2021.06.18

ヴィヴァルディ RV 298 よりラルゴ

 ィヴァルディはあの時代的にはかなり革命的な作曲家でした。

 今となっては、ワンパターンにも感じられる作風ですが、当時それがあまりに革新的で大流行したからこそ、似たような曲をたくさん作ったんですね。かつて私はよくバロック時代の小室哲哉と評していました。

 緩徐楽章もかなり個性的です。そして、時々とてつもなく美しい曲を書く。この曲もその一つです。

 下降音階の低音の繰り返しの上に、これでもかとおいしいメロディーをまた繰り返すあたり、間違いなく当時の流行ソングを作ろうという気概がうかがえますね。

 これほど露骨にコテコテの「歌」を作っちゃうところこそ、その革新性です。そして、それが後世に大きな影響を与えた。あのバッハも基本的なところでいろいろ真似をしています。

 というわけで、今から40年ほど前に聴いてうっとりした演奏から。今聴いてもやっぱり美しい音色のフェリックス・アーヨとイ・ムジチ合奏団による演奏です。1963年の録音。

 

 最新の古楽の演奏ではどんな感じなのでしょう。2017年の録音です。

 

 

 この曲に限っては、モダンのロマンチックな演奏の方がいいかも。それほど未来的な曲を書いたということですよね。

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2021.06.17

白頭山に噴火の兆候?

Th_unknown_20210618140501 朝鮮と中国国境の聖地、白頭山は巨大火山です。その白頭山に噴火の兆候が見られるとのニュースが。

 最後の噴火がいつかは、正直はっきりしていないのですが、活発な活火山ですから、まあいつ噴火してもおかしくはありません。

 白頭山の噴火と言えば、946年の大噴火ですね。西暦以降の世界最大規模の噴火と言われ、日本にも火山灰が到達しました。

 そのあたりの約100年間、極東は非常に活発な地殻変動に見舞われました。

 以前も書きましたが、日本ではこんな感じです。

 864年貞観の富士山噴火→869年貞観の三陸沖地震(津波)→887年仁和の東海・東南海・南海連動型地震→888年八ヶ岳水蒸気爆発?&山体崩壊→915年十和田大噴火(日本史上最大規模)

 日本史上最大規模の十和田火山噴火の30年後、今度は日本海をはさんで西の白頭山が世界史上最大規模の大噴火を起こしたわけです。また、その前、893年、917年にも噴火したという記録が残っていますから、本当にすさまじい100年間ですね。

 915年の十和田噴火と917年の白頭山噴火も間違いなく呼応関係があるでしょう。そして、写真で分かるとおり、両火山ともに、巨大な美しいカルデラ湖を形成しました。

 奇しくも2011年の東日本大震災が発生して10年。まだ10年ですよ。地球の時計から言えば10年なんてほとんど同時。100年でさえもちょっとあとという感じです。

 ですから、これから数十年の間に、白頭山や富士山が噴火したり、南海トラフ巨大地震が起きる可能性は十分あるということです。

 人間にとっての「忘れた頃」なんて、それこそ地球のまばたき程度の時間なのです。そのことを忘れないことが大切でしょう。

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2021.06.16

ベルターリのシャコンヌ

 

 日の絹絃職人さんが、バッハのシャコンヌにはまってしまいました。絹絃で聴いてみたいとのこと。

 ちなみに私は絹絃で弾いたことありますよ(世界で唯一か?)。ただし、技術的に全然ダメダメなので、人には聞かせられません。

 ただし、わかったことがあります。あの曲、明らかに倍音まで計算に入れて作曲されていますね。だから最小限の音数で最大限の効果が出る。

 ヴァイオリン以外の楽器で弾くとスカスカになってしまうので、みんな音を足して演奏します。それはやはり、ヴァイオリンが独特の倍音を持っているからです。

 少くとも、スチール弦で弾いては、その効果は出ません。ガットでも100%ではない。おそらく65%くらい。

 で、シルクで弾くと100%になる、というのが私たちの仮説です(ホンマかいな?)。

 ちなみに私は音程が悪すぎるので、正しい倍音が出せず、効果は2%ほどになってしまいます(苦笑)。

 で、職人さんに、バッハのシャコンヌがシャコンヌとしてあまりに特殊であることをお伝えするために紹介したのが、この曲。

 オーストリアで活躍したイタリア人作曲家ベルターリによるシャコンヌです。こういうのがラテン系の定番ですよね。熱い舞曲。

 ヴァイオリンのチチッチさんは、最近日本でもよく演奏されている方ですね。クロアチア出身とか。名門AAMのコンマスを務めています。さすがのボウイングですね。

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2021.06.15

琴の弦…「緊緩中道」…「良い加減」とは

Th_images_20210617115201 絃職人の方と話している中で出てきたのがこの「緊緩中道」のお話。

 シンプルですが、とても深い話です。

 職人の方も私も、それなりに仏教に親しんでいるので、自然と音楽から仏教の話になることが多い。今日も「中道」とはという話をしました。

 なるほど、仏教の「中道」とは「中庸」の意味もあるけれども、「道なかば」という意味もあるのか!

 皆さんもぜひ、この説法を聞いてみてください。何か気づきがあるのではないでしょうか。

 何事も、マニュアル通りにやってはダメですね。また、やたら頑張るのもダメ。「張り切る」のもほどほどに。自分にちょうど「良い加減」を見つけようとするのが、修行のスタートなのでした。

 そして、そのちょうど「良い加減」を見つけたところが、ようやく「道なかば」なのでした。

 この頃の琴といえば、古いヴィーナですね。絃は絹であった可能性が高いと思います。

 (以下Wikipediaより引用)

 琴の弦(緊緩中道)

パーリ語経典の律蔵・犍度・大品(マハーヴァッガ)においては、どんなに精進しても悟りに近づけず焦燥感・絶望感を募らせていたソーナという比丘が登場する。彼は、過度の修行により足から血を流すほどであった。それを知った釈迦は、ソーナが琴の名手であったことを知り、以下の説法を行った。
「ソーナよ、どう思うか。もしあなたの琴の弦が張り過ぎたならば、琴の音色は快く妙なる響きを発するだろうか?」
「いいえ、そうではありません、大徳(釈迦)よ」
「ソーナよ、どう思うか。もしあなたの琴の弦が緩すぎたならば、琴の音色は快く妙なる響きを発するだろうか?」
「いいえ、そうではありません、大徳よ」
「ソーナよ、どう思うか。もしあなたの琴の弦が張りすぎず、緩すぎもなく、丁度よい度合いを持っていたら、琴の音色は快く妙なる響きを発するだろうか?」
「そのとおりです、大徳よ」
「ちょうど同じように、ソーナよ、行き過ぎた努力は高ぶりを招き、少なすぎる努力は懈怠を招く。それゆえソーナよ、あなたはちょうどよい努力を保ち、感官にちょうど良いところを知り、そこに目標を得なさい」
 ―  ケン度大品 5,16-17
弦は、締め過ぎても、緩め過ぎても、いい音は出ない、程よく締められてこそいい音が出る、比丘の精進もそうあるべきだと釈迦に諭され、ソーナはその通りに精進し、後に悟りに至った。

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2021.06.14

追悼 小林亜星さん…あなたとコンビに…

Th_unknown_20210615084301 曲家にして名俳優でもあった小林亜星さんがお亡くなりになったとの報が…。

 「北の宿から」という名曲を残してくれただけでも本当に素晴らしい作曲家でした。

 しかし、作曲家として特に評価すべきは、歌謡曲ではなくCMソングでしょう。いちいち挙げませんが、あれもこれもです。全て一瞬で印象に残るメロディーばかり。

 これってコピーライターの仕事と似ていますよね。短いパッセージをいかに印象的にするか。その商品の、特に映像印象とどう有機的に結びつけるか。

 そういう意味で、私が特に「すごいな」と思っていたのが、あのコンビニのテーマソングです。

 ファミリーマートというと、あの入店音「大盛況」が有名というか印象的ですが、実はこちらのテーマソング(サウンドロゴ)も耳になじんでいますね。Img_7780

 楽譜を見てください。たった12個の音符を並べただけですが、どこか温かみを感じる音印象になっていますよね(ちなみに入店音は11個の音符)。

 歌詞の「あなたとコンビに、ファミリーマート」はコピーライター仲畑貴志さんのお仕事です。

 最小限の情報で最大限の効果を上げるという意味では、日本人は俳句や短歌の歴史を持っていますよね。逆の言い方をすれば、行間、音間のイメージを大切にしているということ。

 いや、少ない情報どうしの関係性のクオリアに、モノの本質を感じるということです。関係性においては、実はコトという情報の数が少ない方が多様性や深さを担保できるんですよね。

 コトという不動点が増えると、その引力のベクトルによって、どんどん自由度が下がっていく。科学は基本、そういう方向性を指向し、西洋音楽もそちらに向って発達しました。

 日本の文化の本質は、コト(言語)ではなくモノ(非言語的印象)にあると、私は考えているので、こういうコピーやロゴに興味がありますし、自分も比較的そういうモノが得意なのです。

 このファミマのサウンドロゴは2017年に「音商標」として登録されました。小林亜星さんの偉大なるお仕事は永遠に語り継がれ、聞かれ継がれることでしょう。

 最後に、弔意と敬意を込めて、海上自衛隊による小林亜星オムニバスを紹介します。いかにすぐれた「モノガタリ」作家であるかが分かります。そして、ニセ亜星がいい味出してますね(笑)。

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2021.06.13

沢田研二 『巴里にひとり』

Unknown_20210613163401 界の音楽シリーズが続きます。そこに昭和の歌謡曲を重ねます。

 昨日のNHK FM「歌謡スクランブル」は沢田研二特集でした。先日も少しジュリーの隠れた名曲を紹介しましたが、今日の放送で特に「いいなあ」と思ったのが、この「巴里にひとり」です。

 1975年、13枚目のシングル。歌謡曲と言うには、あまりにオシャレですよね。とっても美しいメロディーだと思います。

 

 

 実は、当時世界進出を考えていたジュリー。まずフランスで、ということで、フランス語のヴァージョンも録音されました。全くフランス語ができないジュリーは一生懸命練習したそうですが、ほら、日本でもアグネス・チャンとかテレサ・テンとかもそうですが、ちょっとたどたどしい日本語がウケるように、たどたどしいフランス語がかえって効果的だったようで、この曲は本国フランスで大ヒットしました。

 

 

 では、その後ジュリーはフランスで大人気になったかというと…こちらの日本でのショーで語られているように、まあ一発屋で終ったようですね。それでもしっかりフランスポップス史に名前を刻んだことは事実です。

 

 

 やっぱり曲が良かったんでしょうかね。その後、ポール・モーリアもこの曲を録音しています。というか、ポール・モーリアのアルバムなんて、ちゃんと聴いたことなかったんですが、いや、やっぱり素晴らしいですね。アレンジのセンスが絶妙ですし、ストリングスの音が美しい。

 

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2021.06.12

フランチェスコ・ランディーニ 『さあ春が来た』

 

 日は友人の中世バンドのコンサートを聴きにいきました。

 これだけまとめてランディーニの曲を聴くのは初めて。近代音楽に毒された脳内を浄化するには良い機会でした。

 コンサートでも演奏されたこの有名な曲。いろいろな編成の可能性がありますが、それでもかなり「楽譜」はしっかりしており、ある意味ではこの頃(14世紀)からすでに近代音楽への歩みが始まっていたとも言えます。

 このあと、ジョスカンやオケゲム、そして天才(悪魔)モンテヴェルディへとつながっていきます。「音楽の正体」に書かれてあったとおり、たしかにモンテヴェルディで、近代、そして現代につながる、全世界洗脳型調性音楽や終止感がほぼ完成してしまいますよね。

 ランディーニはその前の音楽ですから、今の私たちが聴くと、それこそ調性感や終止感に違和感がある。しかし聴き慣れると、それも自然になってきます。

 楽器の音質についてもそうですね。今日の中世バンドでも、当時の様式に近いハープやフィドル、ヴィエール、フルート、そしてギターンが登場しましたが、やはりかなり「アジア的」です。つまり「さわり」がある音なんですよね。それが実に心地よかった。

 演奏者の方々に猛烈おススメしておきましたが、次はぜひ全ての絃楽器の絃を絹(シルク)にしていただきたい。それすればさらに素晴らしい響きが得られることでしょう。楽しみにしております。

 とはいえ、ハープを筆頭にめちゃくちゃたくさんの絃を作らねばならないので、実現には時間がかかるでしょう。なにしろ、今そのシルク絃を作ることができる職人さんは、世界に一人しかいないので。

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2021.06.11

Q-POP TOP50

 

 日紹介したアジアンPOPのコンピが面白すぎました。

 ウチの娘たち…長女はK-POPマニア、次女はKからC-POPまで網羅。最近は日本の古いポピュラー音楽にはまり、アナログレコードの沼にはまりつつあります。

 で、私はというと、にわかQ-POPマニアになりました(笑)。

 カザフスタンでも韓流ブームがあったそうで、そこから独自のQ-POPが発達したとのこと。

 カザフの微妙な位置もあって、アジア、ヨーロッパ、ロシアが混ざりあった独特な音楽になっていますね。登場する皆さんの顔を見ても、かなりの多様性を感じます。

 まあ、こうして知らない音楽を聴きまして、あらためて韓国の国策音楽の影響力の大きさを感じますね。

 というか、好き嫌いは別として、アジアの若者たちに大きな勇気を与えたことは事実ですよね。ドラマや映画の上でもそうです。

 完全に日本は韓国の後塵を拝する格好になってしまいました。もうそれは仕方ない。負けを認めましょう。

 ただ、かつての歴史でもそうであったように、日本はガラパゴス化、鎖国化を通じて、様々な文化を長い時間かけて熟成、発酵するのが得意です…と書いてはみましたが、このグローバル化した文化の中では、かなり厳しい状況ですよね。もちろん、世界を市場にしなければいけないというルールはないし、そのようなゲームに乗らなければならない決まりもないので、まあ独自の文化を千年くらいやっていけばいいんじゃないでしょうかね。

 それが日本の役割なのではないでしょうか。そう考えると、やはり昭和の日本の音楽をもっと味わい尽くさねばなりませんね。このブログもそういう方向に行きそうな気がします。

 ということは、日本の伝統芸能を専門で学んでいる最近の次女の動向は、案外合っているのかも…さすが芸大ということか。

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2021.06.10

アジアンPOP

 んだか、すっかり世界のいろいろなジャンルの音楽を紹介するブログになってしまっています(笑)。

 まあ、それでもいいか。自分も興味あるし。それらから未来の音楽像が浮かび上がってくればいいと思っています。

 さて、昨日はカザフスタンの古楽バンドを紹介しましたが、カザフスタンと言えばQ-POPですよね!日本でも一部のマニアに受けています。

 今、アジアは、欧米をも席巻したK-POPに倣えという感じで「○-POP」が大量生産されています。今日はそんなアジアの音楽最前線を垣間見ると同時に、日本のガラパゴス化、鎖国化を感じていただきましょう(それが悪いと言っているわけではありません)。

 ちょうどいいコンピレーションがありましたので、興味のない方も一度聴いて、そして見てみてください。

 Kpop, Vpop, Qpop, Tpop, Jpop, Ppop, Cpop, Mpop…あなたはどの「POP」がお好きですか?気になったところをYouTubeで深堀りしていく楽しいですよ。ただし女性の方は「沼」にご注意を!(笑)

 

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2021.06.09

アンドレア・ファルコニエーリ 『シャコンヌ』

Th_unknown1_20210613171801 楽ファンなら皆さんよくご存知のこの曲。イタリア17世紀初頭の作曲家ファルコニエーリのシャコンヌです。

 最近、アジアの古い音楽を漁ることが多くありまして、そんな中でこの「バンド」の演奏を見つけました。

 カザフスタンで最初の古楽団体と紹介されていますが、どう見ても古楽器ではありませんね(笑)。

 しかし、それが良いのです。古楽というと、ただ古いタイプの楽器を使って、それでモダンとの違いを強調するだけで終わってしまう演奏が多いのも事実。

 使用する楽器よりも、古楽のスピリットが大事ですよ。つまりそれは「アジア」のスピリットだと思うのですが。

 そういう意味で、この演奏はとってもいいと思います!カザフスタンというのは実に絶妙な立ち位置ですよね。

 

 ファルコニエーリはイタリアの作曲家で、上の絵にあるとおり、リュートが得意だったようです。で、カザフスタンの楽団にはリュートはあるのかというと、ん?これは電気リュートか?(笑)

 電子ピアノやカホンも見え隠れしていますが、これでいいと思いますよ。でも、ヴァイオリンの絃はぜひシルクに!いや、カザフスタンと言えば羊だから、やっぱりガットだったのかなあ…。

 馬頭琴に似た楽器もあって、それは馬頭琴と同様に、絃も弓の毛も馬の尻尾や髪を使ったそうですから、シルクは必要なかったのかもしれませんね。

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