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2005.01.31

『憎悪の宗教―ユダヤ・キリスト・イスラム教と「聖なる憎悪」』 定方晟 (洋泉社新書y)

4896918797.09.MZZZZZZZ う〜む、この本の評は難しいですね。まず、大変興味深く、ワクワクして読んでいる自分がいます。ワクワクとは、誤解を招きそうな表現ですが、たしかにワクワクしたのです。
 少なくともイライラしなかったので、自分としては安心しました。この本を読んでイライラ・ムカムカ、まさに「憎悪」をたぎらせる方も多いでしょう。しかし、それではまさに著者の思うつぼ。それ自体が、この本のタイトルの正しさを雄弁に語ってしまうからです。うまい。そしてずるい。憎い(この憎いは古文でいえば「心憎し」です)。
 表面上は、三つの「砂漠の一神教(ヤルダバオトの宗教)」に対する批判ということになっていますが、著者が表明している通り、その舌鋒はキリスト教をチクチク刺激します。たしかに、「汝の敵を愛せ」には、愛する以前に敵が存在しますし、「左の頬をも向けなさい」では、相手に罪を重ねさせることになります。また、イエスが「平和ではなく、つるぎを投げ込むためにきた」と言ったとされるのも事実ですし、日本の共同訳聖書に恣意的改竄の疑いがあるのも確かです。
 しかし、それにしてもずいぶんと、それこそ恣意的な論調ですなあ。それが意図であることは分かっていても、ちょっと違和感があります。なのに、なぜ私がワクワクなのかというと、私がいつも考えている「ことば」の問題につながる点が多かったからです。たとえば著者の舌鋒に対して、敬虔なクリスチャンはいかなるロゴスで応戦するのか。これは興味あるところです。
 はっきり言って、そこに論争が始まったとすればすなわち、古今の宗教対立や、差別や戦争の火種を、またそこに生んでしまうことになります。それをどう乗り越えるのか。あるいはやはりロゴスでは乗り越えられないのか…。
 著者は、「ヤルダバオトの宗教」を徹底攻撃する合間に、時々「仏教には憎しみも嫉妬もない」論を潜ませています。著者はインド哲学者さんです。しかし、正しい仏教徒であるとは思えません。この著書自体が「聖なる憎悪」に対する「聖なる憎悪」に根ざしているとしか感じられないからです。いや、それもまた、著者の意図するところで、実は自らデーヴァダッタを演じているのかもしれませんね(少なくともユダにはなりたくないだろうな、この人は)。う〜む、やるな、憎い!
 こういう本が出ることはいいことだと思います。イライラすることによって見えることもあります。とにかく、ロゴスに盲従し、羊やら奴隷やらに自ら安住している人が一番不幸だと思いますから。かと言って、不立文字、教外別伝で片づけたくないんだよなあ…私の実感としては。ああ、辛い。早く悟っちゃいたいですね。
Amazon 憎悪の宗教 新書y (126)

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2005.01.30

SANYO デジカメMZ3 & デジタルフォトプリンターDVP-PS1

mz3 私のメインデジカメはサンヨーのMZ3です。知る人ぞ知る名機ですな。これは買っておいて良かった。本当に自分の感性にしっくり来るマシンです。
 まず200万という画素数がよろしい。ファイルサイズ、スピード、画質のバランスにおいて、ベストスペックです。とにかく軽快。起動も撮影も再生も全くストレスなし。これは大事なポイントですよ、写真撮影という作業にとって。
 そして、やはり動画でしょう。motion jpegですので、QuickTimeで簡単に編集可能。フルスペックでのS-VHSなみの動画もいいのですが、私は320×240、15フレーム毎秒のチープな感じが好きです。昔の8ミリフィルムのような懐かしい映像でよろしい。
 あとは、あのデザインですね。かっこわるい。どうしてああいうデザインになっちゃうんでしょう。先代からの流れも全然くんでないし、ほとんど突然変異的存在。でもどこか写真機的であり、質感も含めて私は大好きです。中途半端でなく変でよろしい。
 とにかく自分にとっては最高のデジカメです。人が何と思おうと、いいものはいい!使い続けます。dvp-ps1
 さて、さて、撮った写真たちですが、やはり紙に焼いて手に取って見たい。あるいは人にあげたい。まあ、お店プリントに出せばいいわけですが、どうも面倒なので、最近いわゆるデジタルフォトプリンタを入手しました。いろいろ考えてサンヨーのDVP-PS1にしました。
 パソコンのプリンタにアルプスのMDを使っているせいもあってでしょうか、どうも私はインクジェットの画質や保存性が気に入りません。ですから、フォトプリンタも昇華型熱転写方式(つまりインクリボン式)がいいなあ、と思っていました。落ち着いた色調が好きなのです。いわゆるハデな、ウソ臭い色合い…どうもそういうものがキレイだと思われているようですが…は生理的にダメなのです。そんなことを考えていたら、サンヨーさんが昇華型を出してくれました。
 このマシン、なぜかほとんどお店で見かけないんですよね。ネットショップでもあまり売ってません。存在すら知られてないのでは。私はあるショップでほぼ半額で買いました。
 画質はイメージ通り、私好みでした。オーバーコートが施された全体の質感も、お店プリントに近い感じですね。まだ、数枚しかプリントしていませんが、宣伝文句通りだいたい一枚40秒で完成です。私としては十分満足しています。まあ、難点は本体で画像をチェックできないということでしょう。しかしそれは工夫次第でどうとでもなります。あとはあまりにマイナーなので、サプライ品の心配ですね。結局アルプス同様、今のうち買いだめするしかないのかな。

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2005.01.29

『ウルトラホーク1号』 ハセガワ

SANY03751 四半世紀ぶりにプラモデルを作りました。中学生くらいまでは、ホントにプラモデルばかり作ってました。特に戦闘機と戦艦。その後全く購入・製作の機会がなかったのですが、なぜか突然思い立って作っちゃいました。
 それでなんでまたウルトラホーク1号なんでしょうねえ。いや、単にウルトラホーク1号が大好きだからです。リアルタイムでセブンを見ていた頃も、もちろん大好きでしたが、最近娘たちがなぜか初代ウルトラマンとセブンのマニアになってしまい、私も久々にビデオで見たら、やっぱりかっこいい!素晴らしいデザインですね。歴代のメカデザインの中でも、突出した名デザインです。成田了さんなんでしょうか、デザイナー。
 非常にバランスが良い。そしてそれが3機に分離するというところが、また泣かせます。本当に今見ても美しいですね。かっこいいだけでなく、本当に美しい。
 今回作ったのは、ハセガワから出ている144分の1モデルです。数日前に届いていたのですが、別に注文した接着剤や塗料、ニッパーややすりなんかが、昨日到着したので、今朝早起きして作り始めました。で、大体5時間くらいですかね、完成まで。久々に集中しましたよ。その集中と緊張感、まさに少年時代のそれと同じで、不思議な感覚に襲われました。
 模型造りというのは、不思議なもので、本当に男の趣味ですね。女性には全く理解できないようです。少なくともウチの3人の女子は、「何が楽しいのかねえ」という顔をしていました。そのおかげで比較的ジャマされず作業に取り組むことができたわけですが。
 で、出来なんですが、正直ダメダメですね。25年前の自分より明らかに下手くそになっている。もちろん、コツを忘れているということもありますが、なんか、せっかちなんですよ。もっとゆっくりじっくりやればいいのに、とにかく早く作り上げたいのか、自分でもいやになるほど雑なんですね。なんか、これが大人になるということなのかなあ、なんて思っちゃいました。とても人に見せられる出来ではありません。まあ、その雑さのおかげで、実戦でくたびれた質感みたいなものが、期せずして出てくれましたけど…。
 ハセガワと言えば、私が生まれた町にある会社です。小学校5年生の時、夏休みに帰省した際、工場を見学させてもらいました。帰りに「赤城」をプレゼントされ、大喜びで帰ってきた記憶があります。あの頃は良かったなあ…。
 ところで、上の写真、見にくいですね。なぜか神棚の前に鎮座してます。まあ、地球防衛軍ということで、神さまと一緒に地球のために働いてもらおうということです。

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2005.01.28

『不二の妙道を行く』 河野太通 (春秋社)

439314404X.09.MZZZZZZZ ものすごくいい本です。久々に自分が大きく変わりました。
 今ちょっと考えるところがあって、キリスト教とイスラム教、ユダヤ教、そして仏教の本を同時に読んでいます。そんな中、昨日届いて一気に読んでしまったのがこの本です。
 一気に読んだには、もちろん理由があります。ものすごく引き込まれてしまったのです。途中、なぜか目頭が熱くなりました。慈悲に満ちた内容と文章。美しい本です。そして、今ちょっと考えていることの答えにつながるヒントを発見させていただきました。
 河野太通老師は、臨済宗妙心寺派のお坊さんです。仕事柄、禅には比較的親しんでいる方だとは思いますが、その「心」までは正直分かっていません。まあ、分かってしまったら、私も老師になれてしまうわけですけど…。
 このサイトの名前である「不二草紙」。いろいろな理由があって、この名前を付けたました。もちろん、富士山(不二山)のフジでもあり、単に二つと無いという意味でのフジ。赤塚不二夫にちなんだとも言えます。
 しかし、実を言うと、裏のワケもあるのです。その場合は「フニ」と読みます。「フニ」に対する憧れです。この本のタイトルも「フニの〜」です。
 「フニ」とは、一言で言うと、二つ(以上)だと思っているものも高い次元から見れば実は二つ(以上)ではない、ということです。例えば、自己と他者。人間と自然。精神と肉体。善と悪。生と死。相対的な二元論を否定するわけです。否定するんじゃないな、否定も肯定もない。一つの大きなモノの一部であり、全体であるわけです。
 その、一つの大きなモノが「神」であり「毘盧遮那仏」であり「ゴッド」であり「サムシング・グレート」である、と同時に、例えば自分自身でもあります。
 そういった視点に立てば、もちろん、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の対立など、まさに一つの大きなモノの意志に反していることだと分かります(そんな単純に行かないことも知っていますが、それでもやっぱり私は間違っていると思います)。
 不二一如(二つは実は一つ)というようにも言われますが、私が今回感じたところによると、それも少し違うのではないでしょうか。つまり、不二=1ではなく、不二=0、不二=∞なのではないか。仏教で言うところの「無」「空」であり、神道で言うところの「八百万(もちろん無限大という意味)」。
 これ以上はまだ書けません。もう少しはっきり分かったらどこかに書きます。いずれにせよ、この本のおかげさまで、私は大きく前進することができました。それだけでも不二(無我)ですね。自分は自分だけで自分ではない…。
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2005.01.27

『やぶにらみ科学論』 池田清彦 (ちくま新書)

4480061401.09.MZZZZZZZ 楽しい本ですね。養老先生の本と同じ読後感。そういえば、ご両人とも昆虫採集がご趣味のようですな。
 池田先生、国語の試験では売れっ子の生物学者さんです。この肩書きについて、ご本人はどう思われるかわかりませんが、私としてはほめ言葉のつもりです。
 私の前に座っている同僚が、大学時代に直接関わったことがあるとのことで、池田先生の生物学的実態(=生態)を聞かせていただきましたが、うん、なかなか魅力的な人だ。今は早稲田大学に引き抜かれちゃったようです。
 科学者としてはどうか知りませんが、人間としては、こういう方が教育に携わっているというのは健全なことと思われます。
 クローン人間なぜ悪い、とか、地球温暖化なんて科学ではなく政治の問題、とか、禁煙運動は原理主義だ、とか、今の医療は健康な人を病気にするためにある、とか…。悪く言えばアマノジャクということになるんでしょうけど、良く言えば、ご本人があとがきで述べているように、「本当のことを言ってしまう」人なんでしょうね。世の中には、常識や権威とかいう無言の圧力があって、それに屈する大人がほとんどなわけです。たまにこういう本当のことをばらしちゃう人がいる。そういう人は、ある筋からは煙たがられますが、一般人にはけっこう好かれますよね。
 池田先生や養老先生のように、理系でありながら、堅苦しい学術論文よりも、こうしたエッセイを得意とする方が時々いらっしゃいますね。だいたいそういう方は、私の目には魅力ある人間として映ります。寺田寅彦さん、藤原正彦さん。たぶん文系と理系のバランスがいいのでしょう。うらやましい。
 彼らのエッセイ(随筆)には、論文にはない毒があります。ある意味パラドックスですが、彼らには権威があるから、毒舌家になれる。毒舌家が放つ毒というのは、つまりは苦い薬でして、そういう毒のような薬というものを、実は世の中は欲している。だまされて流れに棹さしていても、どこかで水もさしてもらいたい。そんなものです。
 私も不肖ながら、常識や権威を疑っていきたいし、生徒たちにもそういう刺激を与えていきたいと思っています。全然権威ないけど…orz
Amazon やぶにらみ科学論 ちくま新書

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2005.01.26

ミャウリンガル(猫語翻訳機) タカラ

meow また、どうでもいいもの買っちゃいました。前々から気になってはいたものの、9000円近く出すのはなあ、と思っていたところ、あんまり売れてないのか2000円ちょいで投げ売りされてまして、買っちゃいました。
 バウリンガル(犬語翻訳機)はイグノーベル賞なんかとったりして、それなりにエポックメイキングな商品でした。2匹目のどじょう、というかペットは当然猫ですよね。
 いつかも書きましたが、犬は生活のために生まれ、猫は文学のために生まれた存在ですから、猫語の翻訳はかなり難しい。だいたい犬ほど饒舌でないのが普通ですから、このマシンの活躍の場は限られます。また、猫の飼い主はリアリストではなく、ドリーマーが多いので、すでに自分の頭の中に専用ミャウリンガルを仕組んでいることが多いのです。だから、やっぱりこれは売れませんね。
 と言いつつ、安かったので興味本位で買ってしまいました。
 早速ウチの猫ちゃん2匹で試してみました。
 ウチの黒猫の兄弟は、全く性格が違いまして、兄の弥右衛門はさみしがり屋で、いつも愛に飢えているタイプ。弟の新之介はマイペースで、甘える時は異常なほど甘えますが、ふだんは結構つれないタイプ。そんなわけで、まずターゲットになるのは兄の方です。こっちの思惑通り操れるからです。
 で、いつもの通り弥右衛門の腰のあたりをトントンたたいて刺激すると、いつものように鳴き始めました。さあ、ミャウリンガルを近づけてみます。すると…「翻訳中」…「翻訳完了」!
 「今夜も絶好調!」「なんか燃えてきたぜ!」「誰かいい猫紹介して」「見つめてキャッツアイ」「ラブラブラブ」…。
 おいおい、なんだこいつ!単なるスケベおやじじゃねえかよ〜!まあ、その通りなんですが。ある意味予想通りのことを言ってました。
 と言うわけで、なかなか面白いですね。まあお遊びです。自分の脳内ミャウリンガルと微妙に食い違うことも多々ありますが、たまにはこうして他の辞書を開いてみるのもいいことです。そうして客観的に自分の猫を見ることも、猫好きにとっては大切なこと…でもないか。とにかく本当の猫好きには無用の長物ですな、こりゃ。
Amazon ミャウリンガル

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2005.01.25

東京事変 『教育』

B0002KP418.09.MZZZZZZZ 椎名林檎姫バンドのデビューアルバム。一度聴いたのですが、なんとなくまた聴きたくなって、生徒に借りました。なんで「教育」なのか、ちょっと気になったのです。
 久々に聴いたら、なるほど「教育」でした。まったく姫は確信犯なんだから。
 姫は所信表明で「東京事変では、何か意図的にこだわる様なことが一切無い作品を作りたいし、自ずとそうなるだろうと思います。日本のポップスとしてなくてはならない、ただ演りっ放しの音楽、平均的な体温でできる音楽をお届けしたいと考えております。何卒DEATH。」などと言っておりました。
 この言葉自体ほとんど犯行声明ですな。
 私が聴いた限り「徹底して意図的で、演りっ放しではなく、かなりの高熱」ですねえ。まあ、あのメンバーが集まってやってるんですから、そりゃ職人仕事ですよ。職人さんが「いえいえ、やりっぱなしですよ。やっつけ仕事です」なんて言えば、確かにかっこいい。
 つまり「ようこそ先輩」状態なんですよ。だから、これは現場の教育を軽く見下ろすホンモノの教育ってわけです。ロックはこうやりなさい。ちょっとやってみせるから…。それで私たち生徒は、おぇ〜すげぇぇぇ〜!!ってなるわけです。プロがやってみせちゃうのは、最もシンプルで効果的な教育ですからね。ずるいです。
 私も充分教育されちゃいました。くやしいけど、いい仕事してます。作詞・作曲から始まって、アレンジ、演奏、レコーディング、プロモートまで、完璧に計算されています。もちろん、彼らのような職人さんたちにとっては、それが意識的な計算でないことが多々あるわけですけど。とにかく生徒から見れば磨き上げられた計算力。
 ふつう、確信犯的な音には嫌悪感を抱くんですが、彼女のそれは不思議と受け入れられるんですよね。なんでしょう。そういうのをカリスマ性っていうんでしょうか。やっぱりずるいですよね。天才は。
 とにかくかっこいい。ロックは死んだ、みたいなことを書いたこともありましたが、なるほど、こうして娯楽として生き残るロックというのもありかな、なんて思いました。
Amazon 教育

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2005.01.24

検索サイト 「Matome マニアのためのまとめ検索」

matome みなさんのブラウザのトップページは?相変わらずYahoo!の方も多いことでしょう。私は長いことgooにしていたのですが、最近ここにしました。「まとめ検索」です。
 ごらんの通り、人気のある検索サイト、ブログ検索のサイト、ショッピングサイトなどを厳選して、まさにまとめちゃったサイトです。つまりホントに名前の通り。ただ、マニアのための…となっていますが、これはどちらかというと初心者から中級者のための… でしょう。私くらいのレベルには実に便利です。
 検索も慣れてくると、目的別にいろいろ使い分けるようになります。そうすると、あっちのサイト、こっちのサイトへと飛び交わなければならず、結構面倒。それが一カ所で済むんですから便利です。キーワードの再入力の手間も省けます。まあ、この「まとめ検索」のおかげで、私のsafariのブックマークバーはかなりダイエットされました。それだけでも、ありがたや。Wikipediaがあるのもいいですね。
 で、このサイト、いったい誰が運営しているのか。謎です。イトマサだという噂もあるようですが、本当のところ、私には分かりません。合法的なものなのかも分かりません。いつまで使えるのかも分かりません。BETAとなっていますから、まだ発展途上ということなのでしょうか。
 それにしても、インターネットというのはとんでもないものですね。不特定多数の脳ミソを共有できるのですから。
 昨夜、日本テレビのドキュメント'05で「インターネット依存症」についてやってました。私はあそこまでひどくないですけど、生活のかなりの部分…それは仕事でもあるし、趣味でもあります…が、インターネットに依存していることは認めます。
 私はそのおかげで、たしかに脳を拡張することができました。他人の脳とのネットワークができたということです。それがいいことなのか、悪いことなのか、いいも悪いもないのか、それはまだ分かりません。
 便利になるということと幸せになるということが等価ではない、なんてことは誰もが知っていることですが、今のところ、私の脳ミソがインターネットとの高い親和性を持っているということだけは、どうも確かなようです。それがいいのか、悪いのか、どうでもいいのか、やっぱり分かりません。

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2005.01.23

salyu 『VALON-1』

B00023GSGA.09.MZZZZZZZ 5月11日づけでおススメしたIlmari×SalyuのVALON。あの時はIlmariのラップがあった方がいい、みたいなことを書きましたが、実はその後やっぱりSalyuの唄だけで聴いてみたいなあ、と思っていました。そうしたら、なんと6月にSalyuバージョンが発売になりました。それをようやく手に入れました。
 2004年度の邦楽マイベストです!!
 5月にも書きましたが、私はこういう曲が好きなのです。考えてみるとこういうタイプの曲は日本独特なのかもしれません。洋楽ではこういう曲、ありそうでないんですよ。つまり、私の音楽的感性の根底には、やっぱり日本がデーンとしてある、ということです。特に30歳過ぎた頃から、こういう曲に涙腺を刺激されるようになりました。そんな自分がけっこう好きですよ。ジャズもロックもクラシックも聴きますが、同じ曲を何度も繰り返して聴けるのは、実はこういうヤツなんです。一日中頭の中を回っていてもOK。
 で、Ilmari君には悪いけど、やっぱこっちの方がずっといいや!美しいなあ。小林武史的にもこちらが本来だったのだと思います。和声的にはそれほど目新しいことはしていませんが、メロディのうねり具合が絶妙なのでしょう。それをあの倍音の豊富な声でノンビブラートでやられると、しびれちゃいますね。
 カップリングの『虹の先』も実に面白い転調が仕組んであり、妙な感じがするいい曲です。
 小林武史ってすごいですね。彼のベースにはビートルズをはじめとする洋楽群があるのでしょうけど、そこに微妙な小林武史節が絡んでくる。説明できないけど、さっきの日本的(演歌的)テンポ感、節回し、そして不思議な転調による浮揚感っていうかなあ。それはよく聴くと、サザンやミスチルにも感じられます。もちろんマイラバにも。
 下の「ちょっと聴く」でサビと展開部を聴くことができますので、ぜひご堪能下さい。
 しっかしこのPV、私にはちょっとセンスが理解できませんでした。音だけ聴いた方がいいかもしれません。
ちょっと聴く
Amazon VALON-1

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2005.01.22

『怪獣使いと少年』〜帰ってきたウルトラマン第33話

fgggassxc1 今日のウルトラマンネクサスはようやく救いがあったというか…。ここまで暗いとついつい見てしまいますね。何事も徹底すればそれなりの意味と力を持つようになります。結局親二人ははまってしまいました。毎週土曜は朝7時半からドヨ〜ンと落ち込んで、その30分後、うる星やつらで救われる。その繰り返し。正直ドラマチックな週末です。
 さて、娘たちが普通の(?)ウルトラマンを見たいというので、TSUTAYAへ行きました。どれにするかは私が決めます。どうせだったら、普通のウルトラマンにもドヨ〜ンはあるのだ、という現実の厳しさを教えちゃおう!というわけで、「帰ってきたウルトラマン」の第33話が入っているビデオを借りてきました。
 これは私のコレクションの中にもあったはずでしたが、誰かに貸したら帰ってこなくなってしまい、ここ10年くらい見ていないものでした。久々に見れるぞ!ちなみにカミさんは初めて見るそうです。もちろん娘たちも。
 で、見ました。結果…家族みんなでドヨ〜ン…寝よう…。いかんな、変な家族だ。
 これは何度見てもひどいですね。救いがないということでは、ウルトラシリーズ随一でしょう。悲しすぎる。辛すぎる。
 ストーリーを書くのさえ躊躇されます。脚本の上原正三さん、この方は、ウルトラマンやゴレンジャー、仮面ライダーやら、その他そうそうたる特撮もの、アニメなどの脚本であまりにも有名な方です。時々重いのをやるんですよね。
 かなり思い切って一言で言ってしまうと、これは「在日宇宙人差別」のドラマですな。切通理作も指摘してますが、そういう象徴的な表現が多く見られる。場所も川崎あたりを彷彿とさせます。怪獣の名前がムルチですし。
 子どもたちのいじめシーンや、商店街での差別シーン、デマによる暴動・虐殺シーン、公害による病気など、ある意味リアル過ぎて、つい目を覆いたくなります。そりゃ、郷隊員もウルトラマンに変身できませんよ、人間(日本人)のためには。ウルトラマン的存在の根本的矛盾をあえて露呈しているわけです。
 日本・日本人と外国・外国人の問題を、地球・地球人と宇宙・宇宙人の問題にスケールアップして示す、という手法は、当時の特撮ものやアニメで時々見かけますね。最近のものはどうなんでしょう。
 ウルトラマンネクサスにおける苦しみ、悩み、葛藤、暗さの由来は、社会的なものではなく、けっこう個人的なもののように思えてきます。やはり時代がそういう方向に動いているのでしょう。そんな気がした土曜日でした。
Amazon DVD帰ってきたウルトラマン 怪獣使いと少年―ウルトラマンの作家たち 金城哲夫・佐々木守・上原正三・市川森一

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2005.01.21

『まともな人』 養老孟司 (中公新書)

4121017196.09.MZZZZZZZ モンキー裁判から80年たちましたが、基本的にアメリカは変わっていないようです。今日のニュースの一つに、アメリカ人の地球起源観についてのものがありました。それはそれで彼らの自由ですし、世界レベルでの多様性の一つなわけですから、別にどうのこうの言いません(思うだけです)。
 そんな中、今日読了したのがこの養老先生の時評エッセイ集。ここに収載されているのは2001年から2003年に書かれたものです。
 その間の大事件は、やはり9.11。当然この本では、原理主義についての話が多く出てきます。あらゆる原理主義に反対すると、それも結局原理主義になってしまう…というのは、私もよく考えていたことです。つまりたった1500グラムの脳が考えることなんて、その程度ということです。
 では、養老先生はどうなのか。たぶん「唯脳論」原理主義なのだと思います。そう言われるとご本人は不満かもしれません。しかし、それは事実です。ただし、この原理主義とあの原理主義は似て非なるもの。いや全く違うと言ってもいいかもしれません。
 立脚するものがある意味一つであるということにおいては、両者はたいへん似ています。確かな視座というものがあるわけです。それが人の脳によって考え出されたものであり、言葉で表現されるものだということにおいても両者は同じです。では、何が違うのか。
 それは、視線です。そしてその視線が持つ意志の質です。また、その結果として、それぞれの視座から見える風景も違ってきます。つまり、その視座が与えられたものなのか、自ら手に入れたものなのか、の違いです。
 宗教にせよ、科学にせよ、哲学にせよ、全て我々の脳にあるものは、完全なるゼロ(無)から生まれたものではありません。ある意味全て与えられたものだとも言えましょう。しかし、その与えられた素材をどう選別するか、料理するか、編集するかは、それぞれの人の作業です。アメリカ人…いや十把一絡げはまずいな…原理主義者は、その作業における自分の意志が貧弱。養老先生は、その作業を自分の意志で頑張った…というかほとんど趣味にしている。結果として、先生はわからなかったり、「脳」のしわざにしたりする(真理ではないと判断する)。
 進化論を否定するアメリカ人は養老先生を軽蔑するでしょう。一般的な日本人は養老先生のような「まともな人」に惹かれます。単純な構図です。たった三つの存在とその関係。戦争も平和もその三者の関係性なのです。
 やっぱり人間の脳なんてそんなもんです。そして言葉なんて全く頼りないもの。それを再認識させてくれた良書でした。
Amazon まともな人 中公新書

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2005.01.20

フローラ・プリン 『エヴリデイ、エヴリナイト』

Flora Purim 『Everyday Everynight』
B00007DXOT.09.MZZZZZZZ 今日は車の中でこれを聴きました。すごいなあ、というより、スゲエェェ〜!!って感じです。
 フローラ・プリンと言えば、チック・コリアの「Return To Forever」で一躍脚光を浴びたブラジル人女性ボーカリストです。その彼女がこりゃまたすさまじいバックメンバーを迎えて歌いまくったこのアルバム。1978年発表ですから、もう四半世紀以上前の作品です。しかし、その輝きは今なお衰えず。すごい時代でしたなあ。
 メンバーです。
Flora Purim (vocal,perc), Airto Moreira(drums,perc), David Sanborn(sax), Michael Brecker(sax), Randy Brecker(tp), Jaco Pastorius(b), Lee Ritenour(g), Jay Graydon(g), Herbie Hancock(kb), George Duke(kb), David Foster(kb), Alphonso Johnson(b), Byron Miller(b), Harvey Mason(dr), Michel Colombier(kb, arrange), Raul De Souza(tb) etc.
 今も昔も大活躍の面々が揃ってますなあ。みんな若々しい音を出していて、ちょっとかわいい。ジャズ界って夢の共演みたいなのが比較的実現しやすいですね。いいジャンルです。
 もう本当に楽曲的にも演奏的にも圧倒されっぱなしのアルバムですが、中でもやはり注目はジャコのベースでしょう。
 いきなり3曲目の「The Hope」でフローラのボーカルと絡んじゃう(ユニゾンで!)。そして色気において完全にフローラを凌駕してしまう。やっぱり天才は天才かあ。結局この感想に落ち着くんですよね。ジャコについては。
 8曲目もすごい。「Las Olas」はジャコの作曲です。彼なりのボサノバなんでしょうね、きっと。彼にハービーのピアノとアイアートのドラムスを加えたトリオによる演奏!!なんすか?このベース。このピアノ。この世のものではないですよ。あっそうそう、フローラも歌ってたんだ。これは歴史的な名曲、名演奏でしょう。
 その他の曲はコロンビエの作品です。どれも適度にポップで、十分オシャレなBGMもになりうる。つまり、本当にいろんな聴き方ができる素晴らしいアルバムです。
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2005.01.19

『天気図の謎』〜センター試験英語出題ミス?…ではない!

ghfd こりずにセンターネタ。英語の第5問の正解となった左の天気図について、お天気キャスターの森田さんが「ありえない」とおっしゃったことは、皆さんご存知でしょう。
 はっきり言って、森田さんだけでなく、少しでも気象学に興味を持っている人なら、あの前線が「ありえない」ことは直感的に分かりますよね。たぶん、センターで地学を受験する生徒でも分かります。前線の形と向きだけを見るなら、1と2が北半球、4と6が南半球、3と5は「ありえない」になります。
 森田さんが指摘したように、コリオリの力(転向力)を念頭に置くと、北半球では北西から、南半球では南西から寒気が吹き込むことが一般的です。北半球で北東から寒気が…ということが起きる可能性は0%ではないと思いますが、前線が東から西に動くということは、まあ0%でしょう。

 だからこの天気図とそれにもとづくMs.Coleの解説は「ありえない」。

 ん?本当にそうなんでしょうか。私はズバリ言います。「ありえる」!

 私は英語の本文を吟味してみました。まず、彼らがいるのは北半球とも南半球とも書かれていませんでした。まあ、それはなくてもよい情報です。あくまで英語の問題ですから。地学ではありません。
 あとは、確かに天気図の通り。あの解説が正しければ、天気図も正しい。よって正解で問題なし…って、ちょっと待てよ!
 いえいえ、皆さん、皆さんは本文に隠れている大切な情報を忘れていませんか?
 「彼らは地球上にいる」ということが書かれていないのです!!
 そう、ここは地球以外の惑星。その惑星の自転方向は東から西。そう考えればあの天気図と解説はありです!
 ちなみに金星では、「西から昇ったお日さまが東へ沈む」です。
 まあ、金星の天気図とは思えませんから、たぶん人類は地球外惑星に移住でもしたのでしょう。あるいは、アメリカのユニバーサル化が進展し、ついに英語が宇宙の共通語になったのでしょう。
 こんなこと考えるのは、私ぐらいでしょうかねえ。結構まじめなんですが…。どうでしょう、森田さん。

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2005.01.18

『日光山縁起』〜センター試験古文出題ミス?

i345mg1 すみません。またセンターネタです。仕事が今これで手一杯なので。興味ない人、ゴメンナサイ。
 結局満点取れませんでした。でも、全体として例年になく解きやすい良問であったと思います。ニュースではいろいろと騒がれておりますが…。
 古文は室町期の『日光山縁起』が出題されました。中世は国語史的に微妙な時期です。古い日本語から新しい日本語に変わる過渡期。まあ、言葉にとっては、いつでも過渡期ですけど。例えば今も。しかし、学習の対象として難しい時代であるのは確かです。単語の意味一つ取っても、平安時代と微妙なズレが生じている。もちろん文法的にも、そして語り口的にも。東国ものですしね。
 ニュース等で問題になっているのは問四ですが、これは私は迷わず5を選びました。2でもいいのでは、と予備校などが言っているようですが、私はこう解釈したのです。
 馬に対して「長年の(私の母への)思いを(お前が)知っているなら、この手紙を都に持ってまいれ」…それを聞いて「馬が涙を流して都の方角へ急いだ」…続いて鷹に「馬は(私の気持ちを理解して)都へ行ったぞ。(私の朝日の君への思いをお前が知っているなら)お前はこの手紙を朝日の君に持ってまいれ」
 つまり、有宇中将の、馬と鷹への言葉を対応させたわけです。さらにその後の朝日の君の言葉と鷹の行動も、絶対対応していますよ。古文ではこうした語り口をよく見かけます。典型的な物語風表現ですね。2のように、中将から馬への愛情に限定してしまうと、クライマックスとしては急に貧しいものになってしまいます。
 物語的観点からついでにもう一つ。問一のウ「さるほどに」の解釈です。私はここには正解がない、と判断しました。少なくとも正解だとされる「さて」は選びたくない。たしかに辞書的には「さて」の意味もあるようですが、ここで話題の転換をしてしまっては物語としてはダメダメでしょう。その前後はほとんど同時、たたみかけるように続かないと。だから、「さるほどに」はストレートに「そうしているうちに」です!正解とされる「さて」は×。それ以外は△ですね。縁起というのはだいたい必要以上にドラマチックに書かれるものです。
 上の写真でわかるかなあ。当時のものには段落も句読点もカギかっこもありません。「さるほどに」のところで改行したのはエディターの仕業です。そういう編集に惑わされてはいけません。
 まあ、私の解釈はあくまで私のセンスによるものですからね。異論はいくらでも出るでしょう。しかし、いや、だからこそ、そういう問題を出しちゃあいけません、センターさん。というかN教授(Nに深い意味はありません)。

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2005.01.17

前代未聞!教科書から出題!

11058785528391 こりゃまずいでしょ。昨日は、センター試験国語I・IIで出題された小津論に好意的なコメントを書きましたが、こっち(国語I)はシャレになりません。
 笑えますなあ。ここまで抜けてると。ニュースでご存知の通り、昨日のセンター国語Iの評論文が、第一学習社の教科書にある文章そのままでした。他の教科の場合は教科書からの出題が基本ですが、国語ではタブーです。
 昨日の吉田喜重の文章なんか読んだことある高校生はほとんどいないでしょう。読んでいたとしても、問題として解く場合にどれほど有利になるかは、正直微妙です。まあ運が良かったですむでしょう。このレベルでは完全な公平は望めませんし、誰も望みません。しかし、教科書に載っていて授業でやったとなると、かなり有利ですよ。ただ読んだということと、教材として扱ったというのはあまりに違います。
 こんな基本的なチェックができない人たち…作問者はもちろんセンターの人々…っていったい。信じられません。人生を大きく左右する試験なのですから、それなりのプレッシャーを感じて臨んでほしいですね。毎年、悪問やら平均点格差やら、いろいろと問題がありますけど、今回の件はもう笑っちゃうしかないですよ。ひどすぎます。
 あと、何と言っても面白かったのは、「試験終了後、インターネットの掲示板『2ちゃんねる』で指摘されているのを国語の出題者が見つけた」というニュースのくだりですね。
 私も昨日おとといと2ちゃん漬けでした。当然センター試験の情報を得るためです。「日本一早くて正確な解答」をはじめとして、今や受験に2ちゃんはなくてはならない存在です。知らない人たちは、2ちゃんを便所の落書きとか犯罪の温床とか言いますけれど、住んでみれば分かります。ものすごく偏差値の高い集団であると(もちろん、偏差値が高ければ全て良しではありませんが)。
 それにしても出題者が2ちゃんねらーだったという事実。笑えると同時に納得もしてしまいます。最もアカデミックなところと便所とは直結しているんですよ。思った通りでした。
 国語Iは今年のセンターを最後に消滅します。今までI・IIの影で存在感の薄かったI。最後の最後にやってくれました。有終の美。

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2005.01.16

『小津安二郎の反映画』 吉田喜重 (岩波書店)

4000223615.09.MZZZZZZZ センター試験二日目。やっぱり自分の担当している教科の時間は緊張しますね。今年はどんな問題だろう。難易度は。生徒達はいつもの力を発揮できるだろうか。
 国語は1問8点とか9点とかなので、たまりません。ちなみに私、本番、模試通じて満点とったのはただ1回。昨年の本試だけです。それも2問は「エイ、ヤッ」で選んでなんとか正解。いちおう本職なんですがね。今年はどうでしょう。
 今年は珍しく、評論で読んだことのある文章が出ました。吉田喜重さんの映画論(小津論)です。
 吉田さんは御自身も映画監督として数多くの名作を世に出していますが、小津安二郎監督の信者としてもよく知られています。先月このコーナーでおススメした「秋日和」の岡田茉莉子さんの御主人でもあります。
 若かりし日の吉田さんが、小津さんを批判した話は有名です。もちろんそれは吉田さん自身の若気の至りであったわけですけれど、逆にそうした経験がのちの吉田さんの運命を決定したとも言えます。
 あのケンカ(2時間無言で酒を酌み交わした…)の最後、小津さんがつぶやいた言葉。「映画監督は、橋の下でこもをかぶって客を引く女郎と同じだ」…結果としてこの言葉を小津さんから引き出した吉田さんの若気は、歴史に残る若気になったわけです。晩年の小津さんも、吉田さんの存在によって、この言葉の意味を御自身で確認することになったのでしょうから。
 この本は5年くらい前に読んだ覚えがあります。いかに小津さんの映画が映画的ではないか…まあタイトルそのまんまなわけですが、なるほど一級の同業者の冷静な分析はさすがです。何となく変だ、他と違う。そんなふうにしか表現できない私とは違います。小津の反映画を語ることによって、立派な映画論になっているわけです。
 授業中小津の話をしたり、実際作品を見せたりしてましたから、受験した生徒達は取り組みやすかったと言ってました。まあ、点が取れるかどうかというのは別問題ですが。
 センターで問題文として抜粋された箇所は、確かにその本質を突いた重要な部分です。この問題を作った方が、どこの大学の何という教授さんかは分かりません。しかし、相当の小津マニアであることは確かですね。入試問題とはそういうものです。作問者の思想、趣味、こだわりがはっきり表れます。私も毎年入試問題を作成しますが、ものすごい自己主張してますよ。ある意味、作品ですからね。
Amazon 小津安二郎の反映画

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2005.01.15

『デジタルを哲学する―時代のテンポに翻弄される〈私〉』 黒崎政男 (PHP新書)

456962412X.09.MZZZZZZZ センター試験1日目。朝起きると大雪。なんでまあ、毎年降るのかなあ。っていうか、なんで大寒の日にこんな大切な試験やるの?やっぱり、日本人は季節感を大切にする?試験には冬の厳しさがよく似合う。そして春には桜咲く…人生に季節を重ねて、自分たちを演出する。とてもデジタル的な思考からは出てこない哲学。しかし、そんなところにもデジタルのツナミは押し寄せる。我々教員は学校にて2ちゃんとにらめっこ。不思議な光景だ!
 さてさて、そんなわけで、哲学という最も古い学問が、デジタルという最も新しい世界に、どのように関わってゆけるのか。たいへん興味のあるところです。
 もともと、哲学は人間の知恵に対する希求のことですから、今の我々にとって最新、最高の知恵である(?)デジタルに対する哲学は当然成立します。
 この本では、そのあたりについて、鋭く切り込んでいます…かと思ったら、そうでもなくて、結局、哲学は子を産み、育てて、そして死んだ…しかし哲学にとってのnothingはallでもある、という何とも哲学的な結論で終わってしまっています。いや、それが正答なんでしょうけれど。
 ん? nothing=all って、もしかして0=1?今思いついたんですけど、これって究極のデジタル否定では?
 期せずして、世の中がデジタルで割り切れないことを哲学が証明したってことでしょうかね。筆者はこんなことは考えていないと思いますが、この本から私にはこういうメッセージが届きました。
 全体として哲学者らしからぬ(失礼)平明なトピックと文章で、楽しく読めました。2年くらい前の出版なのですが、あまり古さを感じさせません。2年後はわかりませんがね。たしかに時代のテンポが早過ぎて、哲学している(つまり無駄なことをしている…いい意味でですよ)ヒマがありません。
 結局、筆者が骨董品を弄するように、意識的に(無意識的に)アナログ的世界を引っ張り出してきて、バランスを取っていかなければならないわけですか。じゃあ、これからこそ、哲学の時代じゃないですか。あっそうか。だから0=1なのか!恐るべし哲学。
Amazon デジタルを哲学する

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2005.01.14

ノラ・ジョーンズ 『フィールズ・ライク・ホーム』

Norah Jones 『Feels Like Home』
B00018D44U.01.MZZZZZZZ 同僚に借りて聴いてみました。そういえば、昨日が名曲「スリープレス・ナイト」の発売日でしたね。すばらしい音楽です。古いけど新しい。使い古された言葉だけれど、そうとしか言えないモノがやっぱりあります。ノラ・ジョーンズを聴けば、誰しもこの言葉を思い浮かべるでしょう。
 1stアルバム"Come Away With Me" で鮮烈なデビューを飾り、グラミー賞で八冠を達成した現代の歌姫。
 というより、私にとっては、1月2日づけのこのコーナーで紹介した「コンサート・フォー・ジョージ」にも参加していた、インド人のシタール奏者ラヴィ・シャンカール(Ravi Shankar)の娘ということに感動を覚えますね。
 あのコラムでも言及したジョージの音楽の持つ限りない慈愛は、やはり師であるラヴィ・シャンカールによってもたらされたものでした。それを彼の実の娘であるノラの音楽を聴いて再確認するという感動、そして不思議。親子の素晴らしさ、師弟の素晴らしさ、音楽の素晴らしさ、人の素晴らしさ。少し大げさなようですが、本当に鳥肌が立ちました。
 実はファースト・アルバムは聴いていません。今回借りたセカンド・アルバムが私のノラ初体験です。癒し系…よく言われることですが、これも本当。一つの音楽のあり方、というか、今世界が求めている音楽がここにある、という感じです。
 ブルーノートから出ているわりには、たしかにジャズ色は薄いですね。どちらかというとカントリー。フォーク。演奏的には完全にそちらです。そこにほんのちょっぴりソウル、ジャズ、ブルースなんかがスパイスとして配合されている。とにかくトラディショナルでシンプル。唄も特別なテクやカラーがあるわけではない。しかし、なんていうかなあ、やっぱり慈愛に満ちてるんですよね。そのメロディーや歌詞やコラボしてるミュージシャンに対する心からの愛情。だからとってもていねいです。それが美しい。
 ジョージの時もそう思いましたが、その人の人となりが表れる音楽というのが、本当にいい音楽なのですね。
 そんな素晴らしい音楽をCCCDという形で発売する日本(とヨーロッパ)のレコード会社の気が知れません。買うなら断然US盤をおススメします。
Amazon Feels Like Home

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2005.01.13

『大運動会』 宝塚歌劇90周年記念(DVD)

img10391099795 う〜む。どうコメントして良いやら。
 しかし、もし、もしですよ、見る機会があるなら一度見ておいても損はないでしょう。
 私は生徒に借りて見ました。見せられたというのが正確でしょうか。
 たしかに結局見入っている自分がいました。これはたしかにすごい、というか興味深い。見て得した気持ちにはなりました。
 まあ、仕方ない、見てやろうか…そう思っていた時の実際の私の心中は…まあ、顔が良くて、スタイルも良くて、華のある、選ばれし若き(?)女性たちが、何百人もいっぺんに見れるんだから…こんな感じでした、正直。
 し、しかしですね、現実はそんなに甘くなかった。
 なんですか、こ、この世界は!?
 たしかにハデな女性が腐るほど画面に充満しています。しかし、そこには色気のかけらも何もない!もう最後の方には、彼らが女性であることもすっかり忘れている始末。うん、性を超えている。完全なるジェンダーフリー、いやジェンダーレス。
 お客さんも圧倒的に女性が多いですしね、彼らの頭の中には男性の視線というものは存在しませんね。時々登場する会場係のおじさんとか、いとも簡単にふっとばされてますし。美しさを極めた結果がコレ。うん、素晴らしい。
 なるほどねえ、たしかに女らしさなるジェンダーは、男性の視線の中に生まれる相対的なものであったわけです。
 こういう女だけの世界ってありますよね。女子校、女子プロレス、レディース…。それぞれ独特のフンイキがありますな。けっこう好きですけど。
 しっかし、あれだけ数が多いというか、濃度が高く、さらにそれぞれのテンションが異様に高いという状態に接していると、もう理屈抜きで、こちらの精神状態に変化が現れます。まあ、よく言えば元気をもらえるってとこですかな。引くかなと思ったら意外に引かない。見終わった後、なんとも言い知れぬ倦怠感に襲われましたが。ある意味ドラッグなんでしょうか。ヅカファンの心理ってそういう感じかもしれませんね。
 私が特に面白いと思ったのは障害物競走です。激しい。それから、ぜんぜん行進じゃない入場行進。あと、会場内で唯一、一定のテンションを保ち続けた浜村淳の司会っぷりでしょうかね。
 生徒よ、このDVDを1万円で買うのか、やるな、と思ったら、昨日遊びに来た卒業生は、その日現場で月組の応援をしていたそうです。上には上がいる。
 まあとにかく、一度舞台を観てみたいですね。そうすればきっと私もはまるでしょう。あの横尾忠則がはまったんですから。

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2005.01.12

Leslie Mandoki 『PEOPLE』

kjhgf 世の中というのは知れば知るほど面白いものですね。勉強(?)の楽しさということです。全く意外なモノ・コト・ヒトが意外なところで結びついていく。
 今日なんとなくCDコレクションの中から取り出して聴いた一枚。レスリー・マンドーキの『ピープル』。このミュージシャンやアルバムのことを知っている人が、はたして日本に何人いることやら。私が持っているこのCD、なぜか「見本盤」というシールが貼ってあります。たしか業界の誰かにもらったような…。で、当時も何だろうこりゃ?と思って聴いてみたら結構良かった。骨太なジャズロックという感じで、私の中ではかなりの好評価でした。
 何しろ参加ミュージシャンがすごい!見てください!
Ian Anderson (ジェスロ・タルの、あのフルーティスト)
Jack Bruce (クリームの、あのベーシスト)
David Clayton-Thomas (BS&Tの、あのボーカリスト)
Bobby Kimball (TOTOの、あのボーカリスト)
Michael Brecker (ブレッカー・ブラザーズの、あの弟)
Pino Palladino (とにかく、あのフレットレスベースの名人 ジャコと双璧)
Nik Kershaw (昔ちょっとアイドル、でもあのエルトン・ジョンお気に入りのギタリスト)
Al Di Meola (とにかく、あのギター御三家の一人)
Bill Evans (マイルス・デイヴィス・バンドでも有名な、あのサックス奏者)
Anthony Jackson (とにかく、あの6弦ベースの名人)
Victor Bailey (ウエザー・リポートの、あのベーシスト)
genghis_khan_j う〜む、すごい。特にベースファンにはたまりませんね。聴き比べが楽しい。
 それにしても、こんな人脈を持っているLeslie Mandokiって何者?タダモノではないな…。
 というわけで、調べてビックリ!!この人ハンガリー人なんですが、な、な、な、な、なんと!あの…
「ジンギスカン」の一人ではありませんか。中央下のヒゲのおじさんです!
 このアルバムの重厚でハイセンスなサウンドと、あのチープな、おバカディスコサウンドをどうやって結びつければいいんですかあ?ホントに、ウッ!ハッ!ウッ!ハッ!やってたんですかあ?信じられない。
 いやはや、正直尊敬します。懐が深い、広い!こういう人いるんですねえ。それを知ってから聴くと、ますますいいですよ、このアルバム。でも廃盤なんですね。
 ちなみに当時のライナーノーツには「ジンギスカン」のことは全く書いてありません。知らなかったのか、あえて避けたのか、今となっては謎です。
Amazon レスリー・マンドーキ/ピープル ジンギスカン・ノン・ストップ・ベスト・アルバム

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2005.01.11

azur(アジュール)…電子書籍ビューワ (ボイジャー)

icon_azur 本の世界はこれからどうなっていくのか。これは難しい問題です。
 紙メディアは衰退し、ディスプレイ上で読書が行われるようになる…ある程度はそうなるでしょう。しかし、いくら電子メディアが発達しても、本というモノの質感は再現できません。特に私にとって大事なペラペラという動作、つまり高速でページをめくり、イメージとして紙面を見て、そこから何かを(それは求めているものとは限りませんが)すくい上げる。こういう動作がディスプレイ上では難しい。
 一枚の紙に対するタブレットのように、一冊の本に対応するブック(?)というようなインターフェイスを作れば可能かもしれませんが、そんなものを携帯するんだったら、ホンモノの本を持ち歩いた方がいいような気がします。もちろん、そのブックが一枚一枚の薄い液晶によるページの集合体でできており、そこにあらゆる書籍の内容をダウンロードできればいいわけですが。考えただけでも大変ですね。誰か開発してくれないかな。
 そんな夢の実現は次世代の誰かさんに期待するとして、現在ディスプレイ上で小説を読むのに最高の環境は何かと問われれば、やはりこのazurでしょう。
  私のサイトをご覧になればお分かりのように、私は必要以上に縦書きにこだわっているところがあります。その理由については詳しく述べませんが、まあ簡単に言えば、縦書きが好きなのです。縦書きじゃないと読む気、書く気がしないのです。
 で、ネット上の小説群、たとえば「青空文庫」に大量に陳列されている名作たち、をコンピュータの画面上で縦書きで読むツールが、このazurです。前身のT-Timeのお世話にもなってきましたが、さらに使い勝手がよくなっていますね。dfkki
 このツールの良さは、自分で紙面をデザインできることです。フォントはもちろん、行間まで自分の好みにアレンジできます。もちろん、横書きもOK。さらにウェブサイトも縦書きで読んだりできますので便利です。このブログも縦書きで読んでみると、我ながら全然違うものに感じられるので面白い。
 とにかく一度は試してみることをおススメします。やっぱり日本語は縦書きですよ。縦書きにすると、あの2ちゃんでさえ何か芸術性を帯びてくる…ちょっとオーバーかな。
 まあ、とにかく青空文庫だけでも相当の読書ができますから、2100円払ってもすぐにおつりが来ます。
ボイジャーのサイト 青空文庫

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2005.01.10

朝しぼり 生原酒(井出醸造店) & 朝しぼり渓流 出品貯蔵酒 (遠藤酒造場)

asasibori 正月から呑んでばっかりですね。それも季節柄原酒が多い。
 今自宅にあって毎晩いただいているのは、地元井出醸造店の「朝しぼり生原酒」です。これは毎年予約している定番酒です。いわゆる原酒らしいオーソドックスな味わい。濃厚で潤沢。元旦にいただいた磯自慢ほどではありませんが、甘味は比較的軽めで、食べ物の味を損ないません。アルコール度数が高いことを忘れて、ついつい呑みすぎしてまうお酒です。5℃以下に冷やすとさらに呑みやすくなります(つまり廊下に出しておく)。2月13日には井出さんの蔵開きがあります。今年こそ参加します。
 今年の正月のお酒はこれでおしまいかと思ったら、またおいしいものをいただく機会がありました。17SG1737
 今日、ご近所に挨拶にいきましたところ、まあまあどうぞ、という感じですすめられたのがこのお酒。1000本限定だそうです。まあこの手のお酒はそういうものです。なぜ出品貯蔵酒というのかというと…このお酒の元になっている「渓流朝しぼり」が2004年度モンドセレクションで金賞を受賞したらしく、そのもろみを3日長く低温熟成させて、アルコール度を21%(!)まで上げ、朝しぼるのと同時に6ヶ月間氷温貯蔵したものだからです。って分かったような分からないような。つまり、お酒としてはかなり進んだ状態。ある意味最もお酒らしいお酒とも言えるのではないでしょうか。甘味と酸味がいやというほど強調されているわけです。
 さて、そのお味は…。うん、たしかに濃いわ、こりゃ。最近の日本酒の流れは、甘すぎず、さらっと呑みやすい、いや飲みやすい。オヤジが呑むのではなく、若い女の人が飲む。そんな感じです。私も結構軽い系が好きなのですが、やはりたまにはこういう骨太の日本酒もいいですね。アルコール度もかなり高いですので、大きめの杯で3杯ほどいただいたら、結構グワングワン来ました。一升全部消費するのは結構大変かも。そこの御主人はあまり日本酒はお好きではないようです。特に甘いのは苦手なようですから、私としてはいつでも呼んでくだいさいって感じです。

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2005.01.09

日本タブー事件史 誰も触れないあの事件の真相 別冊宝島1102 (宝島社)

10037 別冊宝島、以前のシリーズにはお世話になりました。なかなか重厚でアカデミック、教材として大量購入したこともありました。
 もう1000号越えてるんですね。最近はいかにも売れそうな、金もうけや英語なんかのタイトルがほとんどでして、内容も体裁もやや薄っぺらくなってしまいました。
 今回これを買ったのも、別に深い意味があるわけではなく、コンビニに寄って、プロレス雑誌を立ち読みした後、手ぶらで店を出るのもなんなので買ってみた、という程度のことです。
・「雅子妃はうつ病」海外皇室報道の裏事情
・ レーサーになった「もうひとりのSMAP」の今
・ 執行猶予獲得までの「武富士前会長」裏工作
・ 文藝春秋社が屈した「ユダヤタブー」とは何か
・ 道警だけじゃない「警察裏ガネ」疑惑の本丸
・ 在日コリアン・新井将敬「自殺」の裏側
・『薔薇族』廃刊、編集長が明かす「ゲイの世界」
・ 世田谷一家殺人事件…
などなど、週刊誌ネタの延長のようなタイトルがならんでいます。買ってみたくなりますね。実際読んでみると、まあ週刊誌の延長程度でしたが、それなりに裏世界の情報にワクワクする自分がいます。
 特に目を引いたのは、ユダヤ、在日コリアン、ゲイといったところでしょうか。そっち世界の大御所たちですな。あと、休刊廃刊の一覧は面白かったですねえ。
 もともとサブカルや裏世界が大好きな私です。最近の情報源はやはりインターネットですが、やはりネットの情報というのは、それ自体うさんくさい。本という形になることである種の信憑性を獲得するというのはありますね。
 それこそ昔は、あやしい書籍や雑誌からそういう情報を得ていました。ウチの地下室にはまさにアンダーグラウンドな本たちが多数眠っています。ああ、やばいやばい。
 そうそう、宝島と言えば、幻の月刊誌「宝島30」も休刊まで全部買ってました。あれは結構面白かったなあ。今見ても魅力的です。オウムと絡んだのが休刊の原因だと思いますが、実際のところどうだったんでしょう。今度は「宝島30休刊の謎」というのを記事にしてもらいたいですね。
Amazon 日本タブー事件史 別冊宝島 1102

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2005.01.08

マックホルツ彗星

comet 記念に撮影してみました。今月の4日に地球に最接近したマックホルツ彗星です。
 撮影場所は自宅の庭…と言っても富士山の標高1200メートル地点です。近くのスキー場がナイター営業していましたが、彗星はほぼ天頂付近にあったので、気にせず撮影開始。21時11分。
 本当なら望遠鏡を引っ張り出し、一眼レフカメラを搭載して、ガイド撮影すべきところですが、何しろ面倒くさいのと眠いのとで、それをする根性がありません。そこで、裏技で撮ってみました。
 まず用意したのはデジカメ。サンヨーのMZ3です。あとは旧ソ連軍のものとおぼしきI.I.(イメージ・インテンシファイア)つまり暗視スコープです。それから三脚。
 I.I.のスイッチを入れ、M45(プレアデス星団…すばる)のあたりを見ると、いました、いました、マックホルツさん。最近はあまり星空を見なくなってしまいましたが、昔取った杵柄、星図に載ってない不審な天体はなんとなく分かります。
 場所を確認して肉眼で見てみると、まあそうですねえ、オリオン座のM42と同じくらいの明るさでしょうか。ニュースなんかじゃ、東京でも見える、なんて言ってましたが無理ですよ。3等とは言っても、面積のある天体の場合は見つけにくい。特にニュースなんかで紹介されている、あの尾を引いた彗星の写真なんかをイメージしていたとしたら、ほとんど見つけるのは不可能ですね。
 私はなぜか、そういうボンヤリした天体を見つけるが得意で、大学時代天文部でメシエマラソン(片っ端から星雲星団を見つけていく)みたいなことをやると、いつもダントツでトップでした。日常生活では何の役にも立ちませんがね。
 で、I.I.を三脚に固定してマックホルツさんを導入。アイピースのところにデジカメの対物レンズを持っていって適当にカシャカシャ撮ります。いわゆるコリメート法ですな。ビデオカメラでも良く写ります。
 しかし、もともとI.I.の合焦は難しい上に、デジカメの液晶も小さすぎて、いまいちシャープな作品が撮れませんでした。まあ、いいか。寒いし。
 というわけで、とりあえず撮ってみたという感じの作品です。実際こんなもんですよ。あるのかないのかよくわからないと思います。
 彗星と言えば、百武やヘールボップはすごかったなあ。ハレーなんかよりずっと感動的でした。また、ああいう豪快な尾を持った明るい彗星現われないかなあ。
 マックホルツさん、どうも周期は非常に長いようなので、もうお会いすることはないんですよね。そう思うとなんとなく明日も見てみようかなという気になりますね。

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2005.01.07

ヴェラチーニ ヴァイオリンソナタ集 ガッティ他

3464858010272 ヴェラチーニ(Francesco Maria Verachini)は、1690年生まれのイタリアの作曲家です。ヴァイオリン奏者としても有名でした。コレルリやヴィヴァルディの影響を強く感じさせる(っていうか、当時のヨーロッパはみんなこの二人の影響下にありましたからね)スタイルの上に、独自のメロディセンスを感じさせる作風です。比較的現代でもよく演奏される作曲家ですね。
 作品1から2曲、作品2いわゆるソナーテ・アッカデーミケ(アカデミック・ソナタ集)から2曲、計4曲がヴァイオリンのEnrico Gatti、チェンバロのGuido Morini、チェロのAlain Gervreauによって演奏されています。全部短調の曲ですね。
 まず楽曲の印象から報告しましょう。
 うん、やっぱりイタリア、それも後期バロックですから、何にも考えてませんね。いや、わかりやすいカッコ良さみたいなものは意識してるかな。もし、ライブで1回だけ聴くのなら(当時はそれが当たり前だったわけですが)、けっこういい曲ぞろいでしょう。難しくないし、新しいアイデアも時々出てくる感じですので、飽きずに最後まで聴けます。美しいとか、和むとかではなくて、やっぱりカッコいいという印象ですね。イタリアのロックみたいな感じです。
 演奏の方はどうでしょう。
 有名なニ短調のソナタ、たしかビオンディか誰かの濃厚な、しかし実にロック魂あふれる演奏を聴いた記憶があるのですが、それに比べると、ガッティ先生は思ったよりあっけらかんと弾いてますね。装飾なんかもたくさん入れてますが、ドロドロ系というよりは軽み系ですし、アーティキュレーションもディナーミクも標準の範囲内です。もうちょっと激しく暴走するかなと思っていたのでちょっと意外。もちろん、それでいいのですが。ただ、全体に音色の変化に乏しくやや単調な印象も。先ほど出たニ短調のソナタなんか、かなり妙な妖しい曲なので、もっとおどろおどろしくても良かったかな…。チェンバロとチェロも必要以上の自己主張はせず、アカデミックな演奏です。
 こうして聴いてみると、やっぱりイタリアの音楽はイタリア人の演奏にはかなわないなあ、とあらためて思います。他の国の曲ではそこまで思わないんですけど、やっばりイタリアはねえ。こういう精神状態というか、なんも考えてないというか、ムードだけというか、CDを貸してくれた森洋子さんが言ってましたけど、関西人のノリだと。私には難しい。
 あと、痛感したのは、やっぱりコレルリとヴィヴァルディはすごい!ということ。コレルリは神です。ヴィヴァルディはヤバイです。ふたりとも方向は違いますがイっちゃってますね。

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2005.01.06

『名画に教わる名画の見かた』 早坂 優子 (視覚デザイン研究所)

4881081551.09.MZZZZZZZ 昨日の「巨匠に教わる絵画の見かた」に続いて、今日はその続編にあたる「名画に教わる名画の見かた」をザッと読んでみました。これもまたいい本ですね。こちらの方が勉強にはなりました。
 基本的に画中画を分析することによって、その本体の絵の意味に迫るというものです。ただ、画中画と言っても、たいへん幅が広く、また奥が深く、本当に多数の作品に興味深く触れることができました。一つの絵を見ることが実際には複数の絵を見ることになるわけですからね。こういう絵の見方というのは初めてでした。な〜るほどねえ。新しい絵の楽しみ方を身につけることが出来ました。
 それぞれ解説も巧みで、いつのまにか絵の世界にどっぷり浸かってしまいます。巨匠に教わる…もそうでしたが、編集の技法が実に優れており、つまり、紙面それ自体が美術作品のように感じられます。このあたりは、さすが!と思わせるところです。
 内容的に特に面白かったのは、ダリと私が大好きな(って並べるなよ!)フェルメールですね。全然勉強不足でした。ヴァージナルの前に立つ女性と座る女性が、画中画によって、全く反対のメッセージを持つとは…。合奏も違う意味で合奏だったりして。視線が変わることによって、新しい物語が見えてくるわけですね。
 この本の編集術の素晴らしさについては先程も述べました。そんな中で、ちょっと思ったこと。フォントのデザイン性、絵画性のことです。この本も昨日の本も、1ページの中に、ザッと見たところ10種類ほどのフォントが効果的に使われています。たまたま今日は、生徒が持っていたマンガ「藍より青し」も読んでみたのですが、やはりフォントの効果が印象に残りました。昔のマンガしか知らない私は、「漢字はゴシック、ひらがなは明朝」がマンガだと思ってましたので、結構新鮮な感じを受けましたね。フォントがまさにキャラクターを象徴するのです。つまり、フォントに感情や人間性があるということです。それもかなり普遍的な。ちょっとそのあたりも勉強してみようかなと思いました。
Amazon 名画に教わる名画の見かた

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2005.01.05

『巨匠に教わる絵画の見かた』 早坂 優子 (視覚デザイン研究所)

4881081241.09.MZZZZZZZ これもいい本でしたね。生徒の受験勉強用に買ったのですが、これは自分の家にも置いておかねば。
 有名な絵画について、同時代の、また後世の画家たちはどういう感想を持ち、どういう評価を下しているのか。それらを紹介することによって、絵画の見方を学ぶというコンセプトの本です。
 まず、その発想の秀逸さにやられました。いろいろな美術評論家の言は多々読んできました。そういう先入観のようなものは、結構身につけてしまっています。それが、同業者の視点から語られるだけで、いとも簡単に崩されてしまう。実に快感でしたね。
 ですから、私は紹介されている画家と絵を見て、まず自分で批評してみました。批評なんてもんじゃありませんね。この絵のこういうところが好きとか、こいつの絵はこれこれこうだから嫌いとか、そんなレベルです。
 それから、巨匠たちの言葉を読みました。もちろん、全然違う。それでガッカリするかと言えば、そういうことではなくて、自分は巨匠と違う視点で見たんだという、ちょっとした自己満足を感じるのです。ずいぶん都合のいい考え方ですけれど。
 もちろん、巨匠の言葉にはハッとさせるものがある。なるほど、さすがです。それと同時に、ん?この巨匠は虚勢を張ってるなとか、この二人ホモだったんじゃないの〜?とか、明らかに嫉妬してるなとか、そんなことも伝わってくるわけです。つまり、批評する巨匠たちが、実に身近な人間に感じられてくる。これは実に楽しいことでした。
 そして、言葉たちは、やはり無力な存在になっていく。最後は、言葉が絵画にひざまずきます。
 ところで、この本の良さは、その内容もさることながら、装丁、紙面のデザインの新しさ、楽しさにも認められます。視覚デザイン研究所というだけのことはあって、視覚デザインがいかに内容の理解に貢献できるかを証明した、実に意欲的な試みをされています。新しい本の形ではないでしょうか。感心しました。
 最も心に残った巨匠の言葉は、フェルメールに対するダリのそれ。どの絵に対しても、いちゃもんつけるか、バカにするかに終始していたダリ様が、なぜかフェルメールにはメロメロ。いや、もしかすると最大級のほめ殺しかもしれませんな。
Amazon 巨匠に教わる絵画の見かた

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2005.01.04

『VISIBLE宇宙大全』  藤井旭 (作品社)

4878933399.09.MZZZZZZZ 素晴らしい本!!文句なくおススメです。一家に一冊必携です。
 発売以来、ちょっと高いのが気になり、買わずにいたのですが、このたび、あるルートから半額以下で購入することができました。買ってみると、なるほどこの定価でも十分納得できます。
 なんか、ページを繰りながら涙が出てきましたね。忘れかけていたものを思い出させてくれました。
 私は幼い頃から星が大好きで、本気で天文学者になろうかと思っていたくらいでした。残念ながら数学で挫折して、その夢はついえましたが、今でも自分のベースになっているのは、星の世界への憧れであるような気がします。言葉も音楽も宗教も科学も、そして自分もやっぱり宇宙の一部にすぎず、しかし考えようによっては、宇宙の一部を担っている…そういう憧れ。
 小学校、中学校、そして高校、大学時代、私の星の先生は藤井旭さんでした。残念ながら実際にお会いしたことはありませんでしたが、本当に尊敬できるまさにスター的存在でした。たぶん、スカイウォッチャーの皆さんのほとんどが同じ意見だと思います。
 もしかすると世界で最も有名な天体観測家、天体写真家の一人かもしれませんね。
 学者さんではありません。とにかく実際の星に触れ、感動することを基本とした活動を続けてこられました。そして、それを子どもを中心に、多くの愛好家と共有することをライフワークとしている方です。
 その藤井さんの理念、活動の総決算、集大成的なお仕事が、この本の編纂だったのではないでしょうか。
 それほど素晴らしい内容なのです。何と言っても、そのボリューム。たしかに重すぎて手に持って読めない。しかし、だからこそ宇宙の広さ、深さ、重さを知るという感じです。何千点にも及ぶ美しい写真やイラストもさることながら、やはり、藤井さんの素晴らしい文章にメロメロです。さりげない話題から、いつのまにか壮大な宇宙の世界に引き込まれる。もうそれだけでページごと宇宙旅行の気分です。本当に大げさでなく。
 確かな経験と知識、そして宇宙への愛情、人との友情…。妙な小説を百冊読むより、ずっと勉強になり、心が洗われます。宇宙に思いを馳せていると、なんか日常の憂鬱やら、地球人のいざこざやら、もうどうでもよくなってしまいます。みんながそういう気持ちになることこそ、今必要なことではないでしょうか。つまり、昔の人間が当たり前にやっていたように夜空を見上げること。
 何かに迷ったり、行き詰まったりした時、なにげなく開いたページを読むのがいいでしょう。バイブルです。
 子どものために、と思って買ったのですが、これはウチの家宝ですね。
Amazon VISIBLE宇宙大全

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2005.01.03

アイライク演歌ベリーストロング(NHK-FM)

tyddfi すごい番組でした。さすがNHK!
 こんな番組を新年早々にオンエアするとは全く知りませんでした。たまたま、実家から自宅に帰る途中、カーラジオをつけると…。「アイライク演歌ベリーストロング!」という雄叫びが。
 聞かなかった人のためにメニューをどうぞ。


司会 湯浅学
ゲスト 横山剣(クレージーケンバンド)・秘密博士(とエンペラーズ)・サワサキヨシヒロ!
特別ゲスト 冠二郎

オンエア曲
「ワンダーワールド」 (神長瞭月)
「赤城の子守唄」 (東海林太郎)
「酒は涙か溜(ため)息か」 (藤山一郎)
「お富さん」 (春日八郎)
「骨まで愛して」 (城卓矢)
「チャンチキおけさ」 (三波春夫)
「涙の連絡船」 (都はるみ)

  <以下3曲スタジオライブ>
「 炎 」        (冠二郎と秘密博士とエンペラーズ)
「そして、神戸」     (冠二郎と秘密博士とエンペラーズ)
「シンボルロック」    (冠二郎と秘密博士とエンペラーズ)

「ユーヴ・ゴット・マイ・マインド・メッスド・アップ」  (ジェームス・カー)
「昔の名前で出ています」           (小林旭)
「自分ひとりでなんとかするよ」   (アレマイユ・アシュテ)
「さざんかの宿」               (大川栄策)
「オンリー・ザ・ストロング」   (サリド・フィート・パク)

  <以下6曲リミックス>
「浪曲子守歌 リミックス:サワキヨシヒロ!」 (一節太郎)
「釜山港へ帰れ リミックス:サワキヨシヒロ!」(増位山)
「おやじの海 リミックス:サワキヨシヒロ!」 (村木賢吉)
「まつり リミックス:高野政所(レオパルドン)」 (北島三郎)
「酒よ リミックス:DJ Sota.s」   (吉幾三)
「酒と泪と男と女 リミックス:サワサキヨシヒロ!」     

「女のみち」  (ぴんからトリオ) <宮史郎氏所蔵の自主制作盤>
「女のみち O’LE!」  (宮史郎)

 いやはや、ぶっとびすぎです。特にスタジオライヴのすさまじさ。もうめちゃくちゃでした。エンペラーズにとってはいつものノリでしょうけど、バリバリロックですから。冠二郎さんもすっかりはじけて、正直ヘタになってました(笑)。
 あと、リミックスですね。笑えました。ん?笑っていいんですよね?まじめに作ったんでしょうか?結局不明でした。
 しかし、演歌の歴史についての概説は実に勉強になりました。へえ〜の連続(演歌が演説歌だったとは…)。いろいろな新しい音楽の影響を受けつつ、今の演歌ができあがっているわけですね。なるほど、これはワールド・ミュージックですな。実際、エチオピアのアレマイユ・アシュテなんか演歌以上の演歌って聞こえました。
 いやあ、面白い番組でした。再放送しないかな。久々にエアチェックしたいですね。

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2005.01.02

ジョージ・ハリソン追悼コンサート

B0000CEB4V.01.MZZZZZZZ 昨日BSフジで放送されていました。
 これはDVDを買うしかない。今までなんとなく買おうかどうしようか逡巡していたのですが、決まりです。放送されたのはDVDではdisk2にあたるピックアップバージョンのようです。disk1の完全版を見ないではいられません。
 エリック・クラプトン、ポール・マッカートニー、リンゴ・スター、トム・ペティー、ジェフ・リン、ビリー・プレストンらがジョージのもとに集まり共演しているというだけでも、とんでもないお宝コンサートなわけですが、不思議と見ている内にそういった種の興奮はさめ、純粋にジョージの音楽にじんわり浸っている自分の存在に気づきます。そのじんわり感が実にジョージ的なのでした。
 こうして演奏された彼の楽曲を聴くと、あらためて彼の音楽家としての質の高さを確認させられますね。その作曲の才能が人並みでないことがよく分かります。しかし、それはビートルズという環境の中で鍛えられたものとも言えます。彼にとって、ビートルズのメンバーだったことは幸運なことだったのでしょうか。
 彼の曲を聴くたびに、ああ音楽は人柄を表すな、という当たり前のことを思います。メロディーラインやコード進行がその人を表す。当たり前だけれど不思議な気がします。ジョージのあの優しい、優しすぎる、いや軟弱なまでのボーカルが、そういう印象を与える大きな要因だと思っていましたが、こうして違う人が歌ってもやっぱりジョージはジョージなんですよね。ジョージの人柄なんです。不思議ですね。
 だいたい、そういうふうに自分の人柄を音楽で表現できる(本人は意識していないでしょうが)ということ自体、彼が一級の音楽家である証拠です。演奏ならまだしも作曲ですからね。
 ジョンのメモリアルコンサートもいろいろな形で行われていますが、ジョージのようなじんわり感は残りません。ジョンのメッセージ性はとても大きく強いものです。ジョージのメッセージは自分自身に向けられていますから、ベクトルの方向が違います。方向だけじゃないな、質が違う。じんわりベクトルなのです。それはある意味とても強い普遍性を持っているのではないでしょうか。
 いろいろな意味で、美しい音楽を聴いた気がしました。
 自分へのお年玉に買おうと思います。
Amazon Concert for George (2pc) / (Dig)

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2005.01.01

磯自慢 しぼりたて純米吟醸生酒原酒 & 初亀 純米吟醸「富蔵」

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
 というわけで、元旦といえば…朝から日本酒ですよ。
 さあ今年のオープニング酒は…今静岡の実家に帰省(寄生)してますので、やはりご当地の銘酒を。いつかも書きましたが、静岡の酒の中で一押しは「磯自慢」。私の生地焼津のお酒です。中でも、正月気分を盛り上げるにふさわしいのはコレ。冬限定のしぼりたて純米吟醸生酒原酒です。読むだけでおいしそうですね。
img1056920080 実際これがうまいのなんのって。たまりませんよ。ふつう生酒原酒は、濃厚で重い味わいが特徴ですよね。それがちょっときつい時もある。しかし、しっかし、この磯自慢は実に重すぎず、いや、ある種軽みさえ感じる呑み心地なのです。アルコールは18%ですから、まあ原酒としては標準の域だと思います。でも何でしょうねえ、この呑みやすさ、爽やかさは。吟醸香も軽やかです。でも、よくあるフルーティーというのとは違う、しっかりとしたお酒の香りです。のどごしもアルコール度からは考えられないほどなめらか。うん、これは毎年呑みたい。父が私のために苦労して手に入れてくれました。今年のスタートとしては最高でした。今年はいい年になるぞ〜!(単純な私)。
 な〜んて、実は磯自慢がオープニングではなかったのでした。ちょっとフライングしてしまいました。寝る前に一杯いただいてました。年が明けてから。それはコレ。
img104298177 「富蔵」…静岡は岡部のお酒です。春と秋の限定酒。このお酒には正直びっくりしました。えっほんとに純米吟醸?ついついラベルを確認。本当に初めてだったのです、こういうタイプの純米吟醸は。甘いのです。とってもやわらかな甘さ。もちろんベタベタした甘さではありません。とても、上品な軽やかな甘さ。つい口に含んでころがしたくなるような風味です。女性でも抵抗なく呑めるのではないでしょうか。あまりたくさんいただくと、ちょっと飽きが来るような気がしましたが、ちょこっとオシャレに呑むには最高でしょう。たまにはこういうお酒もいいですな。こういうお酒はどんな食べ物と合うんでしょうかね。想像がつきませんでした。
 というわけで、今年はこんな具合にスタート。いったい今年はどんなお酒との出会いがあるのでしょう。とっても楽しみです。ただ、あくまでお酒は自分へのプレゼントですので、それなりの生活をしなければ…。がんばって美味い酒呑むぞ〜!

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