2018.08.21

キリストの里公園の謎!?

Th_img_2353 足農業、残念でしたね。しかし、八郎太郎の末裔だけで(?)準優勝まで行ったのですから、これは本当に素晴らしすぎることでした。高校野球については、私は独特の視点で批判的に見ている部分もあるので、また近いうちに何か書こうと思います。
 てか、あの八郎潟のあたりって強い男をたくさん輩出しているんですよね。多くの力士、レスラーが出ている。野球でも落合博満さんがあのあたりの出身。彼らは長髄彦の末裔というウワサもあるんですよ。
 さてさて、吉田投手はマウンドで神になった。そう、マウンドというは特別な存在なのであります。マウンテンであり、塚・円墳であります。キリストが磔刑に処せられたゴルゴダの丘もある意味マウンド的存在です。
 というわけで、今回の七人旅の最後の経由地は新郷村にあるキリストの墓(&イスキリの墓)でした。54歳の誕生日の最後にキリスト&イスキリの墓参りというのもなかなかヲツであります。
 私は2年前に訪れており、その時私の解釈を詳しく書いています(こちら参照)。
 基本その考えは変わっていません。こういう「物語」に対して、あんまりホントウのコトを言ってしまうのは野暮ですけれども、まあそのホントウのコトもまた、かなり物語性が高いので、まあいいでしょう。
 さてさて、今回は違うところにツッコミを入れます。
 十和田湖にも「キリストの墓(はこちら)」という公式の青い看板がありますが、青森県、そして新郷村はこれらを本気で観光資源と考えていますね。実際、整備された「キリストの里」には金かかってるな感があります。上掲の過去記事にも書いたとおり、それは原子力行政のおかげでもあるわけですね。
Th__20180819_103325_2 で、その「キリストの里」なんですけどね、入り口のでっかい看板というかに英語が書かれているわけですよ。それがこういうふうになっている。

Christ of the village park

 これはどうなんでしょう。直訳すると「村の公園のキリスト」ってことですよね(笑)。
 「キリストの里公園」という日本語の語順どおりに英語が並んでいる。「里公園のキリスト」。
 どういうことなのでしょう。
 うん、これは「おらが村のキリスト」的なニュアンスなのか、それか、キリストもこうして日本で修行し、百歳越えるまでここで暮らしたとなれば、すっかり日本人化してしまい、日本語的な語順の干渉を受け…って、それじゃあ、なんでキリストが英語しゃべるんだよ!と、ジーザス・クライスト・スーパースターと同様のツッコミ不可避ですな(笑)。
 ま、それは冗談として、日本語に英語が干渉したことは間違いないでしょう。これは実に面白いですね。
 と思ったら!なななんと、もっと恐るべきことが!
 Googleさまで「キリストの里公園 英語」で検索したら、いきなりこんなのが出てきましたよ!ww

20180822_152633

 うお〜!これはどういうことですか。Googleさままで日本語の干渉を受けているのか?それとも、実際にある「キリストの里公園」の英訳を知っていて、こういう答えを出したのか!?
 これは神がかってますね(笑)。おそるべしキリストの墓&イスキリの墓、そして日本(笑)。


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2018.08.20

十和田湖へ…三湖伝説と金足農業

Th_img_2338 タクシ事でありますが、本当に今年の誕生日(8/17)は素晴らしい日になりました。
 いつもは一人旅なのですが、今回は七人旅。私のわがままな企画に気持ちよく乗っかってきてくれた皆さん、本当にありがとうございました。
 いちおう今回の旅の最大の目的地は十和田湖でした。マニアックな話になってしまいますが…今回は今までの十和田湖訪問に必ず帯同した、我が家でお預かりしている出口王仁三郎の耀わん「十和田」に加え、その兄弟分の「十和田2号」も一緒でした。
 これって地味にすごいことだと思いますよ。不思議な不思議なご縁でこういうことになった。このたびの旅のメンバーも、皆さんもとをたどれば「十和田」が作ってくれたご縁です。そして今回、十和田が引きつけた新たなる十和田。
 ちょうどこの日、甲子園では金足農業が横浜を劇的に破りました。その後の快進撃も含めて、統合過剰なワタクシたちといたしましては、これぞ龍神様のお力添えであると信じるのであります(笑)。
 いやいや冗談でなく、田沢湖、十和田湖、そして金足農業の近くにある八郎潟の三湖には独特な「三湖伝説」があります。
Th_img_2339_2 八郎太郎が龍に姿を変え、十和田湖に住んでいました。そこに南祖坊という男が現れ戦います。結果は南祖坊の勝ち。南祖坊は十和田湖の主となり、十和田神社に祀られることになります。一方、辰子も龍に姿を変え田沢湖に住んでいたのですが、八郎はその辰子を見初め、田沢湖に通うようにります。そして、再び南祖坊と戦うことになり、今度は八郎が勝利…これが三湖伝説の概要です。
 異論はありますが、基本的に、現在十和田湖には南祖坊が、そして田沢湖には辰子が、八郎潟には八郎がいることになるわけですね。
 ちなみに我が家の耀わん「十和田」は、出口王仁三郎の孫で、南祖坊の生まれ変わりと言われる出口和明さんと縁が深い。
 そうしますと、このたび暫定的に「十和田2号」とした新たな耀わんは、もしすると田沢湖か八郎潟と、つまり辰子姫か八郎太郎と縁があるのかもしれません。そうだ、梅の紋が入っているから女性、すなわち辰子なのかも。
 さらにもうひとつ今回は「諏訪湖」も一緒でした。まさに龍神のネットワーク・デバイスが大集合という感じでしたら、八郎潟に近い金足農業が快進撃をしているのも納得できるところです。ちょっと神がかっていますからね。


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2018.08.19

大湯環状列石…愛と感謝

Th_img_2383 17日のマジカル・ミステリー・ツアーの続きです。
 田沢湖から玉川温泉、八幡平を抜けて、私たちは目的地である十和田湖へ。途中、黒又山(クロマンタ)を望む大湯の環状列石に立ち寄りました。
 縄文後期のストーンサークルであるこの遺構は、共同墓地跡であるとか、集落跡、祭祀場跡であるなどの説がありますが、このたび私たちの検証(体験)からしますと、「祈り」の場であったことはほぼ間違いないと思われます。
 以前一人でここを訪れた時には、我が家の「玉」を配置したところ、急に雨が降ってきました。このたび「玉」を三体配置し、歌と舞の奉納をいたしましたところ、上空だけがポッカリ晴れわたりました。
 そして、そこにいた皆が感じたのは、「愛」と「感謝」でした。縄文人のみならず、それ以前もそれ以後も、クロマンタや火山十和田や十和田湖、そして大地と空と太陽や星や月、その他すべての自然に対して人々が抱いてきた愛と感謝、また、すべての自然から私たちへの愛と感謝が交流する場が、ここストーンサークルだったのです。
 歌と舞という、太古から変わりない高次元メディアの力は本当にすごい。あらためて感激いたしました。
 祈りは言葉ではないのですね。


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2018.08.18

私の中に神がいて、神の中に私がいる。

Th_img_2334 にちがずれていますが、気にしないでくださいね。今日は17日のことを書きます。17日は濃かったので、何日かにわたります。
 そうそう、実は17日は私の54回目の誕生日だったんです。正直言って今までの誕生日の中で、最も楽しく、最も充実した日となりました。皆様のおかげです。ありがとうございました。
 さてさて、17日はまず田沢湖へ向かいました。途中までは雨が降り、寒々としていましたが、最後には青空が広がり、温かい太陽の光が注ぎ始めました。
 その時感じたこと。寒さや暖かさを感じる自分の中に、なるほど自然(モノ)がいるなと。雨やお日様が、自分の中にいるから、こうして感じることができるのだと。
 田沢湖は今日も青かった。しかし、それもまた、田沢湖が青いのではなく、田沢湖の中に青があるのです。
Th__20180819_120801 そして、そんなことを思いながら、御座石神社を参拝した時、御神鏡に自分の姿が映っていることに気づいたのです。
 なるほど、神の中にも私がいた!
 この相互的な入れ子構造こそ、昨日の「ボーダーレス」そのものですよね。なるほど。たとえば砂漠の一神教のような、神と人間との対立的な関係ではなく、仏教の「一切衆生悉有仏性」のように、全ての存在の中に神がいて、神の中に全ての存在があるというのが本当なのかもしれません。
 雨が止み、霧が晴れた田沢湖は、たしかに空の青や山の緑を映し、さらに青く見えたのでした。
 素晴らしい誕生日プレゼントですね。ありがとうございました。


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2018.08.17

西馬音内盆踊りに見るボーダーレス

Th_img_2375 16日夕方はみんなで鎌鼬美術館を訪れました。今回のメンバーの中には、ダンサーとフォトグラファーもおりましたので、また格別な訪問となりました。
 夕食は向かいにある「格山」さんで、おいしいおそばをいただきました。メンバーにはおそば関係者もおります。これまた格別な時間となりました。ありがとうございました。
 鎌鼬美術館も格山も、国際的とも言える素晴らしい展開を見せています。そこに関わった人々の思いが、あの世とこの世でコラボしているのだと、つくづく感じました。ご縁とはそういうものなのでしょう。
 さて、あの世とこの世といえば、夜に鑑賞した西馬音内盆踊りですね。雨のため残念ながら街並みの中ではなく、体育館での披露となってしまいましたが、逆にそのような機会はなかなかないので、明るいところで間近に鑑賞することができました。
 そこで感じたことは、「ボーダーレス」です。昨日紹介した薬師堂もそうでしたが、とにかく東北には近代的な意味での枠組みや分類が通用しない。だから面白いし、快感なのです。
 西馬音内盆踊りでは、死者と生者、男性と女性、大人と子ども、玄人と素人、聖と俗が渾然一体となっています。もちろん、踊る者と見る者の境目も希薄になっていく。
 そうした渾然の中に、「むすび」がある。すなわち、融合と創造があるわけですね。
 よく知られているように、歌垣を起源とすると考えられる盆踊りでは、男女の関係、性の営みにおいても非日常的な面を持っており、実際そこで新しい生命が生まれることもありました。
 祭はそのような、日常と非日常、ハレとケを結ぶ時空であり、そこに生命の力強さ、すなわち神の本質が体現されてきたのです。
 もちろん観光化の問題もあります。こうして「鑑賞」の対象となってしまった盆踊りが、はたして本来のエネルギーを持ち得ているのか疑問でありますが、しかし、一方で、すっかり西洋近代的な価値観によって世の中を分析、分節して生きている都会人たちが、こうして祭を「鑑賞」することによって、本来のなにモノかを思い出す機会になっているとも言えましょう。それもまた生命力の一部なのかもしれません。


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2018.08.16

成就院薬師堂(秋田県角館市)

 16日は東北(主に秋田)マジカル・ミステリー・ツアーの1日目。仲間たちを空港と新幹線の駅でピックアップし、計画では田沢湖に行くことになっていたのですが、天気がいまいちなので、急遽予定変更して角館へ。
 角館では、武家屋敷の雰囲気を味わいながら、昼食に比内鶏の親子丼や稲庭うどんをいただきました。今大人気の秋田犬「武家丸」にも会うことでき、そうこうしているうちに天候も回復傾向。前日までの暑さが嘘のように、まるで秋のような過ごしやすさとなりました。
Th_img_2324 さて、今回集まってくださった仲間たちに共通しているあるモノがありまして、その関係で成就院薬師堂を訪れました。
 昨日の田んぼの中のタワーマンションや、単線でカーブだらけで無人駅、踏切もあり、熊と衝突することもある秋田新幹線など、東北というのは、都会的、すなわち西洋近代的な価値観からすると、なんともボーダーがはっきりしていないといいますか、様々なモノが渾然一体となって共存しているところが面白い。
 ここ成就院薬師堂も、本尊は薬師瑠璃光如来でありながら、なぜか大きく立派な鳥居があり、そして堂内には参拝要領として「二拍 合掌 礼」とある。
Th__20180819_111400 ここはいったい寺なのか、神社なのか。いや、そんなコトはどうでもどうでもよいのです。庶民にとっては、ご利益さえあれば、それが仏であろうと神であろうと、はたまたキリストであろうと、正直どうでもよいのです。尊い「とでっこ」であれば名前やジャンルなどどうでもよい。
 そうした前近代的な日本人の本質が見え隠れするところが、東北の面白さであります。

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2018.08.15

スカイタワー41 (山形県上山市)

Th_unknown 日から、このたびの東北(特に秋田)マジカル・ミステリー・ツアーで心に残った「モノ」を少しずつ紹介していきましょう。モノの性質上、書けないコトも多いので、なんとなく分かりにくい記事が続くことになりますがお許しくださいませ。
 さてさて、15日の往路にして最も興味をそそられたのは、山形県上山市の「スカイタワー41」です。ウワサの高層マンションを初めてこの目で見ました。たしかにすごい!
 何がすごいって、写真のとおり、山形の田舎、のどかな田んぼの中に突如現れた(生えたのか、降ってきて刺さったのか?)タワーの、その存在感がすごいのであります。
 41階と言えば、東北地方でも最も高いビルということになります。それがこの田舎に突然現れたのだから、それはたしかに衝撃的であります。
 よくあるリゾート地、スキー場周辺の、バブルの墓標かと思いきや、いやいや、建ったのはバブル崩壊後。そして、今ではちゃんと完売して、ほとんど全ての部屋に人が住んでいる!
 いやあ、これはですね、もしかすると全国的にこういう風景が増えてもおかしくないのかもしれないなと思いましたよ。
 田舎にいながら、田舎特有のさまざまなしがらみを避けて、ある種都会的な生活をしたいという若い人たちも多いことでしょう。
 考えてみると、私もそういう田舎都会人の一人であり、だからこそ富士山という超高層建造物?の中層階に住んでいるのでした。
 なんでも当初は販売価格が高すぎて売れなかったとのこと。今では3LDKで一千万円以下がほとんどということですので、それならたしかに一般人が買えますね。+維持管理費で採算が合うのであれば、こういうマンションがいろいろな地方にあってもおかしくないことになります。
 私たちが、こういう風景を不自然に感じるのは、ある意味では妙な常識にとらわれているからですよね。逆に高層マンションは田園の中にあることが常識になれば、自然な風景になるのでしょう。
 では、なぜこの上山で常識を破るようなことができたのか。それについてはいろいろ地元の政治家が関わっていたようなので、ちょっと踏み込めないグレーゾーンなのですが、まあ結果として我々の常識を破った成功例となったという意味で、やはりすごいランドマークですよね。
 これ、全国展開したら絶対流行りますよ。時代がスカイタワー41に追いついてきているのかもしれません。

参考 山形県上山市ののどかな街に41階の超高層マンション 住み心地は
 

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2018.08.14

東北中央自動車道

Th__20180819_94614 日はもう19日です。たまった記事を書きます。15日に秋田に入り、16、17は仲間と秋田マジカル・ミステリー・ツアー。で、18日に富士山に戻ってきました。
 行き帰りはいつものとおり、愛車エブリィ貨物車で往復。今年は初めて東北道福島ジャンクションから東北中央自動車道を通って北上いたしました。
 東北中央自動車道は、福島県相馬市から秋田県横手市まで、基本的に国道13号線をなぞるように完成を目指している高速道路です。
 まだまだ断続的にしか完成しておらず、上ったり降りたり運用ですが、今回の往復ではそんな凸凹も楽しませていただきました。今年度中に供用開始の区間も多いので、来年にはもっと快適に運転できることになりそうです。
 今年は長く続いた都留音楽祭がないため、お盆の時期を少しずらして秋田に行くことになりましたので、帰省渋滞、Uターン渋滞を避けられました。
 そうしますと、富士山から秋田に行くには、中央道→圏央道→東北道→東北中央道というコースが最も近く、また安くなります。
 かつてはよく長野→新潟を回る日本海ルートを使いましたが、そちらよりも、時間にして2時間は短縮できました。とは言っても休憩入れて約9時間。日本は狭いとは言っても、遠いものは遠い。
 福島から米沢に抜けるルート上にある、東北最長のトンネル「栗子トンネル」は約9キロ。今回初めて通ってみた
わけですが、まあよくこれだけのものを掘りましたね。日本のトンネル掘削技術は本当にすごい。
 山形と秋田の県境には雄勝峠という難所が待っていますよね。あそこはどうするんでしょうかね。はたして全線開通はいつのことになるのか。
 しかし、毎年通るたびに道路ができ、つながっていくことに、ある種の感動を覚えます。人の力ってすごいですね。そして道路を造ってくださっている皆様に、本当に感謝です。

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2018.08.13

討論 『もし大東亜戦争の開戦が無かったら」

 後の日本にとっての「夏」は、戦争の反省の季節でした。
 もちろん戦争は悲惨ですが、いつまでその戦後は続き、私たちは反省をし続けなければならないのでしょう。
 というような皆さんの意見もよ〜く分かります。私も感情的にはそういう気がします。
 しかし、一方で、やはり忘れてはならない、二度と過ちを繰り返してはいないという方々の意見ももっともだと思います。
 正直双方ともセンチメンタリズムに基づくもので、そこが私にはいかにも日本的に映るのであります。
 いつも書いているように、たとえば靖国の御魂も私たちと同様に十人十色。勝手に「英霊」と十把一絡げにするのは間違っています。心を無にして靖国をお参りすれば、それこそ様々な声が聞こえてくるはずです。
 さて、そんな夏。平成最後の夏。そして、150年戦争最後の夏。いよいよこの夏の意味も来年あたりから大きく変わってくるものと思われます。
 変な話で恐縮ですが、その「最後の夏」がこれだけ暑く、甲子園の、すなわち高校生の野球を通じた軍隊文化ノスタルジーまでもが灼熱地獄となっているのは、これは偶然ではないと思っています。本当にこれで終わるのかもしれません。
 さて、そんな折、タイムリーな討論企画。「もし大東亜戦争開戦がなかったら」。たしかに漠然としたテーマであり、また歴史に「もし」は認められないとするなら、根本的に無理のあるテーマでありますが、だからこそ、保守派の皆さんの、歴史でなはい「物語」が全開していくことになっています。
 ちょうど、先日、国際関係論を学んでいる娘が、同様のテーマを大学のゼミかなにかで提起したようです。まあ、私がさしむけたわけですが(笑)。そこではいったいどういう議論になったのでしょう。あんまり盛り上がらなかったとの報告だけ受けていますが。
 よく「あの戦争は間違っていた」と言う人がいますが、では、はっきり言って避けられたのか。開戦しないでいたらどうなっていたのか。日本は日本でいられたのだろうか。
 また、「あの戦争に勝っていたら」という妄想も広がりますが、そうすると、今ここは大日本帝国ですか?
 結果としては、歴史は全て必然です。まるで、ほんの七十数年前の、祖父の時代の日本人が、今の我々よりも愚かだったような言い方だけは、私は許したくありません。
 一方で、人類の歴史を俯瞰して分かるとおり、大方の面においては、私たちは確実に進化してきており、戦争のみらなず命を奪われる機会というのは、ぐんと減っていると思います。
 また、あとからいろいろ言うのは、後出しジャンケンのようなもので、あの時グーを出したから負けたんだ、パーを出していればというのと同じです。
 そう、歴史というか、私たちの「今ここ」の生活のほとんどは、ジャンケンのような運を天にまかせるような選択の連続でもあるのです。常に相手のあること、縁の中で自身が生起してくるものであり、ある意味常に賭けをしているようなものです。
 ここのところいろいろなところで言っていますが、歴史を見る時に、「こういう選択をしたからこうなった」という因果関係で捉えるのではなく、その時の選択者がどのような未来を想定したのかという、逆因果で捉えるのことが大切です。
 なぜなら、「今ここ」の自分自身がそうやって生きているからです。その集合体をのちに過去から現在という、ある意味フィクションである時間軸の上に並べ直したのが、「歴史」という記録です。
 さてさて、そういう視点をもって、この討論を聞きしますと、なるほど保守派の皆さんの思考の限界というのが見えてきますね。大変面白いことです。
 当たり前ですが、さまざまな側面から「開戦がなかったら」と突き詰めていくと、「開戦しかなかった」ということが分かるでしょう。もちろん、その後の作戦ミスや、情報戦での敗北は、相手のある中での縁起ですから、やはり間違いだとは言えないでしょう。

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2018.08.12

新日本プロレスG1 CLIMAX 28 日本武道館大会3日目

Th_201808120000926w500_0 めでとうございます、棚橋選手。本当に素晴らしすぎる優勝決定戦でした。
 素晴らしくなることは予想されていましたが、その予想をはるかに超えた神どうしの戦い。戦いの中に溢れる愛。
 棚橋弘至と飯伏幸太。そう、かつてのプロレスラーにあった恐さはなく、愛と愛のぶつかり合いという新しい戦いの景色を見せてくれました。
 こういうプロレスを観て、昔のプロレスファンの一部は、こんなのダメだと言うでしょう。これはプロレスに限らず、たとえばスポーツ界、あるいは教育界でも同じ、そういう人がまだまだたくさんいます。
 しかし、ここのところずっと書いてきたように、時代がドラスティックに変わりつつあり、私たちはそれに気づき、それを受け入れ、自分自身を変えていかなければならないのです。
 そういう意味で、棚橋選手がこの20年くらい戦ってきたモノは強大だったと思います。今日の勝利は、飯伏選手や今回のG1の参加選手に勝ったという意味だけでは説明できません。
 これはまさにトップダウン、天の力による世界改造ですよ。人事を尽くした棚橋選手に、天がほほえんだ。そう感じました。
 そんな偉業を具現化するのに、大切な役割を演じた飯伏選手にも拍手を送りたいと思います。どんどん進化し、見たことのない風景を見せてくれる飯伏選手は本当にすごい。
 覚醒した飯伏選手を久しぶりに見ましたけれど、うん、棚橋選手のバックステージでの言葉は重かったなあ。

「後は飯伏が覚醒した状態のままでやれるか。俺は真のトップレスラーだから。オンとオフがないから。それが自慢だから」

 なるほど、常にオンでいられるのが棚橋選手のすごさなんですね。恒例のエアギターも含めて、試合後のパフォーマンスも全力。本当にファンに愛を届けようとしている。たしかに素晴らしく魅力的な男ですね。
 ありがとうプロレス。プロレスが時代の先端を行っていることを再確認した大会でした。

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