2016.08.30

BAZOOKA!!! 『ミゼットプロレス』

 日の続きとなりましょうか。
 昨日紹介したバリバラをいろいろなクラスで見せました。中1から高3まで、それぞれの年代でいろいろな反応があって面白かった。
 学校こそが陥りがちなのが、偽善的な福祉教育であります。これには、私も若い頃からずいぶん反抗してまいりました。
 だいたい、自分自身もいろいろな意味で障害者です。性格や能力まで含めれば、人類みんな障害者。それでいいと思いますし。
 そんな私のある意味偏った福祉教育の教材として、昔から重用してきたのが「プロレス」です。小人プロレスや障害者プロレスの映像を授業で扱ってきました。
 10年前に紹介した、森達也さん企画の『ミゼットプロレス伝説〜小さな巨人たち〜』もそんな教材の一つでした。
 その番組に、伝説的ミゼットレスラーでありお父さんであるミスターポーンと一緒に出演し、いろいろと苦悩していたMr.ブッタマン。結局その後、日本の小人レスラーはMr.ブッタマンだけになってしまい、試合が組めない状況になっていましたが、全女崩壊寸前にプリティ太田がデビューして、なんとか日本のミゼットプロレスはギリギリ命脈を保つことになりました。
 とは言え、現状はかなり厳しい状況であり、私ももう何年も彼らの試合を生で観る機会がありません。そんな中、これもずいぶん前ですが、BSスカパーで彼ら二人の試合が生放送で放映されるという画期的なことがありました。
 その動画があったので、紹介いたしますね。試合以外のシーンも、なかなか面白く興味深いではないですか(笑)。
 それにしても、彼ら二人が引退してしまったら、いや、どちらか一方が引退してしまったら、本当に日本の小人プロレス文化は絶えてしまうのですね。
 それこそ、こういう試合が地上波で放送されたりして人気になり、仕事として生き残っていければいいのになあと思ってしまいます。いやいや、それ以前に、普通のプロレスさえなかなか放送されなくなってしまっていますからね。
 逆に、ネットでこういう試合を誰もが観ることができるようになったのは、良いことと考えるべきでしょうか。生で観たいという人たちが増えてくれることを祈ります。ホント面白いので。

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2016.08.29

バリバラ 生放送『検証!<障害者×感動>の方程式』 (Eテレ)

 日の夜、皆さんご覧になりましたか?「24時間テレビ 愛は地球を救う」ではありません。その裏番組。
 ネットでも大変な評判になっていましたから、のちにネットで観た方もいらっしゃるのではないでしょうか。Eテレの「バリバラ」。露骨に「24時間テレビ」の裏にぶっこんできたNHKも大したものですね(笑)。
 こういう両面が同時に放送されているのは、ある意味では大変健全なことですし、NHK自身の自己検証もされているので、より高度な次元になっていると感じました。
 私は、教室でもよく「24時間テレビ」に対する批判をしてきました。ただ、それは自分の感覚の押し付けであって、それこそ感動否定ポルノになってしまっていたのではと、今さらながら反省いたしました。
 こうなったら、来年はEテレで24時間バリバラをやったらどうでしょうね。笑いは地球を救う…いいじゃないですか。
 NHKに様々な批判が寄せられている昨今ではありますが、私は昔からけっこうNHKファン、それも教育テレビ(Eテレ)ファンでした。
 やっぱりそれなりの才能の集団が、それなりのお金をかけて作っているだけのことはありますよ。私は受信料を気持ちよく払っている人間です(回し者ではありませんよ)。
 うん、とにかく今回は特に、NHKさんGJ!でした。

 一方、相模原の事件があってすぐに放映された、こちらのバリバラもなかなか重い内容でした。これもまたNHKだからこそできる番組、切り口であったと思います。ぜひご覧ください。


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2016.08.28

LiuXi工房 16インチ ヴィオラ

Th_nao1212basskeyimg600x529146448_2 日は甲府のコラニー文化ホールにてヴィオラを演奏。
 山梨では有名なヴァイオリン指導者の方から頼まれて、発表会でのオーケストラ演奏のお手伝い。なんと、その方とは30年ぶりくらいにお会いしました。
 30年も前にお会いしたのに、その時の、ワタクシの印象があまりにも強烈だったようでして、それで思い出してくれて声をかけてくださったのです。
 私は全然覚えていないのですが…なんでも、その時私はヴァイオリンをケースに入れず「裸」で現場まで持って行って演奏したのだとか。それで、それではあんまりなので、帰りにその先生が「風呂敷」を私にくれたそうです。全然覚えてない(笑)。皆さんに私を紹介する時、そんな話をしてくださり、「これぞ究極のソフトケース」と冗談をおっしゃっていました。なるほどたしかに(笑)。
 そのほかにも、私の忘れている面白い(恥ずかしい)エピソードを語っておられました。当時からどんだけいい加減なヴァイオリン弾きだったんだ!自分でも驚きました。
 そのいい加減さは今でも完全に残っていて、なにしろ今回も現場に行ってみて、違う楽団から送られてきた全然違う曲の楽譜を持ってきたことに気づいたり、いやそれ以前に、リハや本番のことを記した予定表をなくしてスケジュールが全然分かっていなかったりで、皆さん、その30年前のエピソードも「さもありけむ」とお思いになっていたようでした(苦笑)。スミマセン。
 それにしても、そのヴァイオリン教室の先生や生徒さんの中に、複数の知り合いや知り合いの知り合いがいたりして、まあ世間は狭いなあと思った次第です。そんなわけで、余計に恥ずかしい思いをしたのでありますが…。
 さて、今回はヴィオラの演奏だったわけですが、考えてみると、今純粋なモダンのヴィオラって持っていないんですよ。だいたいそれに気づいたのが数週間前のこと。
 普段バロックをやっているので、バロック風に改造した5弦ヴィオラ(こちら)しかないのです。
 そうそう、この5弦ヴィオラ、この前の都留音楽祭のルーファスのリサイタルではバロック・ヴァイオリンとして、全体合奏ではバロック・ヴィオラとして演奏しましたが、双方ともにプロの皆さんから「すごくいい音」と絶賛されました。中国製の安物なのですが、確かに非常によく響くし音色もバロック楽器として聴くと倍音がいい具合に多くてなかなか良い。大当たりの楽器でした。
 で、今回はですねえ、その楽器をモダンに戻すということも考えたのですが、それも面倒くさいし、今後別の楽団でモダンのヴィオラを弾く機会もあったり、時々やっている語りの伴奏もヴィオラでやるのが一番いいので、思い切って新しい楽器を購入することにしました。
 そして手に入れたのがこの中国製の楽器。今日はこの楽器のデビュー戦だったのです。いやはや、これがまた、いい楽器なのです。30年以上の間、いろんなヴィオラを弾いてきましたが、これが一番いいかも。よく鳴るし、弾きやすいし、音程も安定している。
 そんな大満足の楽器なんですが、これをどこで買ったかというと…なんと「ヤフオク」です(笑)。
 前述の5弦ヴィオラも、知り合いのバイヤーさんを通じてネットで買ったんですが、これも現物を見たり触ったりすることなく、ポチッで購入。
 ケース、弓、肩当て、替え弦2セット、調子笛までついて、(値切って)4万2千円でした!やっす…。
 ま、考えてみると、生徒たちの楽器も全部こうしてネットで中国製の格安楽器を注文しているんですけどね。しかし、ほんとにハズレがないんですよ。中国恐るべしです。ちょっと調整してやれば、ヘタすると10倍くらいの値段の日本製と同等の音がする。これマジです。
 友人の製作家(日本人です)に聞くと、たしかに中国製は脅威だそうです。ただ、なぜ新品でもよく鳴るかというと、ちょっと板が薄めなんだそうです。たしかに少し軽く感じます。
 そういう楽器は最初からよく鳴るけれども、経年変化には弱く、30年もするとへたってきて鳴らなくなるのではとのことでした。まあ、30年持てば私にとっては充分すぎます。
 ヴァイオリンも「使い捨て」になったと考えれば、ちょっと複雑な気持ちになりますが、私のようなシロウトにとっては、実に助かることですし、なにしろ子どもたちにとってハードルが下がることは、決して悪いことではない。
 いや、それ以上に、異常なる日本のヴァイオリン文化(先生が生徒にやったら高い楽器を紹介して儲ける)を崩壊させるには良い外敵と言えるかもしれません。
 というわけで、皆さんもぜひネットでヴァイオリンを買ってみてください(なんて言っていいのかな)。ちなみに、私のおススメのお店、お世話になっているお店はバイオリンJPさんです。

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2016.08.27

山口美央子 『夕顔〜あはれ』

Th__20160828_10_05_05 日は家族全員がそれぞれのイベントでそれぞれのパフォーマンスをした日でした。
 私は中高のカルチャーフェスティバルで弦楽合奏部の発表。チェロを弾きました。その後、甲府で一仕事したのち、某所でヴィオラを演奏。
 カミさんは朝から職場の運動会でドタバタ。上の娘はNHKのど自慢の予選に参加。結果は残念ながら通過ならず。かなり力を入れていただけにショックのあまり号泣しておりました。
 で、下の娘は、カルチャーフェスティバルにおいて、能楽部の一員として「半蔀」の仕舞を披露しました。いや、いつのまにかそれらしくなったなと、我が子ながら感心いたしました。
 「半蔀」の夕顔の舞は、まさに霊の舞。今日披露したのは、夕顔の霊が光源氏との恋の思い出を僧に語り、それを聞いた僧が夕顔を成仏させんと祈り、それを夕顔が喜ぶというシーンの舞です。
 その「幽霊」感、それも喜ぶ幽霊感がよく出ていて良かったと思います(笑)。
 さて、そんな娘の舞を観ている時に、急に思い出されたのが、この人のこの曲。いろんな人が言っていますが、いまだにCD化されない幻の名盤「月姫」(1983)の第1曲。
 私、大学の時、お手伝いで山口美央子の曲を演奏した覚えがあるんですよね。この曲もやったのかなあ。だから思い出したのか…。
 その後作曲家として多くのアーティストに楽曲提供した山口さん、今どんな生活をされているのでしょうか。再評価されていいシンガーソングライターの一人ですね。

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2016.08.26

2016 火祭り

 このところ毎年VIPをお迎えしていた「吉田の火祭り」ですが、今年は甲府在住(移住)の友人と一緒に、比較的落ち着いた感じで参加いたしました。
 言うまでもなく、火祭りは諏訪神社の例大祭です。今年は諏訪の御柱祭の年でしたね。中央構造線の西端である熊本で震災があったあと参加した御柱祭。いろいろ考えさせられ、感じさせられました。
 こちらにも書いたように、こうした中央構造線の荒魂も、この火祭りで御柱祭が完了するとともにひとまず落ち着くと思います。
 そんな願いもこめて、いくつかのご神事にてお祈りさせていただきました。以下、ほんの少しではありますが、写真を紹介します。

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2016.08.25

仲小路彰 『絹の道について』

Th__20160826_124610 日は「絹」に関して、またまた嬉しい大進展がありました。先日の 私たち(安倍昭恵さん、宮下織物さん、山口家)の妄想が、こんなにすぐに実現の端緒につくとは…恐るべき天の計らいであります。
 そんな私たちの未来的妄想には、様々なベースとなる歴史的事実があり、歴史的な人物がいるわけですが、やはりここのところの動きには、この富士北麓に縁が深く、また絹に対する本質的な理解者であった、天才歴史哲学者(思想家)仲小路彰の見えない力を感じます。
 今日は、その仲小路彰が「絹」について書いた文章を紹介します。仲小路彰の文章はなかなか世に出ないのですが、これは私が古本屋で見つけた何冊かの「地球との対話シリーズ」の一つ、第53号「絹の道を求めて」の序文です。
 これが書かれたのは昭和30年。このあと、東京オリンピック開催が決まり、それに伴って、高輪の光輪閣に「シルク・ギャラリー」が設けられたことは、先日書いたとおりです。
 そうした流れの原点になった文章であり、私たちはこれを半世紀後の現代に甦らせたいと考えているのです。
 ぜひお読み下さい。


   「絹の道について」  地球文化研究所(仲小路彰)

 日本の伝統は絹の上におりなされ、つぎ伝えられている。絹のように美しく、たゆるなく結ばれている。この伝統を、将来にも、より豊かにつぎ伝えることこそ「絹の道」の志向する目標である。
 「絹の道」は、かっての紀元前二世紀における東西文化の交易路としての「絹の道」が有したと同じく、二つの意味を持つものである。
 一つは、直接的な東西文化交流の主要交易品としての絹ーそしてこのことは対外貿易の主要産業の一つとしての絹を、今後日本がいかに発展させるかという、日本経済の問題に通ずる。
 一つは、絹によって象徴される日本文化の国際文化との交流、発展への広義の効果ならびにその間接的促進である。
 前者が経済的実質的効果を求めることに対し、後者は文化的、精神的効果を発揮し、しかもこの両者が互に別れることなく、相互に影響しつゝ、より有機的な発展をなさしめるところに、今後の具体的方途が示されるものである。
 それは、かつての「シルク・ロード」が、単に絹だけを運んだ交易路ではなく、より広い東西文化の交流の意義をもったことに対比され、しかも「シルク・ロード」は、ただに文化の消長のみならず、それをめぐる諸民族の幾多の興亡変転の歴史をも包合していたことを歴史的にも深く考うべきである。
 そこには東洋の特産物としての高価な絹がラクダの背に、幾多の劇的な旅中の挿話を残しつつ、はるばる西方に運ばれ、その高度の物質的掲載価値を示すとともに、広く東洋の芸術的優秀さがヨーロッパ文化に多大の影響を与え、同時に西域の文化を東方に伝えることに役立ったのである。その貴重な実証を今日日本においては、なお法隆寺、正倉院御物の世界に比類ない文化的伝統のうちに見出し得るのである。
 「絹の道」を通じて絹だけが運ばれたのではない。それはあらゆる文化の交流路であった。同じく「絹の道」も、今後の国際文化交流の中核として、その内面的充実と発展がなされるべきである。
 そして「絹の道」はあくまでも「道」として、東洋のもつ高い精神の原理を伝統的につぎ伝えゆくものであることを銘記すべきであろう。
 日本の歴史を上代以来つらぬき通してきた絹の深い伝統は、つねに日本文化の中心となり絹によって織りなされた高い生活と文化の諧調をあらわし来った。それは「絹の国」として、あらゆる生活が絹に結ばれ、養蚕にいそしむ農村のかくれた労苦に、また糸を紡ぐ工場の人々の勤労によってうけつがれ、伝えられてきた伝統の美しさのうちに、今後もなお、外面的に近代的設備の利用、拡充を図ることは当然としても、その内なる魂の純粋なる伝統を、いかにつぎ伝えてゆくかーこゝに「絹の道」の大きな使命がある。

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2016.08.24

石丸幹二&つのだたかし 『武満徹のうた』

Th_51abudd4fl_sx355_ 日の都留音楽祭でお世話になった、つのだたかさんから直接購入させていただきました。
 これは素晴らしいアルバムですね。ぐっと来ました。
 このアルバムの話になったのは、実は、つのださんに美空ひばりの「さくらの唄」を、リュート・ソングとして歌いたいと、カミさんと一緒に頼んだのきっかけでした。
 日本にもこんなに素晴らしい歌曲があるということを、西洋古楽を専門としている歌手の皆さんに知ってもらいたいというのが趣旨でした。
 すると、「ちょうどこういうのを出したところだった」とのことで、このアルバムをすすめてくれたのです。なるほど、武満徹という、素晴らしい歌曲の作曲家がいたか!たしかに。
 やはり、これは「日本のリュート・ソング」というコンセプトだそうです。そうですよね。歌詞も谷川俊太郎や荒木一郎、そして武満自身ですから。日本語を大切にしつつ、最も美しいメロディーを追い求めた武満。
 そう、今日ちょうど、「昭和の偉人」シリーズの三木たかしと宮川泰の回を観たんです。彼らの、天才的かつ職人的な仕事ぶりに家族で感激いたしました。
 なるほど、武満も同時期の作曲家ですよね。まあ、昭和のメロディー・メーカーたちはすごかった。彼らがほとんど全ての可能性を発掘してまったのでしょうか、平成になったからのメロディーはなんとなく貧弱な印象があります。
 詩、曲、歌、演奏、それぞれ分業するのが、もしかすると音楽の本来の姿なのかもしれませんね。今や、ボーカロイドまで登場し、シロウトでもその全てを担当することができるようになってしまいました。
 まさに音楽の大衆化。大衆化によって、その質は残念ながら低下してしまったと言えるでしょう。
 このアルバムは、言うまでもなく、それぞれの分野の職人芸が見事に融合された作品です。
 編曲は、つのださん自身と、息子さんでジャズ・ベーシストとして大活躍の角田隆太さん。隆太さんは、演奏でも1曲参加しています。
 今日観た「宮川泰」でも、宮川彬良さんが父についていろいろ語っていましたけれど、つのだ親子も見事その才能を受け継いでいるようですね。ま、角田家自体、もともととんでもない才能の家系ですからね(つのだたかしさんのお兄さんにはつのだじろうさんが、弟にはつのだ☆ひろさんがいらっしゃいます!)。
 おっと、肝心の石丸幹二さんについて書くのを忘れていた(笑)。
 いやあ、石丸幹二さん、本当にお上手ですね。今や俳優として有名になってしまった感さえありますが、もともとは劇団四季の重鎮ですからね。歌と演技、両方達者なのは当たり前といえば当たり前です。
 いや、その歌手と役者という二つの仕事の世界が、実に有機的につながっている感じがしますね。考えてみれば、歌手も俳優も、何かを憑依させてナンボという意味では、モノ(他者)を招く「ものまね」ということになりますよね。
 まあ、作曲家や演奏家もそうでしょう、本来は。武満さんにせよ、三木さんにせよ、宮川さんにせよ、つのださん親子にせよ、下ろしてきているに違いありません。
 さて、日本の「歌曲」といえば、今ちょっと研究中の仲小路彰もまた、多くの歌曲を作詩作曲した人物でした。ほとんどそれは知られていませんが、おそらく数百曲の作品を残しているのではないでしょうか。
 彼が山中湖に疎開していた時、名ソプラノ歌手三浦環、そして名ピアニスト原智恵子が、彼の曲を演奏して楽しんでいたという記録が残っています。
 また、村人たちとオペラなどを演奏したという言い伝えも残っているのです。その時には、彼自身も歌ったとも聞きました。
 今まで、いわゆる「日本の歌曲」にはそれほど詳しくありませんでしたが、この世界もなかなか広く深いものがありそうで、俄然興味が湧いてきました。
 仲小路彰や、いわゆる歌謡曲も含めまして、つのださんらの協力を得て、「新しい日本の歌曲」として復活させ、世界に発信することができればと思います。

Amazon 武満徹のうた

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2016.08.23

小西博之さん講演会

Th_img_5367 日は山梨県私学の研修。全体講演では、元欽ちゃんファミリーのコニタンとして私たちの記憶に強く残っている小西博之さんが登壇しました。
 いや、登壇ではないな、ほとんど壇上にはおらず、客席の中を縦横無尽に動き回りながら地声で丸2時間以上語り続けました。
 野球少年でやんちゃだった小西少年は、素晴らしい先生方に出会います。そして、自らも教師になろうと頑張ります。
 しかし、運命とは皮肉なもので、ホンモノの先生にはなれなかった代わりに、NHKの中学生日記の体育教師役として芸能界デビューを果たします。そして、欽ちゃんに認められ…。
 そんな小西さんですから、「教師」「先生」「学校」に対する思いは格別。私たち現場の教師たちにとっても、教育の原点を思い出させてくれるような熱い熱い思いを受け取らせていただきました。
 また、その迫力、表現力、アドリブ力といった「伝える力と記述」は、さすがとしか言いようがありませんでしたね。お笑いやバラエティー、そしてドラマや映画で鍛えられたプロから学ぶところは、実に多かった。
 夢を実現する力、未来を妄想してそれを実現する力…いや、力というよりも作法ですね。ある意味自分が自分がではなく、他者とのご縁の中で生まれる結実。
 欽ちゃんの50:50の法則もなるほどと思いました。考え方次第、生き方次第で、人は幸福にも不幸にもなる。
 後半は、末期の腎臓がんから生還した話をもとに、命の大切さについて。病気も全て受け入れる。決して病気と闘わないという言葉には、私も深く共感いたしました。そうして、実際に奇跡の生還を果たしたのです。
 子どもの命を守るということに関しては、私が標榜している「死なない力」と非常に近い考え方をなさっていました。
 さっそく公演終了後、小西さんに声をかけさせていただき、そのようなお話をさせていただき、お互いに大いに共鳴させていただきました。
 共通の友人もいることが分かり、これから何かしらお付き合いが始まりそうな予感です。
 今日の講演の最後に流された、和歌山の中学生の弁論も含まれた動画をご覧ください。

 また、最後に先生方全員、手話で参加した「いのちのうた」を紹介します。いい歌ですね。

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2016.08.22

トーキョーショー

 オデジャネイロ・オリンピックが閉幕しました。日本人選手たちの活躍は本当に素晴らしいものがありましたね。4年後の東京オリンピックへの期待が高まりました。
 一方で、エンブレム問題に端を発し、国立競技場問題、そして都知事交代など、運営に関してはいろいろと不安があったのは確かです。
 しかし、どうでしょう。今日の閉会式での「トーキョーショー」をご覧になった皆さんは、一気にその不安よりも期待の方が上回ったのではないでしょうか。
 私もとにかく感動してしまい、涙が止まらなくなってしまいました。正直予想をはるかに上回る素晴らしい内容でしたね。
 上の動画の冒頭にある五輪旗のハンドオーバーからして、「小池さんで良かった」と思った方が多かったのでは。なんだか、いろいろと神の采配があったのかなとさえ思えてきます。
 そして、「君が代」と「日の丸」。ここでまず泣けてしまった。あの素晴らしい君が代、そう雅楽風とも言えるし、ブルガリアン・ヴォイス風とも言える画期的な編曲をしたのは、フランス在住のジャズ・トランペット奏者である三宅純さんとのこと。
 未来的「君が代」、しかし、ちゃんと過去も大切にしている新しい国歌という感じがしました。本当に素晴らしいお仕事をなさったと思います。
 あの日の丸の現れ方も良かったなあ。なるほどと思いました。
 このトーキョーショー、綜合プロデュースはなんと椎名林檎さんだということ。先月、バンプのライヴの記事に「私の一つの妄想は、東京オリンピックの開会式に、そんなグローバル&ローカルな、すなわち極日本的な彼らと椎名林檎さんを登場させることです(たぶん実現するでしょう)と書きましたが、一足先にその妄想の一部が実現してしまいましたね。感動です。
 安倍マリオの部分については、実はちょっとウワサのようなものは聞いていましたが、ここつで完成度が高いとは…。あの2分の動画で、充分にクールでポップな東京のイメージが世界に伝わったことでしょう。いやあ、よくできていたし、総理もよくやってくれました(笑)。
 そして、圧巻は後半のパフォーマンスですね。ハイテクとローテク(シンプルな人力と道具)のバランスが良かった。中田ヤスタカさん、MIKIKOさんのセンスは、やはり我々凡人のそれをはるかに超えていました。部分と全体が有機的に関連し、まさに生き物のような作品に仕上がっていました。もちろん、青森大学男子新体操部をはじめとするパフォーマーさんたちもグッジョブ!
 なんだか、自分が日本人であることに誇りを覚えた瞬間でしたね。これぞ国際的な一大イベントにおける国家的パフォーマンスのあるべき姿です。
 ホント何度でも観たい、そして何度観ても泣いてしまう。久々に心が震えました。なるほど、このトーキョーショーは、世界に向けての発信であるとともに、私たち日本人自身へのメッセージでもあったわけですね。俄然、4年後へ向けて盛り上がることでしょう。
 私もほんの少し東京五輪に関わらせていただいている者として、このたびの「日本の天才(職人)」たちのお仕事を見習って、「地球平和」のために頑張ろうと思います。
 何度も書きますが、オリンピックは祭です。特に日本にとっては「まつりごと」の一つです。そういう意味で、絶対に成功させなければならないのです。

 追伸 安倍マリオのアイデアって森喜朗さんが出どころなんですね(笑)。
 

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2016.08.21

H.パーセル セミ・オペラ「ダイオクリージャン」

Th_img_5359 夏の古楽の祭典、第30回都留音楽祭もいよいよ最終日。受講生コンサートで、5日間の講習の成果を発表します。
 まず最初はバロック・ダンスクラスの発表です。世界的なバロック・ダンサーである浜中康子先生、そしてトーマス・ベアードさんの指導による受講生の皆さんのパフォーマンス。
 音楽祭の中でも、特に熱心に練習をし、毎年レベルの高い発表をするダンスクラスです。今年も、たくさんの受講生が参加し、そして、皆、本格的な衣装をつけて、たくさんの舞曲を舞いました。
 アマチュアによる、これほどのスケールとクオリティーのバロック・ダンスを観る機会というのも、そうそうあるものでありません。これだけでも、この都留音楽祭の価値と魅力を誇ることができますね。素晴らしかった。
Th__20160822_123259 今年の器楽、声楽の全体合奏は、パーセルのセミ・オペラ「ダイオクリージャン」の第5幕からの抜粋でした。
 私もこの曲は弾くのも聴くのも初めて。いかにもパーセルらしい、ちょっと不思議な和声進行などが散りばめられた、なかなか魅力的な作品でありました。
 いつもながら、私のパート譜切り貼りが遅い上に雑で間違いもあり、大変ご迷惑をおかけしました。スミマセン。

H. Purcell: «Prophetess or The History of Dioclesian» Z.627

 本当に魅力的な曲だったのですが、特に終曲にはパーセルの天才性(変態性?)が端的に現れていましたね。終演後、ルーファス・ミューラーさんとも話したんですけど、やっぱり短調になった時のバスの進行ですねえ、不思議なのは。
 ルーファス曰く、「ほかの普通の作曲家だったら、絶対にc-g-as-esとするだろうけど、パーセルはesではなくeにするんだよね。ものすごく魅力的だよ」。
 私は、ヴィオラ担当でしたので、まさにその音を弾く係。それでルーファスが話しかけてくれたのでしょう。皆さんも、その天才性、変態性(?)を聴いてみてください。

 ということで、私にとっても30回目の都留音楽祭が幕を閉じました。講師の先生方、受講生の皆さん、スタッフの皆さん、本当にありがとうございました。楽しかったですね!
 来年の第31回が(いちおう)ファイナルとなります。なんとなく寂しい気持ちですが、何事にも終わりはあります。有終の美を飾れるよう、みんなで盛り上がりましょう。そして、未来へ向けて、新しい流れを作っていきましょう。私もできることを頑張ります。
 来年、たくさんの方がこの都留に集まってくださることを願っています。

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