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2004.11.10

『ためらいの倫理学』 内田樹 (角川文庫)

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 実写版セーラームーンのライヴDVDをCDにしてくれという娘の希望を叶えるべく、そのDVDの音を聞き、映像をチラチラ見ながら、こんな本を読んでしまいました。それがなんだかとても不思議な効果を生みまして、楽しい時間を過ごさせていただきました。
 まず戦争論。「我が意を得たり」という感じで、実に気分よく読み進みました。戦争について語る、あるいは語りたがることは、セーラームーンについて語る、あるいは語りたがることよりずっと低レベルなことです。セーラームーンについて語ることの方がよっぽど健康的、人道的です。筆者も言っていますが、戦地に行ったとか行かないとか、戦争についての情報を知ってるとか知らないとか、この戦争について自分の意見を持ってるとか持ってないとか、そんなことはどうでもいいんです。私も戦争が嫌いで恐いだけです。語ったところで戦争はなくなりません。絶対に。セーラームーンについて語るのはセーラームーンを愛しているからでしょう。嫌いなことは語りたくありません。特に正義と悪については、実際の戦争を舞台に語りたくありません。語れても自分の無責任に責任を持てません。
 フェミニズムについての部分も実に痛快でした。目に飛び込むセーラー戦士たち(つまり若いタレントたち)の魅力的なパフォーマンスは、フェミニズムとは対極にあります。つまり、フェミニズムがこの世を覆い尽くしたら、この魅力的な美神たちは存在しないことになります。そんなのイヤです。フェミニズムって究極の自己愛ですよね。まだフェティシズムの方がカッコいいと思います。美神への愛はもちろんフェティシズムです。
 筆者の繰り返し主張する「自分のバカさ加減をリアルにクールに自己評価できる=知性」という考えに、大いに共感します。無知の知という知性の原点を思い出させてくれました。
「ためらい」は謙虚さの証です。何度も言いますが、私は「コト」より「モノ」の方が好きなんです。
 良書でした。おススメします。
Amazon ためらいの倫理学―戦争・性・物語

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