2018.11.12

Rei 『2017 Eurockéennes(full concert)』

Th_drtn3lzu8aakqig 日のNHK-FM『今日は一日“クイーン”三昧』が面白かった。錚々たるゲストの方々のトークも最高でしたが、個人的には武田アナとReiさんのギタープレイにしびれました(!)。
 特にReiさんという才能に触れることができたのはラッキーでした。ごめんなさい、勉強不足で存じ上げなかった。
 この前も、なんちゃってベーシストである長女と「うまい女子のギタリストがいない」という話をしていたのですが、実は歴史的に見てもなかなかいない。特にロックギタリスト。
 個人的にはマイケル・ジャクソンのギタリストとして有名なJennifer Battenなんか、男勝りでカッコいいと思いますが。あと、やっぱりJoan Jettかなあ。
 そんな中、こんなカワイイ(ちっちゃい)日本人でこんなに上手いギタリストがいたとは!ブルーズのセンス最高。歌もうまいし。
 で、動画を見ていたら、去年のフランスの音楽フェスでのライヴがあったので鑑賞。ドラムスと二人だけでこれだけの迫力を出すんですから、只者ではない。驚きました。

 先ほど挙げた海外の女流ギタリストなんか男勝りですが、日本人の女性って向こうからするととってもネオテニーに見える。それとロックがまたギャップでいいらしいですね。
 ウチの娘もチビで子供っぽいのでウケてるようです(笑)。まあ、学生バンドの中の話ですがね。まだまだ実力も足りないし、音楽や楽器に対する愛情も全然足りないので、ちょっと叱ったところです。
 どうせやるなら、Reiさんに一歩でも近づけるよう真剣に取り組んでほしい!一度Reiさんのライヴに行かせます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018.11.11

告知! 11/25 『ウリッセの帰還(モンテヴェルディ)』

 昨日はモーツァルト、昨日はお能、そして今日はバロックオペラ。それぞれの超一流の方々とお会いし懇談する歓び。本当にありがたいですね。
 楽器を始めてそろそろ40年。大きな何かが実を結びそうな予感がします!
 今日は、バロック・ヴァイオリン奏者としても、また指揮者としても世界的に大活躍しておられる寺神戸亮さんにお会いしました。何度かご挨拶することは今までもありましたが、こうしてじっくり3時間近くお話する機会をいただけるとは。間に入ってくれた友人に感謝です。
 お話してみると、実はいろいろと共有することがありまして、いろいろと話がはずみました。
 考えてみると不思議ですよね。北とぴあ国際音楽祭の最初期の頃、祝祭管弦楽団でヴァイオリン、ヴィオラ、ヴィオリーノ・ピッコロ、ヴィオラ・ダモーレを弾いていた私。その楽団が現在寺神戸さんが指揮しヴァイオリンを弾いている「レ・ボレアード」に発展進化したわけですし、寺神戸さんはこの音楽祭で、昨日私がお会いした野村四郎先生と「オルフェオ」で共演されているのですから。
 そのお二人とこうして続けてお会いできるなんて。全く不思議なご縁であります。和洋両刀をそれなりに磨いてきてよかった(笑)。
 今、寺神戸さんは北とぴあ国際音楽祭での公演「ウリッセの帰還」へ向けて稽古中。これがまた実に面白そうです。寺神戸さんは現代音楽にも造詣が深く、また、邦楽とのコラボにも積極的。今は浄瑠璃とバロックオペラを結びつけようとしているようです。
 今回の演出家は演劇の世界では超有名な小野寺修二さん。今年もまた、面白い化学反応が起きそうですね。もちろん私も聴きにうかがいます。皆様もぜひどうぞ!
 とにかくモンテヴェルディは楽しいとのこと。天才ですからねえ。私も楽しみにしています。

Ulisse1

Ulisse2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018.11.10

告知! 12/24 『独立披露 田口亮二 渡邉瑞子』

Th_img_2935 日のモーツァルトのオペラから、今度は日本のオペラ(歌劇)である能へ。
 今日は下の娘の初舞台。この春から人間国宝野村四郎先生に弟子入りし、半年を経過して初舞台となりました。
 ずいぶんと贅沢なもので、初舞台がGINZA SIXにある観世能楽堂ですからね。それも人間国宝の先生に地謡で歌ってもらいながら舞うわけですから。洋楽の世界では考えられませんね。
 こちらは勝手にドキドキしましたが、本人はなかなか堂々と舞っておりました。まあ合格点でしょう。苦難の道の入り口に立ったということですね。頑張ってもらいましょう。
 さて、娘の入門にあたり、大変お世話になったのが、教え子でもある渡邉瑞子さんと、彼女の同志であり私も懇意にさせていただいている田口亮二くんです。
 彼らはまさにその苦難の道をひたすらに歩んでいる若手なわけですが、このたびいよいよ独立することになりました。その披露の舞台がクリスマスイブにあります。
 本人たちの「覚悟」の熱演に、野村四郎先生や野村萬斎さんらが華を添えてくれます。私たち家族は大変楽しみにしております。ぜひ皆様も足をお運びくださいませ。素晴らしい舞台になるに違いありません。

20181103112408650_2

201811031124283125_2


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018.11.09

『ドン・ジョバンニの夕べ』 (河口湖円形ホール)

Th__20181112_90746 に楽しい夕べでした。
 知り合いが企画したこのコンサート。素晴らしい音楽家の方々との交流も含めて充実の時間。
 なるほど、こういう小さな「オペラ」というのも、ある意味気楽に楽しめていいですね。
 前半のドン・ジョバンニの抜粋版、それぞれの歌手の方々の実力はもちろん、ピアノ伴奏も的確で、またあの地獄の門を足踏み発電によるLEDで表現するという、実に現代的かつユーモアに溢れた演出で面白かった。こういう形での入門編というのは、とても重要です。足踏みには聴衆も参加。参加型オペラというのは新しい!
 後半のピアノ曲演奏がまた良かった。原佳大さんは、日本人では初めてモーツァルトのピアノ・ソロ作品全曲演奏をされた方です。
 演奏されたのは、ピアノソナタ イ短調 KV 310、幻想曲ハ短調 KV 475、ピアノソナタ ハ短調 KV 457。全て短調というプログラムは珍しい。すなわち「死」がテーマになっている。
 モーツァルトというと、どうしても明るいイメージがありますが、よく言われるようにだからこそ短調の曲に名曲が多いんですよね。それをこうして並べて聴く機会というのはそうそうない。
 田舎のベーゼンドルファーが、演奏者によって次第に鳴るようになっていくのが、よく分かりました。原さんとも話しましたが、ベーゼンドルファーはスタインウェイなどとは違い、しっかり胴体を鳴らします。そういう意味では、フォルテピアノの系統とも言えるんですよね。
 だんだん胴体が振動し始めて、香り立つような響きが生まれた瞬間には感動しました。あまりメインテナンスされてないからこその瞬間(苦笑)。
 終演後はワインをたらふくいただきながらの懇親会。先日知り合った作曲家の権代敦彦さんも交えて、実に楽しい対話の時間でした。ああ、酔っ払った(笑)。モーツァルトとワインに酔いしれた「夕べ」でありました。ありがとうございました。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018.11.08

『バカとつき合うな』 堀江貴文・西野亮廣 (徳間書店)

Th_51e7j5rqhel 常に面白かったし、勉強になった本。皆さんに読んでもらいたい。
 「バカ」という言葉は一見キツいようですが、読めばなるほどと思えます。「バカ」…本当の自由を奪うもの、邪魔するもの。うん、私も「バカ」とつきあいたくない。
 しかし、しかし!この本では、まさに「バカ」の代表として、「学校」がやり玉にに上がっております。学校にバカが集まるというのもありますが、学校というシステムそのもの、戦後の日本の教育こそが「バカ」であると。
 まったくそのとおりです。最近のワタクシはそこに毎日悩んでいるのであります!バカの巣窟でバカを代表するような立場にあるのですから(笑えねえ)。
 学校関係者(もちろん自分も含む)に対して大変失礼な結果になってしまいますが、私はホリエモンやキンコン西野の考え方に基本賛成です。
 いや、それは彼らのような、一部の現代的「天才」だから、そんなふうに言えるのだという、まあかなり想定内な反論もあると思いますよ。しかし、彼らが巻末で「自分もバカだ」と言っているように(それもあんただらか言えるのでは?という批判もあるでしょうが)、残念だけれども実際に学校は自由を奪うことを仕事としているようなバカな装置ですし、先生も生徒もそれの言いなりになっているバカがほとんどです。
 私ももちろんバカであり、またバカを育てる仕事をちゃんとしているわけですが、ただ、それに強い違和感を覚えていることだけはたしかです。
 現場では言われますよ。そういう人たちとのつきあいが多いから洗脳されてんじゃないの?って(笑)。
 しかし、意外に冷静に今の仕事をこなしている部分もあるし、守旧派、保守派と戦うだけでなく、ちゃんと協調してやっているところもあるし、それどころか、自分こそが守るべきものを守ろうとしているとも言える。
 特に我が校は禅宗の教えに基づく学校ですので、基本「型」を変えないことを良しとしてきました。変わらないことの重要性もたしかにあるし、よく理解しているつもりです。
 しかし、それでもやっぱりそろそろ変えなくてはならないなと感じています。バカでいつづけることが、どうも本能的に辛くなってきた。
 しかし、凡人である自分にはたして何ができるのか。今の仕事を通じて、何をどう変えていけばいいのか。それはまだ分かりきっていないというのが実情です。けっこう辛い。
 自分のためにも、また生徒たちのためにも、あえてこの本の目次を書き写しておきます。はたしてこのうちのいくつのバカに当てはまるのか。

01バカばっかりの環境に居続けるバカ
02人と同じことをやりたがるバカ
03学校を盲信するバカ
04目的とアプローチがずれているバカ
05我慢を美徳にしたがるバカ
06未熟なのに勘に頼るバカ
07欲望する力を失っているバカ
08「自分の常識」を平気で振りかざすバカ
09機会の代わりを進んでやるバカ
10付き合いを強要するバカ
11ひとつの仕事で一生やっていこうとするバカ
12先に設計図を描きすぎるバカ
13にわかを否定するバカ
14人生の配分ができないバカ
15新しさばかり追求するバカ
16無自覚に人の時間を奪うバカ
17善意なら何でもありのバカ
18マナーを重んじて消耗するバカ
19自分は老害にはならないと思っているバカ
20孤独を怖がるバカ
21一貫性にこだわるバカ
22未来に縛られるバカ
23空気を読むバカ
24バカを笑って、自分は棚上げのバカ

 ふむ、実に面白い。けっこう当てはまるぞ。
 あっちなみに、「先に設計図を描きすぎるバカ」や「未来に縛られるバカ」というのは、一見ワタクシの「時間は未来から…」哲学に反するようですが、よく読むと同じことを言っていることが分かりますよ。どういうことかは、ぜひ本書を購入してお読みください。
 さて、明日もバカな自分との戦いは続きます。諦めず戦い続けましょう。

Amazon バカとつき合うな

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018.11.07

バッハ『無伴奏チェロ組曲6番』(ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラによる)

Th__20181108_105420 またま今度日曜日にこの楽器の世界的な奏者にお会いします。ヴァイオリン弾きの夢を実現してくれた楽器ですね。
 チェロではありますが、チェロ弾きは弾きこなすのが大変。それはそうでしょうね。
 私も一度弾いたことがあります。こちらでその勇姿?を御覧ください。
 いや、実際思っていたよりうまく弾けなかったんですよね。あれからもう8年経ちますが、まだこの楽器は持っていません。そろそろ、と思っています。
 お金がありませんから、安物の1/10チェロを買って改造する計画です。さらにこの前ヴァイオリンで成功したのをいいことに、5弦に改造します。それで弾きたいのが、このバッハの無伴奏チェロ組曲の6番。
 無伴奏チェロ組曲5番書いたとおり、この6番は5弦チェロのために書かれています。
 さらに、その運指を詳細に見ていくと、どうも普通のチェロの大きさでは演奏が難しいところがある。これは肩掛けチェロのために書かれたのではないか…ということが最近言われるようになりました。
 少なくとも、バッハ自身は5弦のヴィオラを弾きながらこの曲を作曲したというのが、ワタクシの説であります。今度、お会いする大家にも聞いてみます。
 というわけで、ここのところ続けざまに紹介している、オランダバッハ協会の動画。この6番がまたいいですよ。いやあ、いい演奏だ。インタビューも興味深い。
 


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018.11.06

島津亜矢 『SINGER』シリーズ

Th__20181107_115020 日のNHK「うたコン」は良かったなあ。すごかった。「夢コラボ続々!うたコン文化祭'18」。
 まあいろいろ面白かったけれど、やっぱり三山ひろしと山内惠介の三波春夫長編歌謡浪曲が圧巻でしたかね。素晴らしい。
 いつも書いているように、最近の歌謡界は(特に歌唱力に関して)男高女低です。今日も全体では「白組」の圧勝でした(個人的には布施明さんが復調していて安心しました)。
 そんな中、紅組で唯一感激したのが、三山&山内のあとに登場した島津亜矢さんでした(共演したBeverlyさんも頑張ってましたが、なにしろね)。
 MISIAのEverythingを歌ったのですが、まあ上手いこと…。
 そう、最近の島津さんはポップスやジャズ、そして洋楽など、いわば非演歌を歌うことが多い。
 いや、私は今までもそれがいいんじゃないかと思ってきたんですよ。なんちゃって歌手のカミさんと、ず〜っとそういう話をしてきた。演歌もいいんですが、ちょっと声質が細いんですよね、演歌には。透明すぎるとも言える。
 抜群すぎる歌唱力は誰しも認めるところ。そして、ある意味ご自身の声質に合った楽曲を歌うことで、ますますその上手さが光るようになった(もちろん、元歌との比較によって「上手い」と認識することもある)。
 先日も、昨年に続き、オペラシティで非演歌のコンサートやったんですよね(レポートはこちら)。行きたかったなあ。そう言えば今月山梨に来るな。行けるかな。
 実際聴いてみないと、どんなにすごいか分からないと思いますので、YouTubeのこちらのメドレーをお聴きください。非演歌CDシリーズ「SINGER」からです。
 というわけで、実は今最も注目しているボーカリストは島津亜矢さんなのでした。

島津亜矢「SINGER」公式

Amazon SINGER5

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018.11.05

分裂から融合へ

超越融合!
Unknown 日は重いテーマを軽いメモ風に。
 時代は明らかに「分裂」から「融合」へと変化しつつあります。
 仲小路彰は言いました。「21世紀は太陽の時代である」と。そこには大きく二つの意味があります。
 一つは「女性性」の時代。そして、もう一つは「核融合」の時代。
 たしかに「女性」も「融合」という生命の本質を担う存在ですね。
 私は何度も書いているとおり、ワシは原発には反対の賛成なのだ!という立場を取っています。
 まさにそれを研究している私の友人たちによると、もうすぐ核融合は画期的な方法によって現実的になるそうです。「分裂」から「融合」です。期待しています。
 そして、一昨日も触れました、天皇の譲位の本質。ちょうど700年前から南北朝に「分裂」していた天皇家が、ある方法によって「融合」します。まさに象徴的ですね。
 さらに身近なところで、興味深い「分裂→融合」の動きがありました。保守分裂と言われて久しい、山梨2区を巡る自民党内の対立。そこに大きな変化が。

山梨知事選で自民推薦の長崎氏「憎み合う状況では発展ない」

 超手前味噌ですが、絶対に和解は無理だと言われていた両者を、ある象徴的場で無理やり「呉越同舟」させたのは、このワタクシです。それはまたすぐに分裂してしまいましたが、その時御本人に、そして自民党のトップに、また神様に訴えかけたことが、こうして予想以上に早く実現することになるとは。勝手に感無量です(笑)。
 私の中でも、実は「分裂→融合」がたくさん起きています。たとえば音楽とか。今までの自分内対立はなんだったのかと思うくらい、いとも簡単に融合できるようになった。なんなんでしょうね。
 これらの動きは歓迎すべきものです。今日もたくさんの「融合」を見つけて生きたいと思います。
 今日はここまで。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018.11.04

『前祝いの法則』 ひすいこたろう・大嶋啓介(フォレスト出版)

予祝のススメ
Th_81mk6biz35l 年に続き、忍野村で行われた大嶋啓介さんの講演会に行ってきました。ベストセラーになっているこの本の出版記念という名目の講演会。
 居酒屋てっぺんの代表であり、独特の「朝礼」や「予祝」で夢を叶えることを説く伝道師。非常に魅力的な方です。
 高校野球のチームを多く甲子園に導いたり、オリンピックチームを金メダルに導いたり、スポーツの世界でも、彼のメンタルトレーニングは評判です。生徒や選手というよりも、指導者に変化を与えることを主目的としているのも特徴ですね。
 昨年同様に会場の聴衆を巻き込んだ魅力的な講演に、私も引き込まれながらいろいろな意味で勉強をさせていただきました。
 否定的な言葉や勝手な負の思い込みによって、生徒たちの可能性に蓋をしてしまっている…教師には耳の痛い話の連続だとも言えます。
 実は先日、学校でペップトークの講演が開かれたんです。似た部分もありますよね。とにかく肯定する。良い未来を想像する。それによって脳の働きが変わり、人生も変わっていく。
 私も真の日本の教育改革を目指す者として、それらの考え方、実践のほとんどに同意、賛同します。
 しかし、あえて、あえてですが、今日講演後に打ち上げ(来年への予祝の意味合いもあり)に参加させていただいた折、大嶋さんに申し上げたことがありました。
 それは集団心理としての予祝の危険性です。たとえば、先の大戦において、特攻に出発した若者たちは「予祝」をしました。それも、家族や天皇陛下が喜んでくれる思って、心から自分の死を祝ったのです。
 もちろん、全ての若者がそうだったとは言えませんが、しかし、多くがそういう心境で出発前夜に祝杯を上げたのは事実です。
 ですから、予祝がダメとか、みんなでテンションを上げあって、各自の内的な壁を乗り越えるのがダメとか、そういうことではありません。それらをより良いものにしていくために、これからバージョンアップしていくことを願っての苦言でした(本当に不躾に失礼しました)。
 自らの夢を実現することが、場合によっては戦争を引き起こすこともあります。そういう冷静な目をもって、これからの若者たちを導いてほしいのです。
 しかし、さすがは大嶋さん、ものすごく謙虚で繊細でいらっしゃる。しっかり考えてくださりました。悩んでくださいました。さすが一流は違うなと思いました。二流の人は必ず反撃してくるか、逃げます(笑)。
 教育の現場、毎日の教室の中では、こうした「祝」的な非日常性は継続できません。それもまた教師の悩みです。特に軍国主義的な要素の色濃く残る現在の学校制度の中では、大嶋さんのやり方はなかなか浸透していかないでしょう。
 やっぱり全く新しい学校を作るべきなのかなあ…最近、いろいろな人とそんな話もしています。はたしてどなるのやら、私の未来。
 ちなみに、この本のタイトルにある「予祝」という言葉自体は近代になってから生まれたものですし、「前祝い」も江戸時代に一般化した日本語です。もちろんだからと言って、そういう習慣がなかったというわけではない。あえて言語化する必要がないほど当たり前だったというのが、私の考えです。
 もちろん私の「未来から過去へと流れる」という時間観にもつながるところがあります。私自身も独自の人生哲学をしっかりブラッシュアップしていこうと思っています。
 ありがとうございました。

Amazon 前祝いの法則

大嶋啓介公式

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018.11.03

【討論】明治維新とは何だったのか? (チャンネル桜)

 化の日。つまり明治天長節。今年は明治維新(戊辰戦争)150年ですから、特別な文化の日であると思います。そして、平成最後の文化の日でもあります。
 そんな日にふさわしい素晴らしい討論を聴くことができました。いやあ、本当に面白かった。いろいろな角度、立場から、いろいろな解釈ができる「明治維新」。たった150年前の出来事なのに、まだまだ分からないことばかり。
 私は今年を、明治維新以来の「150年戦争」終結の年であるととらえています。それは歴史学的な意味ではなく、あくまでも霊的な意味ですが。
 また、何度か書いてきたように、そして冒頭で小堀先生も触れていますが、今年は後醍醐天皇即位から700年、すなわち、天皇家が実質的に南北に分かれてしまう、「統合の象徴」であるべき天皇、皇室が「分裂」してしまってから700年なんです。
 ほとんど誰も同調してくれませんが、宇宙人である(笑)ワタクシは、来年に迫った「譲位」をそのような視点から見ております。
 それはまた、この討論でも何度か出てきている、「国譲り」の作法に基づくものであるとも思っています。
 それから…これはタブーですけれども、明治天皇すり替え説と出口王仁三郎の関係、その父とも言われる有栖川宮熾仁親王の存在…そこまで行ってしまうと、ほとんど誰もついて来れませんね(苦笑)。
 まあ、歴史的な事実はいかなりとも、たとえばここ富士北麓地方でも報国蒼龍隊など、錦の御旗を掲げた部隊がありましたが、彼らを突き動かしたエネルギーというのは、実は非常にローカルな「物語」から発したものでした。
 この討論の一つの論点でもありますが、薩長と会津でも、それぞれの「物語」が全く違っていて噛み合うはずもなく、それが武力衝突にもなるし、今に至る微妙な分断にもつながっている。
 こんなに小さな国でも、こういう矛盾を抱えながらやってきた。縄文と弥生まで遡るかもしれない、いや、もっと古いのかもしれない。そこを「和」してきたのが日本だったはずです。そして、その「和」の象徴が天皇であったと思います。
 結果として、明治維新によって、その「天皇」の本質が変わってしまった。そここそが、この討論の基底となっている「保守」の精神をお持ちの方々にはなかなか論難できない、大きな大きな問題であると思います。
 それを本来のあり方に戻す第一歩が、今年始まっているということでしょう。天皇自らの手によって。
 そう考えると、「150年戦争」とは、天皇自らの戦いそのものであったのかもしれませんね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«BAROQUE(バンド)