2017.12.16

吉井和哉☓志村正彦 『ザ・ビートルズを語る』

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 日の記事にもこの二人の名前が登場していました。
 志村正彦くんが急逝する2ヶ月ほど前に、実はこの二人の対談が実現していました。雑誌「WHAT'S IN」のビートルズ特集コーナー内での対談です。
 この前の東京ドームのあと、この対談のことをふと思い出して、ヤフオクで落札しました。あの当時は立ち読みで済ませてしまっていたので。
 あらためて8年ぶりに読んでみて、なんとも言えない気持ちになりました。
 ビートルズに対する二人の評価はなるほど当たり前と言えば当たり前の内容でしたが、中盤での吉井さんのこの部分がなんとも胸に突き刺さったのです。

 最近よく考えるんですけど、ロックとか、もうできないんですよ、オレ。
ー何をおっしゃっているのですか?
 いやいや、やっぱロックって仕事にならないんですよ。僕が今やってるのはロックまがいのものであって、本当の意味の、真のロックをやっちゃうと、死んじゃうと思うんです。それを教えてくれたのが、ストーンズとビートルズだと僕は思っていて、ロックに取り憑かれて、死と直面しながらも続けていかざるを得ない人たちと、ロックに取り憑かれてあっという間に終わって、その後に苦しめられる人たち。そのふたつの対称ですね。僕なんか15年ぐらいで中途半端に壊してしまったから、もうロックではないんです。

 この対談の数ヶ月後、本当に死んでしまった志村くんと、長い年月をかけて復活し、またロックをやり始めた吉井さん…。
 今思えば、たしかにフジファブリックの「CHRONICLE」は志村くんの真のロックでした。ある種の違和感を叩きつけられたファンは正直動揺しました。耳当たりのいい音楽ではなく、切ないまでの魂の叫び。
 この対談、そして志村くんの死から5年ほど経って、志村くんが生まれ育ったまさにその場所で、私は吉井さんとそのことについて語り合いました。
 もう一つの富士山(その8) 李良枝 『富士山』に書いたように、富士吉田市下吉田は夭逝の天才を生む(ある意味命を奪う)不思議なトポスです。
 そのことを聞いた吉井さんが、ちょっと怖そうな表情をしたのを思い出します。たぶん本気で死の匂いを嗅ぎつけたのでしょう。この対談のことも思い出したに違いありません。
 その後、彼はそのトポスから逃げるように「復活」に向かっていきました。ロックと命。生と死。「復活」を遂げた吉井和哉はいったいどんな命との闘いを見せてくれるのでしょう。志村くんもきっと吉井さんの復活を喜んでいると思います。

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2017.12.15

Horizon (Center Screen Version) / THE YELLOW MONKEY

 日の東京ドームの感動の一つに、このイエモンの新曲のMVがありました。
 基本的に吉井和哉ワールドが連続する中に、本当に全く違った世界観がドームを支配しました。私も含めて周りの人たち、みんな静かに泣いていました。
 この曲はギターのエマ、菊地英昭さんの作詞作曲です。だから違うのは当然ですが、それを歌う吉井さんの優しい歌声がまたなんとも際立って美しかった。ある種のギャップがたまらない。
 やはりひとの、それも愛する友の作品を歌うことには特別な感情が伴うのでしょう。もちろん、エマからロビンへのメッセージという意味でも、また私たちファンへの贈り物としても美しい。
 菊地英昭さんの曲(作曲)と言えば、私の大好きな「空の青と本当の気持ち」があります。あの曲の浮遊するような優しさもまたエマらしさでありました。
 それから、思わず私もつぶやいてしまったのですが、この曲、メロディーも歌詞もちょっと藤巻亮太くんっぽいですね。すなわちレミオロメン。Horizonというタイトルも。まあ、どちらが先かというのは微妙でありますが、おそらく共有する何か音楽的ルーツがあるのでしょう。無意識にしても。
 また、これは勝手な思い入れですが、「打ち上げ花火」が出てくるあたりは志村正彦くんっぽい感じもする。後半に一度だけ登場する「胸キュンコード進行」(「流してくれるだろう」のところ)も。吉井さんとはまた違った意味での繊細さを感じるところです。
 と、私は個人的ないろいろな思い出や感傷にひたりながら、この曲をドームで聴いていたわけです。しかし、おそらくはファンの皆さん全員が、それぞれの過去と現在と未来に対する切ないまでの愛を感じたことでしょう。
 言葉を伴った音楽、すなわち歌というものは、そういう次元で私たちの心を振動させるのです。何度も書いているとおり、音楽は人間に唯一与えられた高次元宇宙へのアクセスの方法なのでした。
 そして、音楽は映像と組み合わさることでさらに次元上昇します。これは映画音楽の例を考えればよくわかります。音楽が映像を際立たせるのか、映像が音楽を際立たせるのか、その両方なのか。
 この素晴らしいミュージック・ビデオは半崎信朗さんの作品。当然、半崎さんが音楽にインスパイアされて作った映像ですから、音楽が先にあったのでしょうけれど、しかし、面白いのはその映像によってまた音楽のイメージが広がる。決して狭まるのではなくて広がる。もちろん、優れた映像だからです。正直狭めてしまうMVもありますよね。
 1980年代のMTV文化以来、音楽には必ず映像が加えられるようになりました。それを音楽の堕落だと言った人もいましたし、私自身もちょっとそういう感想を持っていたのも事実です。
 しかし、考えてみると、録音文化はここ100年くらいのものであり、映像のない音だけの音楽という方が異常だったのですね。もちろん、それ以前はライヴしかなかったわけで、当然そこには映像というか視覚情報が伴っていたわけです。
 そういう意味でも、早く「オトトキ」を劇場で観たいなあ。映画音楽ではなくて音楽映画になっているでしょうから。

「オトトキ」公式

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2017.12.14

ペヤング カレーやきそばプラス納豆 (まるか食品)

Th_main_curryplusnatto っかり定期的なネタになった感のある「ペヤング」新作紹介。
 一時期の「Gショック」からすっかり立ち直り、安定した快走を続けるペヤング。もうすっかり日本のB級食文化として定着していますね。
 この会社の面白いところは、以前も書いたとおり、いわゆる無印「ペヤングソースやきそば」を安定的長期的不変的に供給しつつ、比較的短いサイクルで消えていく新商品、それも非常に挑戦的な新商品を、まるでシャレを楽しむかのように開発提供しているところですね。
 盤石の伝統芸があるからこそ、遊びや進取の精神が生まれる。これぞ本来の伝統文化伝承団体のあるべき姿であります(マジ)。
 さてさて、先月末に発売されたこの新商品「カレー焼きそばプラス納豆」。昨日初めて食べてみました。うん、これは上手に仕上げてきましたね。
 ちなみに、この「ペヤング+カレー+納豆」という組み合わせ、ワタクシは30年以上前からずっとやってきた、それこそ「伝統芸」であります。この前も、無印ペヤングにボンカレーとひきわり納豆をぶっかけてかき混ぜて食べたばかりです。
 私はもともとペヤング好き、カレー好き、納豆好きでしたから、当然自然な形でこのような食文化が形成されたわけです。そう、ペヤング1箱だと、食事としてはちょっと足りないじゃないですか。それで、大盛りカレーをぶっかけて、納豆も2パックとかぶっこむ。違う言い方をすると、米を炊くのが面倒なので、米代わりにペヤングを使っているというのも事実。一人暮らしだとこんな感じですよね。
 もちろん、このような嗜好や食環境を持つ日本人は他にもたくさんいらっしゃるでしょうから、ワタクシのオリジナルであるとは言いませんが、少なくともまるか食品さんの「新発見!」よりも30年以上早く「発見!」していたのは事実です(笑)。
 で、この「新発見!」カレーやきそばプラス納豆ですが、なかなか上品に仕上がっています。カレー味も納豆味も比較的控えめで、もちろん分量も増えるわけはないので、自分的納豆カレーやきそばを食してきた者としては、ちょっと物足りない感じもしました。
 いや、あまりに大雑把な邪道グルメと比較してはいけませんね。一つの作品としてはなかなか良くできていると思います。あのペヤング的甘ソースの風味もちゃんとしましたし。
 そうそう、ワタクシ流の納豆カレーやきそばですが、あのペヤングソースを入れるのかという質問を受けそうですね。はい、もちろんちゃんと入れます。青のりも調味パウダーも。そりゃ入れますよ。 
 あと、こういう食べ方もしますね。まず、お湯を入れる前に「生」で麺を少しかじる。そして普通に作る。正調ペヤングを三口ほど楽しんだのち、レトルトカレーと納豆をぶちこんで混ぜ混ぜする…ああ、こう書きながら食べたくなってきちゃった(笑)。 

まるか食品公式

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2017.12.13

南京陥落から80年

 元の町で万葉集講座をやりました。今日は全5回の最終日。昨年の古事記講座と同様、話があっちこっち飛びまくって、ワタクシらしい(?)トンデモな講座になりました。
 最終回の今日は、万葉集における「鳴沢」についてお話しました。内容は以前「鳴沢」とはどこか伊豆の高嶺の鳴沢に書いたものとほぼ同じで、ワタクシの「新説」「真説」を紹介いたしました。
 その中で、「伊豆の高嶺の鳴沢」の話から、伊豆山字鳴沢の「興亜観音」の話もいたしました。なんとも不思議な因縁を感じますね。なにしろ80年前の今日は南京が陥落した日。
 松井石根大将が入城したのは17日だったと思いますが、80年前の出来事が万葉集の話からこうして蘇るというのは、実に不思議な感じがしました。
 今日、中国では大々的に国家的な式典が行われました。

 南京事件、あるいは南京大虐殺については、このブログでも何回か書きましたとおり、私は「あった」「なかった」論には終始したくありません(2年前の南京事件から78年〜歴史という物語参照)。
 それよりも、私個人としては、松井石根さんを通して、戦争自体の悲惨さ、残酷さ、不条理さ、そして地球平和の大切さを学んでいきたいと思っています。
 次の動画は幸福の科学さんが製作したものですので、最後に大川総裁の霊言がありますが、それ以外はよく出来ていると思います。ま、正直この程度の霊言であれば、私でもできますよ(上から目線…笑)

 以前も紹介した、水島先輩の映画作品「南京の真実」が改めて公開されていました。ぜひ御覧ください。

 同じく英語版です。


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2017.12.12

『ハッピーバースデー変奏曲』  レイチェル・バートン・パイン

Happy Birthday Violin Variations -- Rachel Barton Pine

 日は映画監督小津安二郎の誕生日(命日でもある)。それからジャズピアニストの穐吉敏子さん、歌手の舟木一夫さんの誕生日でもあります。旧暦で言うと、一休さんの誕生日。
 というわけで、皆さんに「Happy Birthday to You」の曲をお届けします。
 この前、メタリカの演奏を紹介した、女流ヴァイオリニスト、レイチェル・バートン・パインの作曲(さすがに即興ではないでしょう)、演奏によるヴァイオリン無伴奏ヴァージョンです。
 ほとんどシャレという感じで楽しいですね。そして、まあ上手いわ、この人。これはたとえ楽譜があったとしても、とても弾けません(笑)。それにしても、まあ作曲のセンスも、ユーモアのセンスもありますね。
 ところでところで、今や、世界中で歌われているこの曲、もともとはアメリカのヒル姉妹の「Good Morning to All」という曲でした。1893年に生まれた曲です。
 学校なんかで歌われたようですね。朝の挨拶として。それがポピュラーになり、そして、単純な歌詞だけに、たくさんの替え歌が即興で作られていった。その内の一つである、誕生日ヴァージョンが20世紀になって有名になった。
 このおじいさんの解説と演奏が、そのあたりの歴史を生き生きと伝えていると思います。いい味だしてますね、このおじいさん(笑)。


 

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2017.12.11

『未来への7か条』 益川敏英

Th_yoko 日も生徒とAIの話をしました。世間でもブームですね。
 夏に「シンギュラリティ」はあり得るのかに書いたとおり、私はAIが人間を超えることに懐疑的です。AIはコトであり、人間はモノであると。
 そこに書き忘れましたが、正確に言いますと、AIは人間の脳みそのある部分については、すでにはるかにそれを凌駕しています。
 少し考えれば分かるとおり、計算能力や単純記憶能力においては、どうみても人間よりも優れている。まさにコト世界ですね。
 で、「人間はモノ」という表現の中には、「人間には体がある」という意味も含まれています。いくらAIが発達しても、体の制御という面では、まあ永遠に人間のレベルには追いつかないでしょう。それはある意味、AIというよりもロボットの問題なんですがね。
 ただ、人間と…と比較するならば、当然「肉体」というモノ部分も含めての比較でなければ、アンフェアです。
 現在、最先端のAIとロボットの技術を総合しても、やはり人間の子どものように自転車を乗りこなすことはできませんし、サッカーや野球に興じることもできませんよね。
 生徒にそんな話をしていた中、少し前にノーベル物理学賞受賞者である益川敏英さんの、こんなお話が記事になっていたことを思い出しました。

ノーベル物理学賞受賞 益川教授が証言! AIが絶対に人間にかなわないもの

 益川さんは、私とは違った視点で、「AIは人間を超えられない」と言います。AIが人間に絶対敵わないもの。それは「好奇心」であると。
 なるほど、そうですね。私たち人間は、それぞれ全く異なる好奇心を持っています。その対象を選んだ理由など、誰も分かりません。私たちは各自の好奇心を神様から授けられているのです。
 もしかすると好奇心の一つとしてとらえれるかもしれませんが、「愛」というものもAIには欠けていますね。「AI」なのに「愛」がないとは、これいかに(笑)。
 先ほどの記事の中で、益川さんは「未来への7か条」を挙げてくれています。共感いたします。

< 未来への7か条 >
1:現状に満足せず、常に挑戦的な気持ちを持つ
2:科学者に対し、充分な研究環境
3:科学の発見は本筋から外れた脇道からも生まれる
4:人間の知的好奇心はAIに勝る
5:科学技術がどう使われるのか、監視する
6:純粋な若い芽が育つ環境を作る
7:「夢とロマン」を真摯に追い求めるべし

Amazon 驚愕! 日本の未来年表

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2017.12.10

THE YELLOW MONKEY SUPER BIG EGG 2017(その2)

Th_171211ci085000 エモンの東京ドーム、今日はBSスカパー!の生中継で鑑賞。
 昨日はずっと感動しっぱなしで、正直冷静に聴くことができませんでしたが、さすがに今日は半分は冷静に観たり、聴いたりできました。それでも何回か泣きましたが(涙)。
 まず、東京ドームは音が良くないなと。これはもう充分わかっていたことですし、どうしようもないことですが。
 私は今回が3回目のドーム・コンサートでした。最初は「X」の初ドーム。このときは本当に音響がひどかった。1990年でしたかね。まあ、お客さんの絶叫しか聞こえなかったとも言えますが。
 次は、関ジャニ∞の初ドーム。ここでも関ジャニらしくバンド演奏がありましたが、今ひとつモワモワしてしまってカチッと聞こえなかった。
 これはドームの宿命です。そういう意味では、今回のイエモンはそれなりにいろいろな技術革新があり、工夫もされていたのか、思ったよりも生音は悪くはありませんでした。
 とはいえ、特にベースの音がほとんど分解して聞こえないというのは相変わらずで、ヒーセの素晴らしいグルーブのベースがちゃんと聞こえないのは残念でなりませんでした。特にベーシストを目指す娘にとっては勉強の機会だと思ったのに、「全然聞こえなかった」という結末。
 今日はテレビでしたから、とってもよく聞こえましたよ、ベースが。逆にボーカルが引っ込んだ感じで、バンドとしての楽器音が前面に出ていてよかった。
 やっぱりこのバンドのすごいところは、メンバーのミュージシャンとしての実力が非常に高いことですね。後半はストリングスやホーンが加わって厚みのある音作りになっていましたが、基本4人だけで、それも吉井さんがギターを持っていない時は、3人の音だけで、あれだけの力のあるアンサンブルができるというのは、これは各パートの演奏技量ももちろんですが、それぞれの作曲能力が高いということを示していると思います。
 いろいろな日本のバンドを生で聴く機会がありましたが、けっこうメンバーのどこかに穴とはまではいかないけれど、弱いへっこみみたいなのを感じることが多い。そんな中、圧倒的にバランス良く「うまい」のがイエモンです。
 そして、これもあらためて言うまでもないことですけれども、やっぱり吉井さんの作詞、作曲の能力は本当にすごいなと。阿久悠やなかにし礼、そして平尾昌晃や筒美京平の正統的な継承者としての吉井和哉というのを、今日は本当に実感させてもらいました。
 最近のJロックやJポップは、サビが来るまでが退屈でしかたない。昭和歌謡と同様、吉井さんの曲も、「入り」から引き込まれる、いやイントロから引き込まれる。そして無駄なCメロがない。
 古臭い人間だと言われるかもしれませんが、やはり私はそちらの方が100年後にも歌い継がれると思いますよ。
 それにしても、吉井さんの日本語は本当にすごいですね。難しい言葉は使わない。けれども、深み、奥行きがある。これって本物の詩人の条件ですよ。
 それにしても、メンバーはみんな50代でしょうか。私も同世代として、負けないぞ!という気持ちにさせられました。新しいアルバム、楽しみですね。
 私も新たな挑戦をしますよ。東京ドームのステージに立ちますよ(笑)。
 ありがとう、THE YELLOW MONKEY。

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2017.12.09

THE YELLOW MONKEY SUPER BIG EGG 2017(その1)

Th_img_0523 日は我が家族にとって一生の思い出になる日でした。音楽よありがとう。
 氷点下10度の自宅を朝5時に出発し、高3の上の娘はジャズバンド部での最後の演奏の機会となる「浅草ジャズコンテスト」へ。かつて同部がグランプリを獲得したこともあります歴史あるコンテストです。
 6年間の部活動の総決算。先生たちや仲間に感謝の気持ちをこめて演奏するよう送り出しました。
 私と家内と中3になる下の娘は、お昼前に富士山を発ち、まずは知り合いの入院する新宿近くの病院に立ち寄り、「奇跡」のお手伝い。感謝と愛をこめて。実際奇跡は起きています。
 そして、急いで会場である浅草公会堂へ。実はちょっとしたアクシデントがあり、私は車を停める場所に行きつけず、娘の最後の演奏は聴くことができませんでした。
 しかし、演奏後の娘や家族、そして先生方にお会いして、ああいい演奏ができたのだなと確信しました。みんなの表情ですぐにわかりました。
 結果は、会場賞である「浅草ジャズ賞」を受賞。娘も今までで一番楽しく、幸せな気持ちで演奏できたということで、お客さんの選ぶ賞を獲れたことが、何と言ってもうれしかったようです。6年かけて、ようやくそういう境地に達したのだなと感慨深いものがありました。自分が楽しまないとお客さんも楽しくない!
 審査員の先生方にも褒めていただき、最高のステージで有終の美をおさめることができたようです。プロのベーシストになるのかな。ちょっと楽しみです。
Th_img_0518 さて、演奏後会場をすぐに後にした私たちは東京ドームへ。そうです。今日はイエモン(THE YELLOW MONKEY)のライヴの日です。夏前に、この日は家族全員で行こうとチケットを取ってありました。娘たちはふたりとも受験生なんですが、将来人前で音楽を披露する仕事を目指す娘たちにとっては、勉強よりも大切な機会になるはず…。
 まず結論から言います。本当に素晴らしかった。素晴らしすぎた。娘たちはもちろん、私たち夫婦にとっても特別に感慨深いライヴとなりました。
 本当にイエモンはすごい。世界に誇る日本語ロックの重鎮です。みんなで何度も泣きました。なぜ泣けるのか。ロックは泣けるんだ。まるで演歌みたい。人生だ。
 彼ら4人の存在が、歌が、詩が、曲が、演奏が、全て感動的でした。音楽ってすごい。それも、力を持つ言葉を伴った音楽はすごい。
 セットリストやレビューは他の人におまかせします。とにかく私たち家族にとって、特別すぎる時間でした。個人的なことを書いてもいいですか?いや、思い出に書かせて下さい。
 若い頃、日本語ロックを馬鹿にして洋楽ばかり聴いていた私は、こちらに書いたように、彼らのアルバム「SICKS」に衝撃を受けました。その後、家内と職場で出会い結婚。歌好きの家内もすぐにイエモンの世界に惚れ込みました。
 その頃、自宅近くで伝説の第1回フジロックがあり、家から漏れ聞こえる音を聞こうかと思ったら、大変な嵐でそれどころではなくなったり、また夫婦でライヴに行くはずが、アクシデントで行けなくなったり、なんだかんだ彼らとはすれ違いがあったんですね。そのうちに解散
 しかし、その後まさかのまさかが重なりました。吉井和哉さんは河口湖に住むようになり、地元ならではのご縁でなんとなく近い存在になりつつ、しかしやはりイエモンロスの中、私は、イエモンゲノムを継ぐとも言える地元山梨の日本語ロックバンド、レミオロメンやフジファブリックにはまっていきます。
 その後、志村正彦くんや藤巻亮太くんと会って話す機会を得たり、彼らのご家族とご縁ができたりしましたが、志村くんは2009年に急死してしまいました。しかし、志村くんの力なのか、そのあと、また不思議な奇跡が起きます。
 ひょんなことから、吉井さんと会うこととなり、そして志村くん談義をすることになったのです。そして、そこで判明した驚愕の事実。なんと、吉井さんは私の中学の後輩だったのです。それも私が3年生の時の1年生。お互い住んでいたところも同じ町内で、ローカルな話で盛り上がる盛り上がる(笑)。驚きました。
 そして、その頃、全く別のルートで、イエモンを撮り続けてきた写真家の有賀幹夫さんとも出会い、こんなイベントを主催させてもらったりもしました。
 そして、その後もいろいろある中で、昨年5月のイエモン復活!8月には(実は初)ライヴ参戦
Th_img_0520 そしてそして、今日を迎えたわけです。あの頃からすると考えられないことが起きています。彼らが復活して、こうして東京ドームでライヴをするだけでも夢のようですが、そこに自分の家族が全員いるというのが、本当に私は個人的に感慨深いのです。泣けてくるのです。ちょうど彼らが活動を休止していた間、私たちは家族を育んできました。それも音楽を中心にして。
 そうして、いつのまにか娘たちもそれなりに成長し、それぞれ音楽の道を目指そうとしている。そして、私たち4人が心から共有、共鳴できる音楽が「THE YELLOW MONKEY」だった。これはどういうことなのでしょう。
 今日の東京ドームには、集まった方々数万人、それぞれの人生が詰まっていました。それを思うとまた泣けてくる。本当に音楽ってすごい。ロックってすごい。そして、人の縁というのはすごい。
 そうそう、私、途中で気づいたんです。ホーンセクションにあの人がいることを。そう、今年の9月、我が校のジャズバンド部の第15回リサイタルにゲスト出演してくださった、キューバ出身のトランペッター、ルイス・バジェさんがいるのを!こんなところでも、つながっている。今日ジャズバンド部での最後の演奏をした上の娘と、数ヶ月前同じステージで共演した彼が、今、吉井和哉たちと共演している!
 なんというか、おおげさでなく、今まで生きてきた中で、これほど「音楽=人生」「No Music No Life」を感じたことはなかった。
 ありがとう、イエモン、ありがとう吉井和哉。明日はテレビの生中継で落ち着いて鑑賞させていただきます。冷静なライヴ自体の感想は明日書きますよ。

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2017.12.08

富岡八幡宮事件について

Th_1024pxtomioka_hachimangu_201708 の毛もよだつような事件です。由緒ある神社でこのような事件が起きるとは。
 しかし、考えてみれば、平安時代や鎌倉時代には、神社を舞台とした殺傷事件はいくつかありましたし、怨霊になって神社自体を呪うというのもあったこと。
 なんだか、突然現代から中世に引き戻されたような気がしますね。
 いくつか気になることがあります。
 まずは、深川八幡が富岡八幡と呼ばれるようになった由縁。報道されているとおり、この神社を近代的な意味において「再興」したのは、今回の被害者、加害者の祖父である富岡盛彦。
 富岡盛彦は神社本庁の総長まで務めた近代神社界の重鎮、実力者です。彼と、谷口雅春、朝比奈宗源、安岡正篤、岡田恵珠らが、日本会議の前身である日本を守る会を創設しました。
 立派すぎる父を持つと大変で、盛彦の息子、すなわち今回の事件の姉妹の父親はいろいろと問題があった人と聞いています。そして、孫の世代にこんな時代錯誤なことが起きた。それも神社本庁がらみのトラブル。なんとも不思議な因縁であります。
 う〜ん、富岡を名乗ってしまったところからして、大きな間違いだったのかもしれませんね。
 もう一つ、気になるのは、大相撲との関係です。
 今、角界は大荒れです。それも外国勢力と国内勢力との対立。深川八幡は古くから江戸勧進相撲と深い関係があります。
 勧進相撲は、本来神事であった相撲を、表面上その性質を残しながら、一つの興行として発達していきました。それが現在の大相撲につながっています。
 ここで思い出されるのは、2011年、平成23年の春場所です。そう、八百長関係で中止となった場所です。その本来開催されるはずだった幻の場所中に、あの東日本大震災が起きました。私は、ずっと続いてきた地鎮の祭事を行わなかったからだと、真剣に思いました。
 今回の事件も、もしかすると、大相撲の混乱、腐敗、外国勢力(特に蒙古)の侵入と関係あるかもしれません。
 それこそ全く科学的ではありませんが、日本は科学の国ではなく、霊性の国です。この事件についても、ワイドショー的な視点だけでなく、霊的な視点で解釈しなければならないと思います。
 そう言えば、ここのところ、富士山のラドン濃度が異常値を示しています。大相撲の混乱とともに再び大地が動くことのないよう祈りたいと思います。

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2017.12.07

『ゴッチ式トレーニング』 藤原喜明 (新紀元社)

Th_513hs8kogil_sx349_bo1204203200_ ロレスの神様(の一人)、カール・ゴッチ没後10年。
 まだまだ現役で頑張っている、ゴッチの愛弟子の一人である藤原喜明組長が伝え、語る「ゴッチ流の鍛え方」。また、アントニオ猪木さんをはじめ、ゴッチの洗礼を受けた内外のプロレスラーたちが師匠について語る、語り合う貴重な話が満載のこの本。大変興味深く読ませていただきました。
 ここでちょっとワタクシごととなりますが、実はこの本の奥書にはウチのカミさんの名前が出ております。
 う〜ん、まさか自分の嫁の名前がプロレスの神様ゴッチの本に載るとは、プロレス大好き少年(青年)だったワタクシは、まさに夢にも思わなかったなあ。人生は何が起きるか分かりません。まさに一寸先はハプニング(笑)。
 実はカミさん、ゴッチについて語ってくれた外国人レスラーの皆さんの英語を翻訳するという大役を仰せつかっていたのです。
 たしかに、毎晩毎晩、苦労しながら訳していましたっけ。私もちょっとだけアドバイスなどしましたが、ほとんど自力でやっておりました。
 いくらプロレス、格闘技大好き女とはいえ、専門用語など出てくると、さすがに困惑していました。私だって分からない。で、そういうところは、きっと編集者の方が適語に直してくれるだろうということで、なんちゃって直訳でごまかしていたんですね。
 そうしたら、結局ほとんどがそのまんま活字になってしまった。ですから、ちょっと細かく読むと変なところがあります。ごめんなさい。
 ま、それはいいとして、やっぱり昭和の天才のことになってしまいますね。外国人ですから昭和というのは変かもしれませんが、彼ら天才たち、たとえばこのカール・ゴッチやルー・テーズ、そしてビル・ロビンソンなんかは、昭和の日本で輝いたとも言えますね。
 もちろん、当時の日本が経済的に栄えており、よってプロレス界のギャラもかなり高かったから、彼らが日本に稼ぎに来ていたという側面もありますが、それと同時に、いやそれ以上に、日本のファンが、彼らのような「職人」や「努力家」、「苦労人」が好きだったし、よく理解していたという部分もありました。
 ゴッチの没後10年にあたり、日本のレスラーたちが中心となって、荒川区の回向院にお墓が建立されました。こういうところもまた日本的ですよね。
 今、再びプロレスブームが起きつつあります。この前書いたお笑いの世界と同様に、あの頃、すなわち昭和をもう一度と言うわけではありません。若い人たちは、常に新しい世界を模索し、切り開いていかなければなりません。
 しかし、だからこそ、まさに「温故知新」、かつての大物たちに学ばねばなりません。
 くり返しになりますが、当時と同じ練習をして、同じ闘いを見せるということではありません。ただ、もし彼らが現代において現役バリバリだったら、時代の要請にどう応えるのかを想像するのは大切なことだと思います。
 そういう意味で、この本に登場するゴッチの遺伝子たちが、こうして現代のリングに何かを残し、何かを語りかけ、何かを問いかけようとしていることに、心から感謝と敬意を抱かねばなりません。
 レスラーはもとより、私たち観戦する側も、もう一度原点や本質に帰ってみる必要がありますね。私は今はなんのスポーツもしていませんし、体をほとんど動かしませんが、なぜかこの本や、以前紹介した鈴木秀樹選手のビル・ロビンソン伝 キャッチ アズ キャッチ キャン入門』など、具体的な体の動かし方、つまり文字とは違う言語…肉体言語…で語られた本に、ものすごく大きな刺激を受け、そして学びました。
 プロレスに限らず、いろいろな分野で、かつての天才や職人たちの「体の動き」を紹介する本が刊行されることを期待します。
 不思議ですね。ビデオとは違う良さがあるんですよ。ポイントを抽象してあるから、シロウトでもじっくり真似てみることができます。実際に体は動かさずとも、脳内の自分の別の体を動かすことができるんですね。そこから学ぶモノは、あきらかに文字言語から学ぶコトとは大違いなのです。

Amazon ゴッチ式トレーニング

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