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2005.02.28

『今週、妻が浮気します』 (中央公論新社)

412003609X.09.MZZZZZZZ 昨年の11月13日付けおススメは『電車男』でした。あの時は少し興奮気味に「新しい文学の幕開けだあ!」みたいなことを書いていますが、しばらくたった今、もう一度ぺらぺらっとめくってみると…やっぱり同じ感想を持ちます。大げさでなく、一つの流れを形成する最初の一滴になったと思います。その二滴目となれる作品は、いつ…と期待していたところ、先月これが発売されました。
 『電車男』は2ちゃんから生まれた作品でした。こちらはOKWebから生まれました。2ちゃんほどではないけれども、知る人ぞ知るインターネット上のコミュニティーです。両サイトは明らかに住人の質が違います。つまり、サイト自体の質が違うということです。OKWebは比較的「まじめ」です。
 「まじめ」から生まれたわけですから、『電車男』のようには笑えません。結構真剣に読んでしまいました。言ってみれば、『電車男』は直木賞候補、『今週、…』は芥川賞候補というところですか。ふざけるな、と言われそうですが、たぶん直木さんも芥川さんも納得してくれますよ。たぶん。
 さて、その深刻な『今週、…』ですが、内容はAmazonのレビューなどを読んでいただくとして、いつもどおり私の勝手な感想を書きましょう。
 まず、こうしたネット上のコミュニティーから文学が生まれるには、その主人公となる人物が、ネット上としては珍しく素直で純粋な好漢でなければならないということ。漢と言ったのは、好女はネット上では難しそうだからです。人の意見をしっかり聞いて、腹も立てず、ちゃんと返信する人というのは希有です。そこが文学を生む基本。
 で、そうした主人公を囲む人たちについては、あまり特別な心配はいりません。なぜなら、人は、誰かのそばにいると、それを徹底的にいじめる立場になるか、徹底的に味方する立場になるか、徹底的に関わらない立場になるか、ついていけない立場?のどれかになります。後の二つの立場の人は発言しませんから、結果として前の二つの立場の人たちが、勝手にストーリーを盛り上げてくれます。
 この『今週、…』についても、なんでここまで見ず知らずの他人のために、いろんな人が一生懸命になってるんだろう、という感慨。そして、本当にいろいろな意見があるということに驚嘆。自分一人の考えというのが、いかに狭いものかが分かります。三人寄れば文殊の知恵とはよく言ったもので、たしかに議会制というのはいいですね。
 今までの文学というのは、自己表現といいましょうか、基本的に一人の脳ミソの開陳という感じでした。それが、こうして複数の脳ミソによる共同作品となる。これが「新しい」わけです。まさに仏教で言う本当の「無我」。私はこれに期待しているのです。絶対的なドグマとは対極にある言葉たち。いいじゃないですか。
 あ、それから、そうした複数の脳ミソが予測できなかった結末。予定調和のようであり、実は「因縁」によって変化した結果。因果かあ…ちょっと昨日読んだ本の影響が残ってますな、私。
 おっと最後に、もう一つ。今回はネット上で電子本を買って読みました。こうした形式の作品の場合、違和感がなく、なかなか良かった。紙の本より安上がりでしたし。
Amazon 今週、妻が浮気します
電子書店パピレス

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2005.02.27

『般若心経瞑想法』 桐山靖雄 (平河出版社)

gdc またまた「瞑想」というキーワードが出てきましたな。とは言っても、今特に「瞑想」に凝っているわけではありません。偶然です。実際、瞑想とはかけ離れた生活してます。迷走はしてますけど。
 先日、仏教をよく勉強している友人が遊びに来まして、「空」についていろいろと論議しました(と言ってもほとんど教えてもらってたわけですが)。
 その時、彼がこの本を見せてくれました。その「空」に関するところをちょっとだけ読ませてもらったのですが、それが非常に分かりやすく、今までボンヤリとしていたものが急に明確になった…明確とは違うけれども、なんというか、急に霧が晴れた、いや霧を突き抜けたという感じがしました。
 特に結構頻繁に唱えている(仕事上)「色即是空」「空即是色」のところ。「色即是空」はなんとなく「無常」で納得していたわけですが、すぐ次に何気なく来る「空即是色」、これは正直つかめていなかった。そこが、本当にこの本によってスッキリ理解できました。両者は全く矛盾していない。両方並んで、まさに真理。とにかく詳しくは、この本で読んでみて下さい。必ず私と同じ感想を持つことでしょう。
 桐山靖雄さんは、言うまでもなく「阿含宗」の管長さんです。特別な解釈でもしてるんじゃないの?と思う人もいるでしょう。しかし、読んでみると分かりますが、とにかく先哲の説を多く引用し、またそこから謙虚に学んでいて偏りがありません。そして、それらをまとめてかみ砕く管長さん独自の言葉が、実にていねいで分かりやすい。お世辞でなく感心しました。
 インド仏教史、般若心経の歴史の概説もあり、本当に勉強になりました。実際には「瞑想法」は最後にちょこっと出てくるだけです。般若心経の解説書というと、分かりやすくしすぎたために、生き方指南に終始しているものがほとんど。かと言って、学術論文を読むのはちょっと…そんな私にはピッタリの良書でした。
 「空」は「無」ではありません。「空」には無限の可能性があるとも言えます。「空」を知ることは、そうした可能性を持った自分、世界の大切さを知ることにもなります。そして「因縁」の不思議。「確乎とした自分」という重荷を下ろすと、いかに日常が楽になるか。楽しくなるか。今、とてもさわやかな気持ちです。
 この本は布装の立派なものですが、私はアマゾンのマーケットプレイスで882円で購入しました。ありがたやありがたや。最近では瞑想法の映像DVD付きのものが出ているようですね。
Amazon 般若心経瞑想法

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2005.02.26

キース・ジャレット・トリオ 『ジ・アウト・オブ・タウナーズ』

B0002JP41O.01.MZZZZZZZ 一昨日のおススメであるパット・メセニー・グループと一緒に注文したのが、これでした。ともに甲乙つけがたい歴史に残る名演です。
 この2枚を続けて聴くのは辛かった。冗談抜きで、あまりに素晴らしいものを二つ続けて、というのは、私のような凡人にとってはちょっと荷が重過ぎました。今、彼らと同時代に生きているということの幸せ。幸せ過ぎて怖い…冗談ではなくそんな感に襲われています。
 キースのトリオのライブには何回か行きましたが、やはり逃げも隠れもできないホールの中で、あの空気の振動…本当に会場が波打つんですよね…を受けとめるのは、正直辛いものがありました。こちらにも完璧さを要求するような完璧さ。分かりますか?ここのところ、何度も書いていますが、中途半端でない「瞑想」と「興奮」を強いられるのです。それは心地よいわけですけれど、よほど自分がしっかりしていないと、乗り損ねたり、あらぬ方向に投げ出されたり。今回のCDは、そんな緊張感までも見事に録音されています。逃げも隠れもできない。
 キースのトリオも、もう結成20年だそうです。スタンダードナンバーにあえて挑戦しつつ、今までにない全く新しい世界を創造し続けてきた彼ら。今回のアルバムは、彼らの歩みの一つの到達点、極みのような気がします。それはスタイルの完全な確立ということでもあります。しかし、一方でそれだけでない精神性。3人が「今極めよう」という一致した気持ちで演奏に臨んでいることが分かります。
 私は、それについていけない。私の気持ちが、今までの彼らのアルバムを聴く時と同じなのですから。聴き手として極めようなんて、これっぽっちも考えずに聴いているのです。
 だから、これからだと思います。私は何年かけて彼らの高みに到達できるのでしょうか。いや、一生できないかもしれない。でも楽しみです。この聖なるきざはしを昇っていくんです。そういう目標があるというのが人生の充実なのです。焦らず自分のペースで昇っていきましょう。
 スタンダード、フリー・インプロヴィゼーション、ピアノ・ソロ、いろいろ楽しめるこのアルバム。そんな中で、今回あらためて感じたのは、ジャック・デジョネットの偉大さです。彼の演奏を、このトリオだけでなく、いろいろな所で聴いています。彼は共演者に合わせて自分をどんどん変えられるすごさを持ってるんですよね。ある意味、キースとゲーリーは、このトリオがほとんど唯一の居場所という感じ。特にキース。それに比して、ジャックの懐の広さ、深さは本当に尊敬に値しますね。彼はドラムを鍵盤楽器のように弾きます。それも優れた伴奏ピアニストのように。
Amazon The Out-of-Towners

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2005.02.25

プリンセス天功 『スーパーイリュージョンショー』

tenko ドップリと引田天功の世界に浸っちゃいました。
 今日、ウチの学校主催で(なんでだ?)『スーパーイリュージョン』が行われ、昼・夜の部2回とも観てしまいました。昼は幼稚園児および高校生と一緒に、夜は一般公開ということで家族と鑑賞。もちろんプリ天初体験です。
 会場の制約もあったようですが、まあ予想以上に楽しめましたね。昼も夜もほぼ同じ内容でしたが、飽きずに観ることができました。1回目は純粋に驚いたり笑ったりして、2回目は冷静に分析する、なんていう鑑賞の仕方もありですな。かなりぜいたく。
 さて、そのショーの楽しさもさることながら、その祭りのあとがまた楽しかった。実に興味深い体験ができました。というのは、最初に書いたように、この興行、ウチの学校主催でしたので、私たち教員は「にわかスタッフ」として働かせていただいたのです。で、公演終了後の後片づけなどを手伝わせていただきました。
 プリンセス御使用のイリュージョングッズを自ら運んだりするというのは、なかなかレアな体験です。もちろん、我々の興味はそのイリュージョンのイリュージョン以前?を観察することに向かいます。しかし、まあお決まりなんでしょう、スタッフの頭とおぼしき方が、作業が始まってまもなく、「魔術の道具は触らない!のぞかない!」と釘をさしていました。ちょっと迫力。私にも多少の眼力がありますから、触らずとものぞかずとも、その大事な部分の仕組みなんかは分かりました。しかし、私には多少の良識もありますから、ここではそのことについては語りません。人生のルールです。
 しかし、これだけは書いておきましょう。それらグッズの歴史というか哀愁というかについてです。
 本番の舞台ではあれほど輝いていた夢のようなグッズたち。間近で見ると、そして触れてみると、実にいい味を出しているのです。なんというか、生活感というか、人生というか、歴史というか、つまりそれが哀愁なわけですな。もちろん傷だらけ。ガムテープで補修なんていうのは当たり前。実に絶妙な生活感。全然イリュージョンじゃないわけです。なんか切ないほどに胸を打たれました。
 富士山なんかもそうですね。遠くで見るとイリュージョン。登ってみると醜いほどに歴史が刻まれている。う〜ん人生。
 プロレス興行に行くと、帰りに片づけを手伝うことがあります。楽しみの一つです。レスラーさんと一緒にあと片づけをする。やっぱり同じような感慨に浸れます。祭りのあと。
 今回はプリンセスにはお会いできませんでした。Macの話とかしたかったけど…無理か。まあ、舞台上で輝いているプリンセスが一番でしょうか。富士山は遠くで見ている方がいい…(?)

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2005.02.24

パット・メセニー・グループ 『ザ・ウェイ・アップ』

Pat Metheny Group 『The Way Up』
B0006M4SO6.09.MZZZZZZZ 昨日、「今日注文しました」と書いたパット・メセニーの最新アルバムが、今日届いちゃいました。すごい時代ですね。で、早速聴いてみました。
 これは「すごい」!!
 ものすごい名作です!正確に言えば全体が1曲、考えようによっては4楽章の組曲。これはもうクラシックというジャンルに入れるべき作品です。正直、ここまですごいとは思いませんでした。
 昨日も「すごい」を連発していた私ですが、今日もいいですか?すみません。私にとっての「すごい」とは、言葉がひざまずくことを意味します。参りました。私もひざまずきます。
 もともと、こういうプログレな音楽も大好きですし、大曲というのにも惹かれてきました(クラシックの大曲はダメですが)。これは、なんというジャンルなのですか?やっぱり昨日書いた通り「パット・メセニー」というジャンルなのですか?
 ジャズ・ミュージシャンとして彼を見ている人たちにとっては、あるいは堪えられない作品かもしれません。でも、彼自身は自分をジャズマンだとは思っていないでしょう。ただ、それだけのことです。本人は、今回のアルバムを「現代の音楽に対するプロテスト」と意識しているそうです。なるほど、ここまで、いわゆる「芸術性」を極めようとしたアプローチは、最近なかった。久々に新しい芸術性に接したような気がします。芸術はまだ生きていたのか!
 決して難解ではありません。どちらかというと分かりやすい。昨日書いた「瞑想」と「興奮」が、これまたうまい具合に配置されているからです。だから、ちっとも長く感じない。
 この作品、早くも賛否両論のようですが、ここまで来ると、もう作品論とか、作家論とか、テクスト論とかじゃなくて、結局「読者論」…いやいやこれは音楽だった…「聴き手論」になるんだと思います。その辺りのことが、Amazonのレビューを読んでいるとよく分かります。パット・メセニーが創り上げてしまったモノがここにある。それを、どう受け取るかだけの問題。賞讃も非難も議論も不毛。こんなこと言うと、いろんなエライ人たちやらナントカ学会から怒られそうですな。
 とにかく、とにかく、これは一聴に値するとんでもない作品です。そして一聴して、自分がどういう「聴き手」なのかを知るというのも、また一興でしょう。うん。
Amazon The Way Up

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2005.02.23

パット・メセニー 『トリオ→ライブ』

Pat Metheny 『Trio→Live』
B000051XUR.01.MZZZZZZZ 非常に乱暴な言い方ですが、私は音楽とは「瞑想」と「興奮」だと思っています。あえて言えば両者は「陶酔」として統一できるかもしれません。あくまでも言葉の上でですが。
 「瞑想」と「興奮」、たしかにこの二つは対照的かもしれません。しかし、この両方を表現できて初めて、ホンモノのミュージシャンだと思います。作曲においても、演奏においても。
 そういったコントラストを強調したのがバロック時代ではないでしょうか。たとえば教会音楽と舞踏音楽。もちろん、両者がくんづほずれつしているのが実際ですけどね。
 おっと、話がそれそうになってしまった。今日はパット・メセニーを聴いたのでした。バロックじゃない。では、パット・メセニーのジャンルは?これは難しいですね。ちょうどバッハがバッハというジャンルであるのと同じように、時代とはかけ離れたところにいるような気がします。つまり挑戦の連続だということです。
 もうすぐ来日とのことですね。一度は生で聴いてみたい音楽家です。もちろんギタリストとして孤高の存在であるわけですが、それとともにコンポーザーとして、インプロヴァイザーとしても非常な高みに達した人です。最近出たアルバムもすごいとのことで、実は今日注文しました。その感想はたぶん数日後に書けるでしょう。
 そのニューアルバムを待つ間に、久しぶりに聴き込んで、気分を盛り上げようと出してきたのが、このライブ盤。珍しくベーシックなジャズトリオの形態ですが、そこで繰り広げられる音楽は、やはりパット・メセニーというジャンルそのものです。
 どこを切り取っても、パットの音。音色もフレーズもアイデアも。ものすごい個性です。そして、最初に書いた「瞑想」と「興奮」とが、見事なバランスで配置され、あるいは不思議なことに同時に表現されてさえいます。いったいどこまでが計算で、どこからが即興なのでしょう。全くわかりません。
 ワタシ的には、1枚目の最後「All The Things You Are」が最も瞑想し興奮しますね。もともと大好きなメロディーなのですが、全く想像の出来ない展開であっという間にどこかに連れてってくれます。キースのそれもすごかったけれども、こちらもまたすごい。語彙が貧弱ですが、やっぱり「すごい」としか言えません。
 やっぱり音楽に言葉がひざまずくのか…。でも、それがなんとも幸せな瞬間ですね。
 「瞑想」と「興奮」…「陶酔」、どこか宗教とも似ています。音楽も宗教も、自分の根源を教えてくれる、そういうものであるべきなのでしょう。そんなことも思いました。
Amazon Trio→Live

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2005.02.22

究極の?猫トイレ

SANY00181 今日は「猫の日」。知ってました?222でニャンニャンニャン。「不思議の国のアリス」や「ユリシーズ」の翻訳で有名な柳瀬尚紀さんらが制定したとか。
 ウチには7歳になる黒猫の兄弟がいます。今日は特別可愛がってやりましょうか。
 てなわけで、今日はウチの猫トイレ事情についてお話しましょう。
 猫を飼うには、それなりの覚悟が必要です。特にトイレについては、それなりの工夫と努力を迫られます。猫ちゃんの排泄物は、その体の小なるに関わらず、かなり強力な臭気を伴います。人間様のそれも、猫ちゃんに負けず強力ではありますが、人間様は扉を開けたり閉めたり、また水にて流したり、換気扇のスイッチを入れたりできます。猫ちゃんにそれを要求するのは無理というもの。だから、猫ちゃんがことをし終えた瞬間に、あるいはまさにことをせんとするその瞬間に、人間様が処理してあげる必要があります。
 しかし、寝ても覚めても猫ちゃんの行動を観察するのは土台不可能なこと。もちろん、ちょっと外出することもありますし、ウチなど5日間くらい旅行に出かけてしまうこともあります。 
 そうすると、結局処理のタイミングが遅れるわけです。場合によっては5日も。
 そんな場合、通常のタイプのトイレでは、正直悲惨なことになります。夏休みの帰省の際など、窓も基本的に閉めて行かなくてはなりませんから、その惨状たるや、とても描写できません。
 で、ウチではこんな風にしました。これで、まあ5日間は大丈夫です。
 まず、目の粗いスノコの付属したトイレを購入。それに、別の製品のフードを無理やりくっつけました。そして、そのフードの天井部分に穴を空け、洗濯機の延長用ホースを取り付けます。そして、そのホースの先端を人間様のトイレの換気扇にこれも無理やりくっつけます。で、その換気扇は365日24時間回しっぱなしです。気になる電気代は、計算によれば月200円弱のようですから、そんなに高くつきません。
 いわゆる猫砂は「ナチュラル100」です。これは大粒タイプで、天然木の香りがすがすがしい。濡れると粉状になって、スノコの下に落ちます。固まるタイプの逆ですね。そして、スノコの下には、その粉と液体を受けとめるためにペットシーツを敷いておきます。猫砂はごく少量。基本的には直接シーツに吸わせます。
 で、こちらは実は「大」用なのです。てか、猫チャンたちが勝手にそう決めたようです。だからあんまり「小」はしません。
 もう一つは基本的に「小」用です。ユニ・チャームの引きだし付きのヤツを使います。これもスノコの目が粗いタイプなので、ナチュラル100を少量。引きだしにはやはりペットシーツ。こちらには「大」はしませんので、お屋根もダクトもいりません。
 こんな感じで、両方とも5日間くらいは放置しておいても大丈夫です。ちょっと無理すれば、というか猫ちゃんに我慢してもらえば1週間でも大丈夫です。うん、ウチの猫たちは辛抱強いわ。
 このようなシステムに落ち着くまで、いったいいくつのプロジェクトが失敗したことか…。お金もだいぶつぎ込んだしね。まあ、おかげで、臭いはほとんど皆無と言っていいでしょう。お手入れもものすごく楽になりましたし。

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2005.02.21

『神話と日本人の心』 河合隼雄 (岩波書店)

4000233823.09.MZZZZZZZ 河合隼雄さんも、国語のテストによく出る作家さん、いやいや学者さんです。
 本職はユング心理学。しかし、なにしろ文化庁長官ですからね。日本文化に対する愛情は人一倍深いものがあります。やはり、ヨーロッパでユングを学んだ末の日本びいきですので、説得力があるんですね。単なる愛国者のそれとは違う文章です。
 この本は、おそらく河合さんの代表作となるでしょう。アイデンティティーを突き詰めようとすれば、自国の神話に行き着くことは当然のことです。しかし、それはいろいろな意味で困難なことでもあります。それを成し遂げた(まだまだ御本人にとっては道半ばかもしれませんが)爽快さのようなものが、この本にはあるのです。また同時に、ここに至るまでの苦難も読み取れます。だからでしょう、単に知識として勉強になった、というのとは違った感銘があります。事実の発見だけではない何かですね。そういう意味では、優れた小説の読後感に近いものを感じました。御自身もおっしゃっていますが、「命がけ」の語り。
 河合さんは、まず、日本神話に頻出する「トライアッド(三角関係)」の一つの頂点が、「無為」な存在であることに注目します。そして、その「無為」を中心とする日本的「中空均衡構造」と、一神教世界における「中心統合構造」を比較します。そして、大方の予想通り、前者こそ平和的文化的社会を可能にする思想・哲学・心理であると語ります。
 現代日本は言うまでもなく、後者を良しとする傾向を強めているわけですから、単に前者に帰れ、という結論に至るのかと言うと、決してそういうわけではありません。両者の併存を提案します。結果として、そういうところにこそ説得力が宿ります。河合さんの面目躍如。
 「無為」な神たち、それらが実は裏方として重要な働きをしている。こういう考え方は、例えば出口王仁三郎のような、新宗教の発想にもつながっていきます。河合さんは、トライアッドに入れなかった不具の子「ヒルコ」の再来に注目していますが、王仁三郎が「ヒルコ」について、言霊別命の分霊であるとした上で、「葦舟で流された後、常世の国と根の国で重要な働きをする。さらに、ユダヤの救世主となって十字架につけられ、贖罪主となった」としているのは、実に面白いですね。一見トンデモのようでありますが、興味深い示唆が含まれていると思います。
 いずれにせよ、河合さんのライフワークともなるべき力作でした。力作ですが、相変わらず読みやすく理解しやすい文章。私も最近、神話の世界に回帰しつつあるので、大いに参考になりました。
Amazon 神話と日本人の心

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2005.02.20

うる星やつら 第66話 『ニャオンの恐怖』

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 昨年11月20日の記事に書いたとおり、私は「うる星やつら」世代でありながら、それをリアルタイムで見ず、今ごろになって初めてハマっているという、超時代遅れ野郎です。今では、なぜか、カミさんや5歳と2歳の娘も大ファンになってしまいました。たしかに歴史に残る作品ですね。多少ラム…ではなくムラはありますけど。まあ、とにかく、毎週土曜日の朝は、家族が最も一丸となっている瞬間であります(大丈夫か?ウチ)。
 さて、その名作群の中でも、ウチの家族がほぼ毎日見ている(マジで大丈夫か?)のが、この第66話です。ウチの家族は自他共に認める「猫キチ」であります。この回には、のべ数千匹(数えたことはありませんが)の猫が登場します。もちろん作画の関係上、どう見ても同じ猫が何十回も行き交いますが、そんなツッコミは無用。とにかく猫が大量に出てくるからうれしい。そして、それを抜きにしても、ストーリー、全体のリズム感、統一感、そしてオチに至るまで、出色の出来映えです。
 この「ニャオンの恐怖」は、チーフディレクターの押井守さん自身が、脚本、演出、絵コンテを手がけています。押井さんがその三つを全部一人でやってしまった回は、どうもこの回だけのようです(シロウトがちょっと調べた程度なので、間違ってたらごめんなさい)。だからでしょうか、作品全体に気合いを感じるのは。
 そして、その気合いを最も感じるのが、野良猫のトラジマさんとあたるの決闘シーンです。これは明らかに「あしたのジョー」のパロディーです。いや、正確に言うと、出崎統さんのパロディーですね。「うる星やつら」に少し先行して放映された「あしたのジョー2」は、いわゆる出崎演出が爆発してわけのわからぬ方向に飛んでいってしまった歴史的トンデモ作品です。それを押井さんがパロっているというのが面白い。私はアニメに疎いので、お二人の関係やら何やらは分かりません。ですから、このパロディーが、敬意を表したものなのか、揶揄したものなのかは判断できません。単なる遊び心かもしれまんせし。
 とにかく、出崎さんお得意の「ハーモニー」やら「3回パン」やらを、かなり誇張してやっていて、もう大笑い。たぶん「7回パン」してます(笑)。しまいには、チェリー(錯乱坊)が丹下段平になったり、クロスカウンターが飛び出したり、みんな真っ白に燃え尽きたりして、その徹底ぶりには何度見ても感動(?)しますね。
 本当に毎日見ても飽きません…って、大丈夫か?ウチ、というかオレ。

Amazon うる星やつらDVD vol.12

その他のうる星ネタはこちらでお読み下さい。

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2005.02.19

『日本語大シソーラス 類語検索大辞典』 山口翼 (大修館書店)

4469021075.09.MZZZZZZZ 誰かがやらなきゃいけない仕事をやる。これがボランティアの本義です。自分にはその能力(精神的なものも含めて)があることを前提に手を挙げるわけです。そして、それが歴史的大事業になることもあります。
 今から150年以上前、イギリスのあるお医者さんが手を挙げました。ロジェさんです。これが歴史的大事業になりました。ロジェのシソーラスの誕生…というか、世界で初めての使えるシソーラスの誕生です。150年経った今でも、全くその威光は衰えず、最新の電子辞書にまで搭載されるに至っています。それほど画期的だったということです。
 シソーラス。やや語弊はあるものの、類語辞典、類義語辞典と言っていいでしょう。カオスをアーティキュレイトして生まれた言葉たちは、その数が増えるにしたがって、新たなカオスを生む、というパラドックスを内包するようになってしまいました。使い手である人間様でも、いつのまにか分類不可能になってしまったのです。そこで、誰かが重い腰を上げなくてはいけなくなりました。再分類です。
 これは、言葉を分類するというよりも、人間の脳ミソを一度広げてみて、そこにたまった記憶を、いくつかの抽斗に収納しなおす、という行為に近いと思います。考えるだけでも恐ろしい。みんなが手を挙げなかったのもうなずけます。で、ロジェさんという奇特な方が、恐ろしいことをやっちゃってくれたわけです。
 その点、英語話者、英語筆者は幸せでした。現代英文学の作者の何割かは、実はロジェかもしれません。それほど、利用されたのです。
 さて、翻って日本。日本語。日本人。手を挙げた人はいましたが、残念ながらロジェレベルの大事業を成し遂げられなかった。たぶん、時間と根性がなかったのだと思います。根性がないというのは悪口ではありません。それが普通ですから。しかし、あえてそう言ったのは、根性がある人が現れてしまったからです。山口翼(たすく)さんです。
 一昨年、ついに日本語のシソーラスが誕生しました。それも「大」を冠して。たしかに「大」を冠するに値する大事業です。少なくとも、ものすごく真面目な私が150人いて150年かけたとしても不可能です。同じ山口でもエライ違いだ。
 この辞典、150年後には「大」ではなく「山口の」という冠を戴いていることでしょう。ロジェのシソーラスと同様に。私はこの大事業の恩恵を受けて、別の小事業にとりかかりますわ。
Amazon 日本語大シソーラス
参考 デジタルシソーラス

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2005.02.18

平原綾香 『明日』

050126-03_120 先日買ったチェロが早くも500人の聴衆の前にお目見え。我ながら、なんと大胆なんでしょう。演奏したのは平原綾香の『明日』です。
 というのは、実は今日、ウチの学校で予餞会…つまり3年生を追い出す会があったのです。そこで、まあ出し物として弾いたわけです。例年はくだらないコントなどをやっていましたが、今年はちょっとまじめにいこうかな、ということで、同僚の先生にピアノの伴奏をお願いし、チャレンジ!
 まあ、結果は推して知るべし。始めて三日目の楽器で人を感動させることはもちろん無理です。ははは。
 平原綾香の『明日』は、ちょうど1年前の今日リリースされた彼女のセカンドシングルです。デビューシングルである『Jupiter』がずいぶんと売れてしまった(ホルストは苦笑してるでしょうね)その影で、この2枚目は地味に忘れ去られて行きました。だいたい、デビューシングルがバカ売れすると、その後うまく行かない、つまりはいわゆる一発屋になってしまうことが多いですね。平原さんもそのパターンかと思いましたが、このセカンドシングルは見事復活しちゃいました。
 皆さんも御存知のように、この曲は今、フジテレビの人気ドラマ「優しい時間」の主題歌として使われています。まあ、それがきっかけで奇跡の復活を遂げたわけですね。「優しい時間」の脚本家である倉本聰さんが、この曲を聴いて感動し、ぜひ自分のドラマの中で使いたいと思ったそうです。そして、いわゆるタイアップの力で、先月再発売され、今ごろになってヒットするという不思議なこと…いや、こういうパターンって意外にありますね…が実現しました。いやはや、今や音楽のマルチメディア化、というか、音楽がマルチメディアの部品の一つになってしまうことは避けられませんね。悪いことではないのかもしれませんが…。
 たしかに平原さんはクラシックの勉強をしているだけのことはあり、音程や表現力に安定感があります。ポピュラー音楽の歌い手として、ものすごく上手だと思いませんけれども、ちょっと今までになかったタイプだとは言えるでしょう。しかし、『Jupiter』は正直こっぱずかしくて聴くのが辛かった。ホルストのメロディー創作能力の高さを再確認するいい機会にはなりましたが…。
 こちら『明日』は、なんとあのアンドレ・ギャニオン(カナダを代表する作曲家・ピアニストですね)が日本人の歌手のためにずいぶん以前に書き下ろしたものだそうです。彼自身が平原さんの声を聴いて、結局彼女に歌ってもらうことにしたとか。これはこれでものすごく贅沢な話ですな。
 コテコテのコード進行ですが、たしかにメロディーがいい。職人の仕事です。あと松井五郎の歌詞かな。これも職人芸。というわけで、聴き込むうちに、自分でも弾いてみたいと思うようになりました。そして、あっという間に実現させちゃったわけです。ごめんなさい、みなさん。結局卒業生のためというより、自分のためだったわけ。ははは。すんません。
Amazon 明日

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2005.02.17

shinic DVDプレイヤー SDP-0905

img10166274811 今日はウチのDVDプレイヤーを紹介しましょう。以前FUNAIのレコーダーFDRS-01を紹介しましたが、そちらは完全にダビング専用。普段の視聴はこちらシニックを使ってます。
 Shinicなんて聞いたことないよ…そう私も聞いたことも見たこともありませんでした。つまりは中国のメーカーさんです。今や日本のメーカーと言っても、実際作っているのは中国がほとんど。以前とは比較にならないほど、工作の水準が上がっています。
 で、なぜこのプレイヤーを買ったかというと、こいつがいわゆる「リージョン・フリー」機だったからです。もっとフリーな?いわゆる「フリフリ」機も売ってますが、私はそこまで必要としません。というわけで、「リーフリ」機の中でも、まあまあの機能、デザイン、価格のもの、ということでこれを選びました。ちなみに8400円です。安い。
 市販のDVDのほとんどには、どういうわけか、「リージョン・コード」つまり「地域暗号」が書き込んであります。そうすると、ある特定の地域で販売されたDVDは、その地域でしか見ることができないということが起きます。例えば、Amazonで買った格安の輸入DVDは、日本製のプレイヤーでは基本的に見ることができないわけです。
 なんで、こんな意味のないことをするのでしょう。一説によれば、リージョン・コード1の米国の映画ソフトが、他地域で公開前に広まるのを防ぐためだと言います。
 ちなみに日本のコードは2ですね。日本と同じ2を割り当てられているのは、ヨーロッパ諸国と南アフリカです。では、それらの国のDVDは見ることができるのかと言うと、残念!映像の方式が違うので×です。向うはPAL、こっちはNTSCです。
 こうした問題を乗り越えて、世界中のソフトを見たい…誰でもそう思うことでしょう。映画なんかは、輸入盤だと字幕に日本語がなかったりして、外国語が苦手な私はもうお手上げになってしまいます。しかし、例えば音楽ソフト…ライブ映像など…は音と映像があれば、特に問題がないわけです。そこで、登場願ったのが、このshinic DVDプレイヤー SDP-0905。
 もちろんリージョン・フリーですし、試したことはありませんが、どうもPALも見れるらしい。その他、mp3やjpegの再生ができるなど、機能的にもかなり充実しています。リモコンも含めて、デザインも許せる。詳しくは下のリンクから確認して下さい。これはいい買い物でした。おかげで、Amazonで輸入盤を買えるようになりましたし、海外旅行のついでにDVDを買ってくるということもできるようになりました。輸入盤の値段を見ると、もう国内盤なんかバカらしくて買えません。ほんと高いんだから…。
 し、しかし最近、こういうリーフリ機では再生できないようなディスクが出回り始めた、と言うのです。まだ、私はそのようなふざけた円盤には遭遇していませんが、全く何を考えているんでしょうね。そんなにいやだったらとっととアナログに戻しなさい。
 あっ、そうそう、このプレイヤーの難点。画面表示の日本語が妙。笑えますが、一度笑って英語表示に設定しなおすのがいいでしょう。
ここで買いました

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2005.02.16

京都議定書発効…「集団気分」と言葉

imajsxceges 一昨日14日はバレンタイン忌、昨日15日は涅槃会、今日16日は将軍様誕生日と、ここのところ歴史的偉人?に関するイベントがめじろ押しでした。宗教や独裁国家もそうですが、我々の気分、特に集団心理ならぬ「集団気分」というのは、いいことよりも悪いことを生む可能性が高いような気がする…今日はなんとなくそんなことを考えました。
 今日、京都議定書が発効しました。むろん、温暖化を阻止するためです。温室効果ガスである二酸化炭素が、我々人間の営為の結果増加し、地球の気温が上昇する。すると、生態系に大きな影響を及ぼし、さらに自然災害も増加、海抜の低い国に至っては、国家自体が消滅する。こんなようなシナリオがあるようです。
 偉い人、つまり政治家や科学者と称する人たちが、口をそろえてそんなことを言えば、我々凡夫は「ああ、そうなんだ」と納得してしまう。これが集団気分です。
 30年前には、世界中で寒冷化の心配をしていました。そういう気分が蔓延していたのです。今でも、映画「THE DAY AFTER TOMORROW」を見れば、しばらくは温暖化のことは忘れて寒〜い気分になるのが、我々です。いや、実際寒冷化するという意見も結構あるんですよね。ただ、集団気分には多数決の論理が適用されますので、少数派はすなわち間違い。妄説。
 裏にはユダヤの陰謀が渦巻いてます。なんていうのは冗談。でも、こんなユダヤ陰謀説が数百年間も絶えないことこそ、集団気分の普遍的存在を証明する事実です。で、この集団気分の特徴は、楽観に向かわず、悲観に向かうという点です。バブルみたいな例外もありますが、例外はあんまり長続きせず、そのかわり、その後の大悲観時代を準備してしまいます。
 マスコミの影響も大ですね。凶悪事件、少年犯罪が増えている…実際には減っています。それも大幅に。最近の子どもはきれやすい。学校が荒れている。学力低下。ひきこもり、ニート、おたく、ゲーマー、ネット社会が犯罪を起こす…本当でしょうか。誰も自分で確認していないのに、いつのまにか事実になっている。
 これが言葉の恐ろしさです。集団気分を作るのは、間違いなく言葉の機能の一つです。「いじめ」も「ひきこもり」も言葉が作り上げた世界です。恣意的なシニフィアンが恣意的なシニフィエを作っていく。悪しき「言霊」の例です。
 そうした陰謀…あえてそう言います…に惑わされないためには、言葉の権威を疑うこと、自分の理性と感性を働かすことに対して怠惰にならないこと、いろいろな意見を聞くこと、当たり前ですがこういうことが大切なのです。
 私は学校でこういうことを教えていきたいと思っています。

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2005.02.15

3万円チェロ

vfff111 チェロを買いました。弓、ケース、スペア弦、松やに、教本、アジャスターが付いて、税・送料込みで3万3千円。恐ろしいほど安いチェロです。
 前々から、チェロも欲しいと思っていました。しかし、どんなに安くとも10万円近くするので、二の足を踏んでいたのですが、ようやく納得の値段の品に出会い、買っちゃいました。ネットショッピングです。もちろん中国製。
 楽器をネット通販で買うなんて、信じられないでしょう。私も信じられません。しかし、それでもいいや、と思えるほど安くなったのです。安かろう悪かろう。もし大当たりだったらラッキー。福袋のような感覚で買っています。そうそう、ヴァイオリンも三味線も通販で買いました。
 で、今日届いたチェロですが、これは大当たりでした。いい音がしますし、弾きやすい。正直びっくりです。ただ、最初弦を張って弾いたときは、あまりのひどい音に唖然としました。実はなんとなんと、魂柱が倒れていたのです。たぶん運送屋が手荒に扱ったのでしょう。楽器の中でカラカラゴロゴロ転がってました。
 さあ、そこからが大変でした。魂柱を立てるのに一苦労。魂柱立て専用の道具などウチにはありません。とりあえずf字孔から取り出すのに小一時間。取り出した魂柱に糸をくくりつけ、割りばしではさみながらなんとか立てるのに小一時間。結局まっすぐ立てられず斜めになっていますが、ためしに弾いてみたら、とても豊かな音がしたので、まあいいにしました。糸は結ばれたままプツンと切っておしまい。つくづくいいかげんな自分にあきれるやら、感心するやら。
 ここでちょっと持論を。ちょっと極端な話をします。
 よく素人に「いい楽器で練習しないと上手にならないよ」と言う玄人の方がいます。これはどうなんでしょうか。私の経験から言うと逆もあるような気がします。私は今のバロック・ヴァイオリンを手に入れるまでの10年間、スズキの一番安いモデル(プラスチック部品多用のやつ)に釣り糸を張って弾いてました。その間、たしかに苦労しました。音程は取りにくい。響かない。思うような表現ができない。しかし、そんな環境で自分なりに工夫した結果、それなりに上達したような気がします。良い楽器はたしかに良い。たまに誰かの素晴らしい楽器を弾くと、自分が上手になったような気がしました。でもそれは楽器の性能であって、自分の技量が突然上がったわけではない。そこを勘違いすることこそ、怖いことです。高級車に乗れば、たしかに誰でもスムーズに運転できます。しかし、運転の技術ということで言えば、非力な軽自動車で、エンジン音を聞き、トルク感を確かめながら操る方が上かもしれません。もちろん、F1のレベルになれば、つまりプロのレベルになって本番に臨むのなら、話は違いますよ。道具にも最高が要求される。
 つまり、道具のキャパシティーを自分の技量が超えるのなら、より高度な道具を求めてもいいと思いますが、明らかにそうでないのに、法外な道具を買わせようとするヤカラが、音楽以外の分野でもいますな。壺を買わせるのと同じです。自己暗示。結果、自己満足、はた迷惑。
 弘法筆を選ばず、と言いますが、筆には弘法を選ぶ権利がありますよね。道具の声に耳を傾けることも必要ではないでしょうか。

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2005.02.14

バレンタインデー=○○○イブ

valentine 今日は世間ではバレンタインデーのようです。私もしっかり義理チョコいただきました。
 独身時代には生徒に命令して持ってこさせてました。私は甘いものが嫌いなので、「チョコは持ってくるな!ベビースターラーメンにしろ!」と、前日のホームルームで伝達します。すると、翌日すさまじい数のベビースターが…。手提げ袋二つを両手に提げ、その中にベビースターラーメンを一杯にして帰りました。それをボリボリ食べます。だいたい2月14日の夕飯はベビースター各味一袋ずつというのが定番でした。妙にのどが渇き、酒をたらふく呑んでむなしく寝てました。ハハハ…懐かしいですな。
 それでも、たまに手づくりのチョコを持ってきてくれるカワイイ生徒もいたりして、それはさすがに捨てたり人にあげたりしちゃうわけにもいかず、一応食べました。そして、翌日「おいしかったよ」と言うと…「え〜まじで食べてくれちゃったんだ。なんか入ってなかった?」…「言われてみるとなんか果肉のようなものが入ってておいしかったなあ」…「ギャハハ!ねえ〜みんな〜先生食べちゃったって!あれ消ゴムのカスだよ!」…こんな感じです。なんとカワイイ生徒たちでしょう。まあうまかったから良し。消ゴム喰っても死なんだろう。
 そんなこんな楽しくも辛いことがあったし、最近は妻帯してすっかり生徒が冷たくなってしまったので、逆ギレしてこう言ってます。
 「ウチの学校はな、仏教の学校だ!だからキリスト教の風習は禁止!持ち物検査をしてチョコが発見されたら即没収!先生たちが喰って処分する。だいたいなあ、2月14日っていうのはなあ、聖バレンタインさんが処刑された日なんだ!バレンタインさんは無念の死を遂げたんだぞ!そんな日に浮かれてチョコなんてやったりもらったりしてニヤニヤしてるのは日本人だけだ!菓子屋の陰謀だ!クリスマスにラブホが満室になる日本もどうかしてるが、バレンタインデーもかなりおかしい!もっとショッキングなこと教えてやろうか。2月14日は聖バレンタインさんが死んだ日という以上に、もっと重要な人の命日イブなんだよ。その人とは、お前らが帰依すべき「釈尊」だあ!2月15日は、お釈迦様がお亡くなりになった日、つまり『涅槃会(ねはんえ)』なのだ!よって2月15日にまんじゅうを持参するのは許す!」
 もちろん、シャレですよ。言ってることは正しいと思いますが、生徒はゲラゲラ笑ってます。
 しかし、まじで、バレンタインデーの由来を知らない日本人が多い。欧米でも諸説紛々ですが、多少は知っていてほしいですね。チョコは日本だけ。それ以上に涅槃会イブ?のことなんか、ほとんどの日本人が知りませんね。私もこの職場で働くまで、全然知りませんでしたし。さすが日本!平和だわ。
 あ、ちなみに上の写真はアイルランドに伝わる聖バレンタイン像です。お墓もあるそうです。あれ?バレンタインさんってイタリアの人じゃなかったのかな?ま、いいか。


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2005.02.13

井出醸造店 蔵開き

SANY101 初めて行ってきました。地元河口湖井出さんのお酒は私のお気に入り。その蔵開きは今年で12回目ということですが、なぜか毎年都合がつかず、今年が初めての参加となりました。
 午前中は、娘の通う保育所で発表会があり、そちらにも初めて参加しました。こちらもいろいろ都合がつかず、カミさんや娘に嫌みを言われ続けてもう2年。ようやく娘の晴れ姿(?)を見ることができました。娘に限らず、子供たちは本当に可愛い。当たり前ですが、やっぱりいいですね。田舎の保育所ですので実に素朴です。それが子供たち本来の魅力を引き出していました。田舎はいいですな。実は、この保育所には、私の教え子が二人、先生として働いています。そんな教え子の素朴な先生ぶりを見て、またホンワカした気持ちになった私でした。
 さてさて、それはそれとして、午後は蔵開き初参加です。こっちは大人の世界。
 まず利き酒クイズがあります。入り口で飲んだお酒を、別室に用意してある4種のお酒の中から当てます。これは、正直自信がありました。それなりに井出さんのお酒を飲んでますし、その他の日本酒についても、まあまあ経験豊富な方だと思ってましたから。
 それがなんと!!しっかりはずしました。4種類とも味の違いがはっきりしており、自分の中ではちゃんと銘柄まで分かったつもりでいたのですが。いい加減なもんですな。すっかり自信を喪失してしまいました。もっと修行を積まねば(笑)。というわけで、さっそく試飲できるお酒は全て試飲してきましたが、ちょっと修行しすぎたのか、頭がグラグラしちゃいました。
 酒蔵というのは、まさに職人の世界。あこがれてしまう場所です。杜氏さんとちょっとだけお話ししました。なんか厳しそうでしたね。こちらの質問に簡単に答えないあたり、素人を近づけないプロのプライドを感じさせました。これからは、彼らの作品を一滴とも無駄にせず、しっかり味わわねば。そんなふうに思いました。

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2005.02.12

CLASSICAL MUSIC ARCHIVES

1vfvf1 いろいろな面でお世話になっているサイトです。クラシック音楽の音源ファイルが、31860曲(作曲家としては2056人分)も公開されています。ファイルはMIDI、MP3などです。
 かなりマイナーな作曲家のマイナーな曲まで網羅していますので、例えばCDとして録音されていないものまで聞くことができます。なにがしかのお金を払えば、好きなときに好きなだけダウンロードできるようですが、お金を払わなくても1日に5ファイルまではダウンロードできます。それで十分ですね。
 実は今日もお世話になりました。こんなふうにです。
 今年の秋、コンサートでバッハの二つのヴァイオリンの為の協奏曲のソロを弾くことになりました。当然練習をしなくてはならないですね。しかし、こういう合奏曲は一人で弾いていてもあまり練習になりません。そこで、カラオケを作ることになります。
 まず、このサイトから該当する曲のMIDIファイルをダウンロードします。これはどこかの国の誰かが、趣味で打ち込んだものだと思います。今回のファイルは、聞いてみるとほとんどプレーンデータ(楽譜をそのまま打ち込んだもの)ですね。聞いた感じはいかにもコンピュータミュージックですが、こちらとしてはこの方が都合がいい。自分で手を加えることが容易だからです。
 というわけで、自分の好みの演奏に近づくようにソフトで編集します。テンポやらアーティキュレーションやらディナーミクやら。まあ面倒なので今回はテンポだけにしましょう。そして、音色なども自分好みにします。おっと、ピッチを半音下げなくちゃ。私たちのバンドは古楽器を使うのでA=415です。もちろん自分が弾くパートはミュートします。つまりカラオケにするわけです。
 こうして完成したMIDIファイルを、音声ファイル(MacだったらAIFF)に変換します。この機能はQuickTimeにもあります。私は、ローランドのソフト音源に付属の機能を使います。ちなみに今回のデータは3楽章全てが一つのファイルになっていましたので、QuickTimeで楽章ごとに分割します。
 できあがった三つのファイルをCDに焼きましょう。これで普通のCDプレイヤーで再生できる専用カラオケの完成です。
 てな感じで、このサイトのファイルたちには、今までも大変お世話になってきました。ノーテーションソフトを使えば、もちろん楽譜を作ることも可能です。昨年は、実際そうやって作った楽譜でずいぶんいろいろな曲を弾きました。楽譜も買うと高いですからね。便利です。
 昔からすれば考えられないようなことが可能になりました。ただ、それが音楽にとって幸福なことなのかは分かりません。そう言えばもうウン十年も写譜なんかしてないなあ。こういうコンビニ化は随所で進んでいるわけですね。私はそういうものを積極的に受け入れる性格だと思います。つまりコンビニレベルの人間だということです。まっいいか。
CLASSICAL MUSIC ARCHIVES  

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2005.02.11

『希臘羅馬神話』 木村鷹太郎 (教文社)&『偽史冒険世界 カルト本の百年』 長山靖生 (ちくま文庫)

448003658X.09.MZZZZZZZ キムタカのレア本が手に入りました!!なんと、亡くなった祖父の蔵書の中に迷著『希臘羅馬神話』が!
 キムタカって知ってますか?キムタクぢゃないですよ。キムタカです。木村鷹太郎。知る人ぞ知る「と」の巨人。「と」はもちろん「トンデモ」の「と」、「と学会」の「と」です。
 私は基本的に「と」系の人間です。偽史はある意味私の専門です。ここ富士北麓に住むようになったのも、偽史の代表格「宮下文書(富士古文献)」との出会いがあったからです。私は偽史は偽史だという前提に立っているので、純粋な「と」ではないかもしれませんが、「と」系であることは確かです。
 そんな私でもやはり、こりゃあ「と」だわ!と感嘆し、かつちょっと距離を置きたくなるのが、このキムタカの著書群です。何しろぶっとびすぎてますから。例えば…パッと開いたところを…え〜っと…。
 ユリセースが本國へ着いた時は眠つて居たとのこと。即ち印度中央部は「眠り」の地で、マハー・ナヂ河地方は「大ねんね」即ち大兒の土地で、…イタケ夫人即ちユリセースの妻ペーネロペの事で、又棚機の絲織姫なるものである。イタケ或はイタカの變化がイタコ(潮来)で日本の其れは印度のダムラ潮来の寫しである。
 ん?何だって?ユリセースとはユリシーズつまりオデュッセイアのこと。キムタカはこのユリセースは実は、あの日本昔話にも出てくる「百合若大臣」だと言うのです。それが、え〜と航海に出て、インドでねんね…で、なんで潮来が出てくるの?
 ってな感じです。全編。簡単に言ってしまうと、この人は明治の末あたりに、世界の神話やら歴史やら言語やらは、全て日本が起源であ〜る、という新史学というのを打ち立ててしまったわけです。すさまじい語呂合わせを駆使しまくり、語呂が合えば即ち真実という信念の下、新しい歴史を作り上げてしまったのです。伊邪那岐はゼウス、大国主はダビデ、日本武尊はアポロン…。
 しかし、ここで噴飯していては、「と」系人間にはなれません。私も今いろいろと検索していて知ったのですが、百合若=ユリシーズって本当かもしれいなんですね(ユリシーズ=百合若ぢゃないけど)。ある大学でまじめにシンポジウムやってました。びっくり。坪内逍遥や南方熊楠も言及してます。だから、「と」は侮れないんですよ。行き過ぎ、盲目、押しつけはいけませんが、常識に安住しないで、自分の力で考えてみることは大切なことです。
 そんな「と」世界を、絶妙のスタンスで語ったのが、名著「偽史冒険世界」です。大衆文学研究賞を受賞するだけのことはあります。本当にいい本です。「と」本はおススメできませんが、こちらは心からおススメします。これを読んでからだったら、きっと「と」と正しいつきあいができると思います。長山さん、史学科ではなく歯学科の卒業だそうです。こういう人に憧れますね。

Amazon 偽史冒険世界―カルト本の百年 ちくま文庫

もういっちょ出ました「世界思想の源泉」

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2005.02.10

『すぐわかる日本の仏教美術』 守屋正彦 (東京美術)

4808707470.09.MZZZZZZZ これまた、生徒の本を拝借して読んじゃいました。これはいい本です。
 仏教美術をなぞりながら、結果として日本仏教史の流れと日本美術史の流れがつかめます。
 最初から最後まで、徹底して「わかりやすさ」を追求していて、なんとも爽快です。爽快なんて変な表現ですが、解説書に対する私の最高の賛辞なのです。特に、日本仏教美術史という、一見小難しそうなトッツキにくいテーマを、こうして一流の学者さんが凡夫のために語ってくれるというのは、本当にありがたいことです。まさに和光同塵。
 オールカラーの図版は、まあ当たり前です。何より、まさに知りたかったこと、今まで実はよくわかっていなかったこと、イメージ化しにくかったこと、それらを見事にまとめた図表の素晴らしいこと。私の頭でもしっかり理解できました。読みながら、眺めながら、何度ウンウンとうなずいたことか。きっと筑波大学の学生さんと、あ〜でもない、こ〜でもない、とやりながら完成させたんでしょうね。素晴らしい。
 見開き2ページが一つのテーマになっているのですが、そのタイトルやサブタイトルも秀逸です。もちろん、本文も。さらに適度に配置されている「観賞のポイント」「ミニコラム」もいいですね。「ホストコンピュータ」「テーマパーク」「バーチャル・リアリティー」「バブル」「スーパーマン」「インドア」「アウトドア」「アニメ」…こういうカタカナ語が普通に出てきます。仏教美術の解説にですよ。しかし、それが実に自然なのです。決して凡夫にへつらうわけではなく、たしかにそれらの語がイメージにピッタリなわけです。それでこちらも、なるほどと「腑に落ちる」。
 守屋先生は山梨のご出身。今は筑波大学で教鞭をとられています。そんなわけで、時々山梨にある仏像たちが登場します。これはちょっと嬉しい。山梨=甲斐の国は、本当に「なまよみ」です。特に仏教に関してはいまだに謎が多い。こんな流刑地になるような山奥に、いやそれだからこそでしょうか、各宗派において最重要と思われる寺院や、名僧の足跡が散見されます。この本を読んで、また甲斐の国寺社巡りをしたくなりました。相変わらず単純なオレ…。他の「すぐわかる」シリーズも読んでみようっと。そしてまた影響を受けたいものです。
Amazon すぐわかる日本の仏教美術

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2005.02.09

ベニー・グリーン&ラッセル・マローン 『ジャズ・アット・ザ・ビストロ』

Benny Green & Russel Malone 『jazz at the bistro』
B00007KKWD.09.MZZZZZZZ 最高にオシャレなデュオ。昨年も『ブルーバード』という名盤を発表した二人。今日聴きましたのは、一昨年発売のライブ盤です。
 ベニー・グリーンのピアノ、私の結構好きなタイプです。山中湖での「Mt.Fujiジャズ・フェスティバル」で初めて聴いて、すっかりファンになってしまいました。オスカー・ピーターソンの後継者と言われるだけのことはあって、テクニックだけでなく、スウィング感が素晴らしかった。白人ですし、スマートな感じの外見でしたので、生み出される音たちに、少々ビックリしたのを思い出します。一気にあの広い会場をグリーンに染めてしまいました。
 ギターのラッセル・マローンはハリー・コニックJRのビデオで初めて見た(聞いた)のだと思います。その時はハリーがメインでしたので、あまり印象に残りませんでした。誰だろう、知らないな、こういう上手い若手なんか、むこうにはたくさんいるんだろうな、という程度。
 あるジャズフェスで初めて共演を果たした二人は、意気投合して、その後デュオやトリオで活動を共にします。
 このライブは「ビストロ」つまり小さなレストラン(居酒屋?)で行われたもので、そのためか、二人のアンサンブルは親密な会話のようにこまやかです。まさにレストランでの親友どうしのおしゃべり、という感じ。でも、その会話の内容はけっこう知的。時間が経つうちに、隣席したお客さんも身を乗り出して二人の話に耳を傾ける…そんなムードに満ちています。会場全体が本当に一つになっている、静かな熱気を感じます。
 途中、『やさしく歌って』『愛はきらめきの中に』のメドレーが挿入されていたりして、ますます聴いている人を惹きつけます。そのあたりになると、すっかり自分もそのビストロにいるような気がしてきますね。そんな訳で、このアルバムは自宅の照明をちょっと暗くして、少量のアルコールなどを含みながら聴くのが一番。いつのまにか、いい気持ちになって、拍手までしている自分に気づきます。
 ベニー・グリーンは、たとえば山中湖のような大会場での演奏とは違い、実に落ち着いて演奏しています。ジャズの演奏家のすごいところは、ものすごいソロと、ものすごい伴奏を、両方自然にこなせるところですね。まあ、それが一流の最低条件なんでしょうが…。勉強になります。
 歌心も満点。メロディーを歌うことが難しい楽器どうしのデュオだなんていうことを、軽く忘れさせてくれます。
 とにかくこのアルバム、極上のターフェルムジークですね。
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2005.02.08

『空と無我―仏教の言語観』 定方晟 (講談社現代新書)

4061489976.09.MZZZZZZZ 1月31日におススメした『憎悪の宗教』。なかなか好評のようです。私の記事にも結構アクセスがあります。あそこにも書きましたが、物議を醸すことは良いことです。
 そんなわけで、著者の別の本も読んでみました。今度はご専門の仏教についての本です。
 大変、面白く興味深い内容でした。「空」と「無我」なんて、仏教の教えの中でも、最も重要で難解な概念…概念ではないな、やっぱり言葉かな…です。それが、読み進めるうちに自然と理解されました。
 …と、ここですでに自己撞着が生じます。「空」「無我」自体が「理解」とか「分かる」ということを否定しているものだからです。不二(フニ)は分けないという意味ですね。つまり言葉(ロゴス)の働きが認められないのです。
 こうした矛盾が、私にとってはいつも辛い。辛かった。言葉について考える時も、仏法について考える時も、もちろん、その他もろもろのことを考える時も。
 しかし、今回、この本のある部分に非常に勇気づけられてしまいました!
 ナーガールジュナと彼の代表作「中論」に関する部分です。
 ナーガールジュナは言葉(ロゴス)の限界を説きました。もちろん言葉によって。それは一見矛盾のようですが、そうではなく、言葉を究め尽くして、そうしてそこに現れる沈黙にこそ真理があるとした、というのです。
 なるほど、と思いましたね。言葉を他の何かと区別して、その限界だの、効用だの、魅力だのを語ろうとしていた。もうその時点で、アーティキュレイトしてしまっているわけです。もっともっと高い次元から見るべきなのです。まさに不二の立場。
 ここのところ、宗教の問題とは別に、「もの」「こと」「かたる」「ものがたり」「ことのは」などについて考えることが多く、実際いろいろと新しいアイデアが浮かんだりしたもので、どうも結論を急ぎ過ぎていたようです。特に言葉に対してある種の結論…言葉にとって不利な…を前もって用意してしまっていたようです。
 なるほど、いずれにせよ、言葉を「あきらめる」には、言葉を「諦観する」か「明きらかにする」必要があるわけですな。がんばってみましょう。
 ありがとうナーガールジュナさん!そして定方さん。
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2005.02.07

F.クープラン『ルソン・ド・テネブレ』 ウィリアム・クリスティー指揮レザール・フロリサン

 F.Couperin: Lecons de Tenebres / Christie, Les Arts Florissants
B000005E4Y.01.MZZZZZZZ 久しぶりにフランスバロックなど聴いてみましょうか。というわけで、私のお気に入りを出してきました。
 これを買ったのは、もう7,8年前のことになると思います。そして、何度か聴いた後、どういうわけか、CDケースの中身が入れ替わってしまい、つい最近まで聴きたくても聴けない状態が続いていました。当初コピーしてさしあげた方から、そのコピーをいったん返却していただき、それを再びコピーして、ようやくジャケットと中身の一致を見ました。すみません、コピーばっかりして…。輸入盤をコピーすることは、たとえば今回の場合フランス盤なので、フランスの法に触れるんでしょうか…。
 さて、このルソン・ド・テネブレですが、本当に美しい音楽ですね。もう、国や時代や言葉や宗派なんか全く関係ありません。この事実だけでも、音楽が今挙げた四つのコトより次元の高いモノであることを証明していると思います。あっ、ちなみに古代日本では音楽全般のことを「モノノネ」と言ったんですよ。サムシング・グレートに近いというわけでしょう。
 もちろん、その音楽にもいろいろなレベルがあるわけですが、この曲は間違いなく天に近いところから鳴っていますね。そんな音楽を残したクープランはやっぱり天才です。私は彼の音楽に淡くとも豊かな色彩というものを感じます。
 その美しい調べのおかげで、汚れた自分も多少は垢が落ちるのか、不思議な浮揚感を味わうことができます。テネブレとは「暗闇」のことだそうですから、本来なら、やはり明かりを消して聴きたいですね。蝋燭13本立てて、1本ずつ消しながら…。今日の私は、通勤の車の中で聴いたわけでして、あんまり気持ちよく浮揚してしまっては、違った意味で昇天してしまう可能性があります。だからちょっと聴き方も抑え気味?クープランもさすがに想像しなかったでしょうね。こんな聴かれ方するとは。それも日本人に…。
 今朝、入試問題演習で、渡辺裕氏の「聴衆の『ポストモダン』?」の一部を読みました。19世紀的音楽鑑賞が、20世紀に入って登場したメディアたちによって解体された…というようなことが書いてあり、ふむふむと納得していたのですが、かと言って、18世紀的「ターフェルムジーク」に戻った、というわけでは…やっぱりないよなあ。
 ちなみに、長らくこのCDのケースに闖入していたのは、マイケル・マクドナルドの「ノー・ルッキン・バック」です(笑)。やっぱり、現代ってすごい時代だ〜。ってか、私がいいかげんなだけだったりして。
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2005.02.06

『銀河鉄道の夜 第3次稿〜』 宮沢賢治

4030148301-1.09.MZZZZZZZ 昨日の夜、久しぶりに眠れなくなりました。鳥肌が立ち続けて眠れないのです。風邪気味だったからではありません。寒かったからでもありません。ついに出会ってしまった、という感覚のためです。
 昨夜、夜中に目が覚めて、なんとなくある漫画を読み始めました。ますむらひろしによる「銀河鉄道の夜」です。原作はもちろん宮沢賢治。
 少年時代、私は宮沢賢治に強い憧れを持っていました。文学、音楽、天文学、宗教…考えてみれば、今の私の基礎は、全て賢治から分けていただいたものです。それほど大きな存在でした。
 しかし、青年になった私は、なぜか賢治を避けるようになりました。それがなぜかは、その時も今も、はっきりわかりません。ただ、ものすごく自分の中心に近い所の感覚が判断したことであるのは間違いありませんでした。急に怖くなったのです。それまで、何気なくイメージの羅列のように感じていた言葉さえも、何かものすごく重く深い意味を持っているようで、そして、その意味がわかってしまいそうで。
 もう一度賢治の言葉に接してみよう、という気持ちがわいてきたのは、不惑を過ぎてからのことでした。しかし、直接本を開くことができない。まだ怖いのです。そこで、私はまず、子供たちに見せるという口実を作り、「銀河鉄道の夜」のDVDを買いました。ますむらひろし原画、別役実脚本、細野晴臣音楽による映画です。しかし、幸か不幸か、そこには怖さの原因が完全に欠落していました(詳しくは1月31日付けでおススメした「憎悪の宗教」を御覧下さい)。
 そこで、次に入手したのが、より原作に忠実だと聞いたますむらひろしの漫画です。前半には一般に知られている賢治の最終稿が漫画化されていました。そこには映画でカットされた重要なシーンが描かれていました。「ほんとうの神様」についての議論の場面です。単純に、賢治の内部にあるキリスト教と仏教(法華経〜国柱会)との葛藤だろうと思われました。
 そして、後半。いわゆる旧稿(第3次稿)の忠実な漫画化です。私は本当に戦慄しました。晩年、賢治自身が墨で塗りつぶした言葉たち。つまりブルカニロ博士の語ったこと。そのあまりに真相を突いた内容に愕然としました。いきなり、解答を突きつけられてしまった私は、もう鳥肌を立てるしかありません。
 しかしそれは、解答でありながら、永遠の問題でもあり続けるのです。なにしろ、賢治自身がその解答を死の前に撤回しているのですから。そして、あの残酷な、しかし淡々としたエンディングを与えてしまったのですから。
 私は今日の昼、初めて賢治による旧稿を読みました。もちろん、ますむらひろしの書いた通りでした。私は今一度恐怖、いや畏怖でしょうか、とにかくとんでもなく大きな予感を賢治の言葉に感じてしまいました。
 これが何の始まりなのかはわかりません。しかし、再び開いてしまった本はもう閉じることができないという気がします。ものすごく怖く、楽しみです。博士の言葉は、賢治(ジョバンニ)にとって理想だったのか、現実だったのか。そして、保坂嘉内(カムパネルラ)にとっては…。また後日。
 旧稿より「ジョバンニの切符(後)」を読む
Amazon 銀河鉄道の夜 扶桑社文庫

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2005.02.05

GOKO APSコンパクトカメラ FR-2200(MacromaX)

fr2200_21 最近はもっぱらデジカメを使うようになってしまいまして、私の写真ライフもずいぶんと変わってしまいました。情報量の多さと保存性において銀塩が優っていることは確かです。にもかかわらず、利便性の方を選んでしまう自分に、怒りとまではいきませんが、なんと言うか、あきらめとでも言うのでしょうか、そんなものを感じます。
 レコードからCDに乗り換えた時の自分と同じでしょうか。いえ、あの時は市場からアナログが消えたんです。新しい黒い円盤が買えなかった。その点、一応銀塩写真はかなりの割合で生き残っています。しかし、それを手にしない自分。そこが、自分としては、どうにもやるせない。ゆるせない、わけじゃないけれど、やっぱり、やるせない。
 と、そんな独言を世界に公開してもしかたありませんね。そこで、今日は私の最後の銀塩カメラとなった名機をおススメしましょう。自分への問いかけの意味も含めて…。
 GOKO(ゴコー)の「MacromaX(マクロマックス)」。これは、ある友人が、私の結婚祝いに贈ってくれたモノです。
 GOKOという会社、ご存知でしょうか。知る人ぞ知る、輝ける中小企業です。どこの大手メーカーよりも早く、バカ○ョンカメラ(すんません、差別用語で…)にモータードライブを搭載し、いわゆるバカ…を「コンパクトカメラ」へと進化させたすごいメーカーさんです。
 GOKOさんの製品の中でも、特にエポックメイキングであったこのFR-2200。実際、国際特許を取得し、JCIIによる「1997年歴史的カメラ」に選定されました。で、何がすごいって…。
 ぜったい大手さんでは考えつかない、発想の転換による超ユニバーサルフォーカス。本体の固定レンズだけで、無限遠から、なんと10cmまでピントを合わせてしまう。つまり、暗いレンズの焦点深度を逆手にとったわけです。ウルトラマクロモードでは、これも逆転の発想ですね、フラッシュをシャッター代わりにしてしまい1万分の1秒相当の超高速撮影を実現してしまうのです。水滴の落ちる瞬間や、虫の羽ばたきなんかも撮れてしまう。
 こうしたことを格安のコンパクトカメラで実現してしまったのです。中小企業ならではの発想と技術でしょう。好きですね。こういう会社。
 私もこのカメラでずいぶんたくさんの写真を撮りました。普通のスナップも充分キレイに撮れます。私は基本的にパンフォーカスが好きですし。そして、マクロ撮影。これは本当にすごいですね。人間の目に映っているのとは違う世界が見えてきます。これがまさに「写真」なのでは。
 その後、マクロマックスは進化を遂げ、なんとズーム機まで発売になりました。今ではカタログハウスの通販生活の売れっ子商品になっているそうです。めでたし、めでたし。
 さて、世の中はデジカメ一色になろうとしています。ゴコーさんは今、どうしているでしょう。デジカメ部門に進出したのでしょうか?それは下のリンクからご確認下さい。私はこれからも心の中でGOKOグループを応援します!
GOKOグループ

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2005.02.04

アバレンジャー第28話「花嫁はアバレチャン」

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 結局、家族全員発熱。家族の平均体温が39度を越えるという事態になってしまい、私は久しぶりに仕事を休んでしまいました。そして、私たち家族は、実は「高熱戦隊」で、インフルエンザウイルスという目に見えない敵と戦う、という設定にしまして、沈みがちな雰囲気を、無理やり高揚させております。かなり無理があるな。
 さて、そんなこんなで、一日中子供の相手をしていたのですが、彼女たちが見始めた「爆竜戦隊アバレンジャー」のビデオにびっくり仰天!!
 これは、たまたま再放送を録画したものらしいのですが、な、な、な、なんと、小津安二郎「晩春」のパロディではあ〜りませんか。本放送は2003年の9月ということですから、なるほど小津の生誕百周年ですな。実際セリフにもそうありました。
 それにしてもこんなの分かる子供はもちろんいませんし、親御さんの世代でも知らない人が多いんじゃないでしょうか。なのに、よくぞやってくれました。たった1分くらいですが、なかなかよく小津のテイストをパロっています。遊び心溢れてますよ。若いスタッフが多いと思いますが、やはり映像に関わる人たちにとって、小津は避けて通れないモノなのでしょう。
 というか、どちらかというと、小津世界とは対照的な仕事をしている自分たちに対する、自虐的な皮肉にも見えますね。その気持ちも分かります。古き良き時代への憧憬のような、反発のような…。パロっちゃわないとやっていけない。これはありえます。
 このシーンの最後に怪物が「なんだ!この場違いな雰囲気は〜!」と雄叫びを上げて花嫁をかっさらうのが、象徴的と言えば象徴的でしょう。
 私は、アバレンジャーはこれしか見ていませんが、なかなか軽妙なユーモアと、危ない表現に満ちていて好感を持ちましたね。単純で安心します。いまや特撮モノは迷走を極めています。戦隊モノには、ぜひ王道を行ってもらいところですね。期待します。
 ところで、今さらどうでもいいことですが、アバレンジャーだったら「爆竜戦隊」じゃなくて「暴竜…」じゃないでしょうか。どうでもいいか。

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2005.02.03

『理想主義者』 三沢光晴 (ネコ・パブリッシング)

4777050475.09.MZZZZZZZ ハッキリ言って(コレ三沢の口癖です)、あまり面白くありませんでした。
 まあ、三沢らしいのでしょうが、なんというか、真面目過ぎて遊び心がない。
 たぶん、本人の筆ではないと思いますが、もう少し上手な文章は書けないものでしょうか。いや、本人だったら許す!ゴーストだったら許さない!
 言ってる内容と文章がかみ合ってないんですね。リズム感が悪く、全然惹きつけられない。試合だったらしょっぱい試合。それにくらべると、おとといの京平さんの本は、実に京平さんらしくて違和感がありませんでした。
 たぶん、三沢本人の希望もあって、プロレスにつきまとう胡散臭さを払拭したかったんでしょうね。しかし、それが失敗に終わっていると思いました。言ってることはいいんだけどなあ…。残念。
 誰が書いたにせよ、ちょっと力み過ぎたのかもしれません。三沢ってもっと茶目っ気のある人でしょう。こういうちょっと説教じみたことはあまり聞きたくなかったのです。プロレスを知らない人にとっては、勉強になるでしょうが、私たちプロレス教信者にとっては、そんなこと言わなくてもいいよ、という感じなのです。
 なぜ、ロープに振られて素直に帰ってくるのか…そんなことを理論的に書いてくれなくていいわけです。例えばそういうことを説明する時の言葉が中途半端で、よけいに怪しくなってしまっている。なんで、印籠が出るまで黄門様なのか分からないんだ!とか、なんで、ウルトラマンに変身する人がばれないんだ!とかいう疑問に、一生懸命答えても仕方ありません。夢を売る商売なんですから。
 まあ、それでも心に残るところはたくさんありましたよ。
 京平さんの本の時もそうでしたが、やはり、ジャンボ鶴田は化け物だった!ということ、これを再再再確認しました。山梨県は優れたレスラーを多数輩出しているのですが、やっぱりジャンボは別格かあ。それはちょっと嬉しかった。早く墓参りしなきゃ、ジャンボの。
 今日は節分。私と家内はどうも厄年らしいのですが、厄を払っていないせいか、高熱に苦しめられています。今も39度あるのです。しかし、三沢に、「レスラーは40度熱があっても、リングに上がり、それと悟られないように試合をする…それがプロ」って言われちゃあ、早退もできませんな。よし、気合いで治すぞ!って言っときながら、授業はビデオ見せてごまかしてるのは誰だ!
Amazon 理想主義者

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2005.02.02

スチュアート・ハム,スティーヴ・スミス,フランク・ギャンバレ 『GHS3』

Stuart Hamm,Steve Smith,Frank Gambale 『GHS3』
B0000844BH.09.MZZZZZZZ たまにはこういうアルバムもいいですね。久々にスカッとしました。とにかく超絶技巧で弾きまくる、叩きまくる。神業を持った3人が競い合うように疾走します。
 スチュアート・ハムはロック、ジャズ、フュージョン界を股にかけるカリスマベーシスト。まるでピアノを弾くかのようなタッピングはこの人ならでは。
 スティーヴ・スミスもなんでもOKのドラマーですね。あのジャーニーで叩いていたんですから。一応ジャズが専門ですかな。私はジャン・リュック・ポンティのアルバムで知りました。
 フランク・ギャンバレはチック・コリアのエレクトリック・バンドで有名になりましたが、ポール・ギルバートなどロック畑のギタリストからも尊敬されてますね。
 まあ、こんな3人が、3人だけでやりたい放題やってるわけでして、もう早弾きなんてあたりまえ。最初はどうしてもフランク・ギャンバレのギターに耳が行ってしまいます。しかし、何度も聴くうちにハムのベースがやたらと難しいことをさりげなくやっていることに気付きます。どうやって弾いてるのか、ビデオで見てみたいですね。
 このアルバム、じゃあ単なるバカテク合戦で終わっているかというと、全然そんなことはありません。3人とも楽曲のセンスに関しては折り紙付きですからね。適度にキャッチーで、適度に難解で、そして何といってもカッコイイ。男!って感じです。汗くさいけどオシャレ。 なんか、久しぶりにコテコテのフュージョンを聴きました。
 昨日の本に関連させて言えば、三沢と川田の試合を、和田京平が裁いてるって感じですね。60分8本勝負ってとこですか。スタイルは微妙に違うんですが、全体としてうまくお互いの味が生きている。男としては憧れる世界です。
 こういう風に、自分の想像のつかないことをやってくれると、ヘタな批評家根性がどこかに姿をくらまして、純粋なる一凡人になれるんで、実に気持ちいいですね。有無を言わせないプロの迫力です。
 先日、昔のSP盤からノイズを除いて復刻したCDのサンプルをもらいました。ヨアヒム、サラサーテ、イザイ、クライスラーらのヴァイオリン演奏を聴くことができます。彼ら、とにかく上手いんですよ。型にハマってないんです。ああ、こんなに自由だったんだ!っていう感じ。ヴィルトゥオーゾとはこういうのを言うんですね。GHSは完全にヴィルトゥオーゾです。クラシック界もなんとかならないでしょうか。特に日本。
Amazon GHS3

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2005.02.01

『人生は3つ数えてちょうどいい』 和田京平 (メディアファクトリー)

484011188X.09.MZZZZZZZ 全日本プロレスファンにはたまらない一冊。レフェリー本としては、ミスター高橋の暴露本が有名ですし、それなりに面白かったのですが、私はやはりこっちの方に惹かれました。何度かうるうるしちゃいました。まさに新日と全日の違い。猪木と馬場のコントラスト。私はやっぱり断然全日派です。
 全日本のレフェリーと言えば、まずはジョー樋口さんですね。富士山麓にも縁の深い方です。ジョーさんとはある意味対照的なレフェリングをする京平さんも、いつのまにか全日本を語るのに欠かせない存在となりました。90年代の、いわゆる四天王時代の完成されたプロレスを指揮した名ディレクターと言っても過言ではないでしょう。
 全日派としては、馬場さんとジャンボ鶴田が相次いで亡くなり、そして、あの三沢光晴によるノア設立への流れ、その中でいったいどのようなことがあったのか、気になるところです。愛情が深ければ深いほど、知りたいような、知りたくないような…。
 私は、ようやくそれを知ってもいいな、と思えるようになりました。それは、決定的だと思われていた両者の間に横たわる溝が、平和的に埋まりつつあるのを見たからです。やはり、当事者にとっても、そういうタイミングだったのでしょう。2004年になって、4月に三沢が「理想主義者」を、そして京平さんが12月にこの「人生は3つ数えてちょうどいい」を上梓しました。三沢はノア旗揚げの時に、その辺の事情も含めた自叙伝を書いていますが、時期が時期だったためか、ちょっと私には理解できない部分がありました。しかし、この京平さんの本を読んで、本当の三沢の苦悩も理解できたような気がしました。そして、心からホッとしました。私はどちらも、誰も、悪者にしたくなかったのです。それはもちろん、全日本を、馬場さんを愛しているからです。
 京平さんのこの本には、とにかく人の悪口が出てきません。形としては自分を裏切った人に対してもです。これはもちろん、馬場さんの生き方そのものですし、京平さんの人柄そのものでもあるでしょう。
 いや、正確に言うと、馬場さんの奥さんである元子さんに対しては、けっこう厳しい表現をしているところがあります。これは、京平さんと元子さん、そして馬場さんとの強い絆がなければ、できないことです。そして、京平さんの信念。つまり、自分が最も大切な人を批判することによって、袂を分かった人たちとの関係を修復しようという気持ちです。これには本当に感動しました。
 昨日読んだ本の内容と重ね合わせるのは不謹慎でしょうが、正直、やっばり馬場さんは仏様だな、と思いました。そして、今は皆違う世界で活躍していますが、仏様の弟子はやっぱり仏様の弟子なんだな、と思いました。
 明日からは「理想主義者」を読みます。
Amazon 人生は3つ数えてちょうどいい

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