2010.02.08

レニーニ(山梨とブラジルの音楽の不思議な関係?)

Lenine 梨を代表するミュージシャンは…、ええと、やっぱり森進一と田原俊彦でしょう。ま、それは冗談として、いや全然冗談ではありませんね。
 しかし、一般的には、宮沢和史さん(THE BOOM)、レミオロメン、フジファブリックの志村正彦くんでしょう。彼らがそれぞれ音楽史に残した、「島唄」「3月9日」「茜色の夕日」の3曲の名バラードだけでも、山梨県民としてはもうホントに誇りに思っていいですよね。
 そんな彼らと意外に関係が深いのが、地球の裏側ブラジルの音楽です。宮沢さんのブラジル音楽への入れ込みようは今さら説明する必要もないでしょう。
 レミオロメンの3人はサッカーが好きですから、自然にブラジルの音楽に触れる機会が多いことでしょう。やっぱりサンバかな。
 そして、ちょっと意外かもしれませんが…いや、インタビューでも語ってましたかね、フジファブリックの志村正彦くんの膨大なCDコレクションの中には、ブラジルの音楽がたくさんありました。
 山梨とブラジルが特別何かで結ばれているわけではありません。実は、日本の音楽とブラジルの音楽には根本的に似た部分があるのです。
 それはまず、西洋音楽(ヨーロッパの白人音楽)とアフリカの黒人音楽との距離感です。適度に遠距離だった。そして、そのため独立して発達していた民族音楽の伝統。それらの見事な混合が両国の現在の音楽に共通した独特な魅力を醸し出しているのです。
 そのへんについて語り出すと、とんでもなく長くなってしまうので、あえて、特異な視点(聴点?)から一つだけはっきり言っておきます。
 「日本もブラジルもドミソの持つ不快感に対抗した」
 えっ?と思われることでしょう。しかし、ここのところ繰り返し書いているとおり、「ドミソ」は世界のほとんどの人々にとって、根源的に「不協和音」です。いや、「協和」していますが、「不快」だと言った方が正確でしょうか。「不快和音」。
 だから、ヤマハ音楽教室の「ドミソ、シファソ」なんてのを幼い頃から聞かされていると、本当にダメダメなことになってしまいます。私もその呪縛から解き放たれるのに40年近くかかりました(笑)。
 日本では、その不快感を軽減するために、伝統的な「ヨナ(四七)抜き」に「フム(二六)抜き」を加えたメロディーで対抗しました。演歌の例を挙げるまでもなく、上記山梨の3バンドの音楽を聴けばわかりますね。
 ブラジルでは、和音自体に手を加えて「ドミソ」を駆逐しました。すなわち、「1・3・5」の和音に「2」やら「7」やら「9」やら「13」やら、その他もろもろの「非和声音」を加え、あえて柔らかく美しい「不協和音」を作っていきました。ボサ・ノヴァのギターをちょこっと習うだけで、その複雑な響きに驚くことでしょう。
 ある意味、そうした「西洋音楽(クラシック音楽)」への違和感に抵抗しつつ、それらを呑み込んでしまった音楽が両国にはあるのです。
 ええと、あんまり長くなってもしょうがないので、今日はMPB(ブラジリアン・ポップス)の奇才、マラカトゥーのリズムを世界に知らしめたレニーニの音楽をちょっとだけ聴いていただきましょう。
 宮沢和史さんが共演したことで、私は彼を知りました。適当に何曲か貼っておきますので、ぜひお聴きください。あっ?と思うところがたくさんあると思います。フジのあの曲っぽい、レミオのあの曲っぽい、ブームのあの曲っぽい…そんなところ満載ですよ。そして、これを機に地球の裏側の音楽にも興味を持っていただければと思います。なんて、私も全然勉強不足なんですが。

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2010.02.07

『霊の発見』 五木寛之・鎌田東二 (角川文庫)

04129440 といいますと、なんとなく、胡散臭い、あるいは嘘臭い、あるいはただ恐い、そんな感じを持つ方も多いと思います。とにかくあんまりそういうことを言っていると、現代においてはかなり怪しまれるようです。あるいは逆にメチャクチャ尊敬されるか。
 この前、「鬼=もの」について書きましたね。昨日も「権現さま」の話を書きました。私はそんな感じで、自分の「モノ・コト論」の中で「モノ」を扱っているために、それほど抵抗はありません。また、もともと科学で証明できるものとか、目に見える、耳に聞こえるものの方が「全体の一部」であるという、実は当たり前のことを認めている立場というか、実感としてそれらに対する「その他」を認めて生きてきた人間ですから、一般の人よりもかなりそういう世界に近いところで生きている方かもしれません。
 さて、この本ですが、なかなか内容が濃い。あの五木寛之さんと、「霊学」や「言霊学」の専門家にして、神道ソングライター、そして現在は京都大学こころの未来研究センター教授としても御活躍の鎌田東二さんの対談ですから、それは面白くなりますよね。
 ここで語られる「霊」は、いわゆる死者の魂的なものだけではなく、神仏や物の怪など、それこそ「その他大勢」にわたっています。それは当然ですよね。我々の知っている「コト」より、知らない「モノ」の方が圧倒的に多いことだけは確実ですから。
 五木さんはまあ作家さんですから、そういう世界をいくらでも表現できる立場だと思いますが、鎌田さんは学者さんですから、なかなか難しいとも思うんですよ。なにしろ、「霊」は、まさに「学問」や「科学」の補集合だからです。
 鎌田さんの御著書は何冊も読んできています。特に「言霊」に関する学術的な研究書には大変お世話になっているとも言えます。それらでもそうでしたが、とにかく、そういう世界に対するアプローチのしかたがしなやかでしたたかなんですよね。自然体の強さというか。
 普通、そういう世界を対象にすると構えちゃうと思うんですよ。胡散臭くならないようにするために。しかし、さすが御本人も神主さんであられ、また、石笛などを演奏される、それこそ「霊的」な生活を普通にしている鎌田さんですから、その辺のアプローチが本当に自然なんです。正直うらやましく思います。
 この本が出版された2006年は、いわゆるスピリッチュアル・ブームの頃です。それらが商売になった、ちょっと異常な状況でした。それらがカネになり、そして一方で批判されていたのは、やはりそこに胡散臭さか伴っていたからでしょう。その胡散臭さとは、そうした本質的な実感を実は持っていない、すなわち霊的な生活体験を本当はしていない人々が、無責任に語りすぎた結果だと思います。
 私は美輪明宏さんや江原啓之さんに関しては、それなりに認めていたわけですが、ただその取り巻きというか、メディアの側というか、カネもうけをしようとした側の胡散臭さは、やはり感じていました。
 結果として、あのブームは、私たちから「霊的」な世界を遠ざけてしまったと思っています。
 おそらくそうした風潮を受けての対談であり、出版であったのでしょう。無責任なメディアとは大違いで、実に深く重い、しかし肩ひじ張らない対話が展開されています。つまり「善意」に満ち溢れているのです。やはり「畏敬」こそ「愛」であり、「魂」であり「善意」なのだなあと再確認。現代にはそれらが欠けているのです。
 今までそういう世界に抵抗があった方も、また逆に必要以上に(?)興味を持っていた方も、ぜひこの本を読んでいただきたい。私たちが知っている世界はあまりに狭いということもわかります。そして、「その他」の世界を知ることによって、我々の人生が確実に豊かになるということもお解りになるでしょう。
 私がいちおう専門に勉強している出口王仁三郎も、もちろん世界史上最強の霊能者として何度も登場します。また、私の運命を変えた、富士北麓に伝わる古文書のことも一言出てきます。
 私の心の中の風景を知りたい方もぜひお読みください…って、そんな人いないか(笑)。

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2010.02.06

病院 vs 権現さま

B0da0e000000f78k 梨県立中央病院に、下の娘とカミさんを迎えに行ってきました。下の娘が鼠径ヘルニアの手術で2泊3日の入院をしていたのです。
 まあ、「脱腸」ってやつですね。女性の鼠径ヘルニア率は2〜3%だといいますが、上の娘も手術しましたし、私の姉もそうでしたから、けっこう我が家系の脱腸率は高い方だと思います。ちなみに男性の鼠径ヘルニア率はなんと25%以上だとのこと。4人に一人ですよ。知りませんでした。
 ちょっとした設計ミスという程度ですから、手術と言っても軽く切って貼るようなものです。私も別に心配もしていませんでしたし、娘本人もママとのお泊まりということで、なんだか非常に楽しみにしていました。
 手術はもちろん問題なく終わったのですが、麻酔で寝ていた娘は寝ぼけて、というか全然記憶がないらしく、術後「手術は?今から?」と言っていたそうです(笑)。
 鼠径ヘルニアは病気というより、先ほども書いたように設計ミスのようなものですから、自然治癒はしません。ごくまれにそれが原因で面倒な病気になることもあるようなので、幼いうちに修繕しておいた方がいいですね。場所が場所ですから、大人になるとなんとなく躊躇されますし。
 で、そんなことをカミさんのお母さんに報告したところ、驚くべき事実が判明いたしました(笑)。
 以下、電話の内容を復元します(秋田弁のまま)。カ=カミさん 母=カミさんの母

カ「○○(娘の名)、しゅじゅつするがら、にゅういんさねねぐなった」
母「あら、なしてよ?」
カ「だっちょうだど。ひゃぐにんにふたりしかならねなだど」
母「あら、おれもだ」
カ「え〜しらねがった、いづしゅじゅつしたなよ」
母「しゅじゅつなさねえ。べってじぎ、ばあちゃんどもんぜんのごんげんさまさおがんできた…」
カ「え〜、しゅじゅつさねぱ、ぜったいなおらねんだど」
母「あや、おれなばえおの。おしてやればひっこむがら…」

Sany0033 お分かりになりますか?簡単に言えば、実は義母も鼠径ヘルニアであったと。そして、病院には行かず、村の権現様に拝みに行った。今でも出っ張ったら押して引っ込めているということです(笑)。
 いやあ、「権現様」ですか!?こっちは最新のホテルのような病院で至れり尽くせりの入院、最新医療の手術をしました(上の娘は静岡のこども病院でした)。それに対して、なんと古典的な対処法でしょう。素晴らしい!
 考えてみれば、昔の日本にはそんな手術はありませんでした。出たら手で引っ込めるしかなかったわけですよね。あとは、神仏にお願いするしかありません。みんなそうやっていたはずです。
 もう少し前なら、病気やケガは「物の怪」のしわざでしたから、それこそ祈るしかありません。貴族なら、医者を呼ぶかわりに坊さんや修験者を呼んで加持祈祷したわけです。庶民は村の社や祠に行って拝むしかありません。
 たしかに、今でも、あの神社は「目の神様」、あの地藏さんは「皮膚病の神様」などと、分業の痕跡が残っています。大きな寺や神社ですと、総合病院よろしくいろいろな「科」が集められていたりしますね。
 カミさんの実家があったあたりは、本当に時代を超えた田舎、絵にかいたような日本の原風景が広がるところです。いまだに「もののけ姫」の世界ですから。
 しかし、なんでも、科学や医療で片づける(すなわちお金で解決する)のではなく、そういう神仏に自分の運命を託す気持ちというのも大切なような気がします。我々現代人はすっかりそれを忘れてしまっていますね。子どもたちもそうです。「想像」や「妄想」、「祈り」、そして「畏怖」というモノから遠ざかっているのが、よくわかります。その結果、ウチの娘たちも「感謝」の気持ちが不足しているように感じます。
 「コト(自己・内部・情報・随意・不変)」と「モノ(他者・外部・現象・不随意・無常)」のバランスが崩れているんですよね。特に、デジタル化による「コト」化の行き過ぎは、たとえば病気やケガに対する人間の抵抗力、あるいは自然治癒力を奪っているように思えてなりません。今こそ、「権現さま」パワーを見直す時なのかもしれません。
 この笑い話は、実は深刻な問題をはらんでいるのでした。

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2010.02.05

『恋の蛍 山崎富栄と太宰治』 松本侑子 (光文社)

Bkoiob い糸という記事の中で少し紹介した山崎富栄さんの評伝小説。
 へたな小説やコミックや映画なんかより、ずっと心に迫る作品ですので、ぜひお読みいただきたい。
 昨日の記事にも実は彼女は間接的に(いや、直接的に?)登場しています。御存知のように、太宰治は彼女と玉川上水で入水自殺しました。赤い糸ならぬ紐で二人は結ばれていました。
 彼女は遺書の中で、太宰と同じ墓に入れてほしいと言っていますが、結局、それはさすがに無理でした。愛人がその人の墓に入れるわけがありません。
 当然のことながら、太宰と一緒の墓に入ったのは、津島美知子、すなわち正妻でした。
 12月23日、そこに私はお参りしたわけです。
 この評伝小説を読むと、もちろんヒロインたる富栄さんの実に波乱万丈な人生に驚嘆することもできます。なにしろ、良家のお嬢さんとして育ち、職業婦人として第一線で活躍し、縁談にも恵まれて幸せな結婚をした女性が、結果、不倫の末に天才作家を「殺した」犯人とまで言われるようになってしまうわけですから。
 運命のいたずらというにはあまりに過酷でした。その不埒ないたずらをしたのは、「戦争」と「物語」でした。「戦争」も一つの共同幻想でしょうから、一つにくくって「物語」と言ってもいいのかなあ。
 とにかく、富栄さんは「物語」に翻弄されてしまいました。まずは戦争が、新婚生活たった1週間過ごしただけのご主人を奪い、さらに、その生死すら分からない生殺しの状態で富栄さんを苦しめた。その間に「物語」の達人太宰治が現れ、「昭和2年…そういや、弘前の駅前で、きれいな女の子を見かけたな、汽車からおりてきたんだ。無論、君は憶えていないだろうが、江戸弁を小生意気にあやつって、いかにも東京趣味のしゃれた出で立ちの、小憎らしいほど可愛い女の子を見た覚えがあるよ」などと、いかにも彼らしい「ウソ物語」を吐いて、彼女の運命を決定的に破壊しました。
 その後の、富栄さんの太宰への愛情と献身は、彼女の残した日記が美しく濃厚に語ってくれます。結核による太宰の喀血を、彼女は直接自分の口で吸って除いてあげました。そんな恋愛できますか?太宰の「はったり」に比べたら、彼女の「真実」の方がずっといい!…はずなんだけれど。ううむ、そこが文学の難しいところです。
 さてさて、筆者の松本さんは、基本的に、富栄さんに対する世間の厳しい評価を覆す姿勢をとっています。私もこの美しい(!)女性を悪者にしたくないという心情を持っていましたから、その点では溜飲を下げましたね。
 ただ、読む前になんとなく予感していた「やっぱり太宰はずるい」という結論は、ややはずれたと言えます。美人の富栄さんにシンパシーを抱きつつ、イケメンの(いつも書いているとおり、文章がイケメンなんです)太宰を貶めるという、まあ、男性として正常であろう感覚は、微妙に空振りを喫しました。
 私の心には、富栄さんと太宰ではなく、意外な人物の姿が焼きついて残ったのです。
 それは、富栄さんのお父さん晴弘さんと、斜陽の人太田静子さんと、太宰の正妻石原美知子さんでした。
 最愛の娘をそのような形で「奪われた」晴弘さんの悲嘆と憔悴、しかし、そうしたスキャンダル死ののちも娘を信じ愛し続ける姿。これはもう涙なしでは読めません。最も「物語」に翻弄されたのは、実は晴弘さんだったのかもしれません。
 そして、太田静子さん。同じ愛人として、しかし、自らの日記と交換に太宰の子どもを得、また、実はその日記も「斜陽」という世紀の名作を生むという、二重の幸福を味わった女性の、なんというか、したたかさとでも言うのでしょうか、余裕とでも言うのでしょうか、そういう生命力を感じましたね。
 石原美知子さん、いや津島美知子さんに関しては、山梨出身ということもあり、また、今春開校する中学の場所にも縁のある方ですから、なんとなく「良妻賢母」の代表のように尊敬申し上げていたところがあったんですね。『回想の太宰治』の記事にも、そういうことを書きましたっけ。まあ、やっぱり彼女を崇めることは、太宰を貶めることにつながっているわけですが…笑。
 しかし、この本には、神格化されていない、女、妻、母としての津島美知子像が見え隠れしていました。たくさんの子ども(含む太宰)を抱えている中で、愛人問題が頻発し、しまいには武蔵野心中ですからね。そりゃあ、いくら美知子さんでも狂うでしょう。
 いや、それでも、それでもなお、美知子さんは立派だったと思いますよ。その結果として、当然のごとく、太宰の遺伝子を最も多くこの世に残し、そして、太宰と同じ墓に入ったわけですから。女としては、それこそが勝利の証でしょう。
 というわけで、本当にいろいろな人間模様を堪能することができる作品です。女性にも男性にも、ぜひ読んでいただきたい。そして、くやしいけど、やっぱり太宰治は天才だったと思おうじゃありませんか。

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2010.02.04

茜色の富士

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04_18_28_06 日は久しぶりに、4月開校の中学の真新しい校舎に入りました。もうほとんど完成です。
 本当に素晴らしい環境です。建物や設備の素晴らしさは、これはもう私でも驚くほどです。実にぜいたく。そして、それ以上に全ての教室から眺められる富士山と富士吉田の街の風景には、長年住んだ者でも感動させられますね。
 この写真は3階の多目的教室から撮ったものです。ちょうど夕日が差して、富士山が茜色に染まろうとしていました。
 本来ならば、この教室にフジファブリックの志村正彦くんを連れてきて、そして、このイメージで歌を作ってもらう予定でした。彼が亡くなってしまったのは、その話をしようと思っていた二日前のことでした。
 まさにこの角度から見る富士山は、志村くんにとって、本当に懐かしい心の風景です。右に月江寺の森、手前に彼もよく遊んだという月江寺の池。この池は「鳴琴泉」という音楽的で風雅な名前も持っています。少年時代の志村くんは、いったいこの泉が奏でるどんな音楽を聴いていたのでしょうか…。
 そんな土地への思い、そして、音楽との出会いのあった中学時代への思い、それを歌にしてほしかった…。
 今は本校の駐車場になっていますが、池の手前には古い旅館がありました。太宰治が何度か逗留した宿です。あの「富嶽百景」の名シーンの舞台です。今日も月夜富士がきれいでした。
 私がなにげなく、本当に偶然に太宰の墓参りをしたのが、志村くんが亡くなる前日の12月23日。その日の記事を読むと、私はなにかを予感していたことがわかります。「太宰、いろいろ訴えかけてきましたよ。鳥肌立ちまくり」…たしかに体験したことのない感覚が私を襲っていました。しかし、その時はこんなことになるとも夢にも思いませんでした。地霊で志村くんと結ばれた太宰が、何かを知らせたのかもしれません。
 このようなことになってしまったのは、本当に残念でなりませんが、その場所で教育に携わることになる者として、いったい若者たちに何を伝えていけばいいのか、私も改めて考えさせていただく機会をいただきました。
 志村くんが心から愛した富士吉田。富士吉田ももっと彼を愛さねばならない、と思いました。私もこの街を、そしてこの街の子どもたちを、もっと愛さなくてはなりません。
 ちょっと頑張り過ぎてしまった彼は、今、大好きな富士吉田の街に帰ってきて、心優しい家族と、いつもの機材に囲まれながら、ゆっくり自分のペースで曲作りをしています。とっても穏やかな心持ちで…。安心しました。

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2010.02.03

心の鬼…モノノケハカランダ

P204mane03 日は節分。いつだかのこの日にも書きました通り、我ら出口王仁三郎ファンにとっては「鬼は内、福は内」の日です。
 皆さん、鬼を無反省にいじめていませんか?そろそろ艮(鬼門)に幽閉された国祖「国常立尊」の復権を待望してもいいのではないでしょうか。私たちの考える善悪のほとんどは、自分で判断したものではありません。
 という、ちょっと難しい宗教学的、いや民俗学的、あるいは哲学的な話は置いておいて、今日は文学のお話をしましょう。
 また最後はフジファブリックの志村くんの話になってしまいますが、ご了承ください。それほど、私にとって大切な人だったということです。今まで彼や彼の音楽に興味がなかった方も、これを機にぜひその世界に触れてみてください。
 さて、今日いつもの「モノ・コト論」研究のため、枕草子の注釈書を繰っていましたら、本当にたまたま「心の鬼」が出てきました。「故殿の御ために」という段です。ここには、イケメン藤原斉信が清少納言にかまかけるシーンがあるんです。それを軽くいなす清少納言。つまりはモテ話に振り話、いつもの通りの自慢話ですね(笑)。
 斉信は「夫婦になりませんか」とかまかけるのですが、清少納言は「夫婦になるとあなたをほめることができなくなる」と言って断ります。うん、たしかに人前ではなかなか配偶者をほめられませんよね。「あいつはダメで…」という物言いになります。
 で、そんな微妙な夫婦間の心情について、「心の鬼出で来て…」と表現しているんです。つまり、結婚すると、本当は好きでほめたいのだけれど、「心の鬼」が現れてそれができなくなる、ということです。
 では、この「心の鬼」とは何を指しているのでしょう。
 実は、枕草子の時代、「鬼」は、あの角のはえた赤や青の鬼(虎のパンツの鬼)とは全然違うイメージでした。あれが定着して、「鬼」が悪者になっていくのは平安末期だと思われます。それまでは、中国の「鬼」、すなわち死者の魂というイメージが強かったものと思われます。
 和語ではそれを「もの」と言いました。「鬼」の文字を「もの」と読ませる例が、万葉集なんかにもわんさか出てきます。
 私の「モノ・コト論」の出発点と終着点はまさにそこです。非常に単純です。簡単に言えば、今我々が「物体」「物質」「商品」のような意味で使う「モノ」という言葉も、実は「異界」「自分にとって外界」「思いどおりにならない外部」というような意味だととらえるのです。「もののあはれ」の解釈もそれにもとづき、「不随意(世の無常など)に対する嘆息」とします。これは他の人が全く言っていない盲点です。
 ですから、ここでも「心の鬼」というのは、自分の心の中の「意思に反する」あるいは「制御できない」何か、ということですね。たしかに、恋人どうしが夫婦になった瞬間から生じる、あの妙な違和感というか、変容というものは、なんとも説明がし難いですよね。それを「心の鬼」と言っている。別に恐いものではないのです。不安にはなるかもしれませんが。
 一般的に、たとえば私が読んだ注釈書なんかは、「心の鬼」を「良心の呵責」とか「気がとがめること」などと解釈しています。たしかにそう読めないこともないのですが、ここではそこまで善悪が関わっていないと思います。
 これが、中世以降、先ほどの角のはえた鬼のイメージ、すなわち「悪」のイメージが定着してきますと、「心の鬼」は「邪念」とか「妄想」とか「性的な欲求」などを表すようになるんですね。「豆とりて我も心の鬼うたん」なんていう節分の俳句も生まれたりします。邪念を消そうとしているわけです。
 あるいは恐い者の象徴として、自分の心を抑制する存在としてとらえられることもあります。「心の鬼が身を責める」という慣用句も生まれます。これなんか、やっぱり地獄の閻魔様のようなイメージから、悪事や良心の呵責と結びついているんでしょうね。
 というわけで、いきなり現代に話が飛んできます。
 先ほど書いたように、「鬼」=「もの」とは、自分のコントロールできない「何か」を広く表す言葉でした。そして、その「鬼」=「もの」を幽閉し、あるいは自らの制御下に置こうとしたのが「近代」であると言えます。ですから、我々現代人は、基本的にそうした「鬼」=「もの」を忌み嫌ってきたわけです。見ないようにする、あるいは、皆でいじめる。豆まきはその象徴です。
1 さて、そんな中、「鬼」=「もの」を、決して拒否せず、またそれから逃げずに、しっかり向かい合った青年がいました。それが志村正彦くんだったというわけです。
 彼を評するのによく使われる言葉は「叙情」「変態」などですが、それらはある意味「心の鬼」と言えます。「敏感」で「繊細」な「叙情」は、「説明できない孤独や切なさ」であり、「変態」は「妄想」や「性的な欲求」かもしれません。それらは、古文の時代においては「もののけ(物の怪・鬼の気)」と呼ばれました。
 そう考えると、彼らの代表曲の一つ(音楽的にも世界に不二な存在です)「モノノケハカランダ」は、まさに古典的な日本語、あるいは古典的な日本人の感性や世界観をそのまま継承していると言えますね。
 YouTubeで聴いてみましょう。

モノノケハカランダ

20100204_62102 すごい音楽ですね。イントロからして、私の常識ではありえない音楽です。天才。
 歌詞を読んでみましょう。「思いのほか」、「止まるなって言ってる」、「獣の俺」、「もうモノノケ」、「止まれなくなってる」…これこそまさに「心の鬼=モノ」世界です。
 昔ならこの感情を和歌で表現していたのです。あるいは、皆さん御存知の徒然草冒頭にある「ものぐるほし」という言葉もそうですね。あれなんかも、学校の先生や学者さんたちは、その真意をとらえていません。
 一方の「説明できない孤独や切なさ」についても、もう例を挙げるまでもなく、フジファブリックの曲に満載です。志村くん最後のアルバムとなってしまった「CHRONICLE」は、まさにその双方の「心の鬼=モノ」の競演、せめぎ合いであったと言えます。
 そういう我々がつい幽閉してしまう「モノ」に、正面から対峙したのが志村正彦くんだったわけですね。それを「天才」と言ってしまうのは、もしかすると安易なのかもしれません。彼のその「まじめすぎる」「不器用な」生き方は、すなわち「命を削る」生き方そのものだったわけですから…。

 PS 今日「鬼は内」と言ってマメを食べたら、皆さんが追い出した鬼がみんなウチに来てしまいました。カミさんがまさに鬼の形相になって、ものすごいことになりました(笑)。2時間ほどで正気に戻りましたが、全然覚えてないとのこと…おいおい(笑)。しかし、そういう手荒いカタルシスも必要なんです。あとには晴れ晴れしく澄んだ空気と心が残りました。ふぅ。

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2010.02.02

『THIS IS FOR YOU〜THE YELLOW MONKEY TRIBUTE ALBUM』

51beq52ggll_sl500_aa240_ 成20周年のアニバーサリーを終えたばかりのイエモン。アルバムの完全版が発売されなど、再評価の流れは止まりそうもありません。これを機に、彼らを知らない世代にも、ぜひ、ぜひ聴いていただきたいところです。
 何を隠そう、この私も彼らにはとんでもない影響を受けました。おおげさでなく、私の音楽観、日本語観を変えたと言っていいと思います。今、こうして、たとえばフジファブリックやレミオロメンやバンプなどのJ-ROCKを聴いているのも、彼らのおかげです。
 それまでの私は、洋楽ロック、バロック、ジャズばかりを聴き、そして演奏していました。そこに雷を落としたのがイエモンだったのです。
 その一発目の雷は、具体的に言いますと、あの超名盤「SICKS」です。それについてはこちらの記事に詳しく書いてあるとおりですね。
 それから全てのアルバムを狂ったように聴き尽くしました。ライヴにも行きました。そうこうしているうちに、どういうわけか、吉井和哉さんがご近所さんになり、妙なご縁にまで恵まれて、ますますイエモンの音楽、吉井和哉の歌が、私の心を開いてくれたのでした。ありがたいことです。
 今の若い世代のロック・ミュージシャンにとっても、彼らカリスマ的な存在です。ですから、私と彼ら若い人たちは同じ体験をしているわけですね。そういう部分で、私は自分よりもずいぶんと年下の人たちの音楽や言葉に共感しているのかもしれません。
 それにしても、不思議なことはあるものです。吉井さんがいた河口湖北岸をはさんで、御坂峠を越えたところにレミオロメンが生まれ育ち、こらち側、すなわち富士山側にフジファブリックの志村くんが生まれ育ち、そして、両者とも吉井さんと共演するまでになっていくとは…。
 ちょっと変な話ですが、土地が持つ不思議な霊力のようなものがあり、それが彼らを結んでいるような気さえするんですよね。そして、そこにたまたま私が住み、その磁場のようなものに引っかかって、それぞれ別々にご縁ができて、いつのまにか、それがまた一つになっている…本当に偶然に偶然が重なっているんです。
 吉井和哉さんと志村正彦くんに関しては、実は別の視点でもいろいろと不思議なことがあります。御本人たちは全く意識していなかったと思いますが。
 私はこちらの記事で「吉井和哉は太宰治だ」と書きました。これもまた、単に人間として、天才としてという意味だけでなく、御坂峠という土地が絡んだ共通性です。
 そして、志村くんについては、こちらにも書いたように、中原中也との不思議な共通点があります。あそこに書いた高円寺のみならず、よく考えてみると、フジファブリックが担当したラジオ番組「フジファブリックのGUCHI GUCHI言わせて」はFM山口制作でした。山口と言えば中原中也の故郷ですね。山口から高円寺に行ったのです。なんで、フジが山口だったのか…今になってみると、そこには深い意味があったような気もします。
 こんな感じですから、近年の吉井さんと志村くんの接近は、私には「太宰と中也」の遭遇のように見えていたのです。
 実際の太宰と中也は少なくとも3回は遭遇しています。この二人はなんとも微妙な関係にありました。太宰は中也よりも年下。太宰は中也を尊敬していたようですが、実際会ってみたら、実はとんでもない酒乱で、何度も喧嘩腰に絡まれて、ほとほと閉口してしまいます。最終的には苦手な人間として遠ざけていたふしさえありますね。しかし、ある意味では、同じような魂を持っていた、あるいは同等の才を持っていた二人とも言えます。
 もちろん、吉井さんと志村くんとは、いろいろな面で二人の関係は違ったものですけれども、しかし、もしかすると、「魂」や「才」の部分では何か共通点があるかもしれません。少なくとも私自身にはそれがあるように感じられます。表現の方法は違うけれども、やはり同じ何かがある…。
 そういう意味で、志村くんの実質的なこの世での最終完成音源となったのが、このアルバムに収録されている「FOUR SEASONS」だったというのは、なんとも運命的です。
 私にとっても、好きなイエモンソング、ベスト3に入るこの曲を、志村くんがカバーすると聞いた時には、本当に興奮しました。ある意味夢にも見ない夢の実現でしたから。
 しかし、志村くんが去ってしまった今となっては、かなり辛い歌となってしまいましたね。あまりに歌詞が辛い。叫びが辛い。今まで、自分でもカラオケなどで歌ってきた曲ですが、こんな違った意味を持つようになるとは…。
 きっと吉井さんも辛いでしょう。年末28日の武道館ライヴも苦しかったことでしょう。正月にはこちらにいらしてましたが、いったいどんな気持ちで富士吉田の街を、そして富士山を眺めたことでしょう。
 「勇気が足りない 力が足りない 時間が足りない お金が足りない 空気が足りない 命が足りない」…これを歌った時、志村くんは自らの運命を知るよしもなかったはずです。
 

Disc 1
WELCOME TO MY DOGHOUSE / Scoobie Do
LOVE LOVE SHOW / 奥田民生
SUCK OF LIFE / 毛皮のマリーズ
SPARK / 秦基博
JAM / TRICERATOPS
空の青と本当の気持ち / 星羅
SEA / 山田孝之
BURN / 椿屋四重奏
カナリヤ / tacica
4000粒の恋の唄 / あがた森魚
PUFF PUFF (instrumental) / MORGAN FISHER

Disc 2
FOUR SEASONS / フジファブリック
パール / 黒猫チェルシー
TVのシンガー / 9mm Parabellum Bullet
楽園 / KREVA
SHOCK HEARTS / metalmouse
球根 / THE BACK HORN
追憶のマーメイド / ムック
離れるな / 金子ノブアキ
SO YOUNG / シュリスペイロフ
メロメ (instrumental) / MORGAN FISHER
バラ色の日々 / Nothing's Carved In Stone
プライマル。 / フラワーカンパニーズ

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2010.02.01

『サイドマン ~ビートルズに愛された男』 (NHKハイビジョン特集 フロンティア)

20100202_90833 とこと…「かっこいい」。
 お正月に見逃したクラウス・フォアマンのドキュメンタリー。1ヶ月待って、ようやく再放送を観ることができました。知り合いのクラウスファンが泣きまくったというので期待していたわけですが、たしかにこれは感動ですねえ。
 もちろん、クラウスのベーシストとして、そしてグラフィック・デザイナーとしての業績を振り返るだけでも感激。いやあ、本当にすごい人だ。
 当然、彼にまつわる、ビートルズをはじめとして多くの名バンドの懐かしい映像や曲が流れます。うわぁ、この曲のベースもクラウスだったのか…。
 そして、往年のミュージシャンたちの現在の姿にも感動。ジョンやジョージのように亡くなってしまった方もいるわけですが、逆にいまだに元気な皆さんの笑顔や真剣な演奏姿を見るだけで、もううるうる…。ベテランのレコーディング風景(一発録りセッション)の楽しさ、緊張感…最高ですね。すごい境地です。ランディー・ニューマンの「ショート・ピープル」懐かしすぎ。
20100202_93258 それにしても、リンゴ・スターは元気だなあ。今年70歳ですよね。若い。そして相変わらずのドラミング。ますます味が出ちゃってますね。そして、ちょっと頑固じじい風なシーンもあったりして(笑)。ポール・マッカートニーも元気そうでなによりでした。
 クラウスを一言で言うと、やはり「天才」。なにしろ、20世紀を代表する天才たちが「天才」というのですから、本物でしょう。
 ベーシストととしても唯一無二の存在だった彼。たしかに彼のベースのフレーズは静かですが確乎としていて揺るぎない感じがします。番組中本人か誰かが語っていましたっけ。彼は楽譜は用意する(楽譜を見ておくことは重要だ)けれども、楽譜どおりは弾かない。そして彼の生み出すフレーズは、極端に上下するわけではないが個性的だと。なるほど、そのとおりですね。
 そんな天才音楽家であった彼は、しかし、音楽に飽きてしまいます。そして、ある意味本来の自分の道である「美術」「グラフィック・デザイン」の世界で、これまた大活躍します。
20100202_134755 だいいち、皆さんご存知のとおり、あの「リボルバー」のジャケットは彼の作品ですよね。天はニ物を与えたわけです。それも世界最高レベルで。ううむ、うらやましい。
 しかし、彼のすごいところはですね、どこまでも謙虚であったということです。いや、今でも充分に謙虚ですよ。だからかっこいいのです。誰か(私も含む)みたいに、大したことないのに「はったり」をかまして、目立とうとしたり、かっこつけたり、自慢したりする人間とは違います。
 そういう人間性の持ち主だったのですね。もし、彼がある意味普通に目立ちたがり屋であったら、もっと有名になっていたかもしれません。いや、The Beatlesのメンバーになっていたかもしれません。しかし、それを拒否したところから、現実の、あのThe Beatlesは生まれたとも言えます。そういう人なんですよね。
 そんな彼が70歳になって初めてリーダーとしてアルバムを制作しました。「A Sideman's Journey」…名だたるミュージシャンたちと同行二人…いつのまにか、壮大な自らの旅もデザインされていったのです。その終着点が、美しくリラックスした軽みのあるこのアルバムだったというわけでしょうか。
 すごいですね。またまた尊敬するベーシストが一人増えました。「サイドマン」…私もそういう人になりたいものです。

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2010.01.31

『Bluetooth ステレオスピーカー BIT-STB2825』 (リテールコム)

41pho67px7l_sl500_aa280__2 日の記事に書いたように、今カーステレオの調子が悪く…というか、完全に壊れていまして、音が出ない上に漏電していて危険極まりないので配線をはずしてあります。
 そのおかげで昨日のような奇跡に出会うことができたわけですが、しかし、実用上はもちろん長距離運転の時には音楽をかけたいですよね。
 私一人でどこかに行く時には、まあiPhoneをヘッドセットで聴けばいいわけですけれど、家族と一緒となると、それこそフジファブリックを聴きたいだ、マイケル・ジャクソンをかけろだ、ポケモンがどうのこうのだと、いろいろのリクエストに応えなければならないわけです。
 しかし今とっても金欠なので、新しくカーステレオを購入するほどの力はありません。2DINだし結局数万出さねばなりませんからね。
 そんなわけで、とりあえずの急場凌ぎで、これを買いました。Amazonのアフィリエイト報酬のストックがけっこうありましたので(皆さんありがとうございます)、実質の出費はゼロということで。
 いやあ、時代は変わりましたねえ。以前も書きましたが、私の少年時代なんかスピーカーは自作する物、それもウーハーは口径がでかければでかいほどいい…という時代でしたからね。それもマルチユニットというか、フルレンジより2way、2wayより3wayという感じでした。
 それがなあ、24ミリフルレンジ2W×2で満足しちゃうようになったのですから、時代も変わるし、自分も変わったということでしょうかね。だいいち、駆動もリチウム電池、配線などなくBluetooth接続。数十年間には考えられないスピーカー事情ですね。
 ま、自作スピーカーの音質なんていうのも、「気分」でして、自分が作った音が一番いいという思い込みですね。そんなもんです。ですから、こちらも気分でなんとでもなる。実際慣れれば違和感も不満もなかったりするんです。つくづく人間の耳というか脳というのは、アナログな製品だと思いますよ。
Uni_3696 それにしても、これは小さい。この小ささも含めて、デザインがなかなか秀逸です。一見なんだかわかりませんよね。一番上の写真は遠近感を出して大きそうに見せていますが、実際はご覧のとおり、iPhoneとそれほど変わらない大きさです。
 アルミ製でして、質感もなかなか良いし、左のスピーカー部分全体を電源スイッチにしてしまうあたり、なかなか斬新なデザインですね。右側のスピーカ部分のLEDの配置のしかたもそれ自体がラインデザインになっています。
 いやあ、音質もなかなかいいんですよ。アルミの筒が低音を増幅しているんでしょうかね。この小ささにしては、案外迫力ありますよ。たぶん、見た目とのギャップでいい音に感じるんだと思いますが。ギャップ萌えかな(笑)。
 Bluetoothのペアリングも簡単ですし、バッテリーの持ちも予想以上(普通の音量で聴く分には、10時間くらい使えている感覚)、なにしろ持ち運びに便利です。ちょこっとカバンに入れて持っていけますね。
 充電は付属のACアダプターもしくはパソコンなどのUSBでできます。3時間くらいで満充電でしょうか。操作音もかわいげがあって好きです。ピポとかポペとか、そういう感じ。
 なお、Bluetoothの規格の関係か、iPhoneとの接続に関しては、スピーカー本体で音量調整や一時停止などはできますが、次の曲や前の曲へのスキップができません。それはiPhoneを振ればいいわけですが。
 ちなみに、Bluetoothだけでなくミニプラグによる有線接続も可能です。いろいろと用途がありそうですね。
01_7_46_46 とりあえずですが、車にはこのように載せています。載せるもなにも、ただサンバイザーのカードホルダーにはさんであるだけですね(笑)。でも、これで充分です。自分で聴く分にはこれが一番。
 ああ、あとですね、iPhoneと接続中、iPhoneに着信があると、音楽が止まってスピーカーから着信音が鳴ります。そしてプレイボタンを押せば、スピーカーに内蔵されたマイクでハンズフリー通話ができます。運転中にはこれが便利ですね。
 私のような使い方(車内での使用)をする人はいないと思いますが、普通にパソコンの隣に置いて使ってもいいし、モバイルとしてカバンにしのばせても、案外いいと思いますよ。これはおススメです。
 色はブラック、シルバー、レッドとありますが、私はiPhoneのジャケットに合わせてレッドにしました。きれいな色です。

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2010.01.30

天の歌…

あの日あの時あの場所の富士
Img_0189_3 「にいちゃん、天国でもいっぱい歌うんだって。だから聴いててあげてね」…お通夜で志村くんの妹さんが、ウチの娘たちにかけてくれた言葉です。安らかな志村くんの寝顔を、事情がつかめないまま茫然と見ていた9歳の上の娘は、その言葉を聞いて堰を切ったように泣き出しました。
 本当にウチの家族の日々の愛唱歌はフジファブリックだったのです。もちろん、今でもそうなのですが…。
 ここから先の話はちょっと「痛い」話かもしれません。それでもどうしても書きたいので、読んでやってください。
 今朝、私は実に不思議な経験をしました。私は、いつものとおり、富士山にある自宅から職場である富士吉田の学校に向かいました。いつもの時間、いつものコースです。ちょうどあの日志村くんが天に昇った聖苑の隣を通ってスバルラインに出ようかという時です。その歌は聞こえてきました。
 カーステレオの調子が悪く、最近はほとんど無音の中での通勤が続いていました。だから良かったのかもしれません。静寂の中、突然聴いたことのない音楽が流れ始めたのです。
 それはたしかに聴いたことのない音楽でしたが、しかし冒頭のイントロ部分だけで「フジファブリックだ!」と分かりました。
 ミディアム・テンポで透明感のあるその曲は、イントロから美しく幻想的なAメロに入っていきました。私は息を呑みました。いったいどんな歌声が聞こえてくるのか…。
 それはたしかに志村正彦くんの声でした。私は一生懸命聴こう聴こうとしました。歌詞を聞き取ろうと必死に心の耳を澄ませました。
 途中、スバルラインには、路面に施された仕掛けによって童謡「ふじさん(ふじのやま)」がほとんど暴力的に流れるところがあるのですが、そんな音にはかき消されたくなく、私は対向車のないのをいいことに右側の車線を走りました。
 しかし、どうしても言葉は聞きとれません。でも、メロディーははっきり聞こえます。イントロ、Aメロ、サビ、基本的に同じコード進行ですが、そこに施された旋律の変化とアレンジの変化、そして彼ららしい所々の意外な挿入句が見事でした。いかにもフジらしい楽曲。
 私はその印象的なギターやキーボードのリフはその場で覚えてしまいました。これは学校に着いたら早速楽譜に書き留めておこうと思いました。
 車は富士吉田の市内に入り、突然私に日常が還ってきます。その曲は鳴り続けていますが、しかし、だんだん街の喧騒といいましょうか、日常の霞のような何ががそれをじゃまして、次第に朦朧としていきます。そして、いつか、その音楽はフェードアウトして消えてしまったのでした。
 私はとにかくイントロだけでも忘れないようにと、一生懸命それを口ずさみました。絶対音感がない私は、とりあえず学校のピアノで音をとって楽譜にしようと思いました。しかし、学校に着くと、いきなり仕事がいくつか入ってしまい、そんな時間もなくなってしまいました。
 残念です。今、その音楽の印象は、まさに霞の向こう側といった感じで、たしかに残っていますが、はっきりと音にできないのです。それでも、あの、フジの新曲を聴くドキドキ感、ワクワク感は忘れません。いい曲でした。
 たぶんこれは、人からすれば「気のせい」「思い込み」「(自意識過剰な)痛い話」になるのでしょうが、私はやっぱり妹さんの「天国でもいっぱい歌うんだって」という言葉を信じたい。そんな天の声をたまたま聴くことができたのだと思いたい。ちょっと恥ずかしいけれども、正直そんなふうに思います。
 いちおうそれなりに音楽的な生活をずっとしてきましたから、それが初めて聴く曲なのか、そうでないのか、また、それがどういう個性を持っているのか、いい曲なのかどうか、そういうことはある程度分かるつもりです。だからこそ、あの曲は間違いなくフジファブリックの新曲だったと、私自身は確信を持っています(ホントごめんなさい、自己中心的で…誰も聴けませんものね)。
 しかし、たとえばこういう形ででも、やっぱり志村くんは私たちと一緒にいてくれるんだと思いました。天国でちゃんと歌っていてくれてるんだ。天に才能を返して、天でその仕事を全うしてるんだ…。
 天才という人たちの仕事の一端に触れたような気もしました。きっと彼らはこうして天の歌を心の耳でとらえて、それを私たちにちゃんと聴かせてくれるのでしょう。残念ながら私にはそのような才はありませんでしたが…。
 志村くん、これからもどんどん天の歌を聴かせてください。心の耳を澄まして待っています。
 ありがとう。

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