『空と無我―仏教の言語観』 定方晟 (講談社現代新書)
1月31日におススメした『憎悪の宗教』。なかなか好評のようです。私の記事にも結構アクセスがあります。あそこにも書きましたが、物議を醸すことは良いことです。
そんなわけで、著者の別の本も読んでみました。今度はご専門の仏教についての本です。
大変、面白く興味深い内容でした。「空」と「無我」なんて、仏教の教えの中でも、最も重要で難解な概念…概念ではないな、やっぱり言葉かな…です。それが、読み進めるうちに自然と理解されました。
…と、ここですでに自己撞着が生じます。「空」「無我」自体が「理解」とか「分かる」ということを否定しているものだからです。不二(フニ)は分けないという意味ですね。つまり言葉(ロゴス)の働きが認められないのです。
こうした矛盾が、私にとってはいつも辛い。辛かった。言葉について考える時も、仏法について考える時も、もちろん、その他もろもろのことを考える時も。
しかし、今回、この本のある部分に非常に勇気づけられてしまいました!
ナーガールジュナと彼の代表作「中論」に関する部分です。
ナーガールジュナは言葉(ロゴス)の限界を説きました。もちろん言葉によって。それは一見矛盾のようですが、そうではなく、言葉を究め尽くして、そうしてそこに現れる沈黙にこそ真理があるとした、というのです。
なるほど、と思いましたね。言葉を他の何かと区別して、その限界だの、効用だの、魅力だのを語ろうとしていた。もうその時点で、アーティキュレイトしてしまっているわけです。もっともっと高い次元から見るべきなのです。まさに不二の立場。
ここのところ、宗教の問題とは別に、「もの」「こと」「かたる」「ものがたり」「ことのは」などについて考えることが多く、実際いろいろと新しいアイデアが浮かんだりしたもので、どうも結論を急ぎ過ぎていたようです。特に言葉に対してある種の結論…言葉にとって不利な…を前もって用意してしまっていたようです。
なるほど、いずれにせよ、言葉を「あきらめる」には、言葉を「諦観する」か「明きらかにする」必要があるわけですな。がんばってみましょう。
ありがとうナーガールジュナさん!そして定方さん。
Amazon 空と無我―仏教の言語観講談社現代新書
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