2008.07.03

「鳴沢」とはどこか

Fujibun 、東大名誉教授久保田淳さんの「富士山の文学」という本を読んでいます。富士山を題材にした、あるいは富士山の登場する文学というのは膨大にありますが、その一部を年代順に解題して、富士山に対する我々日本人の感情がどのように変化してきたのか…いや、変化していないということを明らかにしています。
 あくまで一部の紹介ですけれど、それでもガイドブックとして、なかなかの良書だと思います。私も、富士山と言えば自分が住んでいるところですから、それなりにそういうものをチェックしてきたつもりですが(読んでいるわけではない)、知らないものもずいぶんとありました。
 さて、そんなこの本の中に、「藤原俊成 鳴沢論議」という章があります。鴨長明「無名抄」にあるエピソード、すなわち俊成が自らの歌で「なるさぞふじのしるしなりける」と誤って詠んだため、「なるさの入道」と揶揄されたという話に関する章です。この話は知っていましたが、それについて顕昭の「袖中抄」に詳しく顛末が書いてあるとは知りませんでした。勉強不足でした。
 顕昭は例の万葉集にある「さ寝らくは玉の緒ばかり恋ふらくは富士の高嶺の鳴沢のごと」などの歌を挙げて、「なるさは」が正しいことを証明します。そこには俊成を擁護した惟宗広言の説なども書かれているのですが、結局は両者とも、平安初期に書かれた都良香の「富士山記」の記述に影響を受けているようです。つまり、「なるさ」派は斜面を砂や石が落ちていく音を、「なるさは」派は頂上の池の沸騰する音を、それぞれ「鳴沢」だとしているのです。
 ところで、鳴沢と言えば、今私が住んでいる村も「鳴沢村」です(その村の「字富士山」という、まんまなところに住んでいます)。ここ鳴沢が万葉集ほか、いくつもの和歌に歌われた「なるさは」であると、村の人たちは思っています(たぶん)。実際村内に「さ寝らくは…」の歌碑もあります。
 しかし、今、この村はとっても静かです。噴煙とともに、激しい恋情を象徴するとはとても言えない静けさです。ずいぶん冷めた恋です(笑)。本当にこのあたりが歌枕の「鳴沢」だったのでしょうか。
 古くから、「鳴沢」とは大沢崩れのことだ、という説が有力でした。久保田さんも基本その立場を取っているようです。しかし、私はどうもその説に違和感を覚えていたんですよね。
 たしかに富士北麓の現鳴沢村あたりが歌枕になる可能性は低いなあとは思っていましたが、だからと言って大沢崩れに比定するのはどうかなと。たしかに今では東海道からも見ることができますし、毎日トラック数十台分の岩や石が崩れ落ちているようですが、しかし、その音が響き渡って街道まで聞こえたとは思えません。というか、もっと根本的な問題として、本格的な大沢崩れが始まったのは平安後期であって、万葉集に歌われるわけはない、というのが私の意見なんです。
 もちろん、他にもいろいろと考えがありますよ。貞観の噴火以前に、現鳴沢村あたりを大田川という大きな川が流れていたらしいのですが(ある程度科学的にも証明されています)、そこに滝があって、その音だろうという話もあります。鳴沢村民としてはそう考えたい。たしかに私の読んでいるトンデモ文献宮下文書にも、大田川の描かれた古地図がいくつかあります。あっ、これはトンデモなんで証拠にならないか…と言いつつ、ついでに書いちゃいますと、基本あの古文書においては、「なるさは」は「鳴流澤」と表記され、今の富士吉田付近だということになっています。
 で、最近の私の考えなんですが、これって実は場所を表しているのではないのではないか、つまり地名ではないのではないか…、そう思うようになったんですね。いずれにしても特定の場所で轟音が鳴り響いていたというのは、それ自体不自然な感じがしますし、「富士の高嶺の鳴沢」が「ニューヨークの摩天楼の124階」みたいな表現だとは限らないじゃないですか。
 すなわちこういうことです。「富士の鳴沢」とは「富士の煙」とペアになる表現で、「なるさは」の「なる」は「鳴る」でいいと思いますが、「さは」は「騒ぐ(古語では騒く)」と同源の「さは」、あるいは「ザワザワ」と同源の「さは」、または「多い」「甚だしい」を表す上代語「さは」と同源の「さは」であり、「なるさは」全体で単に絶えることのない噴火の音を表していると。単に「富士の轟音」と訳すべきだと。つまり、「富士の煙」という視覚的なものともに、聴覚的に「絶えざる恋情」「激しい恋情」を表しているということです。
 考えてみれば、万葉集は当然万葉仮名(漢字)で書かれていたわけで、一般に「鳴沢」と当て字される言葉も、元は「奈流佐波」なのです。そこに「沢」という字を当てて読むようになったのは、もちろん後世のことでして、その「沢」という字に流されて、いろいろと勘違いが生じたのではないかとも思われるのです。
 この本にも紹介されていましたが、「さ寝らくは…」の歌には別ヴァージョンがいくつかあって、その一つに「伊豆の高嶺の鳴沢」という表現があるんですね。これも、伊豆箱根のどこかから噴煙が上がっている様子を聴覚的に表現したものだと思います。実際に音は聞こえてこなくとも、大きな山の頂上からモクモクと噴煙が上がっていれば、誰でも「鳴り騒ぐ」音を心の耳で聞くんじゃないでしょうか。
 ということで、新説です。「鳴沢」はどこにもないけれども、ある意味どこにもあると(笑)。もしかすると、1000年以上にわたる誤謬を正す珍説かもしれませんよ、まじで。

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2008.07.02

『ラプソディ・イン・ブルー』 末延芳晴 (平凡社)

ガーシュインとジャズ精神の行方
58283170 ジャズ方面の大学に進もうとしている生徒の指導のために読みました。
 まあそこそこクラシックとジャズについての知識はある方だと思いますが、そのクロスオーヴァーとしてのジョージ・ガーシュインについては、正直かなり疎かった。勉強になりました。
 なんとなく古楽に出会った時のような感じを受けましたね。のちの時代の常識を取り払って、本当の姿に近づこうとして見えてくる世界。ガーシュインも、実像より虚像が独り歩きしていたようです。
 私にとっても、ガーシュインと言えば「ラプソディ・イン・ブルー」、それもモダン・ジャズかスウィングの味付けがされたもの、あるいはあのレナード・バーンスタインによる荘重な(!)オーケストラ演奏、もしくはピアノでクラシック作品を弾くかのように楽譜を再生したものしか知りませんでした。ですから、この本を読みながら聴いた、ガーシュインによるガーシュイン演奏には正直衝撃を受けました。
 まずはそれを聴いていただきたい。ナクソス・ミュージック・ライブラリーに入会している方はこちらで、入会されてない方は例の冒頭の部分だけでも下のリンクからAmazonやiTunesで聴いてみてください。
Amazon Gershwin Plays Gershwin
iTunes Gershwin Plays Gershwin
 他のどんな演奏も物足りなくなってしまいますね。やっぱりオリジナルに触れるということは意味のあることです。新しい解釈や表現を試みるにしても、やはり作者本人の意図を知ることは大切ですね。
 古楽的だと思ったのには、次のような理由もあります。その自身による演奏のテンポが非常に速かったこと、そして、即興で奏される部分が多々あったこと、さらにピッチがかなり低めであったこと。表現が決して上品ではないこと。
 そう考えてみますと、ジャンルを問わず手垢にまみれてくると、音楽は遅くなり、固定化され、ピッチは上がり、お上品になってくるということでしょうかね。ま、一概にそうとは言えないとも思いますが、ちょっと面白い一致ではありました。
 さて、そんな体験をもしながら読んだこの本。基本、ガーシュインの伝記ととらえてもいいでしょう。けれども、実際はそれにとどまらない、立派なアメリカ論、音楽論になっていると思いました。
 特に繰り返し強調される、二組の三位一体。すなわち、「黒」「白」「ユダヤ」という三位と、「ホワイトマン」「グローフェ」「ガーシュイン」という三位。両三位はある意味同じとも言えましょうか。ホワイトマンはその名の通り(?)白人ですが、黒人的な性質を帯びたジャズ・バンドを率いていましたし、グローフェは一般的なクラシック音楽、つまり西洋的(白人的)音楽の使い手でしたし、そしてもちろんガーシュインはロシア系ユダヤ人でしたから、それら三色(?)の音楽や人や文化が混じり合って、あのガーシュインの「ブルー」が生まれたわけです。そして、その色が、のちの様々なジャズの形態の土壌を作っていったのですね。
 また、彼らの集団的職人的音楽製作現場というのも、これもまた、クラシック的ではなく、のちのロックンロールなどの大衆音楽のあり方を決定づけたのでした。
 一方では、こうしたある意味破格な音楽作品が、クラシック世界にも大きな波を起こします。つまり、彼の音楽はより「歌」的であり、脱楽譜的であり、明解であり、そういう意味で回帰的であったため、カウンター勢力としての無調性音楽や抽象音楽が生まれるきっかけを与えてしまったようです。
120510 そのへんの流れや歴史的事実については、正直全く知りませんでした。昨日の記事的に書けば、音楽界に物の怪が登場して売れっ子になった一方、クラシック界からもジャズ界からも卑下され疎まれ、しかし確実に周囲に影響を与え、意識改革を促したということですね。そんなすごい人だったんだ。
 そんなすごい人は、少年時代は単なる不良だったようで、ピアノを始めたのはなんと14歳。ずいぶんと遅い。まあそのおかげで、彼は正確に楽譜どおりに弾くことや、完璧な音楽理論と技術による作曲や編曲が苦手だったわけでして、それでああいう独特な世界が生まれたとも言えますね。もし、彼が幼少からいわゆる英才教育を受けていたら、ただの凡庸なクラシック・ピアニストになっていたかもしれません。あるいは、音楽なんかにはすぐに飽きてプロの喧嘩屋さんになっていたかも。まったく運命というのは面白いものです。
 あらゆる文化が流入し、混ざり合い、優れたハイブリッドが次々生まれていた古き良きアメリカ。いつのまにかアメリカという強大なブランドが出来上がり、ずいぶんと硬直化してしまいましたね。メルティングポットからサラダボウルへ。そして今は…。今、世界の優れたミュージシャンにとって、アメリカは最大の市場ではありますが、優れたミュージシャンを育てる土壌とは言えないようですね。
 あっ、そうそう、そう言えばあの天才ジャズ・ヴァイオリニスト、ステファン・グラッペリがライヴでラプソディ・イン・ブルーを弾いてましたっけ。ピアノで(!)。それが非常に早くてそっけないような感じだったんですね、あれ〜?って感じ。でも、それが実は正しかったんですね。1908年生まれのグラッペリは、ヨーロッパで育ち、音楽活動を始めたわけですが、当然アメリカから逆輸入されたばかりの活きのいいガーシュインを体験していたはずですから。なるほど、納得しました。

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2008.07.01

『私のこだわり人物伝 グレート東郷』 森達也 (NHK教育)

知るを楽しむ…愛しの悪役レスラーたち 昭和裏街道ブルース 第1回
Akuyaku ろいろな意味でタイミングのよい番組。NHKいいぞ!
 グレート東郷 vs バーン・ガニアの映像が観れたのも収穫。グレート東郷の「ジャパニーズ・スマイル」&「待った!待った!」最高でした。NHKさん、案外プロレス好きですよね。まあ「テレビとプロレスは双生児」ですから、避けて通れないのでしょう。
 さて、私も好きでよく読む森達也さんの本ですが、数年前に読んだ「悪役レスラーは笑う」も大変面白かった。ただ、ネタが私の専門とする(?)プロレスなだけに、逆に語りにくくなってしまって、このブログでは取り上げずじまいでした。そうこうしている内にNHKさんに取り上げられちゃった。そして、私の言いたいことを全部言われてしまった…と言うか、森さん本人が語っちゃった。ということは、森さんと私の考えは非常に近いということですね。
 その一番言いたいことはとりあえず置いといて、本書の中での最も感動的な(味のある)部分は、先日亡くなったグレート草津さんとの酒を飲みながらの対談でしょうかね。あれがプロレスの全てを表していましたよ。ああ、グレート草津さん、命がけで酒飲んでたんだ…。それこそレスラーの生き方でしょうね。
 それから、昨日の記事で、「政治はフィクション」みたいなことを書きました。あれは今日の森さんの言葉で言えば「国家というフェイク」ということでしょうね。そういう意味でもタイミングが良かったかな。なんだ、おんなじこと言ってんじゃん…う〜ん、やっぱり森さんの著書に影響受けてるのかな、私。
 森さんがいろいろなメディアで一貫しておっしゃる、「この世は単純でなく、複雑で、多層的で、豊かである」ということは、ワタクシ的に言うと、「コト」より「モノ」ということになりましょうか。今日の番組でも少し触れられてましたが、時代はハッキリした「コト」にばかりこだわって、つかみどころのない「モノ」の豊饒を享受しなくなっています。非常に涸れた感じがしますよね。プロレスを観て、あれは八百長だろう、で終わってしまうような。
07_book グレート東郷の出自からしてよくわからない、その「モノ」性に、皆が嫌悪し、興味を引かれ、語りたくなる。昭和はそういう時代でした。昭和まで、と言った方がいいでしょうか。
 それに比べて、最近はどうでしょう。わからないことを楽しむ…フェイクに自らすすんで騙され、フィクションで遊び、虚の豊かさの中で自己を世界を拡張していく、そういうまさに「物語(モノガタリ)」がなくなってしまっていませんか。この前、総合格闘技のイベント「DREAM」について厳しい感想を書きましたが、それはこういう実感から由来するものなのでした。
 番組中、森さんが語った「フェイクがリアルに転換する瞬間」「虚の中に実がある」「全てが虚実の被膜」「人間は矛盾した存在」「底が丸見えの底なし沼」ということは、最近私が言っている「コト」を極めて「モノ」に達するということにも通じています。
 私が言いたいのは、なんでも科学的に説明したり、白黒はっきりさせたり、勝ち負けだけで論議したり、つまり「コト」化だけで終了し、安心し、納得してしまうのでなく、なんだかわからない「モノ」について、みんなが語り(コト化し)…すなわち「モノガタリ」しあい、しかし結局その総合体がまたなんだかわからない「モノ」になっていく、というのが人間の営みであるべきだということなんです。「モノ」→「コト」→「モノ」→「コト」…という無限の循環こそが、我々の生きる意味であるし、世界の実態であると思います。
Togo もちろん、それはお釈迦様の教えにもつながっていますね。つまり、この世の「マコト(真実)」は、全ての「モノ」は無常であり、だからこそ多様であるということ一つなわけです。そうして、究極には「コト」と「モノ」が一体化していく…。
 「言葉(コトノハ)」で語る(コト化する)とは、すなわち何かを切り取り抽象するということですので、それ自体が「騙り」=「虚」になります。そこで終わってしまうのでなく、それを元に捨象された部分、未知なる「モノ」に思いを馳せて更に語る(コト化する)のが、「物語(モノガタリ)」の本質です。
 ですから、語られた(あるいは騙られた)「コト」を全てとして終了してしまうのは、私は絶対に避けたいと思っています。たしかに最近の世の中には、そこで終わってしまって、せいぜいブツブツ愚痴をこぼすだけの人が多い。それは感じます。もっともっと我々は底なし沼に入っていかなければなりませんね。底が見えているからと言って、それがホンモノであるとは限りません。蜃気楼みたいな幻影かもしれませんからね。まずはそこ(底)まで行ってみましょう。
 まあ、実際、語られる物の怪がいなくなった、モノガタリの素材たるモノが欠如している、物語の推進力を秘めたモノを感知しにくくなっている、そういう時代になってしまいましたね。単なるノスタルジーやセンチメンタリズムではないと思いますよ。
 おそらく森達也さんも、同じことを、私と違う経験と思索の中から感じ取っておられるのだと思います。もちろん、私のようなモノと森さんを同列に扱うことは大変失礼でありますが、しかし、いつかお酒を飲みながら語り合いたいですね。
 さて、いろいろ書きなぐってきました(語ってきました)が、番組の中でも、あるいは著書の中でも登場した重要人物、大モノノケである力道山について近い内に語ろうかと思います。面白い映画を観たので。

Amazon 私のこだわり人物伝 2008年6-7月 (2008)

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2008.06.30

『朝鮮通信使』 山本起也監督作品

駿府発・二十一世紀の使行録
Uhfwq 品中、このように地図が南北さかさまになっていましたね。さりげなく回転してました。
 昨年は、徳川家康の駿府城入城400年、そして(江戸時代の)朝鮮通信使が始まって400年という年でした。この映像作品は、それを記念して製作されたものです。
 静岡市在住の私の父が、図書館から借りてきたものを観ました。父は先日、市民文化会館で観たとのこと。静岡市が中心になって製作されましたので、基本的に徳川家康の目指した平和外交の成果としての朝鮮通信使を表現したものになっている印象を受けました。もろちん、21世紀における日本と朝鮮半島との関係を模索する目的の作品ですから、そういう内容になってしかるべきであります。
 作品としては、なかなかきれいな作りであり、取材や構成もしっかりできていて楽しめました。さすが、ドキュメンタリー映画を得意とする山本監督です。静かな中にも強いメッセージを感じさせる好演出であったと思います。
 ナレーションと案内役をつとめる林隆三さんがいい味を出していますね。作品全体の印象に、彼の芸がいかに大きな影響を与えていることか。「語り」の力ですね。
 ご存知のように、朝鮮通信使には、日朝双方にいろいろな思惑があったり、あるいは双方の意識のすれ違いも多々あったりしましたね。この作品では、豊かな文化交流が強調されていましたが、その逆の面、すなわち文化摩擦があったのも事実です。
 静岡の街道筋の人たちも、けっこう大変だったのではないでしょうか。作中にもあったように、そのもてなしにはずいぶんと大きな負担を強いられたことでしょう。彼らが来ることは、一つのお祭りのようなものであったとは思いますし、一つの娯楽、見世物として楽しみにしていたのも事実ですが、家の改修や過度な饗応も大変だったろうし、さらに狼藉をはたらく朝鮮人などもいたようですからね。せっかくきれいにした家を汚されたりして、けっこう大変だったらしい。
 作品にも出てきましたが、僧侶や文人らはそれなりの文化交流をしていたようですね。それも漢文(漢詩)で交流したというのは面白いですね。今でもそうです。私も韓国の姉妹校を訪問したりすると、漢字で筆談したり、あるいは今なら英語ですかね、そういう第三の言語で、それもある意味双方にとって支配的である言語によって交流するんですよ。
 なんとなくそういうことを考えながらこの作品を観ていまして、まあ、通信が「まことをかよわす」という意味だとしても、結局はその場しのぎのもてなしや、あるいは偽造した国書や印や、あるいはそういった第三の言語だったり、つまりワタクシ的に言うと「コト」的(フィクショナル)なつながりであったのだなあと、そんなことも思いました。
 つまりこの世に「真コト」というのはなく、それを標榜すると、どうしても嘘つきになってしまったり、芝居がかったりしてしまうということです。もちろん、全ての異文化交流はそうして始まるわけですし、いや、いつまでたってもそこにとどまるわけですから、当たり前と言えば当たり前なんですけどね。
 もうすぐ、洞爺湖サミットが始まるじゃないですか。これもまた、朝鮮通信使と似たようなもので、それなりの出迎えをして、そしてそれなりの警備をして、それなりの作られた笑顔で会話して、でもそれなりの思惑が交錯していて、で結局それなりの声明を発表したりして、なんとなくお祭りが終わったというか、それなりのアクトをしましたよで終わるというか…。つまり、「マツリゴト」というのはいつの世もフィクションであると。
 それを後世どのように解釈するかというのもまた、非常に政治的、マツリゴト的なものであるわけですね。芸術作品におけるメッセージ性というのは、例外なくそういう性質のものなのでした。ですから、この作品がいろいろな教育現場などで上映されることには、プラス方向にもマイナス方向にも大きな意味があると思います。ま、教育こそ「マツリゴト」の末端であり根幹であるわけですが…。
 山本監督は私の高校の後輩です。私が3年生の時の1年生だと思います。次は監督の話題作「ツヒノスミカ」を観てみましょう。たぶん、監督としては「ツヒノスミカ」の方が自然体だと思いますので。

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2008.06.29

スティックポスターin羽後町

タクシー会社の窓に貼られたスティックポスター群(click!)
Sp01 10時間かけて富士山に帰ってきました。
 昨日は我々のコンサートも大きな楽しみでありましたが、実は私にはもう一つささやかな楽しみがありました。
 そうです。昨日、羽後町では「かがり火天国」というお祭が催され、そして、その中で「かがり美少女イラストコンテスト」や、イラストレーターの西又葵さんのスペシャル・セミナーなどが行われるのです。私はそっちの方のことはあんまり詳しくないのですが、オタク文化には興味を持っていますので、はたしてこの秋田の小さな町にどのくらいのオタクの皆さんが集まるのか、そしてイベントがどのような雰囲気になるのか、非常に楽しみでした。
Sp02 ただ、お祭と我々のコンサートの時間が完璧に一致しているので、残念ながら直接お祭に参加することはできません。まあ、しょうがないな。でも、正直、演奏中もそっちのことがちょっと気になっていたりしました(笑)。
 あと、このお祭に合わせて作られた超豪華なスティックポスターをゲットすること。これは実現しました。地元の書店ミケーネさんに行って、とりあえず5箱(10枚)ゲット。店内外にはいかにもそういう方々が、両手にポスターの箱の入った袋を提げています。なんとなく感動の風景。
Sp03 私は一種類だけダブっていたので、16枚中9枚手に入れたということです。ちなみにこれらはマニアな生徒たちに売りつけます(笑)…と思っていたんですが、実際買って、実際観てみますと、さすが日本を代表するイラストレーターの方々の作品、正直素晴らしい!めんこい!そうか、「めんこい」は「萌え=をかし」なのかもしれない…。いやあ、予想以上に素晴らしい。これはもう芸術の域に入ってますね。私がゲットしたものはのちほど紹介します。
 オウザンのメイド・カフェ(?)の方にも、これらポスターをゲットしたオタクの方々が多数来店されていました。しかし、昨日書いたように、私たちのコンサート&ディナーが開催されることになったので、夕方からは貸し切り状態。お祭が始まる前の夕方にこちらのカフェで優雅にお茶を、と思っていたであろうオタク諸君の夢を砕いてしまってごめんなさい!
 なにしろ、憧れのカフェに来店したとたん、メイドさんに追い返されちゃうんだもんな。これこそまさに「おかえなさいませ(命令形)」ですぞ(笑)。私は店内でいろいろと準備していたんですが、なんか哀愁の背中を見せて帰っていく皆さんが可哀想で可哀想で(?)、ある一群に声をかけてみました。
「ポスター全部集まりました?」
「ええ!コンプリートしましたよ!」
「すごい!」
「1万円かかりました」
「お〜、20箱買ったんだ…」
「40枚ですね。で、16種類コンプリート。まあ、仲間と交換したりして…」
「お〜、すごいですねえ。ところでどこからどうやって来たんですか?」
「東京です!飛行機で来ました!」
 お〜、その熱さを待っていた!さすがですね。こういう行動力というか熱意というか団結力というか、オタクの真骨頂です。私もいちおうオタク研究家のはしくれとして、彼らのその心意気には共感するとともに感動すらしましたよ。
 その後、祭が始まる前の会場付近を探索しました。熱心にイラストコンテストのエントリー作品を吟味する方々や、メイド服とチャイナ服の秋田美人が給仕するビア・ガーデンの開店を待つ人々の、あの静かだが、非常に濃厚な空気は、やはり独特のものがありました。いやあ、熱いなあ。しかし、あの「メイドと語らNIGHT!」というのはなんとも…(笑)。自分のコンサートをそっちのけで、こっちで飲みたいなあ!なんて不謹慎なことを考えてしまった私って…ま、冗談です(笑)。
 ということで、私がゲットしたスティックポスターを紹介します。持っているのは、ウチのクラスの萌え系(?)まきたんです。clickして観てみてください。

BonnodoriIshiumaKenponasiAguriko_2KurosawakeMiwaSatohTaisennsohPop

 どれも美しい作品でありますが、私の趣味といたしましては、やはりウチのバンドにも間接的に縁のあるPOPさんの絵かなあ。純粋にめんこいと思います。カミさんもPOPさんデザインの茅葺き屋根キャラ(?)かやたんに萌えておりました。ちなみにPOPさん製作の羽後町の地図(うごいすマップ)はゲットできませんでした。地元の機動力を活かしてなんとか手に入れたいと思います。
Nobuhirousi_2 ワタクシ的に笑えたのはですね、やはりゲットした中では、佐藤信淵でしょうか。今日、羽後町の歴史民俗資料館に行って(土方巽の鎌鼬の写真展示があったので)、佐藤信淵の肖像画を見てきたんですが、あまりに違うんで大笑いしちゃいました。ポスターでは超イケメンですが、資料館にあったのは…。ちなみに左の画像は秋田市にある彌高神社に残る肖像であり、資料館のものよりも多少イケメン風であります…。
 あとは、そうですねえ。今回はゲットできませんでしたが、「としとらんど」でしょうかね。としとらんどの実態についてはこちらに私のレポートがあります。あのポスターを観て、としとらんどに行ってしまった人たち、ご愁傷様でした(笑)。
Ohzan67 そして、旧対川荘、すなわち昨日コンサートをしたオウザンのメイドさんの絵でしょうか。実際、とっても可愛らしいお嬢さんお二人が、イマンの高級なメイド服に身を包み、それはそれは魅力的でいらっしゃったわけですが、さすがにこういう画風になりますと、ちょっと違った風情になりますね。右の写真は、昨日職権を濫用して(?)撮影させていただいたものです。まあ役得ですな。ごめんなさい、オタクの皆さん!
 でも、冗談抜きで、本物のメイドさんは素晴らしい。正しい文化は正しく継承しなくてはなりませんね。
 それにしても、メイドさんお二人、昨日はお疲れさまでした。お二人だけで、あれだけのお客様をもてなすのは、さぞ大変だったでしょう。昼間はあちら系、夜はディナーとコンサート、そしてその後も我々におつきあいいただき、どっとお疲れになったことでしょう。ありがとうございました。
 それにしても、あらためてこのスティックポスターやイラストコンテストを企画運営し、そして実現に持っていったスタッフの努力には頭が下がりますね。特にオタクの皆さんも「神」と称していた、山内氏は本当にすごい方ですね。今回はお会いする機会がありませんでしたが、いつかお会いして、羽後町の振興についていろいろとお話しさせていただきたいと思います。私もこの町が大好きですので。

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2008.06.28

コンサート in 『Ohzan de imane 村 cafe』(秋田県羽後町)

080628 当に楽しいコンサートでした。聴いてくださった皆様、櫻山の皆様、オウザン村Cafe&Restrantのスタッフの皆様、ありがとうございました。
 最近、いろいろと不思議なご縁というのがありまして、それがいろいろと楽しいイベントを引き起こしてくれます。今回も、このカフェ&レストランが開店したというのを、全く違うことを検索中にたまたまネットで知りまして、春休み、カミさんの実家に滞在中に訪問してみたのがことの始まりでした。
 その時のことはこちらの記事に書いた通りです。その時に「ここでコンサートができたらいいな」と漠然と思ったのですが、その記事にチェンバリストの(そして我が歌謡曲バンドふじやまの生みの親でもある)森洋子さんがコメントくれたんですね。「チェンバロ運びますよ〜!」と。こうなると「やろう、やろう!」という雰囲気になるのがウチのバンドのすごいところです。早速、いつもの突撃力で櫻山のオーナーさんに電話でプロポーズ!そうしたら、櫻山さんの方でも、カフェ&レストランの開店1周年を記念して、何かやろうと考えていらしたとのことで、即承諾してくださいました。すごい展開…。
 ウチもちょうど28日に法事があって秋田に行きますし、リコーダーとパーカッションの飯塚直子さんも、コンサートのために函館の森さんのところに行っているということで、じゃあ、我々は富士山から北上、森さんと飯塚さんは北海道からフェリーで南下して、秋田に集合しようということになりました。
 昨日、秋田の十文字町にて4人は無事集合いたしまして(なんだか妙に感動しました…いつも東京や富士山で会ってるのに…)、カミさんの実家でまずは再会(?)を祝して酒宴が開かれました。そこで、ビックリしたのは、我々の今回のコンサートが、地元秋田の地方紙「秋田魁新報」に記事として取り上げられていたことです。秋田では、このような形のコンサートはちょっと珍しいのでしょう。特に、古楽器でのバロック音楽の演奏というのはほとんどないのではないでしょうか。その記事のおかげもありまして、本番には32名のお客様がいらしてくださいました。キャパシティーの関係で何人もお断りしてしまったということで、予想以上の反響にオウザンさんも驚いていたようです。
 そして、今日、本番です。
 そうそう、今日は羽後町で「かがり火天国」という例のお祭りがあって、全国からオタクの皆さんが集まって来ていまして、こちらのカフェも何しろ聖地ですから、夕方我々が準備しているところにもたくさん彼らが来店しました。残念ながら我々のせいで、予約のお客様しか入店できない状況になっておりまして、可哀想なことをしてしまいました。その点に関しては明日の記事に書きますね。
Ohzan0806 さて、ご予約いただいたお客様にはオウザンの素晴らしいディナーを食べていただきまして、皆さん幸せな気持ちになったところで、いよいよコンサート(ライヴと言った方がいいかな)の始まりです。こじんまりした店内なだけに、逆にお客様との距離が近く、また、やはりおいしいお食事やお酒の効果でしょうかね、皆様すっかり貴族の気分になっていらして、おかげさまでこちら演奏者の方も実に楽しく演奏することができました。
 最近繰り返し書いていますけれど、本当にこういうインタラクティヴなライヴというのはいいものです。堅苦しいコンサートではなく、お互いの表情を見合いながら、そして会話もしながら交流する。音楽だけでなく、本当に心がつながっている感じがして気持ちがいいものです。お互いに幸せな気持ちになれるんですね。うん、空間の雰囲気と食事やお酒の効果というのは実に大切ですね。
 演奏曲目と演奏者を紹介しておきましょう。

1 バッハ G線上のアリア
2 フィドール リコーダー・ソナタ
3 テレマン 無伴奏リコーダー・ソナタ
4 ヘンデル 調子の良い鍛冶屋
5 シューベルト アヴェ・マリア
6 テレマン リコーダー・ソナタ
7 コレルリ トリオ・ソナタ
8 セファルディー民謡 さようなら恋しい人
9 コーヒールンバ

リコーダー・パーカッション 飯塚直子
チェンバロ 森洋子
バロック・ヴァイオリン 山口隆之
歌 山口陽子

 お客様にも、またオウザンの皆様にもご満足いただけたようです。珍しい楽器ということもあったと思いますが、皆さん大変熱心に、興味深く聴いてくださいました。ありがたいことです。私たち演奏者も大変幸せな時間を味わわせていただきました。
Dinner 演奏終了後、オウザンさんのお食事をいただきましたが、これがまたおいしいことおいしいこと。素材の豊かな味を活かすお料理で、野菜もお肉も絶品でありました。一仕事終えた後ですし、もう本当に幸せ幸せ(笑)。ごちそうさまでした。
 ああそうだ、もう一つ驚いたのは、テレビの取材が入っていたことです。地元秋田朝日放送の皆さんがこうしたオウザンの試みを地元の番組で紹介するとのこと。私たちも一人一人インタヴューを受けちゃいました。7月に放映予定とのことです。
Jwsd 最後、メイドさんと記念写真。カシャッ(私のは明日の記事で…笑)。
 とにかく楽しい楽しい、幸せな時間を過ごさせていただきました。あらためて、お客様、櫻山の皆さんに御礼申し上げます。また、いつか演奏できることを楽しみにしています。
ps メンバーの皆さん、お疲れさまでした!また、いろいろ企画しますんで、よろしく!

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2008.06.27

BUMP OF CHICKEN『ギルド』の歌詞について(その2)

Guild て、昨日の続きです。昨日の前半部分だけでも、ずいぶんと異論が飛び出しております(笑)。それで大いに結構です。その考える行為、批評する(批判じゃないですよ)行為こそ、この歌の中で藤原くんが望むものに違いありませんから。
 というわけで、気にせずどんどん行きましょう。後半です。後半は、これは本当に勘違いしがちですね。まるで、社会からのけ者にされたニートやらひきこもりやらの歌だと思っている生徒も多いようです。私は逆だと思いますが。言葉の顔だけを見ていても解りませんよね。もう一歩踏み込まなくちゃ。
 2番のはじめ「腹を空かせた…」のところですが、まず申しておかなければならないのは、この2行は1番の後にくっついているということです。音楽的には2番の最初から新しい内容になるような気がしますが、詩としては「人間という仕事」というフレーズが一つの区切りになっていることを確認しましょう。
 さあ、「腹を空かせた…」ですが、こういうマイナスのイメージ(顔)が並ぶと、それこそちょっと辛い生活をしている人なんかは「あっ、オレのことだ」とか思っちゃうんじゃないですか(笑)。
 これは、私には、どちらかというと普通に社会生活を送っている人のことを言っているように思えるんです。昨日も書いたように、社会の中でまともな大人として生きるということは、ある意味自分を殺して、抜け殻になって、能動的ではなく受動的に生きることになりますよね。そして、多くの人に囲まれニコニコ悩みもなさそうに生きているというのは、裏を返せば、本来必要としているモノを手に入れられず、しかしそれに気づくこともなく、あるいは気づいても言い出せなくている状態とも言えます。そういうまともな大人としての自分が出来上がってしまっているから、そこからなかなか抜け出せないんですね。これは私もいつも感じていることです。まともな社会人として(笑)。
 いいですか。ここは、非社会的な状態ではなく、逆に社会的日常的な状態を歌っているんですよ。そして、次の一節から様相が変わっていきます。このあたりから、言葉が時間や空間を自由に動き回りますから注意が必要です。
 まず、「人間という仕事」をクビになるという意味ですが、これは今まで見てきたように「人間という仕事」自体が良からぬものであるという前提ですので、それをクビになるというのは、結果良いことになるわけです。社会性という枠の中では「クビになる」というとマイナスのイメージを持つかもしれませんが、実際には、ここまでずっと書いてきたような、気が狂うほどの社会の不自然さに気づいて、それに対抗する姿とも言えます。まあ、イメージ的には「こんな会社やめてやる!」って辞表を叩きつけるような感じです(笑)。「なんだか知らんが、汗水垂らして努力とやらをさせられてただけじゃねえか!」って。
 それで、なんでそういう暴挙(?)に出たかという理由が次に述べられてるんです。「思い出したんだ 色んな事を」…これは、3ヶ月ほど前に授業でやりました「茜色の夕日(フジファブリック)」に見る「もの」と「こと」の冒頭、志村くんの「思い出すものがありました」と対照的な表現ですね。二人の詩人としての性格の違いをよく表しています。どちらが優れているとか、そういう次元の問題ではなく、大変に興味深いコントラストです。そのへんについて書き出すと、また私の「モノ・コト論」になってしまうので割愛…ええと、そうです、忘れていたモノを思い出したのでコトなんですが(ついでに「する(思い出した)」と「ある(ありました)」との対比も…それについてはこちらの本参照)、それはいいや…とにかく、本来のことを思い出したのがきっかけで、辞表を出しちゃったわけですね。これは辞めさせられたんじゃなくて、自分の意志で辞めたんですよ。そこが重要です。
 ただ、多少迷いもありますし、リハビリも必要かもしれません。本来のコトはとっても眩しいものなので。ものすごく大切なので。だから、ちょっと躊躇して「向き合えるかな」と言っている。ひきこもりが外に出て眩しいと思うのとは全然次元が違いますよ(笑)。変な共感しないように。
 さて、次。次も前節につながっていますから注意。社会性からの脱出における迷いの続きです。皆さん、「美しさ」とか「優しさ」とか、それらって絶対的なものがあると思いますか。ありませんよね。これこそまさに社会的に決められた約束事みたいなものです。それを一度投げうって生きるのは、とっても勇気のいることです。本当にそれで生きていけるのか?こう思うのは当然でしょう。なにしろ、「美しさ」や「優しさ」が、まるで神や貨幣のように流通している世界で生きてきたんですから。
 次はまた別の話です。これはまだ社会の側にいる人間に対して、あるいは過去の自分に対して言っている言葉です。実際まともな社会人である私は、「その場しのぎで笑って」ばかりいます。鏡の前で泣きはしませんが(笑)。そういうホントのことを私たちは無意識のうちに隠して生きていますね。たしかに。そういう矛盾に、自分自身にも人にも気づいてほしいのに、気づけなくなってしまうのが、それが社会の魔術であり、ある意味我々はその魔術に洗脳されて、そこに属することを許されているんです。そうして、夜になって寝て朝に起きる日常に取り込まれていく。
 次の「檻」は、今までの流れからわかると思いますが、決してひきこもった状態を表したりするのではなく、社会という枠、システム、ある意味宗教のようなもののことを言っているわけです。それに気づいてちゃんと表現し行動している藤原くん(というか、この詩の作者)が、そんな窮屈な檻から、我々を救い出そうとしているわけですね。詩を通じて歌を通じて。
 もう我々は社会で生きてしまった。これは事実である。だからそうして本来の自然状態ではなく汚れてしまっているのだけれども、しかし、それを否定するのではなく、しっかり受けとめた上で、さらに次のステージへ行こうと。彼は向こう側(高いステージの上)から、そう叫んでくれているんです。
 汚れてしまった(社会性を持ってしまった、あるいは大人になってしまった)自分に気づけ。しかし、それをやみくもに否定したりするのではなく、それを前提にして次の人間的ステージに行くべきだと歌っているんです。
 これは冗談でなく、お釈迦さまのおっしゃっていることと同じですね。お釈迦さまも出家する前、王子として俗世間(社会)の栄華を極めていました。つまり汚れきってしまっていたわけです。しかし、結果として、お釈迦さまはその穢れのおかげで悟りを得ることができた。賢い人間はそうして前に進みます。
 それも全て気が狂う程まともな日常…それ「も」です。そう、そういう崇高な行為もあくまで社会という日常の中で行なって意味があるんです。誰かのように解ったようなふりをして、自分を殺したり、他人を殺したりするのは、最も間違った行為ですね。お話になりません。
 エンディングの独言のようなリフレイン。ここに今までの総まとめがあります。
 我々は自然状態で生まれた。そしていつか「人間という仕事」を与えられた。そして自らクビになった。「何してんだ」…これは、迷いの自問かもしれない。あるいは向こう側からこちら側の人に呼びかけているのかもしれない。そして、最後「望んだんだ」「選んだんだ」…自ら感じ、決し、次のステージに進んだことをちゃんと表明しています。「仕事ではない」ことを「解っていた」から、そしてそれをちゃんと行動という形にしたから、今の作者の姿があるわけです。
 このように読んできますと、この詩が非常に前向きな内容であるということがわかりますね。ただ単に思うように生きろとか、そういう単純なものではない。もっと高次元な詩です。だから、ああいう真に美しく優しい音楽が与えられ、そしてあの社会性を超えた親子の愛を表現した人形劇が与えられたのだと、私は信じています。かえすがえすも素晴らしい作品だと思います。

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2008.06.26

BUMP OF CHICKEN 『ギルド』の歌詞について(その1)

 業で「ギルド」をとりあげました。私も大好きな曲なんですが、いろいろと誤解を受けやすい内容でもあります。最近でも勘違いしたヤツが世間を騒がせましたね。そういう事態を憂えて、という意味もありまして、今回ちょっと読解してみたわけです。
 この曲は、バンプの中でも数本の指に入る名曲だと思います。先月のたまアリでのライヴでも、生ギルドには私も涙してしまいました。心に迫るいい演奏でした。
 さて、どんな曲か御存知ない方々のためにまずは映像入り音源を貼っておきます。そして、歌詞も下に貼りましょう。


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Guild いい曲ですね。しかし案外難解な歌詞でもあります。ただ、この歌詞は(というか藤原基央くんの詩は)しっかり読み込めば読み込むほど、意味が収斂していくタイプの詩なので、授業で扱うには最適でもあります。
 基本、藤原くんは冷静に状況を描写するタイプです。聴く側、読む側はどうも感情移入しやすいのですが、ある意味テキスト分析的に読み込んでいくと真意が見えてきますね。逆にフレーズのみを見ますと勘違いしやすい。
 たとえば、生徒たちの中には、これはなんとなく暗いイメージの曲だと思っていた者もいるようです。マイナス・イメージの言葉だけに注目してまうと、案外そうかもしれません。バッと見ただけでもたくさんありますから、いちいちそれを全部挙げませんけれど、そこだけ見るとたしかにそう見えるという言葉を彼はよく使いますね。
 実はそのあたりが、彼の音楽をゴスペルだという感じる理由の一つでもあるんです。聖書でイエスはけっこう過激な言葉を吐いています。そこだけ見れば、異教徒にいかにも突っ込まれそうな言葉がありますよね(これもまたいちいち挙げませんが)。でも全体でとらえると決してそんなことはない。ちゃんと意味がある。
 まあ、そういう文脈的な読みをしなくてはならないものというのは、理解にそれなりの高度な知性を要求するんですね。バンプの詩には、ちょっとそういうところがあります。そして、そここそが藤原くんの魅力であり、天才性の現れだと思うんですね。
 なお、これから私が断定的に書くことは、あくまで「私」の読みによる断定であって、いつも書いているように、当然いろいろな可能性(あるいは不可能性)の一部にしか過ぎません。ですから、他の読み、あるいは作者自身の意図の可能性(あるいは不可能性)を否定するものではありません。当然です。芸術作品とはそういうもので、また作品鑑賞とはそういうものであることも、もちろん生徒に知ってもらいたいわけでして。
 と、前置きはいいとしまして、さっそく読んでみましょう。
 まず、1行目、ここでもう勘違いしている生徒がたくさんいました。人間という仕事を与えられたのが、誕生の時だと思っているんですね。そうではないでしょ。まさに「仕事」とは社会的な「コト」を為す」という意味です。「コト」というのは「コトノハ(言葉)」がそうであるように、(人間によって作られた)社会性を象徴する言葉であると、私は常々主張しています。ですから、人間という仕事を与えられたとは、それが与えられていなかった純粋な存在に、社会性が侵入してきたことを表すんですね。
 まあ、そうですねえ、具体的には保育園や幼稚園、小学校などで学び出すと、人間という仕事を始めざるをえなくなりますかね。ちゃんと仕事しないと先生に怒られちゃいますから(笑)。先日の記事の「国語政策」もまさに我々を立派な仕事人に仕立てるためのフィクションです。
 そうそう、タイトルの「ギルド」という言葉も象徴的ですよね。言うまでもなくこれは中世の商業組織です(いや、藤原くんのことだから、ゲームの組織のことかも?)。封建的、あるいは利権的な、つまり極度に社会的な(動物的ではない)組織名です。ですから、この曲を個人の問題ではなく、社会全体の問題として解読することもできますし、それも面白いのです。つまり、人類の歴史の中で、高度な社会性(近代的構造)が私たち自身を呑み込んでいって、いつのまにか主客逆転しているような状況を歌ったとも言えるわけです。
 まあ、今日はそこまでスケールを拡げず、あくまで人間個人レベルで考えましょうか。
 で、我々は社会性を身につけ、それなりに仕事しているわけですが、たしかにそれ相応の報酬を得ていない気もします。例えば没個性による安全というメリットもあるかもしれませんが、なんとなく損をしているような気もします。
 私たちは、そういう反自然的状態をいつの間にか正しいものだと思い違いしていますね。学校で優等生でいるのが正しいとか。でも、解る人は解っていたはずです。最初に学校に行った時のあの不自然な感じを。本来の(社会に矯正されていない)自分の姿を。でも、そうした違和感にも次第に慣れてゆき、それどころか、社会性に寄り添うことが喜びにさえなってくる。もうそうなると手遅れ。人間という仕事、すなわち社会性の中で演じさせられているコトに無感覚になってしまう。みんなそうでしょう。もちろん社会全体もそういうムードになっていきます。
 そんなふうに社会に高度に適応していくということは、何かを身につけたことにもなりますが、一方でなくしてしまうものもあるのは容易に想像できますね。奪われたものは何なんでしょうか。あるいは奪い取ったのは何なんでしょう。この詩における二つの「何だ」が、素直に目的語なのか、それとも少しうがって考えて主語なのか、双方どちらとも取れますが、まあ次のフレーズとの対応で両方とも目的語と取るのが自然でしょうか。そうすると、私たちは自然状態(私はそれをいつも「コト」に対して「モノ」と表現しています)を奪われ、他人の自然状態を奪っているということですね。
 そういう事態を作った原因は、はたして社会の側にあるのか、それとも社会を構成している、あるいは社会に能動的に参加してしまっている私たちの側にあるのか。どっちなんでしょう。当然両方とも言えますが、いずれにせよ、私たちはそういう事態を忘れてはいけないし、目をつぶってごまかしてはいけないのです。
 「それが全て 気が狂う程 まともな日常」…このフレーズには大変感心します。もともと日常性というのは狂気を秘めているものです。これだけバラバラな主体が集合しているにも関わらず、まともであるこの社会は、考えてみれば恐ろしく不自然で不安定なものですね。そのあたりを、個人レベルにおいても共同体レベルにおいても、実にうまく表現していると思います。一見相反する言葉を組み合わせることが、藤原くんは比較的得意なんです。と言いますか、詩人の仕事の一つはそれですね。まさに社会性の権化である「コトノハ」の、その凝結してしまったシステムを崩しつつ、そこに一つの真理や共意識を表現して見せ、そうして人間や世界の両面性や不安定さ、あるいは豊饒さを伝えるのが詩人のあり方です。
(長くなってきたので、後半は明日にでもその2にて)

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2008.06.25

地納豆「栄養納豆」&「富士納豆」

Nattou200 近の納豆はずいぶんとスマートになりまして、スーパーで売っているものは、ほとんどが小粒で臭くなく、そして柔らかい。昔ながらの「便所の臭いのする」納豆がほとんどなくなってしまいました。第一、「便所の臭いのする」便所がなくなっちゃったか(笑)。
 さて、そんな中で、納豆通をうならせる納豆が我が地元にあります。そう、あのフジファブリックを生んだ昭和レトロの街、下吉田にある丸屋納豆・豆腐製造所さんの「五湖名産 栄養納豆」です。
 さすが、昭和の遺跡とも言われる街で作られているだけのことはあって、昔ながらの見事な味わいと歯ごたえを提供してくれていますよ。
 まずはパッケージが素晴らしい。デザインが秀逸。鮮やかな赤の単色刷りで描かれた芸術的(?)な富士山と桜と鳥居は、もうそれだけで日本人の郷愁を誘います。
 第一、「栄養納豆」というネーミングがいいじゃないですか。ある意味非常にストレートですが、案外不思議な語感もある。やはり納豆を食べる目的は栄養補給でしょう。そういう原点すら、ノスタルジーの対象になってしまったのでしょうか。
 そして、今や少なくなってしまった大きめな長方形のパッケージのフタを開けると、まず感動するのは、「タレ」が入っていないこと。小さな「カラシ」は入っていますが、タレはなし。これもいいですねえ。やっぱり醤油か塩ですよ、納豆は。最近の付属のタレはなんだか甘くてどうしようもない。合成調味料の味しかしない。家に醤油くらいあるでしょう。たしかにカラシはない可能性がありますから、こうやって付いてくると助かりますよね。
 さて、納豆本体ですが、これがまた懐かしい。豆がでかい。それこそ最近の量販品は、大豆とは言えないような、小豆のような大豆ばかり。それにくらべてこれはまさに単なる大豆という感じがして、なぜか安心します。そして、プ〜ンと匂ってくる、いや臭ってくるこの「便所臭」…いや「納豆臭」。ウ〜ン、もうすでに唾液の分泌が活発になっているぞ。
 さて、醤油をかけまして、少量のカラシも入れつつ、グルグルゴシゴシとかき混ぜます。本来の納豆はこのかき混ぜ具合で味の調整ができるものです。今日はあんまりたくさんかき混ぜずに、大豆のストレートな味を楽しんでみましょうか。
 そして、この歯ごたえ。固い、硬い、堅い。いいですねえ。この存在感。あの軟弱な連中には納豆の名を名乗らせたくない。舌の上に広がるこの苦味、渋味。これですよ、納豆の醍醐味は。白いご飯にもピッタリ合いますし、卵と混ぜた時も、あのトロトロの中のゴロゴロとした感じが実にいいんですよね。
 まあ、昔の納豆はみんなこんな感じでして、あるいはこの丸屋納豆が特別おいしいわけではないのかもしれませんけど、一種の郷愁とも言うべきものが味覚に影響しているのは事実のようです。あの街並みを思い出しつつ、そしてフジファブリックを聴きながら、この納豆を食す幸せは何物にも代えがたい(フジファブリックはいちおう今の音楽のはずですが…笑)。
 この丸屋の栄養納豆、ネットでも買えるので、ぜひ一度ご賞味ください。
Fujinatto ついでと言ってはなんですが、もう一つ。こちらはちょっと違った味わいですが、大月の富士納豆販売所さんの「富士納豆」も紹介しておきましょう。こちらは丸屋に比べますと、豆も柔らかく臭みも少ないのですが、飽きのこない優しい味です。私はけっこう好きですね。
 こちらのパッケージ・デザインもいいですねえ。モチーフは丸屋さんとほぼ同じですが、3色刷りで少しゴージャスな感じがします。非常にバランスの良いデザインではないでしょうか。
 富士納豆販売所さんは、国の重要文化財「星野家住宅」を所有する星野さんが社長さんを務めています。星野家住宅は、甲州街道の花咲宿の本陣だった建物で、明治天皇も休憩されたこともある由緒ある建物です。
 ちなみに星野さんのおじいさん置塩奇(おしほくすし)さんは、あの有名な北大の寮歌『瓔珞みがく』の作曲者なんだそうな。そのようなこともあるのか、星野家住宅ではよくコンサートが催されています。私もいつかあそこで演奏してみたいなあ。
 そういえば、最近納豆作ってないなあ。こちらの記事によりますとちょうど3年前ですね。あれ以来納豆作ってない。3年前と同様、もうすぐ納豆発祥の地秋田に行きますので、今度こそいい丸大豆を手に入れてこようかな。

富士五湖名産の丸屋【栄養納豆】富士山湧き水仕込みのチョッと"大粒"な納豆です。

星野家住宅・富士納豆公式

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2008.06.24

『国語政策の戦後史』 野村敏夫 (大修館書店)

46922184 を常用漢字に入れろ!…と俺様が吠えております。ワタクシも賛成です。なにしろ「俺様」ですから。むか〜し、記事にしましたっけ、新明解国語辞典の「俺様」の項。久しぶりにまた引用してみましょう。

おれさま【俺様】(代)〔口頭〕偉大な力を持っているおれ。

 う〜ん、いつ味わっても絶品ですなあ。素晴らしすぎます新解さん。で、その偉大な俺様でさえ、自らを「おれ」と仮名書きしなければならないのは、「俺」が常用漢字に入っていないからでしょうか(違うかな?)。まあいずれにせよ、こんな大切な言葉を漢字で書けないなんて、とんでもないことです。なにしろ自分が一番大切に決まってますからね。神より天皇より自分ですよ。
 こういうとんでもないことを決めるのが政治の力です。この場合、どういう政治力が働いているかと申しますと、民主主義が行きすぎまして、国民それぞれが「俺様」を主張しすぎますと、これはもう国の政治が立ち行かなくなりますから、それを水際で防ぐために、ギリギリ名乗れない状況を作ってですね、そうして国民の真の力を削いでいるわけです。「俺様」より「おれ様」の方が、どう考えてもソフトになってしまいます。これが、国語における政治力です(笑)。
 というわけで、いや冗談はさておき、珍しく仕事関係の堅い本を読んでいます。というか、読まねばならぬ状況です。秋にこんなようなテーマでちょっとしゃべる予定があるので。勉強、勉強。
 私のような破格な(?)国語教師でさえも避けられない事実…「国語」とは政治的に作られたフィクションである、ということ。はたしてどれほどの国語教師がそれを意識して教壇に立っているのだろうか(もう教壇なんてほとんど絶滅してるか)。
 …と、それも冗談でして、実は、先日も書きましたが、私は生まれてこの方「方言」というものを一切持ったことのない「国語人間」です。ですから、そんなこと意識せずとも、常に国語で語り、国語で思考し、国語で教えているんです。まあ、そんなんだから、逆に「国語」の不自然さ、気味悪さを日々感じているのかもしれませんね。
 これは大問題です。なにしろ自分のアイデンティティーに関わることですから。言ってしまえば、私の母語が「国語」だということですからね。母語が「政治的フィクション」であると。これは非常にやばい状況ですね。私は国家の傀儡か?
 で、今そう書きながら思ったんですが、たとえばこうして書いている文章は、決して教科書的じゃないじゃないですか。「やばい」とかフツーに使ってますし。フツーとか書いてますし。いわゆる2ちゃん用語を始めとするネット語や流行語を比較的躊躇なく使っていますし。
 ああそうそう、この本を読みまして初めて知ったんですが、「フツー」のような「棒引き仮名遣い」、明治時代には小学校で正式な仮名遣いとして教えられていたんですね。「ラッパ ヲ フイテヰル ノ ハ タロー デス」のように。ううむ、結局「国語」の域を出ていないということか…orz。←「orz」はさすがに教科書で使われていませんね。いや、100年後にはわからんぞ(笑)。
 まあ、それもまたまた冗談として、そうして私は、自らのフィクション性と戦っているような気もします。そうかネット方言を使ってるのか。ネット世界というある意味辺縁の文化構造の中の方言を使うことによって、抵抗しているのかもしれない。いや、あれこそ実は中央集権的世界ではないか!たとえば2ちゃんでの言語統制のすさまじさたるや、学校より何より過激である!との声も聞こえてきそうですね。
 この本は、そんな(?)国語政策の具体的内容が列挙されています。これだけまとめて見ますと、さすがに異常な感じがしますね。教育の現場を通じて、(コロコロ変る)共通語を広め、国家というフィクションを作り上げようとする感じがビシビシ伝わってきます。
 言語という「コト」によって、政治や国家という「コト」が形成されていく感じがよくわかりますね。昔で言えば「ミコトノリ」ですよ。もちろん、こんなことは当たり前で、世界的に見ますと、日本はまだ甘いんでしょうが。
 ああ、なんかこの本を読んでいますと、自分の根無し草具合にガッカリしてしまいますね。もう山梨で四半世紀以上暮らしていますけれど、ほとんど甲州弁しゃべれないもんなあ。江戸言葉もダメ、静岡弁もダメ、秋田弁もダメ。全部リスニングはなんとかなるが、スピーキングができない。英語もそうだな。先日のカミさんの秋田弁での交流を見ていて、なんか自分がむなしく感じられましたよ。実は誰ともちゃんと会話してないんじゃないかと。
 でも、現場で強く強く感じます。最近、生徒が方言を使わなくなった。ここ、5年くらい、それが顕著です。国家の(私の?)国語政策がうまく行ってるんでしょう。単にメディア言語がマザータングを駆逐してるんでしょうか。悲しいような、ちょっと安心するような…。

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