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2005.01.18

『日光山縁起』〜センター試験古文出題ミス?

i345mg1 すみません。またセンターネタです。仕事が今これで手一杯なので。興味ない人、ゴメンナサイ。
 結局満点取れませんでした。でも、全体として例年になく解きやすい良問であったと思います。ニュースではいろいろと騒がれておりますが…。
 古文は室町期の『日光山縁起』が出題されました。中世は国語史的に微妙な時期です。古い日本語から新しい日本語に変わる過渡期。まあ、言葉にとっては、いつでも過渡期ですけど。例えば今も。しかし、学習の対象として難しい時代であるのは確かです。単語の意味一つ取っても、平安時代と微妙なズレが生じている。もちろん文法的にも、そして語り口的にも。東国ものですしね。
 ニュース等で問題になっているのは問四ですが、これは私は迷わず5を選びました。2でもいいのでは、と予備校などが言っているようですが、私はこう解釈したのです。
 馬に対して「長年の(私の母への)思いを(お前が)知っているなら、この手紙を都に持ってまいれ」…それを聞いて「馬が涙を流して都の方角へ急いだ」…続いて鷹に「馬は(私の気持ちを理解して)都へ行ったぞ。(私の朝日の君への思いをお前が知っているなら)お前はこの手紙を朝日の君に持ってまいれ」
 つまり、有宇中将の、馬と鷹への言葉を対応させたわけです。さらにその後の朝日の君の言葉と鷹の行動も、絶対対応していますよ。古文ではこうした語り口をよく見かけます。典型的な物語風表現ですね。2のように、中将から馬への愛情に限定してしまうと、クライマックスとしては急に貧しいものになってしまいます。
 物語的観点からついでにもう一つ。問一のウ「さるほどに」の解釈です。私はここには正解がない、と判断しました。少なくとも正解だとされる「さて」は選びたくない。たしかに辞書的には「さて」の意味もあるようですが、ここで話題の転換をしてしまっては物語としてはダメダメでしょう。その前後はほとんど同時、たたみかけるように続かないと。だから、「さるほどに」はストレートに「そうしているうちに」です!正解とされる「さて」は×。それ以外は△ですね。縁起というのはだいたい必要以上にドラマチックに書かれるものです。
 上の写真でわかるかなあ。当時のものには段落も句読点もカギかっこもありません。「さるほどに」のところで改行したのはエディターの仕業です。そういう編集に惑わされてはいけません。
 まあ、私の解釈はあくまで私のセンスによるものですからね。異論はいくらでも出るでしょう。しかし、いや、だからこそ、そういう問題を出しちゃあいけません、センターさん。というかN教授(Nに深い意味はありません)。

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コメント

はじめまして.
一連のセンター試験ネタ,面白く読ませていただきました.私も一応国語の教員免許を持っているので,腕試しに,とセンター問題を解いてみたのですが,もちろん万点などとれるはずが無く,悲しくなりました…

それも,まさに古文の「さるほどに」と「としごろの心ざし」を落したので,この記事を読み,なるほど~,でした.

「小津安二郎の反映画」は,読んでみたいと思いました.というか,共通一次の時代からですが,試験に取り上げられる評論や小説って,全文読みたいと心惹かれるいい文章が多いですよね(時々駄文?もありますが).

投稿: ヒロ子 | 2005.01.19 21:04

ヒロ子さん。
コメントありがとうございます。
たぶん全国の国語教師で満点取れる人ってそんなにいないと思いますよ。
生徒よりできないなんてざらでしょう。
私も自分で入試問題作ってわかりますが、文章選びにはかなり気合いが入ります。
いい本のいい部分を出しますよね。だから、ヒロ子さんがおっしゃるとおりです。
私の読書生活のほとんどは、実は入試問題とか模試なんですよ。
いい本のエッセンスだけちゃっかり。で、全部読みたいと思ったら買って読む、です。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2005.01.20 08:20

突然すみません。
K塾が騒いでいますね。
今年のセンター古文問1(ウ)ですが、私は「そうしているころに一方では」なのではと思います。
したがって「さて」を選ぶ以外にないのでは?
東大に合格した教え子がここで間違え、さらに問4で間違え(ここは個人的には「アホか」と思っています)て、挙句37、38点というのが多かったようです。
今回の「日光山縁起」の元々ネタは「住吉物語」の霊夢ではないでしょうか?
つながりは証明されなくても、私はこのような設定が大好きなもので。
昔の私たちの祖先は、このように想像力をはばたかせていたのではないかと考えるとゾクゾクします。
このようなお話ができればと、突然ながら、書かせていただきました。
田舎の国語教師より。

投稿: いなかっぺ | 2005.08.14 21:46

いなかっぺさん、コメントありがとうございます。
ちょっと出かけてまして、お礼が遅くなりました。すみません。
そうですね、私も今になって冷静に考えると、また違った考えもわきます。
でも、そんなふうにいろいろな解釈ができるような問題を、客観テストとして出題しちゃあ、これはいけませんな。
なるほど〜、住吉物語ですか。むか〜し、読んだはずなんですが、思い出せないので、引っ張り出してきますね。
私もこういう話、大好きなんですよ。そうゾクゾクすればいいんですよね。
今の感覚で、現実とフィクション、日常と非日常を区別しちゃうのはつまらない。
昔なんか、両者が侵食しあって、しょっちゅうチャンネルが変わってたと思いますよ。
そういうのにものすごく憧れるんです。最近。
このブログでも、そういうネタが増えました。また読みにいらして下さい。
お待ちしております。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2005.08.17 18:25

お言葉に甘えてまた書き込ませていただきます。「第2回マーク模試対策」と称して「(今)住吉」下巻の霊夢の場面を出題して予備校生たちにさせてみたところ、「このあとどうなるのか読みたい」などのコメントが返ってきました。霊夢を見た中将が御供のものを帰してごく一部の家臣たちだけを連れて足に血豆を作りながら住吉へと向かう場面で切ったので。「切る」ことは大切な教育の方法のような気がしています。「読みたい」心を作れたらいいな、そしてその願いにすぐ答えられるように身近に本を備えて待っておく…でも、なかなか成功しないんですよ、いつも…何年か先にでも実ればいいと祈りながら。でも、最近の(昔も大半はそうかな)生徒は塾や予備校を、受験テクニックを学ぶ「まじめなゲームセンター」だと思っているような感じで少し悩んでいます。

投稿: いなかっぺ | 2005.08.21 00:41

あ、それから、問4のお話は私も大賛成です。そして、客観テストは大切なものを見失わせる欠点がありますね。点取りゲームに邁進するのではなく、たとえ間違っていても自分なりに想像力を使って考えてみることのよさを忘れて「ああすればこうなる、だからこうせよ」だけで済ませてしまう…「貧しい」んじゃないかしらん。
今ほんとうに賢い子はそれも残しながら「お約束」としてそれを学んでいるといったところかも。「3a-a=3と答えてしまう子も馬鹿だとしてしまわないことが大切だ」という養老孟司さんの指摘は、かつてはよく聞かれたけれど、最近ないがしろにされているような気がして悲しいです。
言いたいことだけ書いてごめんなさい。

投稿: いなかっぺ | 2005.08.21 00:54

いなかっぺさん、おはようございます。
う〜ん、いなかっぺさんのコメントを読んで、なんかいろいろ考えてしまいました。
私も受験に特化したクラスの担当なもんですから、ついつい生徒の要求に従ってテクばっかり教えてるんですよ。
私も受験国語は嫌いではないですし。
ただ、国語のテクなんて2年間で身に付きますから(?!)、1年生の内はたっぷり遊びます。
それで、生徒がこれでいいのか?という危機感を持った所で、一気にテクを教えます。ははは。能率いいですよ。
で、1年の時遊ぶのは、決して文学の面白さを教えるとか、そういうのではないんですよ。
どちらかというと新しいメディア方面の話ばかりです。
だって、文学志しても仕事ないですから。国語の先生くらいにしかなれないよ!って言ってます。
教師になった頃の理想とはずいぶんかけ離れてしまいましたけれど、まあ私も生徒も楽しんでますから、まあいいとします。
まだ、住吉を読み直していないのですが、やはりそういう生徒さんの反応を知ると、まだまだ捨てたものではないな、と思いますね。では、自分はどう処すればいいのか…。
あんまり押しつけにならない程度に、そういう世界もあるよ、とほのめかすのがベストですかね。感じる生徒は感じますでしょう。
「読みたい心」を引き出す。「ゆかし」と思わせることこそ教育ですね。
私の恩師である大村はま先生は、まさにそれを実践された方でした…。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2005.08.22 09:26

大村はま先生ですか…。さほど多くのご著書を拝見させていただいたわけではありませんが、「生きた言葉を話され、書かれた方」という印象を持っております。その一方で、矢継ぎ早に「総合学習」など導入しては「はしごをはずす」(当方少々口が悪いのでご容赦ください)現今の学校教育に携わりながらではあそこまで力を入れることは難しいのでは…とも想像しています(私立進学校で教えたこともあるので…)。時間と立場に自由があるだけ、「私たちのような予備校教師は、足元にも及ばないのは当然としても、ほんとうは大村先生のような方を目標にすべきではないのか」などと身の程知らずの内省も湧きます(何せ田舎のことですので「志」以外に大切にすべきものがありません。こう言っても決して卑下ではないつもりですが)。閑話休題。「要領のよい方法」はやはりありますから大いに教えるべきなのですが、それだけに終始していっこうに自分で判断しようとしない、できない生徒を見かけることがここ二年ほどひどく目につきます。つい、私の抱え込んでいる「どうすればよいか…?」を書き込んでしまったようで、まことに恐縮です。しかし、書かせていただいたことで、そしてご意見を伺ったことで、やはり書いてよかったと思っております。私が今なすべき方法を見出せないのと同じように、いま自分で考え判断できないように見える生徒たちも、そうできるようになる途上にあるのかもしれません。私にできることに、すなわち「耕す」ことに倦まず従事する、というふうにしか今は書けません。しかし、私自身の中に模索していく意志を確かめられたのがありがたいことでした。また、寄らせていただけたらと思っております。私も、受験に携わる読書がほとんどで、「それでよいのか?」「よい部分もあろう」と自問自答を繰り返す日々です。

投稿: いなかっぺ | 2005.08.23 00:49

内向的なことばかり書き連ねたのでは、とますます恐縮。せめて、センター試験関係ネタを。
K塾第二回マーク模試を見る限り、多くの同業者は現代文・古文の易化傾向と、漢文の難化傾向を意識しているのは明らか。
古文は文法学習上出典を平安期に設定したいのは当然としても、センターの和歌重視傾向は踏襲してほしかった。
第1問の問6が「二つ選べ」から「一つ選べ」になりそうなのはやはり大きいと思います。もともと予想問題を作る際に過去問を参照していてさえ、「いったい何をねらいにしているのか?」と疑問に感じることもありましたから、歓迎しないではないものの。
漢文は今年白文読みをなくしたことが今後どのように影響するか?
確かに04追試験で倒置形を出題するところまでネタがなくなっていたのはわかりますが、現今の生徒のレベルを考え合わせると、目的語と補語に相当する名詞の塊くらいは見つけられるようにと到達すべきラインを示し、出題し続けてもよかったのではないか?むしろ、文脈重視主義が強まりすぎて、かえって「必ずしも学者にはならない生徒たち」を「救いのない難しさ」にさらしてしまうのではないかと危惧しています。たぶん田舎の感覚だろうと思いますが。

投稿: いなかっぺ | 2005.08.23 01:08

いなかっぺさん、コメントありがとうございます。
いなかっぺさんの心配なさることを、先ほど、夏休みの補講の中で、生徒達に話させていただきました。
つまり、テクばかりに走ったり、受身になってばかりだったりして、自分で考えて、問題を解決しようとしない、という件についてです。
ある意味では、私たち教師や、参考書や、塾や予備校に期待してもいいけれども、勉強の世界、受験の世界はそれだけじゃないんだ、ということを伝えたつもりです。
数年間という限られた時間ですし、悠長にトライ&エラーを繰り返している場合ではありませんが、どこかで自分自身で考えてもがいてほしいんですよね。
そうしてもらわないと、大学には入れても、そこで何をしていいか、何が大事なのか分からず、立ち往生してしまう人間を大量生産することになってしまいます。
それはもちろん社会での負け組を作ることにもなります。いちおう教育者として、それだけはイヤなんですけれど…。
私も大村先生のまねは無理だと思っていますから、全く違う指導をしています。
実際、先生は「私のまねをするなら完璧にやってください」とおっしゃってました。
つまり、まねは無理、まねはするな、ということだと思います。
今の学校現場では、どう考えても無理ですし、私の性格、才能の面でもやはり無理ですね。
ただ、私の力で出来ることには当然限りがあるわけですし、私が生徒達をこうしてやろう、なんて思うのは思い上がりでしょうし、彼らは長い人生において、いろいろな師に出会うでしょうから、あんまり力まないようにしています。
私も結局はいなかっぺさんと同様、「これでいいのか?」の毎日です。
でも、いなかっぺさんにコメントをいただいたことで、勝手ながら同志を得たような気持ちになりました。ありがとうございました。
ところで、センターのことですが、
古文は一時期難しすぎましたからね。生徒もよく言ってました。古文はセンターが一番難しいって。私もそう思ってました。
漢文は、文法的に、あるいは形式的に読むというのは、よき伝統だと思うのですが。生徒達もそこに安心や自信を得ていたのになあ。私も。
とにかく、試験内容と教科書の内容の乖離は解消しません。
ウチの学校はある意味予備校的でして、過去問を教材に三年間進められるので、まだいいんです。
まあ、それはそれで根本的な部分で、妙な現象なのかも…。
ああ、また迷いが。でも仕方ないですよね。
お互いに、迷いながら、しかし目の前のことに確実に対処していきましょう(笑)。
では、また。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2005.08.23 17:44

「私のまねをするなら完璧にやってください」ですか…ほんとうにすごいですね。芸事はまず真似から入り、まねできないところこそ「個性」(好ましい言葉ではないと思っておりますが)だろうと思います。それを「完璧に…」ですか。明治・大正の世代の気迫を感じる思いです。
センター古文は、97「西鶴名残の友」あたりからきついでしたね。「これリスニング・テストにすればいいのに…」などと思っていました。ドナルド・キーンさんご推薦とはいえ、99「井関隆子」もかなりハードでした。00「宇津保」はまだしも、01「和歌庭訓」は選択肢の作り方を含めて強烈過ぎたと思います。一方で作品のよさもわからないわけではないだけに、現場の教師としてはつらい思いにさせられました。
明治以来の惰性としか思われない文系・理系の選択をまだなにもわからない生徒にむりやりさせたうえ、英語・数学の負担と合わせて理社の選択…平均点が高くて簡単そうだからという理由で生徒が進路を選ぶのさえ、内心「無理もないか…」と感じさせられたり。
どこかで、この思いを単なる愚痴や嘆きに終わらせないようにしたいという気持ちなきにしもあらず。
ご迷惑かもと思いつつ、今日もつい書いてしまいました。

投稿: いなかっぺ | 2005.08.23 20:10

迷惑だなんて、とんでもありません。
いつでも書き込んで下さいね。
なかなかこういう話ができる仲間がいませんし、個人的な会話でなく、こうして公開していることに大きな意味があると思いますし。
今後ともよろしくお願いします!

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2005.08.24 08:12

何回も過去問を解くときこの問4で②を選んで間違えてますが

馬のあとの鷹との会話からのあなたの考察で、やっと⑤であることが分かりました。(それでも②もいいんじゃないか、と思いますが)
ところで、その下に書かれてる

さるほどに、についてですが

朝日の君は帯がほどけて、七日さまよい川に辿り着いた時に鷹から手紙をもらうわけですが
中将が鷹に手紙を渡してから、朝日の君に遭遇するまで、七日も経過していないだろうと、考えられます

「そうしているうちに」では、帯がほどけたのは、中将が鷹に手紙を渡してから、ということになってしまうので
ここは「さて」で一旦数日戻って、朝日の君の帯が解けた日へと場面転換されてるのでは、と思います

投稿: 通りすがりの三浪生 | 2010.01.04 18:33

通りすがりの三浪生さん、コメントありがとうございました。
なるほど、そのような「さるほどに」の解釈もありですね。
勉強になります。
その後いろいろな用例を見ましたが、「さるほどに」を「さて」の意味で使うのは、かなり限定的で、ある意味、それまでの文脈をぶったぎって違う話を持ち出す時、あるいは全くの冒頭部分に使われることが多いようです。
いずれにしても、こんな問題出しちゃいけません(笑)。
最近のセンター古文は多少良心的ですから、こんな悪問は出ないと思いますが…。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2010.01.07 17:39

初めまして。かなり昔の記事ですが、最近この問題を解く機会がありまして質問させていただきます。昔から国語は得意で、現役の時に最初に東大に入学した時も、出て思い直して理3に入りなおしたときも、センター国語は満点でした。今回久しぶりに国語を教える機会があって、ここ15年分解いてみて、この年の古文の問4以外は(もちろん昔解いたことのあるのも多いからとは思いますが)すべて正解しました。先生のおっしゃる解釈もできるとは思うのですが、馬に対する思いがだめな理由がわかりません。鷹との対比も考えましたが、鷹は泣いてないのに、馬が泣いていること、また狩猟好きで都を追われたこと(一般的に考えて狩猟で、鷹狩も含めて馬が一番なのかな)や、都に帰って周囲の人がすぐに中将の馬だと認識していたり、都落ちするときも一緒だったりと選ぶ理由にはことかきません。それに対し、母への年頃の思い、というのに対して、リード文の6年間幸せに生きてたというところや、夢での母親の恨めし気な言動からも、本当に長年思っていたのかあの場面からだけでは決め手に欠く気がするのですが。そう考えると、母親の自分に対する長年の思いを理解するならと考える方が自然な気がしますが、(選択肢にはありませんが)どうななのでしょうか。この年に受けた院生と飲みながら話していたので脈絡がなくてすいません。もしよろしかったらご返事をください。

投稿: 通りすがりの理3生 | 2013.01.18 01:14

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