2021.05.03

今起きていることは「国際紛争」なのか?

Th_d850f896326455dc297bafe93cd659d4 年、この日になると憲法のことを書きます。

 世論調査では改憲派が護憲派を上回っているとのこと。ただし、改憲派には多くのレイヤーが存在していますが、護憲派は一枚岩だということを忘れてはいけません。

 私の立場は非常に明確です。

 日本語としての瑕疵や時代に合わない部分など改訂すべきところは改訂する。改正ではなく改訂です。

 9条は戦争の形態が大きく変わっている現在においては問題山積ですが、だからこそ「放置」する方が良い。9条だけは抽象的、未来的な捉え方をするのが良い。

 また、その制定過程を考えると、つまり、それが(昭和)天皇の命と同価値であることを考えると、9条を改訂することは天皇の否定につながる。そのことを忘れている国民が多すぎる。

 そのことに関しては、2年前の今日、改憲派のトップに直接お話をさせていただき、ご理解をいただきました。

日本国憲法の奇跡

 今日は、今年1月に紹介した仲小路彰の憲法(9条)観を再び紹介します。仲小路彰は高松宮さまのブレーンでした。当然、昭和天皇の意志を知る立場にあったわけで、その時点ですでに、我々一般国民とは違う次元から、日本国憲法を見ていました。

 ここでの「世界革命勢力」とは、もちろん共産主義のことであり、「旧概念の国家戦争」に対する新しい戦争概念とは、情報戦、心理戦、生物兵器戦などのことです。

 現在の世界の状況を考えながら、ぜひお読み下さい。今起きていること(コロナ含む)は、はたして国際紛争なのでしょうか。もし国際紛争ではなく、「世界的破壊性をもった内外よりする革命」であったとしたら、私たちは(新しい概念の)自衛的な戦争をすることも可能なのではないでしょうか。

 

 昭和28年12月発行「地球との対話 16 憲法改正可否に関する具体的問題」より

 今後、日本が自ら防衛し、また阻止しなければならない戦争とは、本質的な意味において、世界的破壊性をもった内外よりする革命であり、第三次世界大戦とは、まさに世界革命勢力の侵入に対する防衛に他ならないであろう。日本は現憲法に規定された旧概念の国家戦争には今後絶対参加する意志はなく、この点現憲法の精神は、日本の決意を示すものとして、そのままなんら変更される必要はないのである。

 (中略)

 この観点に立って平和憲法を考えるときそれは日本の進むべき方向を明示した、むしろ、未来への宣言として考えられるべきものであり、近代国家概念をこえた次の時代に導く最も象徴的、哲学的な最高の理想というべきである。そこには改正されるべきなにものもないであろう。

 (中略)

 それは今後全世界にわたる革命による破壊をもこえて、各国各民族をしてここにまで至らしめねばならない地球の普遍的法の原型となりうるものである。

 それは平面的な憲法改正論の次元をこえたものであり、むしろ平和への最高の道徳律として、さながら聖徳太子の十七条憲法が最高の道徳的規範として、今日にいたるまで少しもその意味を失っていないようにいかなる現実の変貌にも耐えて、今後の人類の方向を導く象徴となるものである。

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2021.05.02

<鼎談> 「日本語の世界・日本語と世界」

 日の続きです。鈴木孝夫先生と、金谷武洋先生と、井上逸兵先生の鼎談動画です。

 金谷武洋さんについては、もう15年ほど前に、このブログでご著書を紹介していたんですが、驚いたことにそこに鈴木孝夫大明神の名前も出てきているんですね。やはり当時の私もお二人に似た波動を感じていたのでしょう。

『日本語文法の謎を解く−「ある」日本語と「する」英語』 金谷武洋 (ちくま新書)

 結果として、こうしてご一緒にお話されている動画を同じこのブログで紹介することになるのですから、なんとも不思議なものです。

 いきなりダジャレでエンジン全開の鈴木先生(笑)。素晴らしいですねえ。金谷先生のお話も面白い。

 最後の大明神の「遺言」が心にしみます。「世界、人類、宇宙という気宇壮大なプランの中での日本語の世界普及」…これはまさに仲小路彰の思想哲学そのものです。日本語と限定していますが、それはすなわち日本の文化、哲学、思想、行動様式そのものですから。

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2021.05.01

鈴木孝夫講演 「なぜ日本語を世界に広める必要があるのか」

 

 日、追悼記事を書きました、鈴木孝夫先生…やはり私にとっては鈴木孝夫大明神だなあ…の3年前のお元気なお姿。

 まさに大明神と呼ぶべき、偉大なる明るい神ですよ。本当に。お笑い芸人のようなトークですね。面白すぎます!

 笑いが絶えませんが、おっしゃっていることは非常に重い内容です。

 この変らぬ語り口というか喋り口に、サシでじっくり飲みながらお話を聴いた時のことを思い出しました。

 先月の追悼記事に書いたとおり、鈴木孝夫先生は井筒俊彦先生を通じて、間違いなく仲小路彰の影響を受けています。

 鈴木先生にお会いした時は、まだ私、仲小路彰のことを全く知りませんでした。いつか再会してその話をと思っていたのですが、残念ながらお亡くなりになってしまいました。残念です。

 ヨーロッパ文明の矛盾をつき、21世紀は日本(日本語)という特殊な文化が、この地球を救うと真剣に考えておられた鈴木先生。

 今、私も違った経路ですが、仲小路先生の言葉に触れ、その遺志の一部だけでも継ぐことができるよう頑張っています。鈴木先生の分まで、さらに頑張らねば。

 それにしても、たしかにこんな頭脳明晰かつ有言実行の方がいたら、老人ホームは大変ですね(笑)。

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2021.04.30

『未来は決まっており、自分の意志など存在しない。~心理学的決定論~』 妹尾武治 (光文社新書)

Th_b08z3gg65b01_sclzzzzzzz_sx500_ 日のプロレスリング・ノア名古屋大会、抜群に面白かった!プロレスの楽しさ、激しさ、深さを堪能いたしました。

 私と同様プロレス・マニアを標榜している気鋭の心理学者、妹尾武治さんの自称「トンデモ本」。これがまた抜群に面白く、あっという間に読了。アカデミック味だけれども、ぷんぷんサブカル臭がするという絶品(笑)。

 タイトルの通り、「未来はビッグバンから全て決まっており、私たちの意志では変えられない」というお話です。

 たしかに全てが物理法則(宇宙法則)に則っているならば、そのとおりですよね。宇宙人である(?)私もそう思っています。

 しかし、人間(地球人)の感覚からすると、どうもそれだと納得いかない。そして、虚しさすら感じてしまう。

 その私たちの「意志」こそ幻であるというのもわかります。ワタクシの「モノ・コト論」で解釈するところの、「もののあはれ」こそ真理。まさに「意志」「意識」「情報」「言語」を表わす古い日本語「コト」はフィクションなのです。宇宙の法則たる「モノ=不随意」のみが真理。

 お釈迦様もそれにお気づきになったのです。

 ということで、私にとっては全然「トンデモ本」ではありませんでした。著者の言うとおり「トンデモなく面白い本」ではありましたが。

 さて、その面白さは読んでいただけばわかるわけですが、「モノ・コト・トキ論」を展開し、まさにアマノジャク的なトンデモ理論「時間は未来から流れてくる」を訴え続けている私にとって大きな発見は、妹尾さんの専門分野「ベクション」についてでした。

 「ベクション」とは、あの電車や車に乗っていて、並走している車輌が動くと、自分か反対方向に動いているかのように感じてしまう錯覚のことです。

 この空間的なベクションが、時間においても起きているのではないか。いや、起き続けているのではないか。つまり、本当は時間が未来からこちらに流れてきているのに、人間(地球人)は、まるで自分が人生の主役になって、人生の道のりを歩いていると錯覚していると。本当は自分が止まっていて、時間が動いているのに。

 ぜひ、この辺に関しまして、妹尾さんといつか直接お話してみたいと思います。

 最後に、もう一度プロレスについて。妹尾さんは「人生はプロレスである」と書いています。納得です。最初から勝敗が決まっていても、つまり決定論でもこれだけ楽しめるわけですから、同様に人生の結末が決まっていても、あるいは過程(筋書)が決まっていても、全然いいじゃないですか。楽しみましょうよ。その一つの方法として、私の「モノ・コト・トキ論」もあるのでした。

Amazon 未来は決まっており、自分の意志など存在しない。

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2021.04.29

日本の象徴ー天皇ー日を嗣ぐものの伝統

20210501-134110 日は昭和の日。昭和天皇のお誕生日です。今年は昭和天皇御生誕120年の年。

 それにちなみまして、同年に生れた仲小路彰の天皇に関するある文献の一部を紹介します。

 両巨人の生誕120年ということもありますので、今年中になんとか全文を公開できるよう、私もお勤めさせていただきたいと思っております。

 

 ◎ 日本の象徴

 

 古代帝国の絶対者でもなく

中世における神権的統治者でもなく

近代国家の主権的国王でもなく

まして 現代の独裁者や

大統領的存在とは異るもの

かかる天皇とは

いかなる本質をもっているか

 

 天皇は日本文化の最高の象徴である

長い文化の流れは 幾度か曲折したり

激したり 滝となり またよどみながら

いつも一条の光を反映している

 そこには 幾多の断層があり 苦難があり外からの重圧もありながら やがて一つの統合の中に発展し来ったのは やはりこの光の歴史によるのである

 日本人は その国土とともに天皇と悲喜をともにしつつ 文化を創造して来た

その文化の断絶や矛盾をよく超克し得たのは その一つなるものに生命的に固く結び合ったからである

 ややもすれば それは神秘な雲に閉されたり 菊のま垣にへだてられたりしつつも いつも民族の深い普遍的な潜在意識の中に投影されて いささかもはなれることはなかった

 そして それがあまりに意識の底にひそむために なかなか客観的に表現することを許されなかった

 

 ◎ 科学者天皇

 

 日本の皇室は自然の中に根源的に生成してゆく象徴として 日本の国土の存在とともに生命的な発展を示すのである

 生命への畏敬……生きとして生けるものへのあまねき愛情……そこに太陽のくまなき光の愛があり……日を嗣ぐものの真の伝統を見出すのである

 

 ◎ 未来への光

 

 日出ずる国の朝の光は 日々に新しく

また美しい

その光の中にこそ愛が生れ

善がのびゆき

そして神々の誕生を祝うのである

 かくて国生みの神話は

永遠の今にあっても

くり返されていると観じるのが

日を嗣ぐものの伝統である

 かつてはるかな古に

氷河時代の苦しみを避けた原始人が

洞窟の中で死をまぬがれ

ようやくに新しい太陽の光を仰いで

新生の喜びをうけた時以来

人類は太陽を崇拝して来た

 しかし 氷河は去って気候が激変し

エジプトやアラビア等文化地帯が

熱帯砂漠化するとともに

太陽を恐れて

他の神を信じはじめる

 これは どこの文化の発展の

歴史にあっても同様であるが

ひとり日本のみは

はるかな太陽信仰が

やさしい女性の

アマテラス信仰となって

国土を豊かに恵み

人々を光の中に 生かすのであった

 そして その正統の流れの中に

アマツヒツギとしての高貴な

純粋性をいささかの曇りもなく

光のままに生きゆくものの実在を

日の御子として

日嗣の御子として

今 日

ここに明らかに見るのである

 

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2021.04.28

「ヤスクニの思想」の起源

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 日は主権回復の日。ワタクシごとですが、期せずして今日、未来の主権回復に関わる一つの大きな仕事が終りました。偶然とは言え、何か歴史的な運命を感じている次第です。

 その仕事の結果はのちのち紹介できると思います。今日はそれにも関係していますところの、主権回復の近代的象徴の一つとなっている靖国神社について私見を書きます。

 私は、靖国神社には比較的親しんでいる方です。近くを通れば必ず参拝しますし、子どもたちを遊就館にも何度か連れていきました。

 では、ガチガチの保守かというと、ご存知のとおり全然そんなことはありません。

 変な話で恐縮ですが、私は多少霊感というか、いわゆるチャネリング的なことができるところがあります(もちろん単なる思い込みかもとも思っていますが)。

 それで何度か書いたとおり、私は靖国に行くと、とにかく厖大な多様な声を聴くのです。

 それをやや斜めから一言で言えば、「俺たちいろいろな思いがあるのだから、英霊、英霊って一絡げにしないでくれ」というものです。

 つまり、多くの参拝者の思いとズレのある思いを抱いている「英霊」もたくさんいらっしゃるということです。

 もちろん霊界では現界のように、それで英霊たちが喧嘩することはないわけですが、現界的な分類をすれば、「英霊」の皆様には保守もリベラルも中立派もいろいろいるわけで、たとえば彼らの大東亜戦争についての評価もまちまちなのです。

 そういう、ある意味当たり前の発想もなく、ただただ「純粋」な気持ちで参拝してしまったり、「純粋」な気持ちで忌避してしまったりする現界の人が多すぎて、私は少しうんざりします。

 出口王仁三郎は戦後すぐ、有名な吉岡発言で、『ほんとうの存在を忘れ、自分に都合のよい神社を偶像化してこれを国民に無理に崇拝させたことが、日本を誤らせた、殊に日本の官国幣社の祭神が神様でなく、唯の人間を祀っていることが間違いの根本だった』と語っています。

 その王仁三郎の大本についても記述されている、次の記事をお読み下さい。私たちの当たり前の信仰心や善意やシンパシーや敬意というものも、それが近視眼的なものでは、価値がすっかり下がってしまうのではないでしょうか。

 佐藤弘夫さんの「日本人と神」から。

靖国神社と「神国」日本を生んだ、人を「神」に祀り上げる思想の正体

Amazon 日本人と神

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2021.04.27

「用宗」の語源からいろいろと

Th_img_7692 日は両親を連れて静岡は用宗の歯医者さんへ。

 ものすごく久しぶりに用宗で海を眺めました。

 しらすと海水浴で有名な用宗。昨年はコロナで海水浴場もクローズだったとか。ただでさえ静かな街ですが、今日もなんともゆったりとした時間が流れる異空間でした。

 静岡の市街地から安倍川を越えてすぐのところということもあり、最近ではこの静けさやまったり感を楽しむために東京からわざわざ来る人もいるとのこと。

 それから、イエモンの吉井和哉さんゆかりの地としても、ファンにとっては聖地化しているんですよね。

 静岡市時代の吉井くん(中学の後輩なので)、とは7年ほど前に某所でばったり(?)再会し、静岡市内のマニアックすぎるスポットの話で盛り上がりましたが(笑)、そこでも用宗の話が出ましたっけ。

 さてさて、そんな「用宗」ですが、これを読んでいる方、この地名読めますか?

 そう、正解は「もちむね」です。

 今日はその語源について書きましょう。地元の方はご存知と思いますが、この地にはかつてお城がありました。今川氏の居城をのちに駿河侵攻した武田氏が奪い取ったもので、その頃、港を持っていたことから「持舟(船)城」と呼ばれたようです。

 その「もちぶね」の「ぶ」が「む」に転訛したのが「もちむね」でしょう。バ行とマ行の交替はよく起きます。「さみしい」と「さびしい」とか。

 その傾向は、次の漢字の読みからもわかりますよね。

馬(ば・ま)

美(び・み)

武(ぶ・む)

米(べい・め)

母(ぼ・も)

 ちなみに「あっかんべー」は「赤目」なんですよ。これも「めー」が「べー」に転訛しています。「上達部」を「かんだちめ」と読むのもそうした現象の例です。

 たしかにバ行とマ行を発音してみると、唇の合わせ方がほぼ一緒ですよね。ですから読唇術ではこの両行の発音は見分けにくいとのことです。

 その難しい発音の使い分けですが、日本人は赤ちゃんの時に「ママ」と「バーバ」で訓練するんですよね。

 さらに似た唇の形をして発音するのがP音。つまり「パパ」も加わって、その微妙な発音の方法を覚えていくのです。

 とは言え、それは「パパ・ママ」時代、すなわち現代の話です。一昨日の「うぐひす」が「ウクィピチュ」だったところでも書いたように、かつてのハ行はP音だったのですから、奈良時代以前にはお母さんのことは「パパ(母)」と発音しておりました(!)。

 つまり、そこからの転訛(劣化?)で「ババ」という言葉が生れたのでしょう。同様に「ちち」から「ぢぢ」が、というわけです。

 「はは→ばば」「ちち→ぢぢ」と濁点がつくわけですが、なんとなく顔にシワやシミが出ているイメージと重なって面白いですね。

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2021.04.26

ジャパネットたかた創業者・高田明さん&能楽師・武田宗典さんと読む「世阿弥」

Img_67dd3f99f4a5454ea7275590fbd0bcc84796 日、「鶯」の語源について書きました。「鶯」というと思い出すのが、和泉流狂言の「鶯」です。和泉流にしか伝わらない作品。蓮如上人が好んだとも言われるこの「鶯」、たしかに笑うというより、なんとなくしんみり考えさせられる曲です。

 そして、今日の話は狂言から能へ。

 その前に昨日、うぐいすも稽古をするというようなことを書きましたが、その「稽古」とはなんなのか。以前ワタクシ流の解釈を書きました。

『稽古」とは

 そこでは「稽古は神変す」と書きましたが、一般には「稽古に神変あり」でしょうかね。無心に先人と一体化しようとしていると、突然わかる瞬間がある。自分で考えるのではなく、向こうからやってくる感覚ですよね。過去と未来が今に一体化する瞬間。

 で、そういう「稽古」って、別に能や狂言などの芸能に限ったことではありません、という話です。

 もう、とりあえず読んでいただきたいのですが、ジャパネットたかたの高田さんと、能楽師武田宗典さんの対談が実に面白かったのです。

 なるほど、伝えて、人の心を動かすという意味では、ジャパネットも伝統芸能の系譜上にありますよね。高田さんが世阿弥の言葉に共感するのも納得できるというものです。ぜひお読みください。

 そして、650年後の最先端にさえ通ずる言葉を残した世阿弥が、いかにスーパー世阿弥マシンであったか(笑)。

世阿弥の名言「初心忘るべからず」の真意、初心は老後にも持つべきものだった!

高田明さんのプレゼン術の真髄は、世阿弥の名言「離見の見」にあった!

いくつになっても「花」のある人は何が違うか、世阿弥『風姿花伝』に学ぶ

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2021.04.25

「うぐいす」の語源

Th_unknown_20210428085501 士山麓はウグイスが盛んに鳴く季節となりました。いわゆる街場での「初音」の季節とは違い、かなり鳴き方もうまくなっており、いよいよ繁殖期の本番という雰囲気であります。

 ホーホケキョ(宝法華経)のあとの「ケキョケキョケキョ…」はライバルを威嚇する鳴き声。富士山麓ではその「華経」の部分もたくさん聴かれます。まさに実戦モードですね。

 ちなみに「鳴き方がうまくなる」というのは、実際そうでして、先輩たちの鳴き方を真似しているうちに上手になっていくという「口伝」「稽古」のシステムがあるのです。

 ですから、ハワイに持ち込まれたうぐいすはホーホケキョとは鳴かないとのこと。いわば方言的にだいぶ簡略化されているそうです。

 そういえば、こんな話もありました。次女が今、上野の寛永寺のすぐそばに住んでいるのですが、ある時、お寺の偉い関係者が「上野の森のうぐいすは訛っていていかん」と、京都から大量のうぐいすを運びこませたそうで、それ以来京風な「正しい」鳴き声になったと。

 それで、あのあたりを「鶯谷」と呼ぶのだそうです。面白いですね。

 さて、ホーホケキョが宝法華経であることは、まあ分かるわけですが、では「うぐいす」という名前はどこから来たものでしょうか。

 実はこれも鳴き声から来たという説があるのです。そして、私はそれを支持しています。

 古い表記では「うくひす」です。そして、古い発音を現代風に書けば「ウクィピチュ」となります。つまり、うぐいすの鳴き声を「ウ〜クィピチュ」と昔の人は聞いたのではないかということです。ちょっと声に出してやってみてください。けっこうリアルですよ。ホーホケキョよりも。

 「はひふへほ」の発音の変化は非常に複雑なのですが、一番古いところではP音であったことがわかっています。

 ですから、たとえば鳥で言うのなら、「ひよこ」は「ピヨピヨ」鳴くので「ピヨコ」ですし、おそらく「ひな」も「ピーピー」鳴くところから「ピナ」であったと思います。

 また、サ行は「チャチィチュチェチョ」だったこともわかっていますので、たとえば「すずめ」は「チュンチュン」鳴くところからついた名前だと言えます。

 このように鳴き声がそのまま名前になることは、「かっこう」の例などを考えても普通なことであったことがわかりますね。

 ちなみに、繁殖期以外のうぐいすや、うぐいすの子供のことを「ささご(笹子)」と呼ぶのですが、それは藪の中で「チャッチャッ」と鳴くからだと思われます。「ちゃちゃご」ということですね。山梨県の笹子峠、笹子トンネル、笹子駅の「笹子」はこれです。

 それにしても、これほどメジャーな鳴き方をする鶯ですが、基本日本にしかいないんですよね。朝鮮半島や満州にも分布していますが、やはり鳴き方が違うそうです。

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2021.04.24

追悼 レスリー・マッコーエン (BCR来日ライヴ)

 

 う開き直って、昭和の話ばっかりのブログにしましょうか(笑)。なんだか、自分が年寄りになったような気がして複雑な気持ちなのですが、しかたないですよね、実際すごい時代だったと思いますし、私自身、微妙に嫉妬のようなモノすらありますので。

 で、今日はベイ・シティ・ローラーズのレスリー・マッコーエンの訃報に触れ、なんだか自分の人生の終りも実は近いのではないかと思ってしまったのでした。

 レスリーはまだ65歳、一昨年でしたか来日したばかりですよね。昨年亡くなったイアン・ミッチエルは62歳でしたっけ。私よりちょっとだけ先輩の皆さんですから、なんだか自分のことのように感じてしまいますよね。

 それにしても、彼らが日本で一大ブームを起していたのが、1976年、77年あたりでしょう。細野さんは中華街ライヴとかやってた時ですよね。YMO前夜。

 私は小学校から中学校に上がるあたりでして、姉の影響でビートルズを聴き始めた頃。ある意味、ビートルズの一面である、ブリティッシュ・ポップ・ロック、あるいはそのアイドル的の側面においても、正統的な継承者であったかもしれませんね、BCRは。

 実際、アメリカのチャートでも1位を取っていますし、そのバンドとしての完成度もそれなりだったと思います。

 私はその後、そうしたポップ・ロックの系統としてのELOにどっぷりハマっていくわけですが、そのきっかけを作ってくれたのが、このBCR、そしてレスリーだったのかもしれません。

 この映像、なんとも懐かしい時代感がありますね。この日本人女性たちの熱狂ぶりも、10年前のビートルズに匹敵するものがありました。まさに新時代のビートルズとして受け入れられていましたからね。

 あらためて彼らの残したきらめくような名曲たちを聴きながら、レスリーのご冥福を祈りたいと思います。

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