2018.04.21

【討論】属国からの脱出はありうるか?

 日は東京で仕事。それが終わってからある会合に出席し、藤井厳喜さんにお会いしました。藤井さんは優れた国際政治アナリスト。今日は仲小路彰について少し情報を提供させていただきました。
 定期的に過去・現状の分析、そして未来の予想をし、個人や企業にその情報を提供しているという意味では、現代の仲小路彰とも言える方です。
 藤井さんも今日のお話の中で、「いい加減な憲法なんだから、いい加減に改正してもいい」と、独特の表現で現憲法の問題点を指摘しておられました。
 日本国憲法が、GHQによって「日本をアメリカの属国にするために」作れられたというのは、もう説明をする必要のない事実です。
 しかしその憲法をありがたく戴いているのが現状の日本です。改正や自主憲法制定の話をすると、すぐに右翼とか言われる。大日本帝国憲法の復活なんてもってのほか。
 私は独自の「国譲り理論」から、いわゆる保守派の方々とはかなり違った憲法観を持っているのですが、かと言って護憲派というわけではありません。というか、思考停止した護憲派の方々を軽蔑さえしています。一方、ちゃんと思考して未来的な理想としての現憲法を守ろうとする方々とは話ができます。
 逆も言えます。改憲派の中にも思考停止している人がいて困ることがあります。
 さて、この討論に参加しておられる方々はどうでしょうか。
 藤井厳喜さんもおっしゃっていましたが、大幅な改憲や自主憲法となると、各条文を一つ一つ考えなければならないわけで、九条のみならずそれぞれ侃々諤々になり、いったい完成までに何百年かかることやら。
 つまり言語の限界なんですよ。コトを窮めてモノに至る。
 私は聖徳太子の十七条憲法を復活させればいいと思っています(笑)。
 そうそう、世界中の現行憲法で、一字一句変更が加えられていないという意味で最も古いのは、実は日本国憲法なんですよね。誇りと言えば誇りですよ。日本人が言葉にこだわらない、言語による契約を信用していないことの証明です。
 そして、天皇の存在こそが「モノ」性の象徴なのであります。終戦後、こうして天皇制が存続しただけで、じゅうぶん「コンスティテューション」が保証されたでしょう。
 属国とか主権国家とか、そういう言葉にもあんまりこだわらなくていいいのではないでしょうか。悩みだけが増えてしまいますよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018.04.20

iPad 9.7インチ (2018)

Th_7198bkipayl_sl1000_ 学生になった娘がパソコン買って!というので、まずMacかWindowsかどっちがいいのか聞いたところ、大学のパソコンは全てMacだと言います。
 なるほど、それは良いことだ。ところで、何に使うのか。すると、レポートを書くというので、それなら高いMacを買う必要はなく、iPadでいいではないかと。
 ということで、最近出たiPadの一番安いやつを買いました。そしてキーボード付きケースも買ってセットアップしてやりました。WordとExcelは基本無料です。
 実は私、iPadを買うのは初めてです。父がずっと使っているので、その操作性などはよく分かっていたのですが、こうしてキーボードを接続すれば、ほとんど今までのパソコンと同じように使えるというのは、まあ知ってはいましたが実際やってみるとなるほどなと思いました。
 たしかに一般の人がディスプレー上でやることといえば、ウェブサーフィンとメールやLINE、あとは動画を観るくらい。それならたしかにタブレットでいいのかもしれませんね。
 大学生なんかも、キャンパスで持ち歩くのにパソコンよりタブレットの方がいい。特に女子はね。
 こちら親としましても、出費が約3分の1ですみました。Macは高いですからね。助かる。もちろん学生・教職員価格ですので、さらに割安でした。
 今回の新型iPadは、教育用を謳っていますよね。ApplePencilが使えるようになったらしい。たしかに学校でうまく使うと楽しいかもしれません。あくまで「楽しい」であって、それが学習にとって本当に効率的かどうかわかりませんが
 こうしてタブレットがいわゆるパソコンに取って代わるようになるんでしょうかね。
 ウチのMacも10年選手が2台あって、まだまだ現役なんですが、電源系がちょっと危うくなってきていので、いずれ買い換えなきゃと思っています。1台はiPadでもいいかなあ。いや、ウチは夫婦ともにワープロソフト(アプリ)は、最近奇跡の復活を遂げた名作EGWORDを使っているので、これがiOSに対応してくれるまではMacを使い続けるしかない。
 というわけで、たった一晩ですが、最新iPadで遊びました。あさってには娘のものになってしまいます。まあちょうどいい試用になりました。
 安物のキーボード付きケースもまあまあかな。Windows用の刻印がされているのが?ですし、ちょっとローマ字入力の設定などに苦労しましたが。

Amazon 新型 iPad 9.7 キーボードケース

Apple学生・教職員ストア
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018.04.19

追悼 ブルーノ・サンマルチノさん

Th_94355_60_d0e35e61_48857418m 日、寝る寸前にプロレスマニアの友人から情報が入りました。
 人間発電所ブルーノ・サンマルチノさんが82歳で亡くなったとのこと。とても残念ですが、レスラーとしては長生きだった方ではないでしょうか。
 公私ともに馬場さんの良きパートナーだったサンマルチノさん。このお二人はプロレス界きっての紳士コンビでした。
 サンマルチノさんと馬場さんが出会ったのはニューヨークだと思いますが、馬場さんの英語がいまいちだったので、その頃はお互い理解しあうことはなかったようですが、1967年でしょうか、初来日の時、ジョー樋口さんを介してじっくり話をして、お互いの人柄に惹かれ合ったようです。
 その後の日米での活躍については、あえて書くまでもないでしょう。
 馬場さんが大きな体を窮屈そうに丸めて車に乗るのを見て、自身が乗っていたキャデラックをプレゼントした話も有名ですね。それから馬場さんはずっと同色のキャデラックに乗り続けました(最後のキャデラックは今、曙選手のところにあるはず)。
 まさに「気は優しくて力持ち」だったお二人。きっとあちらで旧交を温めていることでしょう。なんか目に浮かびますね。ご冥福をお祈りします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018.04.18

アインシュタインの教育論

Th_unknown はアインシュタイン自身が語った言葉ではありません。原典はこうなっています。

 教育を次のように定義した人の機知は、けっして誤っていなかったのです。すなわち、「教育とは、学校で習ったことをすべて忘れた後に、残っているものである」と。

 つまり引用の形をとっているのです。しかし、それを誰が言ったのかは不明であり、もしかるすとアインシュタイン自身の修辞法だった可能性もあります。つまり、自身が考えた言葉なのかもしれない。
 いずれにせよ、アインシュタインの教育観がこの言葉で表現されているのは間違いありません。非常に深い言葉ですね。特に私たち教育者としては。
 学校で習ったことなんて、やっぱり忘れちゃうんだよな…というある種の虚しさもありますが、一方で、そうした確かに何かを残すことができる、たとえ意図せずとも…という意味で少し嬉しくなったりもする。
 違う言い方をすれば、私たち教師が教えようとしたことはほとんど忘れ、生徒が自ら知りたがったり、面白がったりしたことは、主体性のもとに記憶されるということでしょう。
 ワタクシの「モノ・コト論」で言うなら、意識化され、データ化された「コト」は忘れてしまう可能性が高いけれども、無意識の体験であったり、言語化されない「モノ」は血肉となって残る可能性があるということですよね。
 なるほど教育の本質を捉えた言葉であると思います。学ぶ立場としての自分自身の体験的にも、これはかなり真実に近いと直感します。たしかに忘れたけれど何かが残っている。残るということは意味があるということ。
 そして学校というシステムへの懐疑の表現としても面白いですよね。私たち教員は常にこれを意識せねばなりません。
 学校で習ったことをすべて覚えていたら、きっとアインシュタインは世紀の大発見をすることはなかったでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018.04.17

Amazon Music Unlimited

Th_images 2年半前にAmazon プライムミュージック開始の記事を書きました。
 あれから、私の音楽ストリーミングライフは、だいたいこんな感じで固定化されてきました。
 すなわち…全ジャンルにわたる一般的な利用はAmazon Music Unlimited、自宅の音源保存にはGoogle Play Music、クラシックのマニアックな曲を聴く時はNaxos Music Library。こんな感じです。
 GPMは無料、AMUはプライム会員なので年額7800円、月々だと650円ですね。そして、NMLは本来月々1980円ですが、私はピティナのグランミューズ会員ですので、月々300円で利用できます。
 つまり、ストリーミング・サービスのためにだいだい月々1000円払っているということですね。まあ、たった1000円で世界中のほとんどの楽曲を好きな時に好きなだけ聴けるということになります。
 なんともすごい時代になりましたね。音楽ファンにとっては本当に幸せです。
 AMUには最近登録しました。Prime Musicの時に書いたように、Amazonらしいプレイリストやラジオステーションがお気に入りです。ダウンロードできるのもやはりうれしい。
 そう、今や円盤の時代はとっくに終わり、そしてダウンロードの時代も終わったと言われています。ストリーミングの時代というわけで、とにかく手元に物にせよデータにせよ、所持、保管しないというわけです。
 もちろん、前時代の人間、いや最近の若者こそが、そうした雲をつかむような音楽受容に飽き足らず、LPレコードはもとより、カセットテープまでをもクールだとして、あえて所有するようになっているのは面白いですね。
 私もここへ来て、地下室に眠っているレコードやカセット、さらにはCDを再生できる環境を再び整えつつあります。
 モノからコトへ、しかしまたモノへ回帰するという、「コトを窮めてモノに至る」という一つの形かもしれません。
 まあ、もともと音楽は流れ行くものであり、固定化して所有すべきものではありませんから、実はストリーミングへの流れ自体は間違ったものではないとも思います。
 古代に還ったとも言える。そうすると、若者の音楽所有欲求というのは、案外古典的な人間の欲望なのかもしれませんし、そういう意味では、「財産の私有」にこだわるという、お釈迦様がずいぶん昔に否定した煩悩がいまだに健在だとも言えそうですね。
 別の見方をすれば、ストリーミングは「究極の私有」とも言えます。つまり、いつでもどこでも何度でもということです。それこそ物理的限界にさえとらわれない究極の所有の形態とも言えるわけです。
 さて、私はどうでしょうか。どうなっていくのでしょうか。演奏家のはしくれとしては常にストリーミングです。即興性を重視し、楽譜を読むのが苦手という意味でも、ストリーミング派でしょうかね。

Click!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018.04.16

渋谷すばる 『Swallowtail Butterfly 〜あいのうた〜』

 谷すばるくんがニュースを賑わせております。彼については、こちらに書いたとおり、私は非常に高く評価しております。
 彼がいわゆるアイドルグループの一員として頑張ってきたことには、それなりに大きな意味があったと思います。
 関ジャニがここまでの長命アイドルになれたのも、すばるくんの持つ高度な芸術性のおかげでしょう。
 ですから、ここで彼がグループを離れることは、たしかに残念であり、心配なことでもありますが、別の考え方をすれば、彼がここまでよくぞアイドルとして頑張ってくれたとも言えます。
 それほどに、彼はある意味「浮いていた」。もちろんニュアンスの方がより強いわけですが、私からするといつ独立して、いわゆるミュージシャンになってくれのかなという正直な気持ちもありました。
 そう、先週の金曜日、11年前に関ジャニの初ドームに行った時、すなわち渋谷すばるというアーティストの存在と初めて出会った時、一緒に行った3人のギャルたちと飲み会をしました。
 彼女たちももうギャルなどと言えない大人の女性になり、世界を股にかけて活躍しています。11年ですからね。私も社会的立場は大きく変わりました。
 そう考えると、一つのアイドルグループでずっとやってきたすばるくんは、本当に立派だと思います。タイミングを図っていた部分もあったことでしょう。もちろん未練もあるかもしれません。
 ただ、彼の内側から湧き上がってくる「歌の魂」は、どうにも抑えきれなかったのでしょう。彼の歌は、たしかにテクニック的にはいろいろ難点も挙げられましょうし、ある種のクセが気に入らないという人もいて当然です。
 しかし、なんと言いますか、圧倒的に魂をこめて歌うことができるという意味では、若い歌い手の中ではピカイチの存在です。
 上に紹介した「Swallowtail Butterfly 〜あいのうた〜」は、私の大好きな日本のバラード。好きだからこそ、厳しい目、いや耳で聴いてしまいますが、私には本当に完璧に感じられます。
 ただ歌いこなすのではなく、歌と一体になるということ。たとえば美空ひばりがとんでもないレベルで成し遂げたことを、彼は自分の意志というよりも、天与の宿命として実現しようとしている。
 今回の決断が、彼の、そして私たちの夢の実現への、大きな一歩になることを期待しています。応援しています。
 上掲の記事で書いた、歌謡コンサートの「元気を出して」がありました。こちらもじっくり聴いてみてください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018.04.15

AbemaTVでベイスターズ戦を観る(祝8連勝!)

Th_ae2a6e2644bae399087a3922c9e963a6 は1998年の38年ぶり優勝で熱狂してから、私のベイスターズ熱は急速に冷めてしまい、球場での生観戦はもちろん、テレビ中継もほとんど観なくなってしまっていました。
 それが今年は開幕からちゃんと観ている。これは実に面白い現象です。
 まるで大洋ホエールズファンだった少年時代のように野球のことばかり考えている。不思議な現実です。
 というのは、ちょっとお恥ずかしい話なんですけど、今年の正月からふとしたきっかけでスマホゲームの「プロ野球スピリッツA」をやりこんでいるんです。
 それまではこれこそお恥ずかしいのですが、ポケモンGOにずいぶん時間をかけていました。しかし、やはり自宅にいながらにしてガッツリできないじゃないですか。基本お出かけしなければならない。
 それで何か暇つぶし的なゲームはないかな、しかし、かと言ってルールを一から覚えるのは面倒なので、自分がよく知っているスポーツのゲームをやろうと思い、それなら野球だと始めたのです。
 そうしたら…なんだか本当に久しぶりに野球熱が再燃してしまった(笑)。実はそういうことです。
 大好きだったベイスターズさえ、今どんな選手が活躍しているか正直知らなかった。本当にここ20年全く観ていなかったので。しかし、ゲームのおかげで、選手の名前、顔、ポジション、フォームなど、いろいろ予習することができた。
 それで開幕が楽しみでしかたなかったのですよ。そして、今やテレビではなくネット中継で観戦できることも知った。
 そう、昨年に続き、横浜DeNAベイスターズの全主催試合を、AbemaTVで完全無料放送してくれているのです。
 ファンの方々からすれば今さら何をでしょうけれど、ずっと離れていたワタクシからしますと、これは大変な驚きでした(もちろんニコ生による中継も)。
Th__20180416_62108 そして、ネット中継が実に面白い。今日の中日戦の解説は初登場の小田幸平さん。この解説が最高でした。捕手目線の配球予想をはじめとして、なるほど!と思うお話が満載。ますます野球の面白さにはまってしまいました。
 もちろん(当たり前ですが)ゲームではない本物の選手、本物の試合のすごさも体感できますし、やっぱり生観戦したいなとも本気で思った。
 本当に今さらなんですけれども、日々の楽しみが一つ増えた…いや、忘れていた楽しみを思い出したと言えそうです。
 今日はベイスターズ戦終了後、夕方からは大日本プロレスの試合をネット生中継で観戦しました。本当に久しぶりにスポーツ観戦三昧の日曜日を過ごしたような気がします。
 その間、テレビは娘が映画鑑賞のために占拠しておりました。昔のようなチャンネルの取り合いもない、なんとも便利で平和な時代になりましたな。
 それにしてもベイスターズ8連勝とは驚きですね。復活ファンとしては最高のプレゼントをいただいている気分であります。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018.04.14

薬師丸ひろ子 『Woman"Wの悲劇"より』

 日は東京にてラモーの練習がありました。プロに特別レッスンをしていただき、本当に音の裏側にある「物語」の豊かさに感動いたしました。それこそ私は書き残された「音符」を再現するだけで、その背後や行間にある本質を表現できていない。
 当たり前ですが、そこがプロとアマチュアの違いでしょうね。今日はそれを痛感。ただ、こうして教えていただけるだけでも幸せなことであります。
 さてさて、今日の記事は昨日の続きとなります。
 ユーミンが他者に提供した曲の中でも、ご自身で最も高く評価している「神曲」がこれ。
 いやたしかに神がかってますよ。それこそ、音符の組み合わせの妙により、今まで地球上になかったクオリアが生まれ、それが時代を超えて残ることになっている。すごいですね。
 ユーミンも語っているように、この奇跡が生まれたのには、薬師丸ひろ子という稀代の歌手の存在が深く関わっています。あの声、歌唱力、そしてお人柄がユーミンの才能を刺激した。作詞の松本隆さんもそんなことを言っていましたっけ。
 そういう意味でも、やはり関係性の中に縁起している音楽と言えましょう。
 さあ、今さら私が語るべきではないかもしれませんが、この曲のコード進行のすごさは本当にすごい(笑)。すごいとしか言いようがありません。
 これは創造なのか、それとも発見なのか。いや、全ての創造は発見なのかもしれませんね。
 特にサビに入る前とサビのコード進行。転調とも言えますよね。まさかのB♭m7(9)。
 9thが生む浮遊感というのは、よく言われることですけれども、なんというか、マイナーへの転調として捉えると、基本的には落ちてるわけですよ。そこに非和声音の9度のいわゆる「倚音」で薬師丸ひろ子に歌わせてしまったユーミン、そしてそれを完璧に、さらに純粋に歌ってしまった薬師丸ひろ子という、なんとも奇跡的な組み合わせによって、この宇宙にそれこそ浮遊していたクオリアを「発見」してしまったわけですよ。
 おそらくこの地球上に初めて召喚されたクオリアでしょう。もちろん、ジャズなどではこういう展開もありましたが、歌として、歌詞とも関係しあってのこのクオリア、ニュアンス、ムード、イメージは初めてでしょう。
 松任谷正隆さんが荒井由実に惚れた一因が、この「ここでこのコードか」だったと言います。なるほど、これは専門であればあるほど驚きますよね。
 この動画、比較的最近の薬師丸ひろ子さんですが、本当に素晴らしいですね。昔、すなわち30年前はさほど興味がわかなかった。今は正直興味ありありです(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018.04.13

“100年後”も聞かれる音楽を――ユーミンが語る老い、孤独、未来

Th_1523076636_1523076525_02 し前にYahooニュースに掲載されていたユーミンのインタビューが実に良かった。こちらです。
 4月11日に出たユーミン自撰のベスト・アルバム「ユーミンからの、恋のうた。」が、たしかにすごい内容ですね。40周年の時の「日本の恋と、ユーミンと。」と合わせて91曲。それがベストなわけですから、とんでもない歌人だと言うとこですね。
 そして、歌人と言えば「詠み人知らず」を目指すというのも素晴らしい。実際、多くの歌手に素敵な曲をたくさん提供しています。最近でも「あっこれもやっぱりユーミンだったんだ」と気づくことがあります。自我が強くないのが天才の条件なんですね。私も見習いたい。
 インタビューの内容は、もう読んでいただくのが一番ですけれども、やはりティン・パン・アレーの「手数が少ないが情報が豊か」という話、これってそのあとの「クオリア」も含めて、やはりデータ化可能な「コト」自体ではなく、それらの関係性の間に縁起する「モノ」の方が本体であるという話とつながりますよね。
 そういう意味で、最近ちょっと宇宙の本質がわかってきたような気がするんです。天才たちのおかげで、お釈迦様の言わんとしていたことにちょっと近づけている気がする。
 そういう意味で、ダンナ様である松任谷正隆さんとの関係についての言及も興味深いですね。「ハサミ」か!素晴らしい比喩だなあ。やはりお互いの関係性の、それも隙間に本質があると。
 若い頃、実はそんなに積極的にユーミンを聴いてきませんでした。演奏はずいぶんしましたけどね。最近、大人になって、音楽も少し分かるようになって、世界の構造も見えてきて、さらに不思議な事に仲小路彰に関わることから、アルファレコードの裏側にも触れることになり、ようやくユーミンに漂着したというか戻ってきたというか。
 そういう意味で本当に今、幸せな音楽人生を歩ませていただいています。皆さんありがとう。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018.04.12

河合奈保子 『涙のハリウッド』

 張の行き帰りの車の中で、ずっと河合奈保子さんの歌を聴いていました。
 最近、リアルタイムではあんまり聴かなかった昭和の歌謡曲をじっくり聴いております。特にアイドルの楽曲の編曲や演奏の素晴らしさに感動することが多い。
 この歳になったからこその楽しみ方ですね。いいものは時代を超えていろいろな楽しみ、学びを与えてくれる。
 さてさてそんな中、今日特に面白かったのはこの曲。実は知りませんでした、この曲。
 1986年、25枚目のシングルなんですね。1986年というと私は22歳。大学生ですね。この頃はバロックとジャズばっかり聴いてましたね。あとはバンドのお手伝いで70年代フォークとか。サークルでは山田流箏曲をやっていた(笑)。本格的に古楽器演奏始めたのもこの頃です。
 そんなわけで歌謡曲はほとんど聴いていませんでした。洋楽もMTVなんかでヴィジュアル化が進み、軽い音作りが多くなって正直ついていけない感じになっていました。
 唯一洋楽で聴き続けていたELOもこの年のアルバム「バランス・オブ・パワー」を最後に活動停止状態になります。
 そんな年に出たこの河合奈保子のシングルは、まさにELOの黄金期の音作り(アレンジ)そのもの。ほとんどパクリですね(笑)。ELOファンなら、元ネタを全部言えるでしょう。
 編曲はかの萩田光雄さん。萩田さん、なんでここでELOを持ってきたのでしょうか。ここまでコテコテだと一瞬手抜きかと思ってしまうほど。
 でも、考えてみれば、この10年後、奥田民生さんプロデュースのPUFFYが「アジアの純真」でデビューし、再びELOチックなキラキラアレンジを世の中にばらまきましたね。
 その後も、ELO節、すなわちジェフ・リン的なコード進行や、ルイス・クラーク的なアレンジというのは、J-POPの誕生に大きな役割を果たしたと思います。
 それにしても河合奈保子、歌うまいなあ。かわいいし。いいですねえ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«「利他の心」…ザ・リーダー 稲盛和夫