キース・ジャレット 『ザ・ケルン・コンサート』 CD&スコア
Keith Jarrett 『The Koln Concert』 CD&Score

今日は入学式。私は3年生を担当することになり、受験生を抱えることになりました。受験指導、結構好きなので楽しみです。
さて、今日の入学式ですが、式が始まる前の会場内BGMに、キース・ジャレットのケルン・コンサートを流してしまいました。いつもはクラシック(ラルキブデッリによる古典派)とゴンチチ(妙な組み合わせだな)なのですが、たまたま昨日、同僚に貸していたケルンのスコアが数年ぶりに返ってきたので、久々に聴いてみたくなったのです。って、ずいぶん個人的な理由ですな。まあ、いいや。放送関係担当の特権。
久々に聴きましたが、やっぱりやっぱりすごいですな。すごいとしか言いようがない。そんなわけで、式終了後、時間があったので、同僚とともにスコアを見ながら全曲聴いてしまいました。
キースが30年前に起こした奇蹟については、今さら私は何も言いません。言えません。とにかく、世の中で最も信じられないコトであり、しかし現前しているコト、しかしやっぱり信じられないモノ…そうとしか言えません。それは神か物の怪の仕業としかとらえられません。だから、最初から降伏します。すごい。
たぶん、超ひも理論が実感できないレベルでわからないのだと思います。でも、キースがあの日、全くの即興であの作品を残したというのは、どうも事実らしい…。人間ってすごいですね。同じ種として誇りに思います。
さて、スコアの方、こちらもすごい代物ですよ。これは理解できます。人間に可能な技であることは。しかし、これを実際やってしまったことについては、一人でシソーラスを作ってしまうイギリス人や日本人に対するのと同じレベルで理解できません。ものすごく面倒くさいことだと思います。それをホントにやってしまうんだから、日本人ってすごいですね。同じ民族として誇りに思います。
楽譜にするという勇気ある試みは、キースにとってはちょっとありがた迷惑だったようですが(キースによるまえがきがしゃれてます)、私たち凡夫にとっては単にありがたいだけです。「(印刷された)インプロヴィゼイションの絵画」を見ることができるようになることが、その音楽自体のさらなる偉大さを確認するための、大きなきっかけとなるからです。
楽譜という言語体系を多少は理解する人、また、ピアノという楽器を少しでもたしなんだことのある人は、この絵画によって、ますます打ちのめされるでしょう。奇蹟が言語化することによって、より奇蹟に近づいていくのです。簡単に言えば、「楽譜を見て練習しても絶対に弾けません!」ということ。
さらに、絵画としての美しさまで提示される…武満徹がこのスコアを見て、「なんだバッハじゃないか」と言ったとか…。バッハの例を挙げるまでもなく、偉大な音楽の楽譜は、一流の絵画となりうる。
う〜む、まさに多次元宇宙ですな。となりの次元、となりにある膜の世界を、ちょっとでも垣間見させてくれるのが、キースの音楽なのかもしれません。
しかし、妙に疲れたなあ、異次元旅行も楽じゃないのか。
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コメント
ケルン・コンサートとあれば、本来、即座にコメントすべきところを、なんだかんだで今日になってしまいました。(しかし、蘊恥庵庵主 様、毎日毎日、違うことをしかも面白く、良く書き続けられますね。そろそろ、ネタが無くなりつつある私は尊敬いたしますです。)
>楽譜にするという勇気ある試みは、キースにとってはちょっとありがた迷惑だったようですが
そうみたいですね。キースに限らず、ライブでの演奏を採譜することに、抵抗のあるアーティストは多いようです。私のような凡人には分りませんが、彼らなりに不満があるところも多いらしいのです。信じられないことですが。
奇跡の起きたライブ音源は、奏者のミスタッチでさえも音楽的であり、観客のノイズも演奏の一部ではないかと錯覚しそうになりますが、当のご本人に言わせると、出来ることなら、パンチインして差し替えたいところがある、とか言い出すわけですよ、平気で! でもそんなことしたら、奇跡が失われてしまうことをリスナーである我々は十分理解しているのに対し、奇跡の当事者は納得できないようです。
そう考えると、アーティスト本人はもちろん偉大でありますが、その奇跡を奇跡と認識できるリスナーも、胸を張って良いのではないかと思えます。
LUKE
投稿: LUKE | 2005.04.15 02:50
LUKEさん、おはようございます。
いえいえ、私こそLUKEさんの文章(や詩)を毎日楽しみにしていますよ。
ネタはいつも切れてます。
それを逆手にとって、アドリブでどう語る(騙る)か、なのです。
うん、まさにケルン・コンサートだ!(全然違うって)
ただ、アドリブって大切だと思います。
自分だけの力でない、それこそ一期一会の「縁」みたいなものを感じるんですよね。
いろいろ構想して書くより、自分でも面白かったりして。
そういう意味では、たしかに聴衆の声やミスタッチも「縁」なんですよね。
プロの方々は「自分が、自分が」という人が多いですから、そういう「縁」を受け入れられない場合があるのでは。
さ〜て、今日は何を書こうかなあ。なんて、今日もぶっつけ本番で行きます(生きます)!
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2005.04.15 08:18
私も好きです。とくにケルンコンサート。ケルンコンサートのスコアなんかがあるんですね。始めて知りました。トラックバックもさせてもらいました。
投稿: ophshou | 2005.06.20 15:37
ophshouさん、こんにちは。トラバ&コメントありがとうございます。
私もトラバ送らせていただきました。
スコアはぜひ入手してください。
記事にも書きましたけど、本当に美しい絵画であるとともに、驚きの文学でもあります。
人間ってすごいんですねえ。
こういうモノを体験できる私たちも幸せだと思います。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2005.06.20 16:50
今度御茶ノ水へ行ったときにでも、探してみますスコア。見てみたい。だも高いでしょ?
投稿: ophshou | 2005.06.21 14:45
税込み2625円ですかね。
私はそれだけの価値があると思いますよ。
私は眺めてるだけでも楽しい。そのうち聴きたくなるんですよ。
で、見ながら聴くのがまた楽しい、というか毎度驚きですね。
ぜひ探してみて下さい。なかったら上のリンクからアマゾンでどうぞ。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2005.06.21 15:37