2012.05.26

「怒り」=「生かり」

Gedc3611 駄ヶ谷で来週の横浜コンサートの練習を終え、水道橋はTDCホールへ。今日はIGFプロレスリングの大会、GENOME20を観戦です。
 リングのすぐ近く、選手入場ゲートのすぐ横という素晴らしい位置で試合を堪能しました。う〜ん、なかなか面白かった。どういう展開になるのか、どういう結果になるのか、全く予想できないのがIGFの面白さ。
 逆に言えば、これはプロレスなのだろうか…という試合もないでもないのですが(笑)。まあ、他の団体が予定調和に流れる中で、ある意味ホンモノの闘いがあるのはこのリングなのかもしれません。
 試合経過や結果はこちらでどうぞ。
 今日は試合後、なんとテレビの実況をされていた山口雅史さん、解説の流智美さん、そしてGMの宮戸優光さん、さらにプロレスの生き字引的なファンの皆さんと打ち上げ。まあ、面白かったなあ。皆さんマニアックすぎます(笑)。まあ深い世界ですよ、私ら夫婦なんか全然ヒヨっ子です。
 そこで充分試合に関する感想やら反省やらをお聞きしてしまったので、今さら何かを書くのもなあ…はばかられます。というか、今日も話したんですが、「IGFを観た日のプログが一番難しい!(一同爆笑)」なんですよ。
 で、今日は、ある意味今日のベストバウト(?)との呼び声高かった「猪木劇場」で感じたことを書きましょう。
 「バカヤロー!!」…いやあ、今日の猪木さんは怒ってましたねえ。経済産業省やら、そこの大臣やらに「怒り」が爆発していました。なんかそれが私にはものすごく刺激的でした。なんというか、それこそ「元気」をもらったというか。
 やっぱり今の世の中、猪木さんが言うように、「怒り」が足りないような気がします。そのへんについて、私の専門である日本語学的な視点からお話ししましょう。
 さっきですねえ、「怒ってましたねえ」と打とうとしたら、「起こってましたねえ」と変換されました。いや、実はこれが語源なんですよ。「怒る」は「起こる」なんです。何かが内側から起こってくるんです。
 これって、私の言う「モノ」世界なんですら。ロゴスやエトスではなくパトス(パッション=受動)。勝手に湧き上がってくるわけです。それはすなわち「他者」なんですね。自分じゃないんです。
 カミさんが言うには、秋田には「怒る」という意味で「ごしゃぐ」という言葉があるそうです。そして、実際には「ごしゃげでぐる(ごしゃげて来る)」という言い方をされることが多いとのこと。また、「おぎでぐる(起きてくる)」というような言い方もするとか。
 すなわち、「怒り」は向こうから「来る」ものなのです。まさに「モノ」ですね。「もののけ」が騒ぐわけです。
 「怒り(いかり)」という言葉はどうでしょうか。これは語源がよく分かっていないのですが、その語感からして、「すぶ」→「すばる」とか、「つむ」→「つまる」とかと同様に、「いく」→「いかる」という変化が予想されます。
 もともとこれらは、それぞれの未然形に自発の「る」がついたものだと考えられます(助動詞の「る」とは活用が異なりますが、そのへんの説明は割愛)。日本語の「る」という音は他者性の高い音です。なにしろ、日本語には「らりるれろ」で始まる単語がないんですから(ラーメンもリンゴもルリもレンコンもロウソクも漢語すわなち中国語です)。
 つまり、自分の意志に反して「いく」のが「いかる」なのですね。では、「いく」とは何か。これはおそらく「生く」でしょう。「行く」の可能性もありますが、ここでは「行く」と「生く」も関係してくるので、今日はあえて「生く」で話を進めます。四段活用の「生く」ですね。今でも「生ける屍」とか言うじゃないですか。あれです。
 すなわち「怒り」とは「生かり」であると。自然と生きる力が湧いてくるということですよ。生きていくため、行動する(「行く」)ためには「怒り」が必要なのです。
 猪木さんが言うように、今の世の中に「怒り」が足りないとすれば、これはまさに日本が生命力を失っているということですよ。バイタリティーがなくなっている。行動力、一歩踏み出す力がない。だから「道」もなくなっているのです。
 いけませんね。学校の先生なんてひどいですよ。「怒ってはいけない。叱りなさい」とか、いかにもそれらしい中身のないことを信じている先生がたくさんいます。はぁ?っていう感じです。怒る時は本気で、命懸けで怒らないと!
 親だってそうです。多少批判もされましたが(ほとんどは賛同してくれました)、「人間関係の修復力について」という記事での出来事。私は自分の子どもだからこそ、「叱る」のではなく「怒る」ことを選びたいと思います。
 今日は試合からも、また猪木さんの言葉とオーラからも「怒り」=「生かり」をたくさんいただきました。私も「怒り」を忘れず、しっかり行動し、しっかり生きていきたいと思います。どんどん「モノ」が湧いてきてほしいですよ。

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2012.05.25

2万円台で車載非常用ソーラー電源システムを構築する

ソーラーカー(?)完成!
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車内で常にスマホやデジカメの充電ができるだけでも便利。
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 しくて更新が遅れました。すみません。忙しい理由の一つがこれ(笑)。
 自分へのミッションであります。
 「来るべき災害に備え、太陽光発電による非常用電源システムを格安で構築せよ。できれば3万円以内」
 いずれ必ず噴火する、あるいは崩壊する富士山に住んでおりますし、関東や東海などの大地震の発生も予想されますからね。去年の東日本大震災の際、電気がないとあれほど不便で不安であることを体験したわけですから、自分の生活や家族を守るためにも、こういうシステムは早期に構築しておかねば思っておりました。
 加えて、自動車を簡易避難所として利用できるようにしようとも考えました。富士山が有事となることが予想された場合(前兆があった場合)、当然自動車でどこかに避難することになりますから。
 まあ、それ以前に私は車中泊をよくするので、その時の電源確保という目的もありますね。つまり、非常時だけでなく、日常でも利用するわけですから、多少お金をかけてもいいと思いました。
 で、その「多少」をどのように設定するか…というのがポイント。そこはいかにもワタクシらしく、なんと市価の10分の1にしました(笑)。
 そう、だいたい一番安くても車載用のソーラーシステムって30万くらいしちゃうんですよね。しかし、さすがにそれは高すぎる(カミさんに言えない)。3万円以内なら、主婦でもその費用対効果を理解納得できるのではないか…なんとなくですけど。ま、それ以前に、私はそういう「ゲーム」が好きなんですよね。なるべく安く使えるモノを作るという。
 そして、ついに完成しました!いちおううまく稼働しております。今、いろいろテスト中です。
 皆さんもぜひ作ってみてください。なにかと便利で安心ですよ。車の中でAC電源(普通の100Vコンセント)が使えるとういだけでもいいですよ。ケータイやスマホの充電なんていくらでもできるし、パソコンやちょっととした電気器具はが使える安心。
 そして、面倒な充電(ディープサイクルバッテリーは頻繁に充電する必要がある)の手間が省けるというのが大きい。私のような無精者は週1回の充電すら怠って、結局非常時に使えなくなる公算が大ですからね。てか、絶対そうなる。それをお天道さまにお願いするというわけです。
 別に車に積まなくてもいいですよ。家の庭やベランダで充電してもいい。また、全体にとっても軽いシステムなので、子どもでも持ち運べます。キャンプの時なんかも役立ちそうですよね。
 というわけで、具体的な内容を紹介します。非常にシンプルですよ。
 まず、ソーラーパネルが異常なほどに安い!4,650円也。1ケタ間違ってるんじゃないのっていう製品です。でも、ちゃんと使えてますよ(笑)。

 写真とはデザインが違いました。一番上の車に載せた写真を御覧ください。

 それから、チャージコントローラー。逆流や過充電を防ぎます。必須。これも安い。送料込みで2,499円也!

 続きまして、バッテリーとインバーター、コンバーターが一体になったパワーコンボです。アウトレットで送料込み19,800円也!

 これら3点を結ぶケーブルはこちらを買って、テキトーな長さに切って使いました。こちらも送料込みで1,712円也。

 しめて約29,000円。3万円以内に抑えるという目的達成!
 とりあえずこれだけです。配線は5分で完了します。誰でもできますよ。
 使い勝手などはまた近いうちに記事にしたいと思います。


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2012.05.24

田植えという神事

Gedc3532 乙女や泥手にはさむ額髪(村上鬼城)
 今日は中学3年生が田植えをしました。今年の3年生は、めだかの学校の校長をされている勝俣源一さんに御指導いただき、無農薬での米作りに挑戦です。
 総合の日本文化を学ぶシリーズの総決算ですが、理科や社会、国語や技術家庭など、様々な教科の勉強にもなりますね。
 それにしてもですねえ、なんかとても神聖な感じがしましたよ。源一さんも米作りは神事だとおっしゃっていましたが、全くその通りだと思いました。
 純粋な魂を持つ子どもたちによる田植え。これは間違いなく「祭」でしたね。現代にも早乙女はいたのか。決して上手な田植えではなかったと思いますが、水と土と苗と太陽と風と子どもたちによる共同作業には、きっと魂がこもることでしょう。
 源一さんもおっしゃっていました。田植えのあとは、もうお天道さまにお願いするしかないと。ある意味祈るしかないということですね。
 昨日の話で言えば、「コト」を尽くして「モノ」を待つ、すなわち「人事を尽くして天命を待つ」ということですね。そういう姿勢ってとても大事だと思います。
 人事(コト)を尽くすということによって、自然(モノ)に影響を与えるのが、本来の「マツリゴト」であるとワタクシは思うのであります。
 ところで、今回お借りしている田んぼは、あの明見地区の、それも非常に神聖な場所にあるのです。子どもたちにはそういう話はしませんが、そうですねえ、こちらの私のインタビューをご覧いただけるといいかと思います。
 ちょいと(だいぶ)マニアックな話になってしまいますけれども、稲作と言えば、伊勢神宮の外宮に祀られている豊受大神を思い出しますよね。トヨウケビメは、別称として「大物忌(オオモノイミ)神」とも呼ばれます。偉大なる「モノ」を畏れる神ということですね。大物忌神は鳥海山の大物忌神社に祀られています。
 ちなみに倉稲魂(ウガノミタマ)尊、すなわち稲荷神も、豊受大神と同神とされる場合があります。やはり稲と関わりがあるのです。
 豊受姫命は国祖国常立大神の妻神として、出口王仁三郎の大本神話の中では特に重要な存在となっています。そして、インタビューにもあったとおり、富士山の艮にあたる明見という地区に残る神話と、遠く離れた丹波の大本神話の間には、不思議な符合点があるんです。
 そういう「霊的」なネットワークで結ばれたこの土地で、こうしてトヨウケビメにまつわる神事を、教え子たちと一緒に営むことができたことは、これは偶然とは思えませんね。
 源一さんも宮下文書について非常に詳しい方であり、今日も二人でいろいろな話で盛り上がりました。私自身もまたまた不思議なご縁を頂戴し、ありがたく思っているところです。
 さて、これからは草取りが大変です。自然と対話しながら、収穫の秋まで頑張りましょう。秋の稲刈りがすんだら、おにぎりパーティーや餅つきをしようと考えています。
 教室や教科書では学べない「モノ」をたくさん吸収してほしいですね。


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2012.05.23

恐山の院代が語る「死と生」

20120524_60325_2 「にたい=今の生き方がいや」「死にたいと思わないような人生は人生と呼べない」「転んだ時に励ましてくれる人がいるか」「夢と希望を持たなくても堂々と生きていた時代があった」「お金は走っていないと死んでしまう」「やりすごす」「すぐに結論付けない」「否定しない。つきあう」
 先週の放送でしたが、何度見ても(聞いても)面白いので、皆さんもぜひ。
 しばらくは動画で視聴可能ですし、その後はテキスト化されます。テキストで鑑賞するのもいいでしょうが、やはりこの南師の佇まいと物言い、そして、いつもと違って「う〜ん」とうなってばかりで質問できない反町さんの表情を味わってもらいたいなあ(笑)。

プライムニュース ハイライトムービー

 おっしゃっていることは、ちょっと仏教をかじったことがある人からすれば、まあ普通のことですし、私「モノ・コト論」と非常に似た考え方ですね。というか、私の「モノ・コト論」はお釈迦様のおっしゃったことを自分なり(日本人なり)に解釈しなおしたものですから。
 だから結局、「コトよりモノ」の時代なんですよ。脳内で処理できる「コト」にばかり執着し奔走していた時代はもう終わりです。想定外の「モノ」の復権の時代です。バランスなんですよ、つまり。
 南さんは「モノ(想定外・不随意)」を「やりすごす」とおっしゃりました。たしかに「やりすごす」ことができない人が多いと感じます。「やりすごす」ためには「待つ」忍耐が必要だからです。忍耐がないと、すぐに「解釈」し、あるいは「否定」し、あるいは「無視」します。いけませんね。
 私は最近、「受け入れる」「やりすごす」どころか、「モノ(想定外・不随意)」を「楽しむ」までになっています。自分の脳ミソなんていうちっぽけな世界より、その補集合の方が無限に可能性があるからです。
 そうそう、「あなたには無限の可能性がある」「自分の無限の可能性を信じなさい」のような言い方ってよくされますよね。私はいつも変だと思っていました。なぜなら、一個人は絶対に有限だからです。それもかなりキャパが小さい容器です。だから、まあ、へそ曲がりのアマノジャクと言われますけど、「あなた以外には無限の可能性がある」「自分以外の無限の可能性を信じなさい」と教えます(笑)。
 「他力」とも言えますね。南さんのおっしゃる「誰か」の存在でしょうか。それは自分以外なので、それこそ無限にたくさんいる可能性があるわけで、それに気づくか気づかぬかで、幸福感というのは大きく変わってくると思います。
 自分の脳の有限性に気づく。これが現代人の課題です。
 南直哉さん、語り(説法)で存分にご自分の脳ミソ(思考・言語)にこだわって見せて、逆説的に「無常」「もののあはれ」を伝えようとしていますね。なるほど、そんなところも私に似ているかもしれません(笑)。

Amazon 恐山 死者のいる場所

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2012.05.22

追悼 ロビン・ギブ

 日のドナ・サマー、フィッシャー・ディースカウに続いて、青春の思い出のミュージシャンの訃報に触れることになりました。なんとも悲しいですね。
 ビー・ジーズのロビン・ギブが亡くなったそうです。2003年の弟のモーリスの急逝以後、双子のお兄ちゃん二人で活動していたビー・ジーズも、とうとうバリー一人になってしまいましたから、事実上の終焉を迎えたということになりましょうか。
 ドナ・サマーの記事でも書いたとおり、私はあまりディスコブームが好きではなかったので、どちらかと言うと、60年代ののどかなビー・ジーズが好きでした。
 この曲なんか、いいですよね。「ジョーク - I Started A Joke」。ロビンがメイン・ヴォーカルを務めています。

 へえ〜、日本でのライヴ映像もあるんだ。これなんか完全にロビンのソロとして演奏されていますね。

 のちにはバリーがメイン・ヴォーカルを取るようになり、それが原因で兄弟は仲違いしました。仲直りして、そしてブルー・アイド・ソウルに転向し、あの一大ブームを起こします。
 あの頃はあまり好きでなかったのですが、今聴くとやっぱり名曲ですね。「ステイン・アライヴ - Stayin' Alive」、作曲はバリーなのでしょうか。

 実はあの頃、私が「サタデー・ナイト・フィーバー」の中で一番好きだったのが、イヴォンヌ・エリマンの「If I Can't Have You」です。イヴォンヌって日系だったのですね。この曲も全米1位になっています。ポップで展開の早い、のちの音楽を予感させる曲です。

 そして、こちらがビー・ジーズによるヴァージョン。これもなかなかいいですね。

 20世紀、最もレコードを売った男の一人、ロビン・ギブさんのご冥福をお祈りします。

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2012.05.21

金環日食…だったのかな?w

Hl 35年間楽しみに待っていた金環日食ですが、まあなんとも皮肉なことに、私にとっては単なる部分日食となってしまいました(笑)。
 学校で観測会を行なったのですが、結論を言いますと、金環の時間帯だけ全く観ることができなかったのです。その前後はちゃんと見えていたのですが。
 今回は金環、それも月がかなり遠い(小さい)ので、周囲が極端に暗くなるようなこともなく、本当は部分日食だったんじゃないの?w的な…いや実際ですね、金環日食は正確に言うと部分日食ですしね。
 とまあ、そんなものでしょう。完全に曇ったり雨が降ったりして全く観られなかったワケではないので、これはこれで満足としましょう。
 生徒たちも金環の時間はテレビで鑑賞、その他は日食メガネや投影法、ピンホール、そして雲を透かしての肉眼での観察など、充分楽しんだようです。歓喜と感嘆の声がここかしこに上がっていました。
 私もデジカメで写真を撮りましたので、いくつか掲載しようと思います。手持ちでパシャパシャ撮った何の変哲もない写真ですけど…。

欠け始めました。自作望遠鏡で投影。
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雲を透かして肉眼で確認できるようになってきました。
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これはこれでなかなか味わい深いですな。
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ちょっとダイヤモンドリングっぽい?
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金環中は見えず、終わったらまた見えてきた(笑)。
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復活。
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こういう絵もなかなか神々しくてよろしい。
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だいぶ明るくなったので、フィルターを通して撮影。
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と思ったら、また雲が。
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だいぶ太くなったきました。
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私は戻っていくのを観るのが好きです。
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投影板を支えている棒はなんと「ヴァイオリンの弓」!w
反り具合がちょうどよい。
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6月6日の金星の太陽面通過の時に活躍してもらいましょう。
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 ということで以上です。なんだか35年待った甲斐があったのかなかったのか(笑)。人生とはそんなものでしょう。

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2012.05.20

「目には青葉山ほととぎす初かつお」の句碑(北杜市上教来石)

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 日は車を取りに駒ヶ根に行きました。また杖突峠を越えました。
 1ヶ月で3回諏訪方面に出かけております。いろいろあるんですよ。引き寄せられるように。そのへんについてはもう少し勉強してから書きますね。とりあえず、俗っぽい言い方をすると「ヤバい」っていう感じです(笑)。
 で、今日は途中山梨県(甲斐の国)と長野県(信濃の国)の県境(まさに国界と言います)付近で撮影したある「目には青葉山ほととぎす初かつお」の句碑を紹介しましょう。
 この句、皆さんよくご存知ですよね。作者の山口素堂の名を知らずとも、この俳句はほとんどの日本人が聞いたことがあるのではないでしょうか。
 まあ、これも語るといろいろあるんですが、実はワタクシ「山口」と、ここ(教来石)の出身とも言われる俳人山口素堂とは、どうも因縁がありそうなのです。また、そこに諏訪信仰も関わってくるし、諏訪信仰と富士信仰の交接も予感される。どうにも深みにはまりそうな感じなのであります。
 とりあえず、そのへんは置いといてですね、この句の紹介、季節的にはちょうど良かったかな。まさに初夏を感じさせる名物を並べた句ですからね。そんな分かりやすさから人気も出たのでしょうね。
 たしか初出は「目には青葉山郭公はつ鰹」という表記だったと思います。この方が漢字と平仮名のバランスがいいですね。シンメトリーになっている。
 この句碑では上記のような表記になっています。ほととぎすの「ぎ」は「ぎ」と書いているので、「はつがつお」とは読まないで、あえて「はつかつお」としたのでしょう。
 ちなみに歴史的仮名遣いに従うなら、「かつお」は「かつを」とすべきですから、これもあえて現代仮名遣いを採用したととるべきでしょう。
 さて、いったいこれを書いたのは誰か。実は今日の記事はここがポイントです。写真をよく見て下さい。

「越山 田中角栄 書」

 そうです。なななんと、この句をしたためたのはかの田中角栄なのです。「越山」とは角栄さんの雅号です。越山会もそこからつけられた名です。
 そして、その隣、もうお分かりですね。

「世話人 金丸信」

 今となっては、実に味わい深い(笑)お二人ではありませんか。すごいですよねえ。
 金丸信は現南アルプス市、旧白根町、もっと古く言えば中巨摩郡今諏訪の出身です。直接、教来石とは関係がないと思われますが、田中角栄まで引っ張りだすとは、何か裏があるのではないかと勘ぐってしまいます。
 まあ、全国田舎に行けば行くほど、こういう政治家の手による大仰な石碑が鎮座したりしてますからね。単にカネと名誉と開発の利害関係によって造られたものでありましょう。
 しかし、金丸信が「今諏訪」の出身だというのは面白い事実ですよね。本家諏訪地方にもけっこう頻繁に出入りしていたようですし、リニア実験線を山梨に誘致した際にも、将来的には諏訪を迂回させるつもりだったという噂もあります。いや、それどころか、国会を諏訪地方に移転させようと目論んでいたという伝説も…(笑)。
 昭和58年といえば中曽根内閣の時代。田中と金丸の関係も微妙な時期ですよねえ。ある時期の軋轢を越えて、ようやく仲直りを始めた頃でしょうか。そう考えると、このなんとものどかな句の味わいも変わって見えてくるというものです。
 この句碑は20号線沿いにありますが、今は立ち入り禁止になっている場所にあるので、近づいて鑑賞することができません。古くはドライブインがあり、少し前まではセブンイレブンがあった場所ですが、空き店舗とこの碑が空しく建っているだけです。なんとも時代の流れを感じます。諸行無常。
 ところで、この句碑の近くには、この句を刻んだ碑がほかにもいくつかあります。中には「目に青葉」と誤っているものもあったり(笑)。
 「目に青葉」では全く味わいのない句になってしまいますね。字余りが豊かな青葉を想起させる効果があるとともに、選択的にとりあげることを表す「は」という係助詞(副助詞)を使うことによって、言外に「耳には」「口には」「心には」を含ませているわけですから(たぶん)。
 皆さんもお近くを通った際にはぜひ見てみてください。いろいろな歴史と念が刻まれた石碑です。


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2012.05.19

日食と天の岩戸伝説

↓皆神山の岩戸神社
Images うすぐ金環日食ですね。問題は天気。今のところあまり芳しくない。同じ曇りにしても、太陽が雲を透かして見える、あるいは雲間から時々太陽が姿を現すのか、それとも完全に太陽の姿が雲に隠されてしまうのか。
 大学時代なら、すぐに富士山に登ったところですが、今回は学校行事としての観測会も行いますから、そういうわけにもいきませんね。もうあとは祈るしかありません。
 祈ると言えば、日食と岩戸隠れ伝説の関係を思い出しますね。そう、日本神話における岩戸隠れと岩戸開き伝説を、実際の天文現象たる皆既日食を比喩したものであるという考え方があるんです。
 たしかに、今の我々は情報として、たとえば5月22日朝に金環日食が起きるということを「予知」していますが、昔の人にとっては突然の出来事。いきなり太陽が欠け始め、しまいには真っ黒になってしまう様子を見て、どれほど恐れたことでしょうか。
 おそらくは皆既が継続している数十秒間、あるいは数分間にわたって、皆で太陽の「復活」を祈ったことでしょう。そして、皆既が終了し、一条の光が差した瞬間の歓喜はどれほどだったか。そうした一連の「事件」が伝説となることは容易に想像されます。
 そうした点に注目して、天の岩戸伝説と歴史的な事実とを結びつける研究もなされています。
 たとえば、247年、248年と続けて起きたことが確認されている皆既日食と、卑弥呼の死および台与の即位を結びつけるものなど、なかなか面白いですよね。
 天文シミュレーションソフトが身近なものになり、シロウトでもかなり詳細に過去や未来の天文現象を確認できるようになったおかげで、歴史の謎が解かれようとしているとも言えますね。
 しかし、実はそんなに簡単には謎は解けないのでした。というのは、天文シミュレーションソフトには基本的な誤りがあるからです。
 我々シロウトが手に入れるそうしたソフトは、あくまでも現在のデータを元に製作されています。たとえば、地球の自転周期。現在、地球が1回転するのに必要な時間は約23時間56分4.06秒です。
 これがいつの時代も一定かというと、当然そんなことはありません。身近なところで言いますと、昨年の3.11の巨大地震によって、地球の自転は早くなり、1日の長さが1.8μ秒縮まったと発表されましたね。
 それ以前に、月の引力との関係で、地球の自転は基本的に遅くなっています。また、こちら古代の日食記録からの研究によるとによると、西暦500年頃と900年頃に急激に変化したことが分かるそうです。まあ、この研究は、今問題にしている「天文学から歴史学へのアプローチ」の反対の形であるわけで、結局その正確性は証明できませんがね。
 いずれにしても、一般的な天文ソフトによるシミュレーションだと、古代の天文現象には誤差が生じるということです。
 先ほど書いた、247年、248年の皆既日食に関しては、それぞれ皆既の状態で沈み、皆既の状態で昇ってきたという「ドラマチック」な仮説も立てられていました。しかし、国立天文台の最新の研究によると、247年、248年の皆既日食は、九州・畿内ともに見ることができなかったことが判明しています。歴史ファンタジーとしては残念な結果ですね(涙)。
 私もシロウトとして、天の岩戸伝説=日食の比喩という説を支持しますし、それが実際にどの日食のことなのか非常に気になります。まあ、なかなか分からないところがファンタジーなんでしょうね。
 ところで、今回は、皆既日食ではなく金環日食です。金環ではどのくらい暗くなるのか、あるいはほとんど暗さを感じないのか(こちらの目の調整機能もあるので)、そのあたりにも興味があります。曇っていると、逆にその暗さを感じることができるかもしません。曇っても雨が降っても日食は楽しめるのです。
 最後に、いちおう「日食と地震の関係」も参考にしてください。私はあまり心配してませんが。
 


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2012.05.18

追悼 フィッシャー・ディースカウ

 日のドナ・サマーに続き、天才的な歌手の訃報に触れる。
 ジャンルは違えど、お二人とも音楽史に偉大な功績を残し…というよりも、私の若かりし頃の音楽体験に強烈な印象を残しました。
 私のバッハ体験の端緒には、ディースカウのあの朗々たるバリトンが響き渡っておりました。
 特に印象に残っているのは、高校生の時に好んで聴いた、カール・リヒター指揮によるカンタータ集の中の、BWV82「Ich habe genug(我は満ちたれり)」です。
 1曲目がYouTubeにあったので改めて聴いてみましょう。
 ディースカウ自身は「Ich habe genug」だったのでしょうか。

 ディースカウはなかなかの色男だったようです。この低く甘い声でささやかれたら、世の女たちはひとたまりもないということでしょうか。
 BWV62には、あの有名なアリア「Schlummert ein, ihr matten augen(眠りなさい、疲れ果てた眼よ)」が含まれています。まさに「R.I.P」ですね。
 この死の美しさを予感させるアリアは、ご存知のとおりソプラノ用に編曲されて「アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帳」に収載されています。
 私はバス、ソプラノ両方のヴァージョンの演奏に参加したことがありますけれども、やはりバスの方が味わい深いかなあ。
 ソプラノでは、この演奏なんかいかがでしょうか。この女性歌手はきっとディースカウのささやきにも動じないでしょうね。

 86歳、きっと満ち足りた人生であったことでしょう。ご冥福をお祈りします。
 

 

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2012.05.17

追悼 ドナ・サマー

 夜に速報が。63歳ですか。残念です。
 彼女の歌声は私の青春の一部です。いわゆるディスコブームには、当時ロック派だった私はあまり好ましい感じは持っていませんでした。しかし、中には純粋に楽曲が魅力的であったために、ジャンルを超えて胸を打つ作品もありましたね。
 そのうち一つがこのドナ・サマーの「ラスト・ダンス」です。当時私は中学生。
 バラードの部分とアップテンポの部分の対比がなあ、当時大好きでしたね。私はライヴ版を愛聴していた記憶があるのですが、あの音源はなんだったのか、カセットテープがなくなってしまった今となっては分かりません。
 YouTubeで探してみると、発売年である1978年のライヴがありました(私が聴いていたものとは違います)。

1978年

 ふむ、今聴いてもなかなかいい曲ですね。当時はよく分からなかった音楽的な面白さが分かるようになりました。私も大人になったということでしょうか。
 そして、ドナ自身の成熟が分かる動画もありました。昨年のライヴなんですね。全然元気じゃないですか。
 声の張りは若い時と比べるべくもありませんが、より深い表現を聴くことができます。素晴らしいパフォーマンスですよ。

2011年

 病魔に冒されなければ、まだまだ活躍できる状況だったのでしょう。実に残念です。ご冥福をお祈りします。

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