2020.01.23

作り笑顔で快眠!

高橋一生のデュシェンヌ・スマイル

Th_c66b9jgu0aaytr 近気づいたことがあるんです。

 もともと、あまり眠れないということないワタクシではありますが、ここ数日はちょっと面倒なことにも見舞われて、珍しく夜中に目が覚めてしばらく眠れないということがありました。

 で、そういう時はですね、2年前に紹介した不眠打破法「ムー」をやるわけですが、それよりも強力な方法に気づいたのです。昨夜もこれで一瞬で眠りに落ちました。

 で、その方法というのはですね、「ムー」の前に笑顔を作ることなのです。「ムー」では、顔の表情筋を思いっきりゆるめるわけですが、その前にめちゃくちゃ作り笑顔するんです。3秒くらい。それから一気に表情筋を緩める。

 これ、とっても効果がありますよ。びっくりしました。

 だいたい、眠れないくらい何かを考えているというのは、面倒なこと、いやなことですよね。とても笑顔になんかなりようがない。

 それを無理やり笑顔にしてしまうのです。完全に作り笑顔ですよ。それもデュシェンヌ・スマイル(真の笑顔)と言われる破顔一笑を心がける。偽の真の笑顔を作るという、面白いことをやるわけです。

 作り笑顔(フェイク・スマイル)が、実はセレトニンの分泌を誘発し、結果として多幸感を催すというのは、脳科学や心理学の分野でも証明されていますよね。

 そう、感情があっての表情という「(過去)現在→未来」の因果関係ではなく、未来の感情のために今の表情を作るという「未来→現在(過去)」向きの因果関係を利用するのです。

 これは別に布団の中ではなくとも、日常でも非常に有効なテクニックです。特に、相手がある場合、先に笑顔があって、のちの良好なコミュニケーションが生まれるというのは、当たり前にありますよね。

 こんなところでも、私の提唱する「時間は未来から過去へと流れている」という「方便」が活躍するのでありました。皆さんもぜひお試しください。

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2020.01.22

トレーニング八村(クリーニング志村)

 〜ん、日清やるなあ。いつもながらぶっ飛んでいますね。

 この前、初めてテレビで観ました。最初は音だけ聞いていたので、フツーに「クリーニング志村」だと思ったら…。

 

 

 

 こちらが山梨の皆さんならよくご存知のオリジナル「クリーニング志村」のCMです。

 

 

 私も中学のコント部でこのネタを使わせていただきました。

 そのコントはAIロボットネタ。世界中の情報がインプットされているという設定で展開し、昔話「桃太郎」を朗読させている途中で、「おばあさんは川へ洗濯に…」「それを世間では洗濯の自由と言う。♪クリーニング志村(首を左右に振る)」というベタなボケでしたが、めちゃくちゃウケました(笑)。

 その場には、お年寄りから小さな子どもまで数百人がいました。山梨県民全世代共通のネタということで、ウケるわけですよね。それほど長く放映されているわけです。

 ちなみに静岡出身の私としては、学生服のやまだのパロディーにも腹を抱えました。インパクトあるよなあ、オリジナル。日清の公式サイトからいろいろご覧になって楽しんでください。

 日清地元CMフェス

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2020.01.21

最後のセンター試験国語(その4)〜漢文

20200123-91720 んな絵がセンター試験に出るとは。もう少し上手に描けたのではないでしょうか(笑)。

 それ以前に、漢詩が単独で出たことに驚きましたね。五言詩か。

 作者の謝霊運は、なんとなく名前は覚えていたけれども、いつの時代のどんな人だったかは思い出せませんでした。

 そっか、徒然草で兼好法師にダメ出しされた人だ。

 謝霊雲は法華の筆受なりしかども、心、常に風雲の思ひを観ぜしかば、恵遠、白蓮の交りを許さざりき。暫くもこれなき時は、死人におなじ。光陰何のためにか惜しむとならば、内に思慮なく、外に世事なくして、止まん人は止み、修せん人は修せよとなり。

 この絵のような生活や自然を詩にしていたことを責められているのでしょうか。「風雲」の意味をどうとるかですね。

 自然の風物ととるか、「風雲の志」のように、立身出世のこととるか。

 仏教者としてダメ出ししているということは、後者になるのでしょうかね。続く文章の内容からしても。

 実際、謝霊運は、その不遜傲慢な態度を咎められ流刑になったあげく、その道中に脱走を企てて処刑されたのとのことです。カルロス・ゴーン的な感じでしょうか…いやいや違う違う(笑)。

 さて、センター試験に出た漢詩ですが、正直大した内容ではないですね。そのせいか、こんな絵の問題を出さざるを得なかったのかも。他の問題もほとんど内容に関係ない知識問題ですし。

 内容に関するのは最後の問題だけです。それもあまり味わうべきものではありません。そういう意味では、評論や小説のようなメッセージ性は全くない。というか、古文や漢文をもって、現代の若者たちにメッセージを送るのは、正直難しいということですね。

 毎年の繰り返しになりますが、国語200点の中身が、評論、小説、古文、漢文それぞれ50点ずつというのは、ちょっとどうかなあと思います。

 古文・漢文が比較的好きな、現代で言えば変態的な趣味を持つ国語教師でさえも、全体の半分が古典に当てられている、すなわち「教養」、それもかなりマニアックな(それこそ変態的な)教養で人生のかなりの部分が左右されるというのは、どうなんでしょうかね。

 せめて、もう少し教訓的な内容の作品を出してほしいものです。共通テストでは改善されることを願います。

 

 

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2020.01.20

最後のセンター試験国語(その3)〜古文

Th_unknown_20200121125201 年のセンター古文は「小夜衣」から。

 「小夜衣」というと、ちょうどこの前飲んだ、静岡は菊川の日本酒を思い出しますね。上品なおいしいお酒でした。

「小夜衣」というのは、綿を入れた着物型の寝具のことです。今でいえば着ぐるみ毛布みたいなものでしょうか。

 作品「小夜衣」は鎌倉時代の擬古文。高貴な宮と山里の姫の恋物語に、継子いじめの話を絡めるという、あるあるのストーリーです。平安から江戸まで、このタイプのお話は無数に作られました。トレンディードラマみたいなものでしょうか。

 中世や近世の擬古文は、私たち現代人にとっては読みやすい。中古の文、たとえば源氏物語なんか出ちゃうと、もう受験生にとっては最悪です。あれは難しい。難しすぎる。名文なのでしょうが、名文すぎるというか。

 というか、平安の文学は、いわば宮廷サロン内の内輪ネタなので、蚊帳の外の人間にとってはチンプンカンプンなのは当然です。中世以降になると、文学の大衆化が進みますので、第三者にもわかるように記述するようになっていきました。結果として、超第三者(蚊帳の外)の現代高校生にもわかりやすくなる。

 江戸の擬古文なんか、普通に「パブリッシュ」されていましたから、プライベートではなくパブリックになっていて、現代人にも優しく(易しく)なっています。ですから、センターに江戸の擬古文が出たらラッキーということでした(知らない名前の作品だったらラッキーと思え!と生徒に教えていました)。

 そんなわけで、今回はウチの生徒たちも結構読みやすかったようです。問題もひねりが少なく、基礎的な古文の力(文法力と語彙力による正確な口語訳の力)があれば、それほど難しくなかったと思います。

 21世紀初頭のセンターの、あの異常な古文の難しさ(たとえばこちら参照)はなんだったのでしょうか。ようやく勉強する甲斐のある内容、難易度になりましたね。共通テストになっても、ぜひこの路線を続けていただきたい。

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2020.01.19

最後のセンター試験国語(その2)〜小説

Th_3430460cc31373c75e39af8227e6a809 民喜が出たのが象徴的でしたね。

 令和になって最初のセンター試験。そして最後のセンター試験。センター試験は昭和の残滓…なのか。

 戦争文学を学校で教えること、特に小学校で教えることについては、私の中にも賛否があります。

 たとえば、この「翳」という作品に流れる死のメロディーは、静かだからこそ、受験生にとっても、いや本番の試験というある種究極の戦いの場だからこそ、深く重く響いたことと思われます。

 そういう「モノ」体験というのは非常に重要です。私たちの脳みそで処理できる「コト」ではなく、もののけの「モノ」。

 そうそう、原民喜のこの超短編を読んでみてください。「モノ」の教育的効果の重要性が、それこそ「なんとなく」分かります。そして、懐かしいですよね。この感覚。

 恐怖教育

 一方、戦争文学の題材たる「最近」の戦争が、令和になり二時代前の昭和の出来事となり、また、この数十年の戦争技術の驚異的な進化からすると、かの戦争の惨状というのは、まるで戦国時代の武士の戦いのごとく、現実とは全くかけ離れた景色となってしまったという問題があります。

 もちろん、そういうふうに教えれば良いのですが、実際の学校現場では、まるで次の戦争も先の戦争のような景色が展開されるいうような、一種の「恐怖教育」が施されているのです。それは私はよくないと思っています。平和教育にならない。まあ、それこそ子どもたちにとっては、原の語る「恐怖教育」的な効果は充分あると思いますけれども。

 また、全然試験の内容と関係ないことを書いてしまっておりますが、もう少しおつきあいください。

 ここで原民喜が出たもう一つの意味。彼はいちおう小説家ではありましたが、上の写真に左に写っている親友の遠藤周作とは違って、全く売れない、その時代においてはほとんど価値のない男でした。近代的な意味で言えば非生産的だったのです。

 しかし、たとえば遠藤は原に特別な「モノ(なにか)」を感じていた。イエスにつながる「モノ(なにか)」を感じていた。

 遠藤周作の作品もセンター試験に出たことがありますね。令和の時代になって、ある種近代的な昭和の残滓のような「戦場」で、こうして未来を担う若者たちに読まれて、「なにか(モノ)」を残すということにおいては、原も遠藤に初めて並び得たのかもしれません。

 原のような生き方というのも、もしかすると令和の時代にはありなのかもしれません。その時の生産性だけで人間は評価できません。

 最後の最後に。この問題の問いもわかりやすく、解きやすかったし、評論の読みの「コト」テクニックとは違う、小説ならではの「モノ」感性も上手に測っているなと思いました。

 作問者はだれなのでしょうか。案外若い方なのかもしれません。

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2020.01.18

最後のセンター試験国語(その1)〜評論

Th_-20200120-154637 よいよこのシリーズも最後かあ。来年からは波乱の「共通テスト」が始まります。すなわち、センター試験はこれで最後。

 とか言いつつ、来年もセンター試験あったりして(笑)。いや、「共通テスト」になっても、ほとんど内容は変わりませんよね。なんだかなあ。

 まあ、とにかく最後のセンター試験国語の論評をいたしましょう。

 まずは全体として、今回はとってもいい問題でしたね(つまり簡単)。満点が出ても全くおかしくない内容でした。最後になってようやく完成したという感じでしょうか。

 まずは、第1問、評論から解いてみましょう。というか、読んでみてください。こちらからお読みください(解く必要はありません)。

 とてもいい文章でしたね。「いい」というのは、受験生に対するメッセージになっているということです。入試問題は須らくそうあるべきだと思っております(だから、私は他人の文で問題を作るのではなく、自分で本文を書くのです)。

 「レジリエンス」。この文章によれば、「複雑なシステムが、変化する環境のなかで自己を維持するために、環境との相互作用を連続的に変化させながら、環境に柔軟に適応していく過程のこと」です。

 まさに、これからの時代を生きる若者に必要な能力ですね。特にセンター試験を受験している人に対しては逆説的なメッセージになっていると感じました。

 日本の受験制度は、とにかく与えられた知識を暗記することを要求してきました。センター試験もその領域を超えるものではありません(超えると悪問と言われる)。

 頓挫した「共通テスト」も、ある意味では受験生に「レジリエンス」を要求するものになるはずでしたからね。想定外のことが起きた時に、いかに対応するか。そういう機会を自己の成長のチャンスとできるか。あるいはその想定外の「敵」といかに仲良くするか。大切なことですよね。

 いきなり大風呂敷を広げてしまいますが、私は、そうして国家が頓挫した「新しい教育」を、自分の手で実現しようと考えています。具体的な方策もあります。旧来の学校の先生でありながら、その旧来の学校をぶっ壊そうと企んでいるのです。困った先生ですね(笑)。

 おっと、この問題に関する論評をしなくては。いや、正直、簡単でしたよ。迷う問題はない。本文に書かれているか、書かれていないかの情報分析で解けます。

 ただ、これは何度も言いますが、センター試験は選択肢の文章が長いので、最低「上半身」と「下半身」に、細かくは句読点で切って、ブロックごとに◯×△をつけながら解かないとダメです。絶対に選択肢の文を最初から最後までまじめに読んではいけませんよ。これはテクニックというより、まさにレジリエンス的ストラテジーです。

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2020.01.17

1964のトーチ

Th_img_5627 が生まれた1964年、言うまでもなく前回の東京オリンピックの年でした。

 その時、トーチの火を掲げて全国を走ったランナーは4千人以上。そのうちの1人が私の奉職する学校の1期生でした。

 当時トーチを持って走った方はすでにお亡くなりになっていますが、予備のトーチを持って伴走した方と今日お会いしました。

 その方は、なんとこのたびの2020東京五輪でもトーチを持って走られるとのこと。すごいですね〜。

 実は、1964のトーチは学校に保管されていました。今日はそのトーチを56年ぶりにご覧になりにおいでになったのです。

 お会いしてびっくり。その方の娘さんは、私の教え子であり、またのちに同僚として働いた女の子。そして、その子(?)のお子さん、すなわち1期生の方のお孫さんはこの春、我が中学に入学することになりました。ちなみに教え子のダンナも教え子。本当にご縁の深い一家ですね。

 私も初めて本物の1964トーチを持たせていただきました。思ったより軽かった。それなりに年季が入っており、同い年の私もまあこんな感じなんだろうなあと感慨にふけりました。

 7年ほど前に、あの「なんでも鑑定団」に(もちろん別のものですが)出品され、100万円の値がついたというこのトーチ。2020の今なら、もっと評価は高いでしょうね。もちろん、そんなお金に換算できない価値があるわけですが。

 その方は、大変お元気で、今年も健脚を披露してくださるにちがいありません。当時着用したランニングシャツやパンツもあるとのこと(シューズはその後使ったらしく今はないようです)。

 なにより、56年前を思い出し、またその後のご縁を思いつつ涙されていた姿に、私も大変感動いたしました。

 前回の時もそうですが、五輪についていろいろ言う人たちがいるのは常。そこも含めて「祭」です。あの時の日本は、たしかに五輪という祭によって、ある意味強制的に変化をさせられました。結果としてはそれが良かったと思います。

 今年の東京五輪も、必ずや世界の幸福につながる素晴らしい大会になると信じています。

 1964年の10月、私はまだ生後2ヶ月でしたから、もちろん何も覚えていません。しかし、東京にいた赤ん坊の私は、間違いなくその当時の空気を吸い、波動を感じていた。

 そして、今年。二度目の東京五輪を体験します。楽しみです。

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2020.01.16

防寒フェイスマスク

Th_616mtadhaal_ac_sl1000_ 100円ショップで似たものを400円で買いました。

 私はこれを裏返して使います。なんで?

 それは寝る時に使うからです。寝る時にこれを裏返してかぶるのです。変ですよね(笑)。

 というわけで、今日のおススメはほとんどの人に関係のない内容です。

 そう、私はスキンヘッドなので、冬寝る時寒いんですよ。ウチのような寒冷地ですと、まじで頭が寒くて眠れない。

 そこで帽子をかぶるわけですが、これがなんでも良いわけではない。

 ようやく到達したベストな帽子がこういうタイプというわけです。

 まあ、なんとなく想像できますよね。頭から顔、肩を覆ってぽかぽかという雰囲気は。

 で、なんで裏返しなの?

 これはホント、やってみなきゃ分からなかったわけですが、たとえば普通のニットの帽子とかだと、朝起きた時に、私の頭にニットの模様が刻み込まれるのですよ(笑)。ほとんどホラーです。

 特に歳をとってですね、頭皮に柔軟性がなくなりますと、そのついた跡がなかなか消えない。そのまんま学校に行くはめになるわけです(笑)。そうすると生徒に笑われるわけですね。

 では、こういうフリースタイプならいいだろうと思いますよね。模様ありませんから。

 それが、なんと、今度は裏地の縫い合わせの部分があるので、それがしっかり刻印されてしまうのです!

 ですから、基本的にでっぱりのない表側を頭皮に当てるために「裏返す」というわけです。

 なんともマニアックな、またピンポイントな、どうでもいい情報でスミマセン。

 実は四季を問わず、いかなる時にも、髪の毛のありがたさを感じるのですよ、スキンヘッドにしてみると。

 楽なのはシャンプーをしなくていいところだけでしょうか(笑)。以上。

 

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2020.01.15

追悼 ケンドー・ナガサキさん

Th_ihttps3a2f2fseximgjp2fexnews2ffeed2ft た、偉大な昭和のレスラーがお亡くなりになりました。

 ケンドー・ナガサキさんこと本名桜田一男さん。

 ナガサキさんが残した名言。「さよならムーンサルトプレス」で素晴らしい武藤敬司論を書いた福留崇広さんの「プロレスラーとして1番大切なことはなんですか?」という質問に、ナガサキさんが答えた言葉。

1,シュートに強いこと。なめられないために本気の喧嘩でも負けではいけない。そのために道場で練習する。

2,相手の気持ちがわかる。相手が次に何をやってくるか、やってほしいのかを察する。

 これは実は、どんな仕事にも当てはまる必須能力です。まるで相反するような二つの内容ですが、これこそ荒魂(あらみたま)を内包した和魂(にぎみたま)です。

 これをまさに体現していたのがケンドー・ナガサキさんでした。たとえば、血気盛んな若武者だった前田日明とのこの試合は、本当に今見ても感動的です。ある意味器用で、ある意味不器用な前田を、殺さず生かして試合を成立させている。

 

 

 このような実力と精神性を武器に、「剣道」「長崎」という、日本の歴史を象徴する名前を背負って、単身アメリカで名を挙げた桜田一男さん。武藤選手が師と仰ぐのは当然ですね。心より尊敬いたします。そして、ご冥福をお祈りします。

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2020.01.14

『未来を動かす』 バシャール × 安藤美冬 (ヴォイス)

Th_51a7m5zqdfl の本で、宇宙人バシャールと対談している安藤美冬さんは、とっても清らかな魂をお持ちの素敵な方です。

 この本を読んでみてびっくり。私の知っている情報ばかり。バシャール、パクったな!と思ったくらいです(笑)。

 ものすごく現実的に言いますと、バシャールの語ることはお釈迦様の教えに非常に近いですね。まあ、お釈迦様こそ、地球の歴史の上で最高の宇宙人ですからね。間違いありません。

 もっと冷静に言いますと、宇宙人を自称するワタクシの知識や感覚というのは、お釈迦様、出口王仁三郎、仲小路彰から吸収して出来上がっているのだと思います。それこそパクリだな(笑)。

 安藤さんは、最近SNS断ちをしていましたが、また発信を始めるようですね。いよいよそういう時機が到来しているのでしょう

 私もここのところ、教育をはじめ、自分が携わってきたコトどもをブチ壊したい衝動にかられて困っています。様々な間違ったコトをモノに帰して、もう一度構成しなおさなければと。

 しかし、これもまたある種の原理主義であり、究極的に言えば戦争の種ですから、やり方というのを思案せねばなりません。

 時機であるのは間違いありませんので、こんな時こそ、いろいろな方々のお知恵とお力をお借りできればと思います。

 戦いたいのではありません。言向け和したいのです。

 宇宙スタンダードをなんとか地球にダウンロードしたいと思っています。

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