夢」なんて追いかけちゃう。これはいけませんよ。個人や家庭と社会をつなぐべき学校が、そこだけポッカリ夢空間を作っている。それはたぶん先生の責任です。
戦いに勝つ、と言うと、なんとなく殺伐としているように感じますけれど、実際それは自分を向上させる努力を怠らないことと同義なのであって、全然悪いことではないと思います。ウチの学校の基礎になっている禅宗の教えとも矛盾しないのでは。
私はかなりのリアリストです。私学の教員ということもありますが、やっぱりクライアントのニーズに応える仕事をしなくちゃ。私のところへ来る生徒たちとその親たちは、本人が良い大学へ行くこと、そして社会で活躍して幸福になることを望んでいます。だから、それが叶う確率を上げるのがプロでしょう。お金もらってるんですから。
こういうことを言うと、なにか味も素っ気もない教育が行われていると思われそうですが、実は全然逆です。ドラゴン桜で描かれている生徒二人、彼らが生き生きとしているのと同様、我らの生徒たちもうらやましいくらい楽しく生き生きと毎日を過ごしています。
なんか、自分の学校のおススメになっちゃいましたね。でもホントなんです。今も外から、生徒たちの球技会優勝を目指した練習の声が聞こえてきます。若いっていいですね。
あっそうそう、ドラゴン桜ですが、6巻の「働きバチの理論」、7巻の「メモリーツリー」には、うんうんとうなずいてしまいました。特にメモリーツリーは、私の日常での雑学記憶法そのものですので、わが意を得たり、でした。というか、また仏教っぽくなりますけど、ツリーを作るということは、個々をリンクさせるということであり、それは縁によって結ばれた世界を認識するということになります。私はそれが究極の勉強だと思っていますので。ハイ。
Amazon ドラゴン桜7巻
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コメント
この漫画、私も面白く読んでいますが、いかんせん、作者に画力が無くて気分が悪くなる時があります。(笑)例えるなら、チューニングの合ってない楽器演奏を、延々と聴かされるような。ヘタウマとは全然違って、どうしようもなく下手なのに、自分にはその自覚がないみたいなおぞましさ。勘弁して欲しい。
日本の漫画は、内容、表現方法共に、相当進んだメディアであり、日本でもっともアグレッシブな文化の一つだと思います。しかし、ドラゴン桜 のようなどうしようもなく下手な作画を見せつけられると、先進的な内容の表現の場が漫画くらいしかないのだ、という現状を直視させられます。
ま、本筋とは何の関係もない話しですが。
投稿: LUKE | 2005.04.28 00:54
LUKEさん、おはようございます。
そうなんですよ。あれは何なんでしょう。
前にも書きましたが、なんか成人漫画以下ですよねえ。
もうそれが画風なんだと考えるようにしてます(笑)。
内容も、考えてみれば、マンガで表現する必然性もないような…。
それでもやっぱり現場としては役に立ちますね。
ドラマ化ですって?その方が自然かも。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2005.04.28 06:06