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2005.04.17

甲斐の春〜色と言葉…そして

457ges 天気が良かったので、家族でドライブ。
 青木ケ原樹海を抜け、精進湖線で右左口(うばぐち)峠を越えて、甲府盆地へ。
 甲斐の国の春は本当に美しい。冬が厳しいだけあって、春の芽吹きにエネルギーを感じます。萌黄色、若草色、天色を背景に、山吹、菜の花、蒲公英、染井吉野、山桜、桃、李が、完璧なテクスチュアを織りなします。日本の色彩のこまやかなこと。そして、その全ての色たちのもととなるお天道さまのやわらかいこと。
 甲府盆地の春と言えば、ピンクの絨毯と言われる、桃の花の群れが有名です。たしかに桃源郷と呼ばれてしかるべき幻想の世界が広がっています。私も大学時代、この光景を初めて見たとき、甲斐の国の枕詞が「生黄泉」であることを、理屈でなく納得しました(理屈を言えば、奈良時代にはおそらく桃畑はなかったと思います)。
 若いうちは、本当にそのピンクに魅せられていました。しかし、歳をとるに従い、私の視線は周囲の何気ない色彩に向かうことになります。先程あげたような自然物、そして家々の瓦の色、遠く風にそよぐ洗濯物の色、そんな、ささやかだけれども確かに息づいているものたちの色が、私の心をとらえるようになったのです。
 日本人の色彩感覚が優れていることは、何度も指摘されてきました。自然や生活に対するあたたかい視線、対象と一体化する感性のなせるわざでしょう。色の和名を見ると、そうした日本人の性質が本当によくわかります。
 色名というのは、お天道さまの光を小分けにして、名前をつけたものです。かといって、プリズムを持ち出して光を分解して端から名前をつけていくのではありません。日本人は、自然物や生活の道具に反射して自らの目に入った色に、その自然物や生活の道具の名前をそのまま適用していきます。
 私たちの生活は、たとえば平安時代とは、あまりに変化してしまいました。だから、日常では色の和名などを頭に浮かべる機会はほとんどありませんね。どちらかというと「ピンク」のような外来の言葉を多く使います。そこには、日本の風土も生活も反映されていません。しかし、今日のように、おそらく平安時代とそれほど変わらないであろう風景に接すると、忘れかけていた日本の言葉が思い浮かべられるのです。これが文化の命脈なのでしょう。
 一方、昔は、自然や生活から得た「色」を、着物や絵画などに再現することも普通に行われていました。言葉というものは、再現性にその特徴があります。再現こそが目的と言っても良いかもしれません。再現性が高い語は一般性を勝ち取っていきます。それが「語る」ということ。反対に、再現性が低くなると、すなわち死語となります。
 偶然ですが、今日LUKEさんが私の駄文を引用してお書きになったことは示唆に富んでいます。実体のない言葉の再現ということが、最近増えているような気がします。その危険性については今後も検証していきたいと思っています。つまり、「騙る」ということの危険性です。

 まさに実体のある言葉をして、私に言葉の世界を開いて下さった、大村はま先生がお亡くなりになりました。恐れ多くも恩師と同業を志してしまった私。今の自分があるのは大村先生のおかげであるにもかかわらず、あまりに恐れ多くて、結局直接御礼を申し上げることができませんでした。今とても悲しく苦しい気持ちでいっぱいです。
 先生から最後に授かった言葉、「普通のつまらない国語の先生になっちゃダメよ」…これを改めて胸に刻んで、自分なりに語り続けていきたいと思います。ご冥福をお祈りします。

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コメント

 恥ずかしながら、いや、大変みっともない事ながら、大村はま先生のことを私、今日の今日まで存じ上げませんでした。今朝嫁に、「大村はま先生って知ってる?」と聞いたところ、「この業界にいて知らぬものはいない!」と半ば怒られてしまいました。先日お亡くなられたことも知っておりました。
 普段、無知は恥ではないと私は思っております。世の中知るべき事が多すぎるわけで、その都度知れば何を恥じることもないと思っておりました。しかし今回、Web で先生のお名前を検索し、著書『灯し続けることば』を数ページ読んだところ、もうノックアウトです。もう、先生を知らなかった自分に戻りたくありません。今まで自分の中に先生が存在しなかったことが本当に口惜しい。
 ...ぬう、感想を書こうと思うと、コメントにしては失礼なくらい長くなりそうです。あ、嫁も帰ってきた。これから嫁と出かけなくては。
 続きは明日のブログにでも書かせていただきましょう。

投稿: LUKE | 2005.04.19 17:26

LUKEさん、
私は、中学校時代、1年間直接授業を受けました。
本当に幸運なことでした。人生が決定しました。
本当に神様です。誰もまねできないでしょう。これからもずっと。
今の私の教師姿など、とても見せられません。
大村先生について語ることは正直できません。
私の言葉では、とても表現できません。
おそらく御著書から伝わるものも、あの方のほんの一部だと思います。
もちろん、その一部だけでも、体が震え、涙が出てくるのですが。
「灯し続けることば」…私も今日読み返してみます。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2005.04.19 19:43

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