2019.06.18

フィフィ・ザ・フリー 『栄光の朝』

 日の続きです。プロデューサーとして有名な村井邦彦さんですが、もともとはミュージシャン。作曲家として、けっこう多くの楽曲を提供しています。

 アルファ・レーベルでの第一弾デビューバンドとして、白羽の矢が立った「フィフィ・ザ・フリー」。その3枚目のシングルが「栄光の朝」。作曲、編曲が村井さんです。

 1969年11月の発売。ビートルズのアビイ・ロードが発売になったすぐあとですね。フィフィ・ザ・フリーは、もともとビートルズやヤードバーズなどの影響を受け、いわゆるサイケデリック・ロックを得意としていたようですが、この曲は、お聴きになってわかるとおり、アメリカのコーラス・ポップの色合いが濃いキャッチーな楽曲になっています。

 アルファは、サイケからのちのシティ・ポップ、フュージョン、そしてテクノに至るまで、本当に幅広い音楽を包含していましたが、このフィフィがすでに、そういうマルチな感覚を持っています。まあ、当時の日本人はとにかくアメリカのあらゆるジャンルを貪欲に呑み込んでいたのでしょうね。

 

 この曲、のちに山下達郎さんらが紹介し再び注目を浴びました。今、アメリカでアルファ系の音楽がウケているわけですが、その原点とも言えるのがこのフィフィであり、栄光の朝なのかもしれません。実に進んだ時代でした。

| | コメント (0)

2019.06.17

TALK ABOUT YMO 村井邦彦×川添象郎

 近、アメリカなどで日本のシティ・ポップが大人気だそうですね。本家アメリカの40年先を行っていたわけですよね。

 すごすぎますよ、当時のアルファレコード。シティ・ポップに加えて、フュージョン、そしてYMOに至るまで。

 そんなアルファレコード創設者の村井邦彦さんと川添象郎さん。お二人ともお元気ですね。川添さん、いろいろありましたが、まあいろいろあるのは元気な証拠です(笑)。

 私、今、仲小路彰の研究をしているわけですが、最近は仲小路本人よりも、その天才仲小路が「天才」と称した川添浩史(紫郎)に興味が湧いてきてしまいました。象郎さんのお父さんです。

 川添浩史さんは、仲小路の右腕としてだけでなく、高松宮さまの秘書として、また六本木キャンティのオーナーとして、ある意味派手に活動していた方ですが、その一生はまだ研究対象になっていません。昭和の裏面史の重要人物なんですがね。

 それはこれからの課題といたしまして、今日はとりあえず、象郎さんと村井さんのYMO談義を聴いてみましょう。いろいろとすごすぎる話満載ですよ(笑)。

 

 

 

 川添象郎さんにもお会いして話を聞かねばなりませんね。なんとか今年中に実現したいと思っています。

| | コメント (0)

2019.06.16

ちあきなおみ 『雨に濡れた慕情』

 日は地元オヤジバンド「JJ Paradise」のライヴにヴァイオリンで参加しました。家内がヴォーカルを務めているのですが、私はずるくて、昨日初めて練習に参加し、今日いきなり本番(笑)。

 当然初めてやる(聴く)曲もたくさんあったわけですが、いやあ、昭和の歌謡曲はみんないいですねえ。弾きながら感激していました。

 特に今回は、ちあきなおみさんの曲を何曲がやりましてね、中でも彼女のデビュー曲「雨に濡れた慕情」は素晴らしい名曲ですね。

 当然耳にしたことはありましたが、こうしてしっかりアレンジまで味わうとホントたまりません。

 なるほど、編曲は森岡賢一郎さんなんですね。昨年惜しくも亡くなってしまった素晴らしい作曲家です。森岡さんの功績はウィキでどうぞ。

 森岡さんはクラシック畑の出身。そこに加えてジャズの知識と経験がありますから、オーケストレーションはお手の物ですね。ストリングスも魅力的ですし、ベースラインも完璧。ある意味、ちあきなおみさんの空気感を決定したアレンジとも言えましょう。

 

 

 今日は観客として来ていた若いピアニストをつかまえて、「歌(名曲)のためのユニット組もう」と誘いました。名曲の歌詞とメロディーをたっぷり、しっかり伝えるコンサートをやりたいと思います。当然、この曲もレパートリーに入れますね。

| | コメント (0)

2019.06.15

椎名林檎 『三毒史』

Th_71nkhlzrynl_sl1200_  日今日と、中学生と宿泊座禅。

 般若心経も何度もお唱えしました。

 その般若心経で始まるこのアルバム。その名も「三毒史」。

 三毒とは、「貪・瞋・」。今日はこの三毒から少しでも離れられるよう、座禅をしたり、作務をしたり、読経をしたり、写経をしたりしたわけです。

 「貪」はむさぼり。「瞋」は怒り。「癡」は愚かなこと。うん、たしかに私たちは日々これに囚われていますね。

 そこから脱するために、たしかに修行という手もあります。その一方で、それらをアート作品として昇華してしまうという方法もありますね。

 文学はもちろん、音楽や美術、演劇などにおいては、実はこの「貪瞋癡」がテーマになっていることが多くありますね。

 この椎名林檎さんの新作も、そうしたアプローチの一つ。三毒の世界を物語化することによって、日常から遠ざけることに成功しています。

 特に音楽は高次元に作用するので、「解脱」の手段としては有効でありましょう(最近、それを研究しています)。

 椎名林檎さん自体が、ある意味では三毒を昇華する存在だとも言えます。何度か書いているように、ものすごく「女性性」を持っているのに、なぜか同性から嫌われず、そして異性に「やる気」を出させる存在。これは高次元ですよ(笑)。

Th_220pxthree_poisons  このたびはステキな(煩悩の塊のような)男性諸氏とデュエットしておりますが、それぞれの男性がそれぞれの三毒を抜かれている様子、また、それに対して私たち受け手もまた、妙な嫉妬から解放されているという事実。これはやっぱり「画期的」なことですよ。

 お見事。

 あっ、あと細かいことですが、Amazonの解説で、貪=豚とあるのは間違いです。貪は鶏です。つまり、貪=鶏、瞋=蛇、癡=豚が正解です。1曲目の曲名が正しいということですね。

Amazon 三毒史

| | コメント (0)

2019.06.14

俗流歴史本 vs 歴史学

Th_izawagoza  「流歴史本」の何が問題か、歴史学者・呉座勇一が語る」…という面白い文章を読みました。論者は国際日本文化研究センター助教授の歴史学者、呉座勇一さんです。

 私も呉座さんの「応仁の乱」を読み、久しぶりに(?)正統歴史学の面白さを堪能いたしました。

 一方、槍玉に挙げられている井沢元彦さんの「逆説の日本史」シリーズも、若かかりし頃さかんに読みました。

 ですから、両者がケンカするのは、あまり楽しくありません。

 この前書いた慰安婦問題や、何度も書いてきた南京の問題と一緒で、両極端がお互いに譲らず頑なになってケンカしている様子は、あまり好ましく感じられません。

 だいたい、人間の現実の生活は、事実と妄想の絡み合い、結果としてその中間に本質があるのに、かたや事実として残っているコトしか認めず、かたや自分の妄想というモノに絶対的な自信を持っていて、その「あはひ」を観るのを忘れてしまっている。

 量子論的に言うならば、この世の本質は粒子(コト)と波動(モノ)の「不二」的共存であるのに、そのどちらかしか観ていないわけですね。

 というわけで、この呉座さんの文については、それなりに納得できる反面、なんとなく味気なくも感じてしまうのでした。

 ただ、残念ながら(?)言えることは、呉座さんも井沢さんも、とっても筆力があって、そういう意味ではかなり「近い」ということです。そこは、実はとっても重要なポイントです(近親憎悪?ライバル?)。

 さてさて、出口王仁三郎や仲小路彰、さらには宮下文書など偽書の類、そして、二・二六事件にまつわる不思議な体験などに関わってきたワタクシとしては、少なくともですね、波動の情報については時空を飛び越えますので、すでにそれは「歴史学」の関知する領域ではない、ということだけは言っておきたいと思います。完全なトンデモですね(笑)。いつもスミマセン。

| | コメント (0)

2019.06.13

三沢光晴さんが亡くなって10年

Th_61hgk7ucpol_sx339_bo1204203200_  う10年ですか。
 あの日のこのブログの記事を読み返してみました。

 追悼 三沢光晴選手

 翌日の記事にも思い出がつまっています。

 三沢さんの思い出

 この2009年は、三沢さんだけでなく、志村正彦くんも突然天に召されました。天才の宿命…などという言葉ではとても納得できない、この世の不条理を強く感じた1年でした。

 あれから10年。三沢さんに関する素晴らしい記事を読みました。プロレスに興味のない方もぜひこれはお読みください。

 命を絶つことも考えた選手に届いた"ミサワの遺言"とは 没後10年、三沢光晴が遺した物

 自らがリングの上で死ぬことを覚悟していた上に、その時の対戦相手にこんな手紙を残していたとは。どれだけ人のことを思いやる人なのだろう。死してなお、この上なく優しく、責任感が強く、人を励ます…。

 同じ命日で没後110年の太宰治の遺書と並べるのもなんですが、(太宰とは対照的な)文学性すら感じさせます。

 本当に偉大な人でした。プロレスというジャンルに、初めて品格を与えた選手であるとも言えましょう。

 この10年でまた、プロレス界は変わりました。いい方に変わったと思います。三沢さん亡き後のノアも、ようやく若い世代の勢いが出てきました。

 私はこの10年、ほとんど三沢さんの試合を観ませんでした。辛かったのです。あまりに相手の技を受け続け、自らの体にダメージを蓄積していく姿を観るとなんとも言えない気持ちになってしまうのです。

 しかし、これからは上掲の「手紙」に書かれた言葉をしっかり受け止め、もう一度ちゃんと三沢さんのプロレスを観戦したいと思います。

 

 

| | コメント (0)

2019.06.12

デジタル記念館 慰安婦問題とアジア女性基金

 キ・デザキさんの「主戦場」、ぜひ観てみたいですね。

 私のことを保守派だと思っている方がけっこういます。この映画に対しても批判的だろうと。

 う〜ん、正直言いますと、保守派の方々も、またその反対の方々も、あまりに意見が極端で感情的なので、私はどちらにもシンパシーを抱けないのですよ。

 その両極端がどのように「相容れない」のかを、こうして作品としてしまい、「主戦場」と名づけてしまったデザキ監督には感心しているところなのです。もちろん、その感心は関心という程度のことであり、映画作品の価値がどうのこうのとか、慰安婦問題自体の価値とかとは、全く別次元です。

 

 ところで、慰安婦問題に関していろいろとおっしゃりたい方は、まずはデジタル記念館をしっかり読んでいただきたいですね。
 私はずいぶん前に一通り目を通しました。けっこう忘れているところもあるので、また読み返しているところです。その上で、この映画を観にいこうと思っています。皆さんもぜひ。

| | コメント (0)

2019.06.11

Orkestra 『Fly Away』

 日紹介したミック・カミンスキーが、同じくELOのメンバーだったケリー・グロウカットと組んだプロジェクト「Orkestra」。

 その「Orkestra」の隠れた名曲を紹介しましょう。まあ、聴いたことがある人はほとんどいないでしょう。かなりコアなELOファンじゃないとね。

 ジェフ・リンの裏に隠れてしまって目立ちませんが、ケリー・グロウカットのソングライティング能力はめちゃくちゃ高い。ジェフの影響もありましょうが、よく練り上げられたポップな曲をたくさん書いています。

 その代表曲がこの「Fly Away」でしょう。まずはお聴きください。こうしてYouTubeでマイナーな名曲を共有できるようになって嬉しい。

 

 

 この曲にはアンプラグド・ヴァージョンがあります。これがまた良いですね。ミックのヴァイオリンが最高。こういう伴奏が理想です。

 

| | コメント (0)

2019.06.10

Violinski 『Clog Dance』

 をヴァイオリンの道へいざなった張本人は、このミック・カミンスキーです。

 ELOのヴァイオリニスト。青いバーカスベリーのエレキ・ヴァイオリンを弾く彼は、ELOの中では比較的地味な存在でしたが、私にとってはある意味恩人です。

 めちゃくちゃ上手というわけでもないし、ロック!という雰囲気でもない。結構謙虚なヴァイオリンを弾くんですね。それがなんというか、私の中のハードルを下げてくれたともいえます。

 彼のソロ・プロジェクト「Violinski」のこのアルバムでも、期待を裏切ってあまり派手にヴァイオリンが出てきません。ちょっと拍子抜けしたことを思い出します。

 その中で、シングル・カットされた「クロッグ・ダンス」は、アルバムの中では珍しいインストロメンタル・ナンバーでありながら、やはり派手なソロなどはなし。期待を裏切るというか期待どおりというか、いつのまにか終わってしまいます。

 楽曲としては、シンプルかつキャッチーなメロディーとコード進行の名小品ですね。このTVショーでのパフォーマンスも地味でいいですねえ(笑)。

 懐かしいなあ。高校時代を思い出します。

 カミンスキーは今67歳。たぶんまだ現役で弾いていると思います。

 

| | コメント (0)

2019.06.09

『100円の恋』(安藤サクラ主演作品)

 藤サクラ主演の映画。

 うん、やっぱり安藤サクラがすごかった。この作品、安藤サクラじゃなかったら、イマイチだった。

 それから、やっぱり今になってこの作品を観るとですね、助演男優の新井浩文にとって、けっこうシャレにならない内容ですよね。いい俳優さんなのに…。やっぱり、現実生活とお芝居の世界が、ある程度重なっていないと、ああいう感じは出せないのかなあと思いました。

 そういう意味で、最近の女優、男優さんに、ある種の鬼気が感じられないのは、まあしかたないのかなあと。

 この作品は「第1回松田優作賞」でグランプリに選ばれた足立紳の脚本を映画化したものです。実は今日、この作品を観る前に、松田美由紀さんにお会いして、ちょっと映画の話なんかもしたのですが、そう、松田優作さんなんか、まさに現実生活がそのまんまお芝居の世界につながっていた。そういう天才が生まれにくい、育ちにくい、生きにくい世の中になってしまいましたね。

 その点、安藤サクラさんはすごい。見事憑依させてますね、斎藤一子を。実際の生活はどうなんでしょうか。お父さんは奥田瑛二さん、お母さんは安藤和津さん。曽祖父は犬養毅という、とんでもない血筋ですからね。

 それにしても、映画におけるボクシングという存在は面白いですよね。ボクシングの世界自体が、人間臭いドラマに満ちているので、ある意味ボクシングを映画に使うというのはずるいとも言えます。

 この作品も、ボクシングものにありがちなコテコテの展開ですので、やっぱり安藤サクラじゃなかったら、チープな作品になってしまったかもしれません。

 私だったら、「100円」ということですから、最初から最後までダメ人間しか出てこない映画にしたかもしれません。だから、途中から安藤サクラが変身していくところを見てガッカリしてしまいました(笑)。結果はどうあれ、努力する人が出てきてしまうとなあ…。

| | コメント (0)

«小型コードレスサイクロン掃除機 (SOWTECH)